レニス少年の「えぬおーえー」な日々 『黒影乱舞』 |
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この日、ルーファス・アスティアは思った。
――――こいつらやっぱり兄妹だ。と
「お兄ちゃんお帰りなさい!」
「や、やあアーク、お邪魔してるよ……」
「ただいまアリサ。どうしたルーファス? なんか顔色が悪いぞ」
「ハ、ハハハ、いや、ちょっと……ね」
引き攣った表情とハッキリしない口調。
絶対に何かあると確信したレニスがジッと半眼で睨むと、ルーファスはすぐに目を逸らした。
「お兄ちゃんお兄ちゃんっ、あのね、お兄ちゃんに見てほしいものがあるの」
「俺に?」
「うんっ」
飛び跳ねるようにレニスにじゃれ付くアリサに連れられる様にリビングへ。
そこのテーブルの上にあるモノを見て、レニスは一瞬だけ硬直した。
「これは?」
「あのね、お兄ちゃんに喜んで欲しくて、初めてだったけど一生懸命作ったの!」
「そうかー。アリサが作ってくれたのかー。で、一応訊くけどコレはナニ?」
「ピザ!」
愛する妹君はにっこり笑顔でそう告げた。
テーブルの上に並べられた漆黒の円盤の名を。
とりあえず手に取って見る。
硬い感触。持ち上げると綺麗な円の形を保ったまま持ち上がった。
何故か表面は磨かれたように滑らかで現在自分がどんな顔をしているのかが手に取るように分った。
いざ、れっつ・ごー でっど・おあ・あらいぶ
ガキン
「…………………………アリサ、これどうやって『造った』?」
「あのね、生地の中に少しお砂糖入れてみたの。甘い方が美味しいと思って」
「そっか。―――ルーファス。これ持て」
クイッと親指で中庭を指し、直ぐに外へ出る。
レニスの言いたい事を察したルーファスは中庭に出ると準備運動を終えたレニスの前にアリサのピザをかざした。
「黄金のひだりいっっっっ!!!!!」
ドンッ! と腹の底に響くような轟音と共にレニスの左ストレートがアリサのピザに叩き込まれる。
「………………………痛い」
「岩をも砕くレニスの拳が効いてない……」
呆然とするルーファスの前で拳を抑えて蹲るレニス。
それを嘲笑うかのようにピザが『きらりーん☆』と眩い光を放つ。
今日ほどアリサが弱視で良かったと思った事は無かった。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「なんでもないよアリサ。何処から食べようかちょっと迷っちゃって」
穏やかな笑顔でそんなことを言えるレニスを少し尊敬するルーファスだった。
「そうなんだ。あ、でもね、ピザは暖かい方がおいしいから……」
「ああ、わかってるよアリサ」
可愛い顔でそんな事を言うアリサに少し戦慄するルーファスだった。
「危ないからって台所から遠ざけたのは失敗だったか……」
「今度聖哉さんに頼もうか?」
「簡単な手解きなら俺でも何とか……でも聖哉さんのほうが安全か」
「あら、二人とも中庭に出てなにをしているの?」
ヒソヒソと会話をしていると聞き慣れた声が横合いからかけられた。
その声に反応して振り向き、そして二人の顔に希望の西風が吹いた。
「おおっ! ピアニストを目指す天才格闘少女レナ・フリュートホーンじゃないか!!」
「ナイスタイミングNOA最強の拳撃戦闘能力保持者!!」
「凄く問い詰めたくなる説明口調での紹介ありがとう」
愛用のブラスナックルを右手にセットしながらたおやかな微笑みを向けるレナ。
しかしレニス達はそんな事は意に介さず、素早くピザをレナの前に持ち出して
「さあっ! 俺がこのピザを食べれるようにカーマインスプレッド級の踵落しを決めてくれ!!」
「ピ、ピザ……? これが……?」
「納得するのは後だ。今はとにかくノイマンやベケットを一撃で沈めたあの幻の踵を!!」
今までに無い迫力で迫って来るレニスの勢いに押されるように構えを取るレナ。
レニスも防御体制をとりつつもしっかりとピザを掲げつつ
「さあっ、来い!!」
「では…容赦いたしません、よっ!!」
右正拳から始まる猛烈なラッシュがピザに叩き込まれる。
その打撃は全て正確にピザの中心に集中し、断続的な衝撃がピザを突き抜けてレニスを襲う。
「―――――これで」
カーマインスプレッド級の破壊力を秘めると噂されるレナの美しい足が高々と上げられる。
この場に陸見とハルクが居れば彼女の服装がスカートでは無いことを嘆いたであろう。
「ラストォッ!!!」
先のレニスの左ストレートの数倍はあろうかという衝撃が大地を揺らす。
しかし
「……耐え抜いてるよ…」
ルーファスのどこか悟りの入った声にレニスとレナが顔を上げる。
レニスの手の中で『きらりーん☆』と輝く漆黒の円盤。その名はピザ。
踵に鉛を仕込んでいたレナの靴が半壊していることから先の一撃が並々ならぬ威力であった事は想像に難くない。
「わたしの渾身の一撃が……ピザに負けた?」
「俺の拳だけでなくレナの踵落しにも耐え抜くとは……上等だ」
果てし無いショックを受けるレナの横でレニスの額に青筋が浮かんだ。
どこか威圧感さえ感じさせるオーラを纏い、トコトコと家のリビングに戻ると
「アリサ」
「あっ、お兄ちゃん。ピザどうだった?」
「ああ……素晴らしいよ。俺はこれほど素晴らしいピザに出会ったことは無い」
妹ににっこり微笑みかけてそのまま自宅の倉庫へ。
戻ってくると射すような視線でピザを凝視するレナと台を用意してその上にピザを置くルーファスの姿。
レニスも倉庫から引っ張り出して来た獲物を持つ手にぺっと唾を吐きかけ、ソレを力一杯握り締める。
「さて、それではお約束の掛け声と共に………」
『グオン』と吠え猛り振り上げられた超巨大採掘用ハンマーが、
「光になれええええええええええええええっっっっっっっ!!!!!!!!!!」
振り下ろされた。地面がグラグラと揺れ、もうもうと土煙があがる。
それが晴れた後には半ば以上地面に埋まったハンマーと達成感に包まれた爽やかな笑顔のレニス。
「ふっ、幾らなんでもこれなら割れてるだろう……」
持ち上げたハンマーの後、爆心地の中央で燦然と光り輝く漆黒の円盤。
しかしその円盤を両断するかのように一筋の細い亀裂が入っていた。
「ようやく、ようやく光明が見えたぞ……」
「今ならわたしの拳でなんとかなるかも」
「……あれ? ちょっとまって二人とも」
「どうした」
ピザを持ち、眺めていたルーファスが制止の声を上げる。
怪訝に思って二人がルーファスの手の中のピザを覗き込む。
「亀裂が小さくなってる」
「……なに?」
「えっと、考えたくないんだけど……」
ルーファスの視線が泳ぐ。
レニスの口元がヒクヒクと蠢く。
レナの手が知らず口元を覆う。
「……再生、してるんじゃないかな?」
そうこうしている間にピザに走っていた亀裂は完全に消えてしまった。
今は小さなヒビどころか更に美しさに磨きが掛かったような錯覚さえ覚える。
ピザが『きらりーん☆』と輝いた。
レニスの『笑顔』が『エガオ』になった。
「こうなったら現最強の攻城兵器ファランクス砲しか……っ!」
「持ってないだろ」
「略奪するっ!!」
「するなっ!!」
「あの破壊力ならヒビの一つや二つ……っ!!!」
「いやピザだけじゃなくて町ごと消滅するって!」
「何を言ってるんですかルーファス。もうこれ以外方法が無いじゃないですか!」
「レナもその気になるなよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ルーファスの半泣きの叫び声を聞きながらリビングで紅茶を飲んでいたアリサは
「お兄ちゃんが喜んでくれてよかった♪」
どこかズレてはいたが、楽しそうな(?)兄の声に満足そうな笑みを浮かべていた。
このアリサが初めて『造った』記念すべき一枚目のピザは《漆黒の円刃(ブラックソーサー)》と名付けられ、
トップシークレット(最高機密)を通り越してブラック・ファクト(存在しない事実)扱いとなり闇へと葬られた。