中央改札 交響曲 感想 説明

時の調べ 第四十五話 決着
FOOL


「――――――ほう」

 有無を言わさず連れて来られた世界を見渡し、レニスは思わず声を上げた。

「気に入ってくれたかよレニス? ここなら、多少無茶しても何ら問題は無え。
 不必要に世界に気を配る事はしなくても全然OKだ」

「ご苦労な事だな。不完全とは言え、わざわざ俺達の力に耐えられるだけの世界を構築するとは」

 言いつつも身体を反らし、横合いから飛んで来た拳を避ける。
 ついでにとばかりにその腕を取り関節を極めようとするが、
続け様に飛んで来た蹴りをガードする為に腕を離した所を二発目の蹴りが後頭部に直撃し、吹き飛ばされる。
 倒れこむような事は無かったが、地面を両脚で抉りながら何とか耐え切り、シャドウを睨みつける。

「おいおい、もう殺し合いは始まってんだぜ。くだらんお喋りは殺り合いながら進めようやあ」

「言われるまでも無い」

 そう言いつつ右手を翳し、指を鳴らす。
 シャドウの胸部で紫電の雷光が迸った。
 その一瞬とは言え強烈な衝撃と熱量に、思わず上半身を仰け反らせる。
 
「ぐおっ…てめえ、『炎帝』なら『炎帝』らしく炎を使いやがれっ!」

 先制攻撃だったはずなのに、何時の間にやら『火種』を仕掛けられていた事に多少戦慄しつつも憎まれ口は忘れない。
 雷撃に焼かれ、消し炭となった肉をこそぎ落としながら、再度レニスと向かい合う。

「そんな二つ名、名乗った覚えはないな」

 荒い息のまま言い捨て、レニスは神剣を腰に収めると黒く変色したままの左腕で力強く拳を握る。
 拳を中心に激しい炎が燃え上がり、次の瞬間には巨大な弓へとその形を変えていた。

「弓…なるほどなあっ! ならこっちは!」

 シャドウの手の中にカードの束が現れる。
 複雑怪奇な文様と絵柄が表す物は、タロットカードの二十二種の大アルカナ。
 その内の二枚。『魔術師』と『女教皇』の札をシャドウが引き抜くのと、
レニスが無言のまま召喚した炎矢を放つのは同時だった。

「『無明』!!」

「ヒャアッハアォッ!!!」

 シャドウが二枚の札を投擲する。
 飛翔する『無明』は『女教皇』とぶつかり合い消滅し、残る『魔術師』はレニスの左足に突き刺さる。
 しかしレニスがダメージを受けた様子は無く、攻撃を放ったシャドウも受けたレニスもそれをいぶかしむ様子は無い。
 更に投げつけられた『女帝』『皇帝』『教皇』の三枚をかわし、三本召喚した炎矢を同時に番える。

「『行』! 『識』!」

 しかし放ったのはその内の二本のみ。
 半瞬の時間差で残りの一本も解き放つ。

「『名色』!!」

「こなクソぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」

 シャドウは馬鹿にするなと言わんばかりの見事な体捌きでその三矢を完全に回避し、
そこから流れるような動作で『恋人』のカードを投げつける。
 だがレニスもそれは予測していたのか、炎嵐のマントを翻し『恋人』と
その影に重なるように投擲されていた『戦車』のカードを弾き落とすと力強く地面へ拳を叩きつけた

「マグナ・ブラスト!!」

 大地が引き裂かれ、出現した渓谷から圧倒的な熱量を持ったマグマが噴き上がる。
 思わず後方へと跳び退りながら防御結界を展開するシャドウだが、すぐにこれが攻撃目的ではない事を悟る。
 マグマはレニスとシャドウの姿を互いから隠すカーテンの役目を果たしていた。

「何処に隠れたぁっ!? レニスゥ!!?」

 吠え、噴き上げるマグマに向かって数十発のダークバレットを叩き込む。
 だがそれら全てが灼熱の壁に飲み込まれ、天へと巻き上げられて行く。
 この程度でなんとかできる物ではないと解ってはいたが、シャドウは忌々しそうに小さく舌打ちをした。

「……奴が放った矢は四本。残りは八本か。
 こっちは『戦車』までの七枚を使ったから残りは十四枚。
 内一枚が命中…この程度じゃ意味がねえな…せめて後五枚は当てねえと」

 周囲から隔離するマグマの壁は、今だ静まる様子は無かった。
 マグマの轟音と吹き荒ぶ熱風の風音を無視し、精神を研ぎ澄ませる。
 上方から、針の一点、極小にまで凝縮された闘気を感じた。

「そこかぁっ!!!」

 回避は不可能と悟り、一撃は受ける覚悟で『力』と『隠者』を攻撃の起点へと投げ放つ。
 肩口にレニスの放った炎矢――『六処』が突き刺さる。これもシャドウのカードと同じく一切のダメージを与えずに消え去った。
 上空から降りて来たレニスは『力』と『隠者』を自ら受け、着地と同時に既に番えていた炎矢を放つ。

「『触』!!」

 至近距離から放たれた『触』がシャドウの腹部に直撃する。
 更に突き上げるように爆炎をまとったレニスの蹴りが放たれるが、
これをシャドウは両腕をクロスさせてブロック。『運命の輪』を蹴り足に突き立てる。
 伸びた蹴り足が曲がり、シャドウの肩口に喰らい付く。
 レニスはそのまま地面を蹴り、シャドウの頭部を挟み込むような形で踵を叩き込むと
続けて身体に捻りを加えながら不自然な体勢のまま両脚だけでシャドウを投げ、地面に叩きつける。

「『受』!!」

 投げの間に番えた炎矢を射ち、それはシャドウの胸部に突き刺さる。
 このままではダメだ。一方的に殺られてしまう。
 そう認識したシャドウは自分自身をも巻き込んで闇の大渦を発生させた。
 それはレニスとシャドウ双方にダメージを与え、二人が立っていた地面を抉り取る。
 体勢を崩し、シャドウの上に倒れこむような姿勢になったレニスの腹部に、抉りこむような掌打と共に十枚のカード――
『正義』『吊るされた男』『死神』『節制』『悪魔』『塔』『星』『月』『太陽』『審判』『世界』
その全てを突き立てる!

「がほぁ…っ!」

「これで終わ」

「らせるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 立ち上がり、最後のカード『愚者』を手にしたシャドウの右手を蹴り上げつつ、反対の足でシャドウの顔面へ突き蹴りを打ち込む。
 シャドウは辛くも左腕を上げガードするが、勢いを殺しきれずに上体を反らした所に
レニスの天地逆の変形旋風脚が立て続けに打ち込まれ、両足が地面から離れた瞬間にレニスの両手が地面に着き、
その反動を利用した蹴りが地面すれすれを薙ぎ払いながら跳ね上がる!!

「ぐぉっ! ぐあっ!! がはあっ!!!」

「我が手に集え異空の硝炎。その力我が名の元に解放し、全ての業を焼き尽くせ!!」

 レニスの右手で黒金の焔が燃え上がる。
 眼帯に隠されたシャドウの両目が忌々しそうに見開かれる。

「疾く逝け!! 呪懐泉・輝迅掌!!!」

 その炎掌でシャドウの頭部を掴む事をせず、
掌に溜め込んだ力を一気に解放しシャドウを吹き飛ばす。

「『愛』『取』『有』!!」

 止めに炎矢を撃ち込む事も忘れない。
 だが放った三本の内『有』は飛び跳ねるように覚醒したシャドウに回避され、
さらに吹き飛ばされながらも素早い切り返しで放たれる漆黒の槍がレニスの追撃を阻む。

「大人しく喰らっとけ!」

「やかましいっ!! それはこっちの台詞だろうが!!」

 子供の喧嘩のような言い合いをしながらも両者の動きは止まらない。
 互いに片手で呪印を結び、世界の理を捻じ曲げる言葉を紡ぎだす。

「紫電狐九尾!!」

「界獣の滅牙!!」

 シャドウの声に導かれ、空の暗雲に住まう獰猛な雷獣がレニス目掛けて雷の尾を振り仰ぐ。
 レニスの声に導かれ、シャドウを挟み込むように大地が隆起し、巨大な牙となって迫り来る。
 皮膚を焼き、血液を沸騰させる雷撃をその身に受けながら、レニスは二本の炎矢を番えた。

「させるかぁっ!!」

「カオス・レイン!! 『生』! 『老死』!!」

 レニスの言葉に招かれた混沌の黒い豪雨が真空の刃を伴う暴風と共に降り注ぐ。
 それに紛れるように放たれた二本の炎矢が螺旋を描きながらシャドウへと迫る。

「バカかお前はあっ!!」

 罵声を上げながら、シャドウは混沌の豪雨を物ともせず巨岩の顎を圧し折り二本の炎矢を叩き落す。
 レニスはそんな事はどうでも言いと言わんばかりに虚空から十三本目の炎矢を出現させた。

「炎矢なんぞ混沌の雨の中じゃ逆に目立つに決まってんだろうが!」

「知ってるさ」

 口元に冷笑すら浮かべながら冷やかな返答をするレニス。
 ソレをいぶかしむのと同時に、シャドウの背に何らダメージの無い衝撃が二発、当たった。

「…なんだと?」

「不思議がる事も無いだろう。如月の十八番、転移攻撃だ。
 ああ、さっきお前が叩き落した炎矢、言うまでも無いがダミーだ」

「…………」

 シャドウの口元から笑みが消える。
 ただ一枚残った『愚者』のカードを弄びながら、ゆっくり面を上げる。
 口元が、再度笑みの形に歪んだ。

「…………ククク…」

「フフフフフ………」

 シャドウに釣られるようにレニスも笑い出す。
 炎嵐のマントが、風も無いのに大きくなびいた。

「ククククク……クアッカカカカカカカカカ…」

「フフフフフ……ハアッハハハハハハハハハ…」

「クアァァッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!」

「ハアッハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 一体何が可笑しいのか。
 狂笑と呼ぶに相応しい声を上げ続ける二人。

 人も獣も生も死も正義も悪も風も大地も過去も未来も炎も水も倫理も秩序も記憶も愛も憎悪も絶望も希望も刻も陽も信念も喪失も獲得も

 この世界に存在するありとあらゆるモノ全て、そして世界そのものを嘲り、賞賛し、見下し、敬うワライ。
 どれだけの時間そうしていたのか。二人は全く同時に笑うのを止め、今度は狂った静寂が訪れる。

「……………………」

「……………………」

 シャドウが最後のカードを手に取った。
 レニスが最後の炎矢を弓に番えた。
 解き放つのも、全く同時だった。

「『愚界の宿命』、発動」

「『第十三失縁』、起動」

 瞬間、二人の身体を膨大なエネルギーが包み込む。
 レニスの身体に突き立った14枚のタロットとシャドウの身体に突き刺さった7本の炎矢。
 それらが互いに共鳴し、溶け合い、反発し、超高圧縮され生み出された滅懐の柱が天を裂く。
 シャドウも、レニスも、その全てを一本の柱に飲み込まれていった。



























 魅樹斗がリビングで読書をしていると、台所の方からアリサの小さな悲鳴と何かが割れる音が聞こえた。
 何事か――と言っても答えは一つしかないのだが、後始末をアリサにやらせる訳には行かない。

「アリサおばさん。怪我は無い?」

 声をかけつつひょっこりと台所に入り、床に散らばった破片を見て一瞬眉をひそめる。

「ええ、大丈夫よ魅樹斗クン。心配させてごめんなさい」

 洗い物の途中で手を滑らせたという所だろう。
 アリサを下がらせつつ、持って来ていた箒で破片を集める。

「あ〜…僕のお碗が粉々……」

「え? 何言ってるんスか魅樹斗さん。それはレ――」

 そこまで言いかけて言葉を止めるテディ。
 魅樹斗の笑顔がとてつもなく怖かった。

「片付けは僕がやっておくから、アリサおばさんは今の内に買い物に行ってきなよ。
 ついでで良いからお碗も買って来てくれると食事の心配も無いんだけど」

「ええ…ありがとう、魅樹斗クン」

 全てを理解しているかのような微笑を浮かべ、アリサはテディを伴って出かけていった。
 どうやら完全にバレバレだったらしい。心配させまいとして逆に気を使わせるとは、自分もまだまだ未熟者である。

「はあ。さて、と。とっとと片付け終らせよ」

 そう言って、魅樹斗は砕け散ったレニスのお碗の片付けを再開した。
























 ガラクタの継ぎ接ぎだらけの様相の身体を動かし、蠢くように起き上がる。
 顔を上げると、黒ずくめの眼帯男が同じようにもっそりと立ち上がっている。
 しかし、眼の前の男は立ち上がる途中激しく痙攣を起こし、意味不明の言葉を吐きながらのた打ち回りだした。
 そんな男の姿を見て嘲笑を上げた途端、己の口からどす黒い血が吐き出された。
 足が崩れ落ちる。脳味噌を袋詰めにされて振り回されるように掻き乱される。
 まともな言葉など発せない。骨格が音をたてて軋み、変化するのを力ずくで抑えつける。
 筋肉と全ての神経を捻じ切られ、磨り潰されるような激痛。
 逆流する血液が気を狂わすほどの不快感を捻り出す。

「………ククッ…ククククカカカカカ、カカ…」

「ハハ、ハハハハ………」

 暗く、低い笑い声が辺りに響く。いっそ、不気味と言っても差し支えは無いだろう。
 痙攣と痛みが治まってきたのか、二人とも無様で緩慢な動きで立ち上がり、再度相対する。

「カカカ…死にかけ二人が、必死になって殺し合いか…クカカカカカ……」

「…………滑稽だ。全く持って、度し難いほどに」

 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎた。
 しかし、それでも戦いを止める訳には行かない。
 あの女との殺し合いとは別の意味で、この戦いは避けてはならないものだから。

 さあ往くぞゴミクズ同然の我が身体。
 大地を踏み締め屹立せよ。拳を握り肩を引け。顔を上げて顎を引け。
 幾万の軍勢すら焼き尽くす灼熱の瞳を持って、眼前の敵を滅殺せよ!!

「五分だっ! それで決着を着けるぞ、レニスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッ!!!!!!」

 まるで己の命すらも燃やし尽くさんとするほどの雄叫びと共にシャドウの身体に変化が生じ始めた。
 眼帯が弾け飛び、額が変形したバイザーが両目を覆い隠す。
 背中が盛り上がり、そこから禍々しい形状をした金色の翼が六枚出現する。
 それに呼応するように右腕と両足の側面が盛り上がり、腕からは二枚、両足からは二枚づつ四枚の翼が産み出される。

 計十二枚の金色の翼。

 さらに左腕の肘から先が徐々に巨大・硬質化していき、奇妙な曲線的なフォルムを持つ怪腕へと変化する。
 その腕は火山灰のような生気の感じられない奇妙な鉱物に覆われており、大きさも人一人ぐらいなら鷲掴みに出来るほどだ。

「望む所だ、シャドオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 シャドウと同じく、全てを吐き出すような雄叫びを上げるレニス。
 深紅の瞳が燃え上がり、漆黒の髪は更に深みを増し闇へと変わる。
 背中が盛り上がり、衣服を突き破って出現したのは、雄々しく広がる六枚の雪色の翼。
 右腕から二枚、両足からも二枚づつ雪色の翼が産み出される。
 計十二枚の雪色の翼を羽ばたかせ、左腕をシャドウへと突き出す。
 左腕の肘から先が一回りも二回りも大きくなり、黒い硝子質の鉱物で覆われる。
 鋭角的なフォルムを持つその手も、その気になれば人間を簡単に鷲掴みできる程の大きさを持っていた。


 二人の視線が交差する。
 己の存在が、この世界の中核を圧迫しているのが解る。
 時間は、シャドウの言った五分が限界だろう。
 すでに互いに交わす言葉は無い。
 己を縛り付けた鎖から解き放たれた二人は、全く同時に大空へと羽ばたいた。





































―――ふむ。思ったよりも良いモノだな、これは―――


―――しかし大元が奴等だというのが気に食わん―――


―――ふふふ…その程度、些細な事だ。非常に些細な事だ―――


―――素晴らしい。だが、『門』など用意する必要があったのかね?―――


―――何。今回出番は無くとも、他の役には立つ―――


―――後は、我等を愚弄して来た『炎帝』と『氷麗姫』を滅すのみ―――


―――では、あの人形はどうするかね?―――


―――放っておけ。利用価値の無いガラクタなどに、もう用は無い―――






































 シャドウの左腕の五指が触手の様に伸び、襲い掛かるが、レニスはその全てを右腕の翼一振りで切り払う。
 その合間に接近してきたシャドウの胴体を蹴り付け、距離を取ると数百数千の火球を生み出し、全方位から叩きつける。
 だが、シャドウは空間を歪めその火球を全てレニスの方へと誘導する。
 レニスは三匹の炎の竜を解き放ちそれを全て飲み込ませるが、シャドウはその隙を突いて背後に回り、剣を振るう。
 間一髪で体位を変え回避するが、剣の切先は背中の数枚の翼を切り裂き、地に落とす。
 しかし驚く事に、切り口から血液が噴出する前に瞬時に翼が再生し、
再生したばかりのソレが鋭利な刃となってシャドウの右肩口に突き刺さる。
 その攻撃を無視し、そのままレニスに密着するシャドウ。
 互いに零距離から繰り出した左拳がぶつかり合い、その衝撃により一気に数百メートルの距離を引き離された。

「――――――――っ!!!!」

「――――――――ぁ!!!!」

 全く同じタイミングで、全く同じ構えを取る二人。
 二人の右腕の翼の中間地点に深紅の塊が出現する。
 握っていた剣が超高エネルギー体に変化し、左腕と絡み合うように融合する。
 申し合わせたかのように、二人は互いに右腕を突きつけた。

「―――ぁぁぁ―――――――――ぅぅぁぁぁっ―――――!!!!!」

「―――――――ぉぉぉぉ―――ぁぁぁぁぁっ――――――!!!!!」

 翼の間にある塊が膨張を始める。
 紫電の鎖がそれに絡みつき、その膨張を加速させる。
 まるで太陽のように輝く深紅の塊。
 本物の太陽と違うのは、全ての生命に滅びのみを与える破滅の輝きを放つ事だ。
 そして、シャドウの太陽が臨界を突破し、僅かに遅れてレニスの太陽も臨界を突破した。

『災厄の翼ぁっ!!』

 解き放たれたエネルギーは、直撃すれば軽く両者を消し去れるほどの物。
 それが真正面からぶつかり合うと同時に、また、二人も動く。

「があああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!」

 シャドウは荒れ狂うエネルギーの嵐の中を突き抜け、
その中心部で己の左腕を振り上げる。

「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 シャドウが勝利を確信し、叫ぶ。
 レニスは今だ左腕を構えてはおらず、まだ右腕をこちらに向けている状態だ。
 そして、自分の左腕には、先程の災厄の翼以上の超エネルギーが込められている。
 それらを五指に収束させ、この距離で放てば…確実に、勝てる。

「レニスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!」

「――――――――ガフレイド・オーバードライブ!!」

 己の存在に多大な負荷をかけるにも拘らず、レニスは限界を超える力を引き摺り出す。
 そして、シャドウの五指がレニスに届く直前、レニスの両足の翼から二つの太陽が撃ち出される!

「災厄の翼ぁ!!!!!」

「!!!!!??? 連射!? しかもオーバードライブだとぉっ!!!!??」

 あまりにも予想外な事に対応できず、
 右半身の金色の翼五枚と左腕が跡形も無く消滅する。

「お前の…負けだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!」

 急激に加速するレニス。
 左腕と融合していた神剣を抜き放ち、シャドウと肉薄する。
 刀身が真紅に染まり、超エネルギー体となった神剣の切先をシャドウへと向ける。

「レニスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 シャドウの咆哮。
 ドンッという、何か重い物がぶつかり合うような音。
 その途端、この世界の一切の音が消え、抱き締めあうような形で
停止していた二人の間を、乾いた風が通り抜ける。

「―――――――――――――――――紅四十八式 神狩人」

 レニスの最後の一言は、この世界に小さく、
しかし、遥か遠く、遠くにまで響き渡った。














 見る影も無くなった大地に横たわったシャドウは、
自分を見下ろすレニスに向かって忌々しげに吐き捨てた。

「…テメー、『崩壊』してんじゃねえのかよ」

「『御都合主義』と書いて『お約束』と読む言葉を知っているか?
 敵、もしくは物語の重要人物が一人死ねば、大抵の物事は解決するんだ」

「三流以下だな。もう少し独創性というものを養えってんだ」

 くだらないといった表情のシャドウを見ながら、同意するように口元を緩めるレニス。
 『崩壊』は猫のように気紛れだ。緩慢に訪れ、緩慢に去る。唐突に訪れ、唐突に去る。
 いつもの事だ。嫌な事だが、もう慣れた。

「ハッ、ハハッ、俺がなんなのか…気付いているんだろう?」

「大雑把にだがな。……俺の複製、と言うのが正しいのかは興味が無いが、そんなモノだろう?
 ついでに俺があの世界で殺して来た連中の怨念やらをこね合せたのがお前。
 細部までは製作者にしか解らんが、俺に恨まれる、憎まれる事でその存在をより強固なものとする…」

 ドンッ、と地面を震わせながら、神剣を地面へと突き立てる。
 先の戦闘でこの世界も崩れ始めてしまったが、これで少しはもつ筈だ。

「だが、本気で俺に憎まれようとはしてなかったな。
 本気で憎まれたかったのなら、他にもっと方法があったはずだ」

 誰にでも簡単に思いつくものは、親しい者の殺害。
 大事な物を壊されれば、大抵の者は壊した相手に憎しみを抱く。
 シャドウはカクンと首を傾け、低く笑う。

「クカカカッ……簡単、な事だ……こんな糞みたいな俺でも…複製であろうと…お前だからな。
 傷付ける事なんて出来やしない。お前の中にあるこの町への渇望、郷愁、そう言ったもの全て
俺の中にも存在している…お前の思いは俺の思いでもある。仲間を、家族を傷付ける等もっての外だ」

「の割には最後にやってくれたな。エンフィールドを消すつもりか?」

 憎しみも、怒りも、一切その言葉には篭ってはいなかった。
 ただ、疑問に思った事の答えを求めているだけの、質問。

「クックックッ、可笑しな事じゃねえさ。
 俺はお前の複製であると同時に、お前が殺してきた者達の怨念の集合体でもあるんだぞ?
 たまたまさ。たまたま、アレを見つけた時に、俺自身ではなく、お前を憎む亡霊どもが身体を支配していた。
 …ただ、それだけ……」

「――帰れなかった者達の憎悪、か」

 呟いたレニスの瞳は、シャドウを通り越して遠い過去を見据えていた。
 懐かしいと言えなくも無い風景が脳裏を過ぎった時、シャドウの呼び掛けにハッと意識を戻す。

「だから、お前は帰れ」

「何?」

「こいつ等は、俺が責任を持って黄泉まで連れて行く。
 何時まで、ジョートショップの居候でいる気だ」

「明日には、帰るさ」

「いーや、俺様は認めねえぞ。今日中に帰れ今帰れすぐ帰れ。でないと俺を構成している怨念をこの場で解放するぜ。
 クックックッ、低級の死霊だとは言え、『あの世界』で生き抜いていた存在だ。並じゃねえぞ」

「脅しだな」

「Cランチで他人を売れる男が何を言う」

 シャドウの軽口に、二人同時に吹き出し、笑う。
 あまりにも図星過ぎて楽しく思える一言だった。

「違いない。なら、脅されよう。今度Cランチ一緒に喰うか? 俺の奢りだ」

「いいねえ。ま、そんときゃ奢られてやるよ。んじゃ、そろそろ行くわ」

「そうか…なら、送ってやろう」

 地面に刺した真剣を引き抜き、握りなおすレニス。
 その刀身と雪色の翼に紅玉石のような炎が絡みつく。

「おい…いくらなんでもそれで送られるのはゴメンだぞ」

「遠慮するな。大丈夫。痛みは無いから…な!」

 真紅の刀身と黄昏色の二枚の翼に裂かれながら、
 シャドウは「仕方ねえなあ…」と呟いていた。



 ――その顔に、どこか穏やかな笑みを浮かべながら。
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