中央改札 交響曲 感想 説明

幼き死神と幼き盗賊2
FOOL


地下にあるアグラの住処で、ラピスがぐったりとした様子で仰向けになって転がっている。
二ヶ月前からここに住み着かされ、自分のことを一切語らずに、ただ銃の改造・修復技術を
黙々と習得し続ける幼い少年だ。今日は何時にも増してアグラの指導が厳しく、
更に何故か上の料亭の手伝いまでやらされたおかげで珍しく伸びていた。
そして、そんな少年にいつも話し掛けて来る幼い少女、リラ・マイム。

「ラピスー。生きてるー?」

「・・・・・・リラか。何の用だ」

「それだけ言えればまだ大丈夫ね」

気だるげにしながらも、何時もの口調のラピスを見て安心した様にケラケラと笑うリラ。
その笑い声が癪に触ったのか、ラピスはスクッと立ち上がり、スタスタと歩いて行く。

「何怒ってんのよ。ほら、ジュースでも飲んで落ち着きなさいって」

「いらん」

「アンタの金なんだから飲まなきゃ損よ?」

「・・・なに?」

リラの言葉にラピスが足を止め、ゆっくりと振り向きつつ半眼で睨みつける。
町に来た当初は完全に無表情を貫いていたラピスだったが、
最近ではリラとアグラの前でだけは、僅かとは言え感情を面に出すようになっていた。

「だって、アグラ爺さんからアンタのサイフ、好きに使っていいって手渡されたし」

「あの男は・・・人の金を何だと思っている」

拳を軽く額に当てるようにして溜め息をつくラピス。
そんな少年の仕草が可笑しいのか、リラは先程から終始笑顔だ。

「どうせ殆ど使わないんだから良いじゃない。さって! 少し付き合ってよラピス」

「またか・・・今度は何だ?」

「今日はお祭り! 稼ぎ時なのよ!!」

やる気満々の表情で高く拳を突き上げるリラ。
そんな少女を、どこか冷めた眼で見つめるラピスだった。













今日はアルゲリヌの緑昂祭。
まだアルゲリヌが小さな小さな集落だった頃から続く神聖な祭りで、
本来は遥か昔に天空より落ちてきた緑の法衣纏いし星神を湛える為のもの。
ただし現在ではそんなことを覚えている者は殆ど居らず、
ただ騒ぐ為だけの口実になっているのが現実である。

「・・・それがこの緑昂祭だ。まあ・・・」

自分が知っている祭りの知識を一通り披露した後、
ラピスは呆れたような視線を隣りへ向けた。

「・・・おまえにとっては絶好の掻き入れ時でしかない、か」

「いいじゃない。そのお金でアンタも美味しい物食べられるんだから」

ホクホク顔で真夏の太陽のように暖まった懐を叩くリラ。
言っている通り彼女の右手には焼トウモロコシが握られ、
ラピスの手にはたこ焼きの包みが居座っていた。

「うむ。初めて食べたがなかなか美味いな、このたこ焼きという食べ物は」

「ふっふっふっ、お祭りの時ってどんなに警戒していても隙がありまくりだからね〜♪
アタシに掛かれば一部の例外を除いてこんなもんよ」

その一部の例外は頬張ったたこ焼きが熱かったのか、はふはふと口を開けたり閉じたりしている。
日常的にただでさえ人通りの激しい大通りは、祭りの賑わいも加わって完全に人の波に飲み込まれており、
常日頃から歩きなれている筈のリラですら思い通りに進む事は出来なくなっている。
注意深く見れば、そこかしこでリラと同じ事をしている子供達が目に付いた。

「そういえば、アンタってアタシに盗みを止めろとか全然言わないわよね」

「コレしかお前が生きる糧を得る方法が無いのだろう?
ならば俺がお前を止める理由は無い。糧を得るのを止めてまで
犯罪を止めろとは言わん。・・・それに、俺が言っても説得力があるまい」

相も変らぬ歳不相応の口調で言われ、何となく、納得した。
初対面の人間に銃を突きつけて脅すような人間が言っても
確かに説得力は皆無であろう。

「・・・む? リラ、向こうが賑わっているがアレは何だ?」

「どれどれ・・・ああ、賭け試合ね。と言っても腕相撲みたいだけど」

子供ならではの小柄な身体を生かしてちょこちょこと人垣を縫うように進んで行く二人。
最前列に並んで顔を出すと、丁度試合が始まる所だった。
賭け試合を行なっているのは、パッと見は少々ガタイの良い爽やか系のお兄さん。
しかしラピスはその男の筋肉が見かけ以上のパワーを秘めている事を見抜いていた。
対するチャレンジャーはお約束通りの見た目だけの馬鹿である。
この時点で勝負はついていると言っても過言ではないだろう。

「あ、あの人知ってる。確かレイオード帝国の御前試合で三位だった人で・・・
確か名前は『クルト・メディエンス』。『鋼の腕の再来』とか言われてる人よ」

「ほう。あの男の再来か・・・それ程とは思えんがな」

「まああの爺さんの再来って言われてもね〜。やっぱり元祖とは程遠いわよね」

二人の眼の前ではそのクルトが相手を圧倒的な強さで打ちのめしていたのだが、
アグラに毎日しごかれているラピスとその光景を見ているリラにとっては
それほど凄い人物には見えなかったりする。

「俺はアグラに勝てたためしは無いが・・・あの程度なら俺でも勝てるな」

「そうなの?」

「ああ。問題無い」

「楽勝?」

「確実に勝てる」

「ホントに?」

「嘘をついた事は無い」

「よしっ! じゃあ決定」

「?」

突然力強く拳を握り緊めニヤリと笑うリラ。
ラピスはそんなリラの行動に首をかしげていたが、
すぐに意識をリラから外し、まだまだ暖かいたこ焼きを
四苦八苦しながらも再び口に運び出した。

が。次にリラが起こした行動により、
のんびりと祭りを楽しむ事は出来なくなってしまった。

「次のチャレンジャー、いないのかーっ!?」

「ハイハーイ!! 私の隣りの無愛想なガキがチャレンジしまーっす♪」

「・・・・・・・」

挑戦者求むの声に元気よく手を振りながら声を上げるリラ。
隣りの無愛想なガキが不満そうな視線を向けるが、
口の中に熱いたこ焼きを詰め込んでしまっている為
まともに反論する事が出来ない。
非難の声を上げようとはしているのだが、
たこ焼きの熱で口内を火傷しない様にしているせいで
ただたこ焼きを美味しそうに食べているようにしか見えない。

「う〜ん・・・お嬢ちゃん。彼氏の格好良い所が見たいのかもしれんが、
相手はあの『クルト・メディエンス』だよ? 幾らなんでも無茶だって」

「いいのいいの。本人が『絶対勝てる』なんて豪語してるんだから。
勝てば賞金貰えるし、負けたら負けたでからかうネタが出来るから問題無し!」

リラの言動を見かねた観客の一人が苦笑気味に諭すが、
リラはリラでそんな事は気にもせずに堂々と胸を張って言い切ると、
いきなりの子供のエントリーに面食らっているクルトに
駆け寄って一言二言言葉を交わして戻って来た。

「相手してあげるだって」

「・・・・・・俺はやると言った覚えは無いが?」

「ラピス。私がいい事教えてあげる・・・・・・」

憮然とするラピスの両肩に手を置き、ニッコリと微笑むリラ。
ラピスは最後のたこ焼きを食べながら彼女の次の言葉を待った。

「アンタに拒否権は無いわ」

「そこまでハッキリと言い切られると、いっそ爽快だな」

この二ヶ月の付き合いで、この台詞が出た場合は逆らわない方が良いと
学んでいる為、ラピスは他の人間が気付かないほど小さく溜め息をつき
テクテクとクルトの眼の前まで進んでいった。

「君の名前を教えてもらえるかな?」

「ラピスだ」

諦めきった表情でクルトの眼の前まで行くと、爽やかな笑顔で名前を尋ねられた。
頭を切り替えたラピスは、何時もの無表情に戻ると堂々とした態度で名乗り、
クルトから向けられる視線を真っ向から受け止める。

「そう、ラピス君と言うのか。僕に挑む君の勇気に敬意を評し、手加減はしないよ」

「好きにしろ。とっとと終らせるぞ」

十に満たない少年にぞんざいな言葉を返され、思わず米神をピクつかせるクルト。
彼に話し掛けてくる子供は大抵が目を輝かせながら嬉しそうに駆け寄ってくるのに、
この少年といい先程の少女といいあまりにも言動が子供離れしている。
ほんのちょっぴりクルトの中の子供という幻想が崩れ、可愛さ余って憎さ百倍の心境になったが、
子供の言う事に一々反応するのも大人気ないと考え直し、気持ちを落ち着かせる。
その間にも周囲のギャラリーもこの小さな挑戦者の姿に騒ぎ出し、思い思いの野次を飛ばし始めた。
クルトはラピスを連れて道端に置いてある台に向かう。
台を挟むようにして向かい合い、ゆっくりと互いの手の平を重ねた。

「ではいくよ・・・レディー・・・」

「・・・・・・」

「GO!!」





























「〜♪〜〜♪〜♪ んふふふふふ♪ お手柄よラピス!」

「うむ。美味いな、このりんご飴というものは」

十分後。上機嫌で大通りを闊歩するリラと
無表情のままでりんご飴をほおばるラピスの姿があった。

「しっかし、よくもまああんなにあっさりと勝てたわね。
あの場にいた全員、しばらく何が起こったのか理解できてなかったわよ」

「力を加えるポイントとタイミングさえ良ければ問題無い。
あの男には俺が子供だからと言う油断もあったがな」

飴の中から顔を除かせたりんごを齧りながら事も無げに言い放つ。
リラは少々納得できないように首を傾げるが、暖かくなった懐を思い出し
「ま、いっか」とあっさり納得した。

「ところでリラ。向こうに見える『わた飴』とは何だ?」

「あー、もう。アンタほんとにこういう事には疎いわよね。
わた飴っていうのはその名の通りわた状の飴よ。甘くて美味しいけど、
触るとベトつくから食べるんなら気を付けた方が良いわよ」

「ふむ・・・世の中には奇妙な食べ物が在るものだな」

「全然奇妙じゃないわよ」

呆れた眼でラピスを一瞥し、再び表情を崩して懐の中身を確認する。
無表情のままりんご飴をほうばる少年と、整った顔を崩しニヘラと笑い続ける少女。
そばを通る人々は思わず横へと退き、モーゼの如く人の波が割れていく。

「・・・ところでリラ。後ろから着いて来ているのはお前の友人か?」

「あんなガラの悪すぎるような奴と友達付き合いする趣味は無いわ」

ラピスがチラと視線のみで背後を確認し、リラに問うと
こちらも気付いていたのかすぐに返事が返って来る。

「この町の盗賊ギルドは意外と根性があるようだな」

「言っとくけど、あいつ等は盗賊ギルドの下っ端じゃないわよ。
アンタみたいな物騒な奴に手を出す馬鹿はギルドの中にはもう居ないわ」

ラピスが街に来た当初の騒ぎを思い出し、疲労した様な溜め息をつくリラ。
今はあの時ほど無茶苦茶はしないようになったが、それでも物騒な子供だという事に変わりは無い。

「俺はそこの路地に入るが、リラはどうする」

「あんたが物騒な事しないように見張るわ」

そう言葉を交わすと、スウッと近くの路地へと滑り込む二人。
それを追う様に三人の十代後半の少年がその路地に入り込んでいく。
薄暗い路地の奥に二人の子供の背中を見つけ、口元に嫌らしい笑みを浮かべつつそれを追う。
しかし、彼等の笑みは路地の曲がり角を曲がった時に跡形も無く消え失せた。

「なっ・・・て、てめえこのガキ!!!」

そこで少年達が見たのは、ラピスに顔面を鷲掴みにされ狭い路地を引き摺られる仲間の姿だった。
逃げられた時の為反対方向から二人に接近させていた仲間が先に二人に追いついたのだろうが
なぜその仲間全員が地に倒れ伏しているのだろうか。

「警告を無視したのでな。とりあえず適度に痛めつけさせて貰った」

「警告じゃなくて命令って言うのよ、あれは」

どこか諦めきった様子で深い溜め息をつくリラ。
どうやら見張りの意味など全く無かったようだ。

「一応聞くが、お前達の目的も俺達が持つ金品か?」

「ああ、そうだよ・・・だがな、もう一つ欲しい物が出来たぜ・・・」

顔を真っ赤にさせながら憤怒に歪める少年達とは対照的に
全くの無表情のまま手に持っていた少年に拳を叩き込み
完全に沈黙させた後に怒り狂う少年達に向き直った。

「ほう、それは何だ」

「てめえの命だ!!」

叫ぶと同時にラピスに踊りかかる少年達。
リラはそれと同時にサッと後ろに下がり危険範囲から離脱する。
もう完全に開き直り傍観者に徹する事にしたようだ。

「らあっ!!」

先頭の少年が勢いよく拳を振り被り、
ラピスに殴りかかる。

「そうか・・・スマンが」

ラピスは無駄のありすぎる拳を右手で弾き、
相手の懐に潜り込むと同時に左掌を相手の左胸に添える。

「死ぬつもりは無い」

霞むほどのスピードで放たれた右掌を左掌に叩きつけた。
当然相手の足を踏み抑える事も忘れない。

「ぶふぇあっ!?」

「『鎧通し』―――」

心臓に直接叩きつけられた衝撃で血液が逆流し、
眼・鼻・口・耳から赤い液体を撒き散らす。
ピクピクと痙攣しながら倒れる少年をその背後から迫る
少年の一人に向かい蹴り飛ばす。

「一人――――」

蹴り飛ばされた少年に潰され、
身動きを封じられた少年には眼もくれず
もう一人の少年に向かい駆け出した。

「こ、このおっ!!」

「遅い――――」

少年が慌てて殴りかかろうとする前に
その直前で屈み込み、地面に右手を当てそのまま跳躍。
いきなりの奇抜な行動にラピスの姿を見失い
混乱する少年の背後に着地するラピス。
ラピスは背中合わせのまま背後の少年の頭を両手で掴み、
そのまま背負い投げの要領で眼の前の地面に叩きつけた。

「二人――――」

今度はピクリとも動かなくなってしまった少年の体を
その場に落とし、最後の一人へと視線を向ける。

「さあ、お前はどうする? 三人目になるか?」

年齢が十歳に達しているかどうかという少年向ける視線に怯え
眼の前で痙攣を続ける少年に視線を落とし、続いてラピスの足元に横たわる
微動だにしない仲間を見る。

「ば、化け物かこのガキ・・・っ!?」

「二番目に聞き慣れた台詞だな。
俺達に危害を加えるつもりが無いのなら去れ。
でなければお前にも敵対の意思在りと判断する」

「ひいっ!」

僅かに地面を足で擦り、必要以上に大きな音を立てると、
少年はそれを合図にしたかのように体の硬直を解き
一目散に路地の向こうへと消えていった。

「逃げたか。賢明な判断だ」

「凄いわラピス!!」

感嘆の叫びと共に背後からラピスに抱きつくリラ。
何故そんなに彼女が喜ぶのか分からないラピスは困惑の表情を浮かべる。
自分の実力をこの少女は知っている筈なのに、何をそんなに褒めているのだろうか?

「ラピスがチンピラを全滅させないなんて・・・これが奇跡って奴なのね!!」

思わずその場でつんのめるラピス。
しかしリラの言う事も決して大袈裟な事ではない。
ラピスはリラに街を案内された際に、大量の宝石を所持している事を
一部の盗賊ギルドの者達やチンピラ達に目撃され、恐喝の対象になった
時期が在ったのだが、その時の重軽傷者の数は軽く二十を越えた。
しかもその内の九割はリラが止めていなければ永眠確実という徹底振り。
ラピスが殺人快楽者ではない事は傍に居るリラが一番解っている事だったが、
彼の辞書には手加減という言葉が記されていないのか、
銃弾を確実に二箇所に撃ち込もうとするのだ。
頭部と左胸に向かって。

この二ヶ月間、リラは必死になってラピスの辞書に
手加減という言葉を書き記す為に奮闘した。
自分でもなんでこんな事を必死になっているのか不思議だったが、
どうしてもラピスを放って置く事が出来なかったのだ。

「殺す必要が無いと判断しただけだが」

「その判断が今まで出来なかったんでしょーが」

この二ヶ月間の様々な苦労を思い出し、
ラピスにしがみ付いたまま溜め息をつくリラ。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、
ラピスは「そうか」とだけ言うとスタスタと歩き出した。

「何処行くの?」

「帰る。そろそろ戻らなければアグラが五月蝿い」

そう言い残し路地の奥へと進むラピスの後姿を見て
またも深い溜め息を吐くリラ。
彼が来てから溜め息の数が飛躍的に増えたなと思いながら
彼女はその後を追い始める。

「ねえ、もう何度も訊いたけどまた訊いていい?」

「なんだ」

「アンタの本名」

「・・・・・・・・・・・・・」

やはりダメだ。
彼はこの話題となると、完全に口を閉ざす。
言いたくないのか、それとも―――言えないのか。
リラは結果が判っていたので大して落胆はしなかったが
少々理不尽な思いを感じないでもない。
思い返してみれば、自分は随分と自分の事を話した様な気がする。

―――物心つく前に両親に捨てられ盗賊ギルドに拾われた事。

―――スリを行い、今日まで食い繋いで来た事。

―――最近は本格的な盗賊の訓練をやり始めた事。

だと言うのに、自分はこの少年の過去を一切知らない。
知っているのは桁外れの射撃・格闘能力を持ち、
アグラに銃の改造・整備技術を学ぶ為にここに来た事ぐらいである。

「・・・ホントに、何も知らないのよね。アイツの事」

ポツリと寂しそうに呟き、ラピスの背を見詰める。
その後、自分の行動に気付いたのかハッと顔を上げるとブルブルと頭を振り、
不本意そうな顔をしてそのままラピスの後に続くのだった。









「・・・ホントに、何も知らないのよね。アイツの事」

背後から聞こえて来たリラの呟きがムネに突き刺さったような気がして、
ラピスは思わず胸を押さえていた。
それと同時に驚きもした。
まさか、自分がこんな感情を抱けるとは思っても居なかったから。
自分に感情が無いなどと思った事は無いが、それを表現する方法や
感じ方など全く知らなかった筈なのに。

「―――――リラ、か」

それを教えてくれた少女の名を呟く。
彼女の感情表現は実に素直だ。
嬉しい時には笑顔になるし、気に入らない事があればすぐ怒る。
しかしその反面、照れたり不貞腐れたりして自分の気持ちを隠そうともする。
彼女と接しているだけで、自分は心の内を表す術と感じる術を身に付けていく。

「しかし、名前か・・・あれも名前と呼ぶべきか」

自嘲的に呟きながら、ラピスは何気なく視線を上に向け―――

その動きを止めた。

「・・・ラピス?」

いきなり動きを止めたラピスに怪訝そうに訊ねるリラ。
だが次の瞬間、ラピスはいきなりリラを引き寄せ、抱きかかえた。

「きゃあっ!?」

「黙っていろ。走るぞ」

その言葉通り、ラピスは駆け出した。
少女一人抱えているとは思えないスピードで路地を駆け抜け、
複雑に絡み合う道をジグザグに進んで行く。

「ちょとラピス! 一体どこに連れて行く気よ!?」

「・・・・・・・・・・・・っ」

リラが抗議の声を上げた途端、ラピスが横に飛ぶ。
その瞬間数十本のナイフが飛来し、先程までリラとラピスが居た場所を貫いた。

「!?」

ラピスは驚くリラをその場に置き、
すぐさま地面に刺さったナイフを引き抜き
明後日の方角に向かって投擲する。


キュインッ!


甲高い音をたて、あらぬ方角から飛んできたナイフが
ラピスの投げたナイフとぶつかり合い地に落ちる。

「―――――――」

路地に普段の静寂が戻る。
家数件を挟んでの向こう側からは祭の賑わいが溢れ、
それが今の状況を更に非現実的なものへと引き立てる。

「凄いね。僕のナイフを迎撃するなんて」

聞きなれぬ声が、路地の奥から聞こえてくる。
それと同時に小さな足音が聞こえ、一人の少年が姿を現した。

「・・・やはりお前か」

「そうだよ兄さん。久しぶりだね、生きているとは思わなかったよ」

自分達よりも幼い少年が右手でナイフを弄びながら口元を僅かに歪ませる。
リラは少年がラピスに『兄さん』と呼びかけた事に驚き、目を見開いて少年を凝視した。
その間にも、ラピスと少年は対峙したまま言葉を交わす。

「どう呼べばいい?」

「今は・・・ケイだね。そう呼んでよ。兄さんは?」

「ラピス」

「お互い似合わない名前だね・・・」

「そう、だな・・・だが、俺は気に入っている」

「ふ〜ん。何か、兄さん変わったね」

「そうか?」

「うん。前会った時の兄さんだったら―――」

言葉の途中、いきなり右手を振るケイとラピス。
すると何かはたくような音が聞こえ、それと同時にリラの
眼の前の地面に、数本のナイフが音を立てて出現した。

「―――こんな事してる間に僕は殺されてたのに」

薄っすらと気味の悪い微笑を浮かべるケイ。
ラピスは聞こえるか聞こえないかの大きさで舌打ちすると、
懐から今の時代には珍しい自動型の拳銃を抜き放ち、躊躇無く引き金を引いた。


ガゥン! ガゥン! ガゥン! ガゥン! ガゥン! ガゥン!


六連発。
その全てが左胸の全く同じ場所に突き刺さり、
その衝撃でケイの身体を大きく後ろに吹き飛ばす。

「ラ、ラピス・・・っ!? アンタ何を!?」

「下がれ、リラ。アイツはまだ生きている」

何が起こったのか理解できず混乱するリラを後ろに追いやり、
自動拳銃の残弾六発を倒れ伏すケイに叩き込む。
しかし、ラピスが弾丸を放つのと同じ瞬間にケイの身体が
バネ仕掛けの人形のように勢いよく起き上がり、その全ての弾丸を回避。
ラピスの方もその隙にもう一丁の銃――44口径のリヴォルバーを抜き、
狙いをつけた様子も無く立て続けに引き金を引いた。


ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!


このクラスの銃はハンドカノンとも呼ばれ、
その威力も先程の自動拳銃の比ではない。
掠ってもいない、すぐ傍を弾丸が通過しただけだというのに
ケイの身体のいたる場所に紅い線が作られる。
だがケイの方も黙ってやられるばかりではなく、
銃の弾丸に勝るとも劣らない速度で細身のナイフを投擲し反撃をする。
ラピスは自分とリラに当たる物だけを的確に見極め、
リヴォルバーの銃身で叩き落した。

「驚いたよ兄さん。まさか銃を使うなんて・・・それに凄い腕だね」

「中距離ならともかく、遠距離への攻撃方法を持ち合わせていなかったのでな」

驚いた表情をしているケイを尻目に
ラピスは片手で器用に自動拳銃の弾倉を交換し、
リヴォルバーの弾倉に弾丸を詰め込む。

「それに、幸い俺の身体はこういう事にも向いていたらしい」

「・・・確かに。兄さんの身体は銃を扱う事にも向いてるね。
格闘戦主体として造られた身体なのに・・・正直、驚いたよ」

両手に合計八本のナイフを持つケイと、
二つの銃口を同時に構えるラピス。
微笑を浮かべるケイと感情を感じさせないラピス。
そのまま再度激突するのかと思いきや、
ケイは唐突にナイフを収め、踵を返した。

「今日は帰るよ。ナイフをあまり持って来てなかったから、今の兄さん相手には分が悪すぎる。
格闘戦では兄さんに勝てる訳もないし・・・だから、帰るよ」

「逃がすと思っているのか?」

頭部と心臓をポイントしながら言うラピス。
しかしケイは余裕の表情で路地の向こうに歩き出す。

「僕は『ナイフが尽きた』、なんて言ってないよ」

「っ・・・」

ケイの嘲り雑じりの言葉と、リラに向けられた視線に、小さく舌打ちをする。
その間にケイは路地の角を曲がり、その姿を消した。










「・・・説明しなさいよ。ラピス」

暫しの静寂の後。
薄暗い路地に多少の怒気の含まれた言葉が響いた。

「あの子は、間違い無くアンタの事を『兄さん』って呼んだ。
なのにアンタ達はいきなり殺し合いを始めた。
何で兄弟で殺し合いをするの?
何でアンタもあの子も、そうやって簡単に人を殺そうとできるの?」

のどの置くから搾り出すように問い掛けるリラ。
そんな彼女に背を向けたまま、ラピスは黙したままだった。

「ラピス・・・アンタは、一体・・・何者なの?」

怒りと、哀しさと、寂しさと、そして、僅かな怯え。
何も知らないから、何も語ってくれないからこその恐怖が、
リラの心をジワリジワリと蝕んで行く。

「ねえ・・・ラピス―――」

「アグラの所に戻るぞ、リラ」

リラの言葉を遮り、帰路に着くラピス。
そんな彼の態度に思わず激昂するリラだったが、
突如ラピスが立ち止まり、半身振り向いて呟いた言葉に、
冷水を浴びせられたかのように冷静さを取り戻した。

「そこで―――話す」
中央改札 交響曲 感想 説明