中央改札 交響曲 感想 説明

時の調べ 第四十三話 訪問者
FOOL


穏やかな昼下がりの午後。
珍しい事に、ジョートショップの住人の殆どが外出をしていた。
フィリアはエリザとキャッシーと共にローレライへ(引き摺られ)。
魅樹斗は最近仲良くなったリオという少年と共にスケッチに。
アリサはテディを伴い何の用かは知らないがクラウド医院へ。
つまり、今現在この家にいるのはレニスと使い魔二匹。精霊三姉妹の六人(?)だけである。
しかしながら使い魔二匹は現在彼等の住処である異空間内で就寝中。
イリスは当然のようにレニスの頭の上で惰眠を貪り、
レミアは各部屋の掃除をし、フレアは洗い終えた洗濯物を外に干している所である。
とまあそんな状況の中、レニスが自室でのんびりと読書をしながらくつろいでいると。
躊躇いがちなノックと共に扉越しにフレアが彼を呼ぶ声が聞こえた。

「あの、レニス様・・・その・・・お客様、なのですが・・・」

彼女には珍しい、歯切れの悪い呼びかけ。
その理由には薄々気付いていたので、
レニスはとりわけ不審にも思わずにその腰を上げた。
拍子に頭の上のイリスが転げ落ちるが、コレはいつもの事なので無視をする。

「今行く。そいつには・・・そうだな。庭の雑草でもくれてやれ」

「あ、はい。かしこまりましたレニス様」

答え、すぐにジョートショップの外へと跳んでいくフレア。
恨みがましい視線を向けてくるイリスを掴み上げ、頭の上にポンッと置くと、
レニスはフレアが去ったドアを開け、のんびりゆっくりと階段を降りていくのだった。






一階に降りたレニスとイリスが見たのは、
珍しい事に茫然自失したレミアであった。
表面的には全く何時もと変わらぬポーカーフェイスだが、
その眼を見れば、視線が全く関係無い所を右往左往している事が良く解る。
そして、彼女をそうした元凶は、恐らくフレアがそうしたのであろう、
お皿の上に綺麗に盛り付けられた雑草を、香ばしい紅茶と共にその胃袋に流し込んでいた。

「レニス・・・アレ、何?」

「うん? 見て解らんか?」

「解ったら聞かない・・・」

イリスの言葉からも普段の覇気が消えている。
別にそれほど奇怪なモノがいるわけでもないのに。
と思いながら、レニスは今だ別世界へと飛び立っている
レミアを摘み上げ、自分の右肩へと乗せる。
そして美味しそうに雑草を食すその人物の真正面の席に付きながら、
取り合えずといった感じで挨拶をした。

「遅れてすまないな。知っているとは思うが自己紹介をさせてもらう。
俺はレニス。レニス・エルフェイム。頭の上に乗ってるのがイリスで肩に乗ってるのがレミア。
お前に雑草と紅茶を出したのがフレアだ」

「これはご丁寧にどうも。炎帝と誉れ高いレニス殿にお会い出来て光栄の極みで御座います」

そう言って、ソレは、一部の隙も無く着こなした
タキシードと同じくらい隙の無い動作で一礼した。

クリッとした眼。

顎の下から生えた白い髭。

頭から生えた曲線を描く二本の角。

そこに居たのは、紛れも無く山羊だった。

メーメー鳴く山羊だった。

山羊と書いてやぎと読む山羊だった。

山羊は一礼した後、まだ自分が名乗っていない事を思い出し、
大慌てで自己紹介を始めた。

「おおっ! 私と致しました事が自己紹介もせず・・・申し訳ありませんでした。
私、然る御方にお仕えする執事で、名を『YAGI』と申します。以後、お見知り置きを」

「・・・そのまんまだな・・・」

「はあ、御館様御自らが私にくださった私だけの名前なのですが・・・
自分でも、少々そう思わないでもありません」

僅かに照れた様に俯くタキシード山羊ことYAGI。
そのYAGIの手が偶々テーブルの上に置いてあった依頼書に伸び、
それが口へと運ばれ――――

「喰うなッ!!」


スコーーーーーンッ!!


レニスが指弾で放った気塊がYAGIの脳天に炸裂。
ハッとしたようにYAGIが書類を取り落とし、
それを何時の間に同じ部屋にいたのかフレアがキャッチ。
他の重要な書類等を一気に回収し、YAGIの視界外へと納めた。
放り出したり押し込んだりしない所が非常に彼女らしい。

「こ、ここここここれは大変失礼な事をっ!!
申し訳ありません、私、紙や草を見ると無性に食べたくなってしまいまして・・・
なんせ、山羊ですので、ハイ」

「レニス様。こいつ叩き出して良いですか?」

「好きにしろ。許す」

「手伝うわ姉さん」

「叩き出します」

「ああっ!? お待ちをっ!! 平にっ! 平にご容赦をぉぉぉぉっ!!!
このまま御命を果たせぬままおめおめと屋敷に戻った日には
私、私、名を『ヤーさん』に改名せねばならないのですぅぅぅぅぅっ!!
そんな事になった時、妻と娘にどのような顔をして会えばよいのか、
なにとぞっ、なにとぞ御一考をぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

依頼書を喰われては堪らないとYAGIを追い出そうとした所、
いきなり頭を地面に擦りつけ平謝りを始めるYAGI。
そのあまりの不憫さに思わずレニスが声をかけた。

「お前・・・それでも究位魔族の一人か?
なんか滅茶苦茶腰が低いぞ」

レニスのこの言葉を聞いて驚いたのは、フレア達精霊三姉妹である。
魔族だとは解っていたが、せいぜい中位か高位辺りだと思っていたのだが・・・
さらに四階位上の究位魔族だとは思いもよらなかった。
なにせこの辺りの位の魔族ならば、魔界の一地方を完全に平定出来るほどの
実力を所持している筈なのだ。早い話、魔王と呼ばれる程の魔族と言う事である。
しかし眼の前に座っている山羊がそんな高い位の魔族だとは到底思えないのだが・・・

「いや、まあ。確かに私は究位魔族ですが・・・
所詮今はしがない中間管理職ですしねえ・・・御館様の我侭と
妻や娘への家族サービスの両立が非常に難しく、
最近胃の方が痛くなってきまして・・・」

「ね、ねえレニス。究位魔族って、もっとこう、偉そうって言うか、
自信に溢れているっていうか・・・その、えっと・・・・」

「まあ、実際、目の前に居るんだから居るんだろ。中間管理職の究位魔族」

「なんか・・・同情しちゃいますね・・・」

「叩き出さないの・・・?」

「やる気が失せた・・・おい、YAGI。話聞くから、立てよ。な?」

「ううう、冬のボーナスが、ボーナスがぁぁ・・・・・」

床に崩れ落ちるようにして滝の様な涙を流すYAGI。
第三者から見れば天外魔境にでも入り込んでしまったと錯覚するような
珍妙な一幕を展開しながら、レニスは、このタキシード山羊を
送り込んできた人物に、心の中でそっと毒づいた。











「いやはや、お見苦しい所をお見せいたしまして、誠申し訳御座いません」

「いや、それはもう良いから。要件は一体何なんだ?」

「ハッ。実は此度、我が御館様から・・・」

YAGIがタキシードの懐に手を突っ込み、中身を探る事数秒。
再度出て来た彼の手の中には手の中にすっぽりと収まるほどの大きさの
銀色に輝く一つの宝玉があった。

「貴方に『コレ』を渡すように仰せつかりました」

レニスは黙ってそれを受け取る。
これは『記言宝珠』と呼ばれる魔道具で、特定の相手にのみ
内部に封じた情報を知らせることが出来る、言わば手紙のような物である。
比較的簡単に作成でき、更に中の情報を他人が知ろうとしても
受取人以外には絶対に中身を知ることは出来ないので機密性も非常に高い。

そのまま宝珠を握り締め、内容を確認するレニス。
しかし、その情報を知るうちにその顔から表情が消え、
唐突に、完全に疲労しきったような大きな溜め息を一つついた。

「・・・これ、事実か? ・・・ああ、いや。いい。
有言絶対実行があの人のやり方だからな・・・」

無表情ながら、レニスの機嫌が相当悪くなっている事を
フレア達は敏感に感じ取り、レニスと相対しているYAGIは
それが解っているのかいないのか、生真面目な顔で頷いた。

「俺としては平穏無事に奴をサクッと殺せればそれで良いんだが」

「それは無理な相談かと。彼奴めが動く前に御覚悟をお決めになるしかありますまい。
もしくは、彼奴にソレを使わせずに勝つか・・・しかし、彼奴の力も相当な物。
かなり難しい事と思われます」

何とかは不明だが、『戦わない』という選択肢は出てこない。
どうやらレニスにとって確実に滅ぼさねば気が済まない相手らしい。

「解った。お前はとっとと帰れ。俺は今気が立っている」

「はっ、では、此度は是にて失礼致します。
またお会い出来る日を楽しみにしておりますぞ、
レニス・アークライト・エルフェイム殿」


ドゴオッ!!


半瞬までYAGIが座っていた椅子が
床に半球状のクレーターを生み出して焼滅した。














YAGIの姿が消えてから数十分。
あまりにもその空気を一変させたレニスに
声をかける事すら出来ず、ただジッと沈黙を守っていた三人だったが、
イリスが、ようやく意を決したか、それとも沈黙に耐えかねたのか
恐る恐るレニスに声をかけた。

「あ、あの・・・レニス? その、床、なんだけど・・・」

「フィリアが帰ってきたら再生させろ。俺は今から出掛けて来る」

「何処に行くの・・・?」

いきなり立ち上がり、漆黒のコートを着込んだレニスに、
見た目は無表情ながら、これまた恐る恐る声をかけるレミア。

「お前達は来なくて良い」

当然のように出てくる拒絶の言葉。
別に無理に付いて行っても怒られたりする訳ではないが、
今から行く場所がレニスにとって重要な意味を持つ場所だと
察した彼女等は、黙ってその指示に従った。

ジョートショップを出た眼の前の道で
立ち止まったレニスは、空中に小さな魔法陣を描いていた。
あっさりとそれは完成し、その小さな魔方陣の中央から、
これまた小さな白銀色の子犬が現れる。

「レニス殿・・・? 正式な手順を踏んで
我を呼び出すとは、珍しい事もあるものですな」

「《汝、仮初の契り交わせし愚鈍なる獣よ。我が縛鎖噛み切りて正しき事象の果てへと返れ》」

宙に浮かんでいた小さな魔方陣が音を立てて砕け散る。
レニスが何をしたのかは理解できるが、何故、それを今行なうのかが
理解できず、怪訝そうにそれを見る白狛。
そんな彼の眼の前に、一個の記言宝珠が放り出された。

「あいつに渡せ。『見つけたら知らせる』。
俺とあいつとの間で交わした、ただ一つの約束だからな」

「・・・パーティーの招待状、ということですか」

「ああ。遅れなければエスコートぐらいはしてやるさ」

「承知・・・!」

一瞬にして白狛の姿が巨大な銀狼へと変貌し、その巨体が霞むように消える。
眼の前に漂う、白狛の残滓である白い雪の結晶を見つめながら、
レニスは何時の間にか閉じていた眼を見開いた。




その眼は、何かを捨てる事を決意した眼であった。
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