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ありえたかもしれない日常3
FOOL


 さくら通りの一角にポツンと存在する喫茶店『リフレクト・ティア』。

 そのマスターであるレニス=A=エルフェイムはどことなく憂鬱な表情で起床した。



「うぁ……頭ぼさぼさ」



 まだ日も昇りきっていない外を見て大きな欠伸をしながらシャワーでも浴びようと着替えとタオルを取って部屋を出る。

 途端、階下から食欲をくすぐる微香が漂い空腹感を刺激された。

 レニスは起きたばかりでまだ朝食の仕度は済ませていないはずだと怪訝な表情をしたが



「ん……ああ、今日はフィリアが作るとか言ってたか」



 納得して階段に足をかけた。

 昨日まではレニスが食事を作っていたのだが昨夜の夕食時にフィリアが「明日からの食事は私が作ります」と断固主張したのだ。

 突然の申し出にやや面食らいはしたもののレニスにとっても楽ができるのは大歓迎なのであっさり承諾。

 この時をもってフィリアはエルフェイム家の台所を任される事になった。



「おはようございますマスター」

「おはよ。……ふむ。米と味噌汁か」



 台所を軽く覗き込んでメニューの確認。

 摘み食いできそうなおかずが一品も無い事を残念に思い小さく嘆息すると、それをどう誤解したかフィリアは微かに表情を曇らせた。



「あの、御不満ですか? パンの方がよろしかったでしょうか?」

「いや大歓迎。ただ」

「ただ?」

「天使と和食って組み合わせは妙に間抜けなイメージを掻き立てるな、と」

「…そんな事を仰るなら食べなくても結構です」

「そういうカウンターは相手をしっかり餌付けした後に使うのが効果的だぞ?」



 人差し指と親指を顎に当てながら≪きゅぴーん☆≫と瞳を光らせるレニス。

 その勝ち誇った仕草にむっとするフィリアだが、この数日間レニスと二人きりで暮らしていた経験を生かし沈黙する事で会話を切り上げる。

 まだまだ言い返せるほどの熟練度は無いらしい。



「ま、冗談はともかく――失礼」

「―――っ!?」



 スッと伸びた手がフィリアの顔を挟みそのままレニスの方へと向け固定する。

 軽い衝撃。気付けば、眼の前にはそろそろ見慣れた感のある無気力な男の顔があった。



「――ぁ―ぅ――――」



 零距離の位置にある、意外にも綺麗と表現できる精巧な男の顔。

 触れている位置が額であるとは言え、完全な不意打ちでの急接近に心臓の鼓動が高まり”かあっ”と頭が熱くなっていくのを自覚する。

 普段のゆるみっぷりが嘘のような真剣な表情。

 レニスの甘栗色の瞳に完全に魅入ってしまう。



「……安定しているみたいだな」

「―――はい」

「突発的且つ強制的だったからどうなる事かと思ったが」

「―――はい」

「この質問もこれで最後にするが、このままで良いんだな?」

「―――はい」

「なら、好きなだけここに居ろ」

「―――は、はい」



 顔を離しフィリアの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でるレニスだったが、頬を紅くしてぼ〜っとしているフィリアを見て少し調子に乗りすぎたかと苦笑する。

 ならばそのまま悪乗りをするのも一興。



「どうした顔を赤くして。ナイスミドルな俺の魅力にメロメロか?」

「な、なにがナイスミドルですか。そうやって笑ってると十代に見られかねないのに……」



 少し拗ねた感じのフィリアの呟きに稲妻に撃たれたかのように多大なショックを受けるレニス。

 よろよろとテーブルに手をつき「ば、ばかな……」と震える声を絞り出す。



「若返り記録更新…だと? ナイスミドルへの道は遠い…」

「それなら年相応の落ち着きというものを身に付けてください」

「俺ほど落ち着きのある男はそう居ないぞ?」

「世間ではそれを無気力と言うんです」

「むむっ、日夜労働に励んでいるこの俺に向かって無気力とは。この三千世界にこれ以上不適切な評価があろうか!」

「お願いです、自覚持ってくださいマスター」

「はっはっはっ、昨日からはフィリアが入ったからさらに楽できるんだよなー」



 さらりと開き直り、なぜか胸まで張って深く頷くレニス。

 そのまま踵を返し風呂場へと向かうレニスの背中を、フィリアは僅かにほっとした面持ちで見送った。


 どうにも、彼を眼の前にすると調子が狂う。

 不快な感じではなくむしろ心地良いとも言えるのだが、それでも良い様に手玉に取られるこの状況は何とかしたかった。



「――――ッ、いけないいけない」



 ぼーっとしすぎて危うく味噌汁を沸騰させる所だった。

 慌てて火を消し止めて大きく安堵の息を吐く。

 まあとりあえず、諸々の考察を後回しにしたとしても――



 ――この頬の火照りは、当分収まりそうに無かった。


























「――――これは餌付けされるかもしれん」

「? 何か仰いましたか?」

「ああ。美味い。魚の焼加減など絶妙だ」

「ありがとうございます」



 嬉しそうにはにかむフィリアに頷き返しレニスは食卓を眺めて見る。

 なんと言うか、自分の作った料理とは”輝き”が違った。

 見るだけで食欲をそそるそれらに再度感嘆の息を吐くとレニスは食事を再開した。



「……む?」



 途中、ようやくある事に気付いたレニスは食事を続けながらも思案する。

 フィリアはいきなり無口になったレニスの様子に怪訝な表情をするも、その時だけは難しい顔をしつつ辛くも骨だけを選り分けながら焼き魚を口に運ぶレニスを見て思わず笑みを浮かべていた。

 そのまま食事が終了し食後のティータイム。

 鳴り響く教会の鐘に時計を見れば、短針がZを指していた。



「少し早過ぎてしまいましたね」

「流石に俺の起床時間に合わせてたらなあ……おや?」



 ふとレニスが何かに気付いたのか店のほうへと顔を向ける。

 すると同時にカウベルの音が鳴り響き、朝早くからの客の来訪を食卓に告げてきた。



「まだ開店時間になっていないのに…」

「ああ、構わん。客じゃないから」

「?」



 フィリアが不思議に思う間にも来訪者は静かに店内を通り抜け、ついに二人のいる食堂に辿り着いた。



「レニス、起きてるか――?」



 そう言いつつ入って来たのは三人の男女だった。

 センスの良いスーツを隙無く着こなす壮年の紳士と寄り添うように立つ女性。

 そして二人の後に続くようにフィリアと同い年ぐらいの黒髪の少女が姿を現した。

 レニスの幼友達であるハルク=シェフィールドとその妻レナ=シェフィールド。

 その二人の一人娘であるシーラ=シェフィールドである。

 この三人は少し前に所要でエンフィールドを離れており、予定では二日前には帰って来ていたはずなのだが、先日の大嵐の所為で街道が封鎖されてしまい今日になってようやく帰ってきたところだった。

 レニスは何時も通りの無気力な顔を三人に向け”シュタッ”と右手を上げる。



「無事戻ってきたようだなハルク。ローレンシュタインの下見は無事済んだか」

「ああ、お陰様でな。きっと起きていると思って寄らせてもらったが、相変わらずの早起きだな」

「もう完全にサイクル固定してるからなあ〜。ん、シーラも元気そうで何よりだ」

「はい。レニスおじさまもお元気そうで。この前は相談に乗って頂いて本当にありがとう御座いました」



 頭を下げる少女、シーラに気にするなとでも言いたげに手を振りつつ三人に座るように促した。

 それぞれが席に着いたタイミングでフィリアが自然な動作でお茶を出す。


「さて、彼女に対して私達はどのような反応を示せばいいんだろうか?」

「あらかたのリアクションは見飽きたから何もしなくていい」

「淡白だなレニス。体調でも悪いのか?」



 ハルクは苦笑しながら気持ちレニス寄りの位置に座っていたシーラを自分のほうに引き寄せる。

 突然の妙な行動に他四人の頭上にクエスチョンマークが浮かんだ。



「…何をしてるんだ?」

「嫁入り前の愛娘に手を出されたら困るだろう。念の為だ」

「えぐりだすようにっ」

「ごぼぉおっっっ!!?」



 瞬時に解き放たれた羅刹の拳。

 内臓ごと肺を圧し潰さんとする瞬殺のボディブロウ。

 ハルクの胸が一瞬膨れ上がったのを女性陣の眼は確かに捕えていた。



「寝言は寝て言え」

「ロリコン」

「えぐりだすように、in Summerっ!!」

「今は冬ぅぅぅううううううっっっ!!???」



 無情の拳を放つ無気力マスターと人外の悲鳴を上げる似非紳士。

 そんな二人を視界の隅から放り出し、女性陣は和やかに友好を暖めていた。





















「…私ってそんなに幼く見えるんでしょうか…?」

「年齢差が大きいから言っただけだろ。見た目はともかく実年齢が二十三も離れてればな」

「ごめんなさい。パパにはわたしとママからきちんと言っておくから…」



 申し訳無さそうに謝罪するシーラ。

 レニスをロリコンと評せるほどフィリアの歳は低くないし容姿も子供っぽく無い。



「別に謝らなくても良いが」

「あら、わたしが謝ったのはフィリアさんにだけですよ。だってレニスおじさまも同罪ですもの」

「何故に!?」

「ふふふ、さあ何故でしょう?」



 シーラは機嫌良く笑うとサッとフィリアの陰に隠れてレニスの追求から逃れてしまった。

 三人が今居るのは『リフレクト・ティア』ではなく町の大通り。

 着の身着のままレニスの家に転がり込む事になったフィリアの衣服他生活必需品を購入する為だった。

 今のフィリアはレニスの服の何枚かを借り受けて生活いるが何時までもそのままで居る訳にもいかない。

 本当ならば嵐の明けた昨日の内に行きたかったのだが、嵐の被害が在った為か休業だったのだ。

 妹のアリサから服を借りればよかったと思いついたのが今朝だったのは少々間抜けである。

 ちなみにシーラはアドバイザーとしてレニスがシフォンケーキで買収。

 ハルクとレナはレニスにシーラを任せてさっさと帰宅してしまった。

 なんだかんだであんな心配は口だけなのである。



「でもマスター。お店のほうはあれでよろしかったのですか?」

「よろしいよろしい。開けても昨日みたいにお前目当ての客が鬱陶しいぐらいに来るだけだ」

「そんなに来たんですか?」

「シーラは知らないだろうけどな。トリーシャがあっと言う間に町中に知らせてくれたおかげで午後からの客の入りは泣きが入るほどだったんだ」

「マスターは全く働いてくれませんでしたが」

「道楽と自己満足のための店で何が悲しくて真面目に働らかにゃならんのだ。第一あの店は―――」

「?」

「ぁ――なんでもない。追究するな」



 フィリアの問う視線を無視しつつ、店の周囲に人避けの結界を張るか『close』の札をかけるかを真剣に検討するが、不定期で開店と休業を繰り返してれば自然と客足も遠のくだろうと勝手に自己完結してたり。

 そうこうしている内に町の通りの一つ、フェニックス通りに出たところでレニスは二人を止めた。



「じゃ、二人とも行って来い」

「おじさまはいらっしゃらないんですか?」

「野暮用もあるし……俺が居ると買い辛い物もあるだろ」



 レニスは伊達眼鏡を指で押し上げながらフィリアに財布を手渡した。

 受け取った財布の意外な重さにフィリアは問うような視線を向ける。

 打てば響くように「五千」とのお答えが。

 絶句する二人を前に平然とレニスはのたまった。



「…ん? もしかして足らないか? あと五千程は出せるが……うん、そうだな。長く使うものだし少々値は張ってもしっかりとした物を買った方が良い。よし、もう五千追加――」

「追加しないで下さい! 多過ぎです!」



 なんだその出鱈目な数字はと叫びたくなる。

 それだけあれば一家族がそれなりの生活で数ヶ月は余裕で暮らせる。



「とは言え衣装棚や化粧台やら…ベッドは今在るのを使えば良いが家財道具一式丸々買うんだぞ。小さな物を買うにしてもそれぐらいは必要だ」

「そこまでして頂かなくて結構です。それに…」



 あの店のどこにこんな大金を出す余裕があると言うのか。

 そんな彼女の心配を、しかしレニスはチチチと人差し指を振りつつ囁いた。



「エンフィールド七不思議の一つを教えてやろう」



 刺すような陽光を受け、レニスの伊達眼鏡が輝いた。



「閑古鳥の鳴く喫茶店『リフレクト・ティア』は万年黒字」

「詐欺なのは若さだけにしてください」

「事実なの、フィリアさん…」



 不敵に笑うレニス。輝く眼鏡が怖かった。

















 数時間後。

 結局レニスに押し切られたフィリアとシーラはほとんどの買物を済ませ町の中央にある陽の当たる丘公園のベンチに座っていた。

 そろそろお昼なのでレニスと合流して食事にでもしようかと思ったのだが野暮用とやらが終っていないのか待ち合わせ場所にその姿はなく、放っておいて自分達だけで食事に行くのも気が引けるのでこうして揃ってベンチに腰掛けているというわけである。



「マスター遅いですね…」

「うん。でもはっきりと時間を決めていた訳じゃないし…もう少し待って見ましょう」



 家具類は直接家に送ってもらえるように頼んでいるので手元に有る荷物は少ない―――訳が無かった。

 レニスから貰ったお金は家具を買った後でも大量に残っていたし、洋品店ローレライの女主人がフィリアのような素材良し性格良しお金有りのお客様を見逃す筈も無く、最終的にはシーラも一緒になって様々な服を彼女に薦めたものである。

 それらを渋る仕草を見せながらも「いいな」と思った服を買ってしまう辺りなんだかんだでフィリアも女の子なのだった。



「また今度一緒にお洋服を買いに行きましょうフィリアちゃん」

「ええ。でもシーラ、今日みたいに私を着せ替え人形にするのは止めてくださいね?」

「それはわたしじゃなくてローレライの店長さんに言わなきゃ」



 何時の間にか互いの呼び方が変わっている。この短時間の買物でずいぶんと仲良くなったようだ。

 しばらくそのままお喋りをしていた二人だったが、シーラが傍を通りかかった女性に声をかけたところで会話は中断された。



「アリサおばさま」

「その声はシーラちゃん? まあ何時戻ってきたの?」



 女性はシーラの声に反応はしたものの向ける瞳はどこかずれている。

 一瞬怪訝に思ったフィリアだが、近付いてきた女性の眼の輝きが常人よりも昏い事に気付いた。



「今朝です。本当は一昨日には戻って来れたんですが、先日の嵐で足止めされて」

「そうなの…でも無事に戻ってきてくれて嬉しいわ。ハルクさん達は?」

「パパとママは家に帰りました。わたしはレニスおじさまに頼まれてフィリアちゃんと一緒にお買い物です」

「フィリアちゃん? …そう。じゃあ貴女が兄さんのところで働いてるっていう……」



 彼女の発した言葉を聞きフィリアは眼を丸くした。

 そんな彼女の様子に気付いた風も無く女性はフィリアに向かってニッコリと微笑した。



「あ…お初にお目にかかります。先日よりレニスさんの所にお世話になっているフィリア・ラーキュリーと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「まあ御丁寧にどうも。わたしはレニスの妹のアリサ・アスティアと申します。こちらこそよろしくお願いします。フィリアちゃん、で良いかしら?」

「はい、構いません」



 内心の動揺を顔に出さないよう努力しながらフィリアはさり気無くアリサを観察する。

 こう言っては失礼なのだが、どう見てもレニスよりアリサのほうが年上に見えた。

 確かに彼女はレニスに聞いた年齢よりも若々しく、そして美しい。

 だが、それでも彼女の容姿はレニスのように二十台の前半やともすれば十台に見えるような事はなく、発する空気も成熟した大人の女性が持つ柔らかな落ち着きに満ちている。

 暖かで強い母性が宿るその微笑みには誰もが心惹かれるであろう。

 おなじ兄妹でありながら、身に纏う空気、雰囲気、性質、その全てがあまりにも違いすぎる。

 若さに関してはレニスが特別なのだと言われれば何も言えなくなるが。

 見た目の事もありどこか半信半疑のままアリサを見ていたフィリアだったが、唐突に脳裏でカチリとパズルのピースが組み合わさったような感覚を覚え得心がいったように「ああ」と呟いた。



「どうかしたのフィリアちゃん?」

「――いえ。ただアリサさんとマスター…レニスさんは良く似ているなと思いまして」

「えっ!?」

「まあ…」



 シーラが驚きの声をあげアリサはどこか呆然とした表情で口に手を当てる。

 何となく彼女らの心境が解るフィリアは苦笑するしかない。



「………」

「…あの、お気に触りましたか?」



 眼を丸くしたまま沈黙するアリサに流石に少し不安になる。

 その呼びかけにハッと我に返ったアリサは小さく首を横に振り少し遠くを見詰めるような微笑を浮かべる。



「いいえ、そうじゃないの。つい懐かしくて……」

「?」

「わたしと兄さんが似てるって言ったのは貴女が二人目だから…」



 フィリアとシーラはそろって顔を見合わせるがアリサはそんな二人に気付いていないのか目を閉じて穏やかに沈黙している。

 そのまま重くはないがどことなく居心地の悪さを感じる空気が流れたがアリサが閉じていた目を開き、再びフィリアの方を見たことによりその空気は霧散する。

 代わりに



「これからも兄さんの事をどうかよろしくお願いしますね。フィリアちゃん」



 はて、どういう意味だろうか?

 軽く流せば良い筈の言葉の意味をつい考え込んでしまい、フィリアの頬に朱がさした。



「え、え、あの……は、はい?」

「フィ、フィリアちゃん落ち着いて。台詞も疑問形になってる」

「あらごめんなさい。困らせちゃったわね。そういう意味で言ったのではないの。ただ――」

「―――三人揃えば、とはよく言ったもんだ」



 無遠慮に会話を中断させたのは三人共に聞き慣れた無気力な男の声。

 シーラなどは常々不思議に思っていることだが、なぜ無気力な声がこうもはっきり聞き取れるのだろうか?



「あんまり女の子を待たせちゃ駄目よ兄さん」

「ああ悪い。ちょっと組合長の爺さんに掴まってな……買物は済んだのか?」

「全部じゃないけど、ほとんど終りましたレニスおじさま」

「なら食事にでも行こう。どうせ暇だろう、奢ってやるからアリサも来い」

「そんな、悪いわ兄さん」

「アリサ。いつから俺に遠慮できるほど偉くなった?」

「…クス。じゃあお言葉に甘えまして」



 アリサが笑顔で同意するとレニスは匠の技で大量の買物袋を手に取り「びしぃっ!」とさくら通りを指差し宣言した。



「いざ往かんさくら亭。今なら全品八割引きだ」

「なんで八割引きなんですかおじさま?」

「………………知りたいのかいお嬢さん?」

「いえ、いいです、ごめんなさい」

「賢明な判断だ」

「もう、兄さんったら」

「マスター、自分の荷物ぐらいは自分で持ちますから」

「少しはおじちゃんにかっこ良い事させてあげようとか思わんのかフィリア」

「全国の四十代に喧嘩売ってるんですか貴方は」

「…おまえ実は俺のこと嫌いだろう?」



 他愛無い雑談を交えて歩く一行。

 そんな中で”久しぶりに聞く”兄の声に耳を傾けていたアリサは、先程フィリアに言いかけた言葉を胸の中で反復していた。



(――ただ、兄さんが誰かを傍に置くのは本当に久しぶりだったから――)
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