中央改札 交響曲 感想 説明

時の調べ 第四十四話 嵐の前の
FOOL


「さてアレフ。説明してもらおうか?」

「いや、だから、その…ハハハハハハ」

 半眼でずずいっと詰め寄ってくるレニスに乾いた笑い声を上げながら後ずさるアレフ。
 この日のあたる丘公園で遊んでいる子供達や日向ぼっこを楽しんでいる御老人も何事かと意識を向ける。

「お前は確か、重要な頼みがあると言って俺に手伝いを要請しに来たな?」

「ああ、とてつもなく重要なんだ」

「まあ他ならぬお前の頼みだ。俺も今日は大事な使命があったのだが、
それを後回しにしてお前の頼みを聞き入れたんだ。ここまではいいか?」

「お、おう…」

「それが…それがなんでナンパになるのかなぁぁぁぁっ?」

「ギ、ギブッ、ギブアップギブアップっ! ぐ、ぐるじび〜っ!!」

 アレフの首に伸びていたレニスの両手が「きゅっ」と音を立てて絞まる。
 もがき苦しむアレフを無視して、レニスはその顔にとても清らかに思える微笑を浮かべた。

「今日は市場の肉屋で時間限定の50%OFF日だったんだぞぉ〜?
 しかもタイミングを見計らったかのように…」

 鬼神降臨。
 アレフは今日レニスを誘った事をちょっぴり後悔した。

「その貴重な時間を潰しやがってぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 のどかな公園に響き渡る多数の炸裂音。
 頭突き、膝蹴り、止めの踵落しと綺麗に繋げたレニスは
倒れ伏すアレフの頭部に片足を乗せながら幾分気の晴れた表情で額の汗を拭った。

「…ふう、念の為にフィリア達を行かせて良かった。
 御一人様1kgまでだから5kgはゲットできたな」

 そんなに買って食い切れるのかどうかはさて置いて、
堕天使と精霊を肉屋に並ばせるのは何も問題は無いのだろうか?
 まあ、美少女のお使いは問題あるまい。

「結局買ってるんじゃないかぐふぉっ!?」

 グリグリとレニスの足が押し付けられ、アレフの頭部が地面に埋没する。
 ちょっとだけ苦しそうだ。

「ん? 何か言ったかアレフ?」

「びびばべぶー」

「なら良し」

 アレフの頭から足をどけ、近くのベンチに腰掛ける。
 もう冬の日差しはなりを潜め、春の足音がハッキリと聞こえてきていた。










「そういや、もう明々後日だよな、再審請求。大丈夫なのか?」

「………? なんだ再審請求って?」

 ぼけ〜っと日向ぼっこしている所、唐突にアレフに問われ、首を傾げるレニス。
 ピキッとアレフの額に青筋が立った。

「冗談だ。半分な。最近色々と忙しいが、まあ大丈夫だろう」

「なんか聞き逃せない一言があった様にも思えるが…
なんでそんなに楽観できるのかが不思議だな」

「あら、レニスにアレフじゃない。何を話してるの?」

「こんにちは、レニス君、アレフ君」

 と、野郎二人が顔をつき合わせて居る所に、近くを通りかかったシーラとパティが声をかける。
 どうやら二人でフェニックス美術館に行ってきたらしく、二人の手には美術館の案内が握られていた。

「明々後日の話さ」

「明々後日…? っ! 再審請求!」

「よく分かったな、パティ。ご褒美に飴をやろう」

「いらないわよっ」

 にべもなく突き返された飴を残念そうに頬張り、ベンチに座りなおす。
 少し古びている所為か、小さく軋んだ。

「レニス君、なんだか凄く落ち着いてる」

「んー…特に気にしてないしな。
 それに俺に投票してくれる人少ないだろうし」

「? なんでよ。レニスが今日までジョートショップの為に頑張って来た事は
 この街に住んでる人間なら誰でも知ってるわ。逆はあってもそれはないわよ」

「でも、俺結構嫌われてるぞ?」

 意外な一言に、三人が三人共「え?」とレニスのほうを向く。
 レニスはそんな三人を無視するように視線を三人の後ろへと向け、
誰か知り合いでも見つけたのか大きな声で呼びかけた。

「おーい、マドックーっ」

「ん?」

 レニスの呼びかけに答えたのは、強面で有名なマドック・ブレンス(渋さの『光る』46歳)。
 彼は呼びかけたのがレニスだと知ると、「げっ」といかにも嫌がってますと
全身で表現するような態度をとりながらその場に立ち止まった。

「な、何の用だっ」

「明々後日の再審請求では俺に投票してくれよ〜」

「誰が貴様なんぞに票をいれるかぁっ!!!」

 咆哮炸裂。
 にこやかに笑いながら手を振るレニス。
 呆然と見送るシーラ、パティ、アレフの三人を一睨みし、
マドック・ブレンス(渋さの『光る』46歳)は肩を怒らせながら去って行った。

「…お前、あの人に何をした?」

「ああ、俺がガキの時にこの町に住んでいた頃――」

「お前エンフィールドに住んでた事があったのか!?」

 いきなり話の腰を折られたレニスだが、特に機嫌を悪くもせず暫し沈黙。
 ポンッと手を叩き得心がいったように顔を上げた。

「そう言えばパティ以外には言ってなかったか。
 俺が昔ここに住んでたって事は」

「初耳だっての」

 二重の意味でレニスに呆れながら、チラと視線を横に向ける。
 ちょっぴり得意げなパティと、ちょっぴり拗ねてるシーラがそこに居た。
 そんな些細な事に構わずに、レニスは話を続けた。

「細かい事は省くが、あの人が俺の妹他数名を(結果的に)泣かせてな。
 その報復手段として生きた毒蛇10匹を服の中に突っ込んだ」

「へえーお前って妹いたんだな。って毒蛇ってマテいっ!!!?」

「大丈夫だ。
 蛇の牙は全部引っこ抜いておいたし、念の為に解毒剤を気付かれないように飲ませたからな。
 いやー、今でも思い出すなあ、恐怖に泣き叫んで地面を転げ回る惨めな姿」

 懐かしそうに語るレニスとは対照的に、
頬を引き攣らせながらマドックさんに同情する三人。

「ちなみに、発案は陸見。
 実行レベルにまで作戦を練り上げたのがハルク。
 作戦の肝である毒蛇と解毒剤を用意したのがトーヤだ。
 …あの頃は皆若かったからなあ……」

「…父さん……」

「パパ…」

「…ドクター…あんたって人は……」

 身近な人物の知られざる過去の悪行を知らされ頭を抱える三人。
 そんな彼らにさらに追い討ちをかけるように、レニスは深紅の瞳に
郷愁の色を浮かべ、更なる事実を暴露する。

「あの頃は退屈とは無縁だったなあ…何せ自警団にまで睨まれたぐらいだし。
 《NOA(Nightmare Of Amaguriiro)》とか言う組織が勝手に結成されるわ
モーリスさんがその総司令の席に納まったりするわさくら亭初代店主の聖哉さんがバックに付くわ
主な任務はさくら亭の酔っ払いの撃退だわ陸見とハルクとセリカとレナはNOA四天王なんて呼ばれるわ
…………いや、あの頃は楽しかった」

「マ、マリアちゃんのお父さんまで…?」

「し、四天王って…」

「何故だ。何故こうも簡単に当時の光景が思い浮かぶんだ?!」

「基本的に被害の殆どは陸見達四天王がもたらしてたんだが、
組織名からも分かる通りなぜか俺がリーダーみたいな立場に立たされてな。
 あらぬ濡れ衣を多数着せられた記憶は今も鮮明に―――」

「あら、そういうレニスだって相当な事やってたでしょ?
 まさか自警団員ピラミッド事件を忘れたとは言わせないわよ」

 突然聞こえた声にレニスは少し驚いたように目を見開き
パティ等の背後へと視線を向けた。

「お、セリカじゃないか。さくら亭は良いのか?」

「ちょっと野暮用でね。偶々通りかかったんだけど、何か懐かしい話をしているみたいだったからね」

 そう言って少しだけ小悪魔的な微笑を浮かべ
パンパンと拍子を打ち、アレフ達の意識を自分へと向ける。

「ハイハイ、皆あんまりレニスの話を真に受けないの」

「母さん…」

「そ、そうだな。ちょっと信じすぎたかもな」

「そうよ。レニスは四分の三しか真実を言ってないんだから」

「よんぶんのさんっ!?」

「余計混乱させてどうする」

 頭を抱えて混乱する三人を尻目に
微笑ましいものを見るような眼で三人を見守るレニスとセリカ。
 この二人、絶対に眼の前の三人で遊んでいる。

「ほんと、若い子ってからかい甲斐があるわ〜♪」

「年を取って更に悪趣味になったな。セリカ」

「…レニス? 一言多いんじゃな〜い?」

「ふっ、図星か」

 陸見をすら簡単に竦みあがらせるセリカの眼光何のその。
 固まっている三人と何気無い表情のままで凄まじい迫力を発するセリカを
面白そうに見回すと、レニスはその無気力そうな表情とは裏腹な機敏な動作で立ち上がり
スタスタと公園の外へと向かい歩き出す。

「あら、もう帰るのレニス?」

「――なに、そろそろ終らせなければならない仕事が有ってな。
 フィリア達に任せっきりでサボり続けていたんだが、流石に今日明日には
ケリをつけなければ公私共に色々と支障が出るんでな。俺が行く」

「え?」

 思わず首をかしげるシーラ。
 レニスがフィリア達に任せっきりにしている仕事など聞いた事が無い。
 いや、むしろレニスがジョートショップに来た仕事を他人任せにしてサボり続ける事事態がありえない。
 すぐさまパティとアレフの様子を窺えば、彼等も訳が解らないといった表情をしている。

「そう。アンタはどうなろうとも平気でしょうけど、
アリサちゃんにあまり迷惑かけちゃダメよ?」

「善処する。じゃな」

 そう言い残し、レニスはこの場を立ち去った。

「あら。そういえば」

 レニスが立ち去った直後。
 今思いついたようにポンと手を叩きながらセリカはアレフ達三人に向き直った。

「アンタ達、レニスの歳の事全然聞いてこないわね。気にならないの?」

 意外そうな、からかうような、試すような。そんな笑顔を向けてくるセリカ。
 そんな彼女に、アレフ達は苦笑を返すしかない。

「いや〜、その話題は今更っしょ? あいつが見た目以上に歳食ってる事は…ま、暗黙の了解って事で」

「気にならないと言ったら嘘になります。でも…レニス君が話してくれるまで、待とうと思うんです」

 何故隠しているのかなんて知らない。隠しているのも年齢だけではないだろう。
 先ほどの会話だって気になる所は多々在ったが、どうせ訊いてもはぐらかされるだけだ。
 ならば、いつか話してくれる時を待って入いれば良い。
 自分の身内の話をしてくれた事を考えると、意外とその時は近いのかもしれないが。
 セリカはこの答えを聞き、小さく値踏みするような笑みを浮かべる。

「ふ〜ん…なるほど。そこそこ良い答えね」

 しかしまだまだ甘い。
 レニスと友人として付き合っている自分達やアレフはともかく、
パティやシーラにはもう少し踏み込んだ答えを返して欲しい物だ。
 でないと、折角手が届きそうな位置にまで追いついた背中にあっさりと引き離されてしまうだろう。
 しかし急ぎすぎるのも何である。今現在は、この位が丁度良いのかも知れない。

「そういえば母さん、店の方は大丈夫なの? 何だったら私も手伝うけど」

「大丈夫よパティ。今日はお客さん少ないし、暫らくは陸見一人で十分。
 普段サボってる分、偶にはてんてこ舞いしてもらわないとね」

 何を思い出したのか、セリカの笑顔はちょっぴり怖かった。




















 その日の夜。
 ふと、唐突に、何の意図も無くレニスは目を覚ました。
 なにやら体が重い。指先一つ動かせないとはこの事か。
 金縛り現象などと考えてみたが、生憎とそんな物にかかるほど自分は可愛い存在ではない。
 これはどちらかと言えば単に自分の身体が弛緩しているだけのように思える。
 目を開いた。

「……?」

 視界が赤一色に染まっていた。声一つ出せなかった。
 こういう時には冷静に状況を確認する。

 まず視界。眼球、もしくは顔全体に何かがかかっており、それが視界を赤く染めている。
 別に視覚で見なくても他の『感覚』で『観』ればいい。問題無い。

 次に声。口内、喉、気管、胃袋、肺、その全てに親しみ慣れた味と匂いのする液体が満たされている。
 今は睡眠中だ。喋れなくとも支障は無い。呼吸も出来なくてOKだ。問題無い。

 最後に動かない四肢。これはどうやら筋肉が弛緩しているのではなく、『繋がったまま千切れている』ようだ。
 自分は寝相が悪い方ではない。むしろ寝ている間はピクリとも動かない。だから、問題無い。

 なんだ、何も問題は無いではないか。
 少しとは言え驚いて損してしまった。
 レニスは再度夢の世界へ旅立たんとさっさと瞼を閉じた。

「……?!」

 突然、唇に柔らかい物が押し付けられる。
 それから伸びて来た同じく柔らかな物が少々遠慮がちにレニスの唇を押し分け口内に進入し
気管や肺、そして口内に溜まっていたソレを一気に吸い出した。
 再度瞼を開くと、目の前に見慣れた――やはり赤く見えるが――顔があった。
 レニスが眼を覚ました事に気付いた彼女は、再度レニスの口内に溜まっているソレを
呼吸と言動に支障が無い程度に吸い出し、俯かせていた顔を上げた。
 彼女の白く、細い喉がコクリと音を立てて動くのが見えた。
 唇の端から零れた一筋の血線を寝間着の裾で拭い、ほう、と小さく息を吐く。

「大丈夫ですか? マスター」

「安眠に支障は無かったんだがな」

「マスター…!!」

 本気なのか、冗談なのか、全く区別がつかない。
 フィリアの激昂を他所に、レニスは当社比2.73倍無気力な顔で天井を見上げている。
 なんとなく、フィリアの頭を撫でてやりたくなったが、残念な事に腕は動かない。
 彼女の蒼銀の髪の手触りは結構気に入っているのだが。

「そんなに泣くな」

「泣かせてるのは貴方です…!」

 目尻に浮かぶ涙を拭いながら、すぐに言い返してくる。
 そんな彼女の反応が嬉しくて、自然と表情に笑みが浮かぶ。

「マスター?」

「少し前のお前なら、反論せずに謝って来てたのにな…良い事だ」

 フィリアは少し複雑そうな苦笑を浮かべると、
血で汚れたレニスの顔を手に持っていた布で拭き始める。

「ライバルが増えてしまいましたから」

「大変だな」

「……他人事なんですか」

「他人事じゃないが、どうでも良い事だ」

「他の人には絶対に聞かせられない台詞ですね…」

 呆れの混じるフィリアの台詞を当然の如く無視しつつ、動かない身体を無理矢理『繋ぎ直す』。
 少々ガタガタだが、このガラクタは動くようになってくれたらしい。
 何時までも寝ているのも何なので、ベッドの上に体を起こした。

「……はて? 俺の部屋のカラーリングは何時から赤一色になったんだ?」

 最初は血が眼球に入った所為でそうなったのかとも思ったが、流石にそれは無いだろう。
 ならば視神経の異常かとも思ったが、フィリアの姿は普段通りの色彩だ。
 不思議に思うのも一瞬で、すぐにその答えは眼の前に提示された。
 ふと自分の身体を見下ろしてみると、全身のいたる所が裂けていた。
 なるほど。恐らく寝ている内に皮膚と肉が裂け、そこから血液が噴出したのだろう。
 ここまで綺麗に赤一色に染め上げるには自分の血液500%位必要なのではないかと思われたが、
まあそこ等辺は無茶苦茶且つ出鱈目な自分の身体だ。無くなる傍から作り出したと言ったところか。
 そのおかげか非常に強い空腹感――正確には脱力感だろうか?――を感じるが、
これはさくら亭の売上に多大な貢献をすればすぐにでも収まるだろう。
 あ、しまった。今は営業時間外だ。…まあ、無理なら無理でどうにでもなるが。

「やっぱり再生が遅いな…一年程前なら瞬時に修復してたんだが」

 額の裂傷を指先で掻きながらぼやいてみる。
 フィリアが慌ててその手を止めるが、額からは冗談のようにピュウと血液が噴出した。
 何も知らない第三者が見れば、少々性質の悪い三流喜劇に見えたかもしれない。

「止めてくださいマスター! 無理に弄って『崩壊』が進んだりしたら―――」

「進めようとして進むもんじゃないだろう。逆に、止めようとして止まるもんでもないがな」

 素っ気無く言いながら、完全に血の塊と化した布団を押し退けながら足を床に下ろす。
 横を向くと、沈んだような、落胆したような顔で俯くフィリアの顔があった。
 彼女の内心は容易に想像がつく。レニスは僅かに表情を緩めながら、彼女の頭の上になるべく優しく手を乗せた。
 自分の手が血塗れだったと思い出したのは、彼女の髪を2,3回撫でた後だった。

「駄目ですね、私…常に、覚悟をしていた、筈なのに……」

 己の髪を朱に染める手にその身をゆだねながら、フィリアは悲しそうに呟いた。
 レニスの手の甲が前触れも無しに裂け、血が噴き出す。
 フィリアは流れてくるソレを拭う事もせず、ソレが頬や首筋を流れ落ち、衣服に染み込んで行く様を見つめている。

「惚れた男が眼の前で死にそうになってんだ。どうにもならん方がおかしいだろう」

 レニスが何かを促すように髪から頬に手を走らせると、フィリアは小さく頷き素早く呪を唱える。
 室内とレニスを紅く染め上げていた血が全て消え失せ、元の姿を取り戻していた。
 何故か、フィリアは己の蒼銀の髪を染めた朱は消していなかった。

「お前にとっては今更だろうが、俺――俺達という存在は『矛盾』そのものだ。
 『燃える風』『流れる大地』『凍てつく炎』『そよそよと木の葉を揺らす稲妻』。
 そんな出鱈目で、無茶苦茶で、存在する意味が全く無い存在。
 存在する事自体が世界そのものを捻じ曲げる存在。
 最も存在が危うくなっている状態が最も存在が安定している状態、
常に一瞬先の消滅か永遠の生を歩むかを選択し続けている存在。それが、俺達だ」

 全身の傷口を塞ぎながら、己の血に濡れたフィリアの髪を撫で続ける。
 やはり、傷口を塞いで触れれば良かった。血がベトベトする。

「―――何度も言ったが、辛いなら離れても良いんだぞ?」

「それはもっと…辛いです」

 レニスは少し困ったように苦笑すると、俯くフィリアの頭をポンポンと叩く。
 フィリアを汚していた血が浄化され、元の美しい蒼銀の髪が蘇る。
 やはり、血濡れよりもこちらの方が綺麗だと、レニスは素直に感嘆した。

「今の俺が戦いに行こうとすれば、お前は止めるんだろう」

「当然です。今の貴方は本来の力の1割しか出せない状態なんですよ? それに――ァ?!」

 台詞の途中で、突如腕を掴まれベッドの上に引き摺り倒される。
 何が起こったのか理解できぬまま自分が浄化したベッドにその身を沈め、
仰向けになった自分に覆い被さっている己の主の瞳を呆然と見つめた。

「マ、スター……」

「フィリア……」

 不安定な体勢からレニスの手がフィリアの髪から頬を通り抜け顎にかかる。
 密着する互いの身体。薄い寝間着越しに伝わる力強い体温。
 微かな呼吸が感じられる距離までレニスの顔がゆっくりと近付く。
 思考が段々とぼやけてくる。レニスの目が、微笑むように細められた。

「悪い」

 一瞬の衝撃。
 視界と意識が闇に飲まれていった。














 暫らくの間意識を失ったフィリアの上に力無く倒れ込んでいたレニスだったが、
半ば無理矢理身体を横に転がし、フィリアの上から退ける。
 勢い余ってベッドの上から転げ落ちてしまったが、
とっさに封音の結界を張ったので誰かに気付かれたという事も無いだろう。
 何とか身体を起こし、ベッドに背を預け床に座り込む。

「…くっ! 1割か…5分の力が出せれば御の字だ。1分すら出せるかどうか…」

 荒い息を吐きながら、微かな痺れが走った左腕を視界に入れる。
 皮膚がどす黒く染まり、所々に硬質的な輝きが見て取れた。

「チッ、しかも真の姿を顕現させなきゃ生命維持も侭ならん。最悪だ」

 崩壊がここまで進むのは初めてだ。しかも最悪のタイミングで。
 まさかフィリアを止める程度でこんな小細工を労する羽目になるとは予想だにしなかった。
 少しばかり良心が痛むが、こればかりは譲る訳に行かない。

「クカカカカカ……なんでえ、濡れ場になるかと期待したのによ」

「その気になってもギャラリーが居るんじゃな。観られて喜ぶ趣味は無い」

 虚空から取り出した剣を杖代わりにし、のろのろと立ち上がる。
 闇から滲み出るように出現したシャドウが、ニヤリと口元を歪めた。

「ボロボロじゃねえか。そんなんで殺り合えるのかねえ?」

「お互い様だ。…そうだろう? シャドウ」

 シャドウの口元が微かに引き攣った。
 それはまるで、悪戯のばれた幼子のようにあからさまな変化だった。

「さあ、お互い覚悟を決めようぜ! 俺が消えるかお前が消えるか、二つに一つだ!!」

 叫ぶレニスの全身を、一瞬だけ激しい炎が包み込む。
 その炎が静まった後には、白い寝間着はその姿を消し、
代わりに黒赤を基調とした戦装束がレニスの身体を包んでいた。
 右手に在るのは、彼の分身である神剣レヴィスフィア。
 その背に広がるのは、文字通りの炎嵐のマント。

「戦装束っ……本気だなあレニス!!
 俺と貴様、どちらの思いがより強く! より深く! より狂っているか!
 白黒はっきり着けようぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 閉め切られた室内に吹く筈の無い風が吹く。
 その煽りを受け、レニスの炎嵐のマントがその勢いを増す。

 シャドウの狂笑が聞こえなくなった室内には、
安らかな寝息をたて、ベッドの上に横たわるフィリアだけが残された。
中央改札 交響曲 感想 説明