中央改札 交響曲 感想 説明

ありえたかもしれない日常6
FOOL


「…………………………………」

「…………………………………」

「…………………………………」

「………………………はぁ〜…」

「…………………………………」

「…………………………………」

「…………………………………」

「………………………ふぅ〜…」

「…………………………………」

「…………………………………」

「…………………………………」

「………………………へへっ…」

「…………………………………」

「…………………………………」

「…………………………………」

「………………………むふふ…」

「マスター」

「レニスさん」

「許す」



 のどかな青空の下。喫茶店『リフレクト・ティア』から破滅的な打撃音と金色の雷光が迸った。



























「何を無気味に笑ってるキ○○○」

「ご、ごご……っ…だ、第一声がソレか……」



 程よく焼けたアレフを丸めた新聞紙でぽふぽふと叩きながら、レニスは器用に片手でコーヒーを淹れて休憩に入ったフィリアと何時も通りに遊びに来ていたトリーシャの前に置いた。



「俺のはー?」

「先月四桁に突入したその口が言うか」



 無論ツケの話である。

 しかしアレフは「いいからいいから」とコーヒーを催促してレニスに淹れて貰い、そしてまた締まりの無い顔をだらしなく緩ませ笑う。



「うわぁ…不気味だよアレフさん」

「ふっふっふっ…何とでも言うがいいトリーシャ。俺は、今、幸せ絶好調の青い鳥っ、ビバチルチルミチルの新婚さんいらっしゃ↑い♪ なのだ」

「意味不明ですね」



 女性二人の冷やかな視線が突き刺さるがアレフは全く意に介さずにやけ顔で笑い続ける。

 普段なら馬鹿騒ぎの一つや二つは見逃すレニスだったが、流石に鬱陶しくなったか咥えていたパイプを口から離し



「何か自慢したい事があるならさっさと言え。そうでないなら消えろ。不快だ」

「そぉぉぉぉかそうかそうかそうかそうかそうか! そんっっっっなに俺と彼女の馴れ初めを聞きたいか!!?」

「………ハイそこの二人逃げなーい♪」



 見事な壊れっぷりを見せるアレフから逃げるように遠ざかる二人を素早く捕縛するレニス。

 恨みがましい眼で睨まれるがそんな事は知ったこっちゃなかった。




「そう、あれは一週間前の月の綺麗な夜だった。

 俺はふと真夜中に眼を覚まし、あまりにも外が幻想的な世界に変貌していたから夜の散歩に繰り出したんだ。

 夜の町の輝きは凄く新鮮で、幻想的で、蠱惑的で、すぐにでも歌い出したくなるほどに心をときめかせてくれた妖精の世界。

 そんな世界の片隅で、俺と彼女は出会った。俺は一瞬で彼女の虜にされたさ。

 彼女はそこにいるだけで一つの奇跡だった。あの夜色の瞳で見つめられた瞬間に俺のハートは太陽よりも熱く燃え上がり――」



「イフリート・キャレス」

「ぎゃああああああああああああああああああああッッッツ!!!」



 燃え尽きた。

 オーバーキル確実な上位精霊攻撃魔法を喰らっておきながら今だピクピクと痙攣し続けるアレフ。

 お笑いの力は偉大である。



「ふん、ただのノロケか」

「てことは、アレフさんがついにエンフィールド一のナンパ師引退! 数多の女性を口説き落とし泣き落とし貢ぎ貢がせて来たこぉーの女たらしがついについに身を固めるなんて!! でもダメだよそんな事しちゃぁ。アレフさんからナンパを取ったら一体何が残るって言うんだよ? 平々凡々とした男の人が一人生まれるだけじゃないかぁ!!」

「ここ最近エリザベスやキャッシーの元気が無いのはそのせいですか」

「腰の鍵束が消えている……本気だな」



 多少壊れ気味な非難の声を上げながらも眼をキラキラ輝かせるトリーシャ。

 知り合いが意気消沈していた理由を知り思わず溜息を吐くフィリア。

 レニスは感心したような呆れた様な声を上げて小さく肩を竦めた。



「ふぅ、ん……で、その御自慢のお姫様の名前は?」

「フフフフフ、よくぞ聞いてくれた万年無気力鶏肉ジャンキー!! 彼女の美しい名を聞いてその怠惰な人生設計を改めるがいい!!」

「頭部の形が変わるまで殴られるか内蔵が無くなるまで殴られるか、選べ」

「あはははははははは! そんな脅しが今の俺に、天上天我独尊独立独歩傲岸不遜絶対無敵モードの俺に通じると思うたか!!」

「……ハッ、無職が」

「ゴフッ」



 アレフ敗北。

 いくら人格的に問題が有ろうとも自分の店を持って万年黒字経営をしている時点でレニスの勝ちだった。



「く、くそうっ、無職だからって何だ! 収入はあるんだ。彼女一人ぐらい養っていける!!」

「うわ、アレフさんの脳内世界では既にゴールイン確定してる」

「待っててくれティーリアさん! このアレフ=コールソンが貴女を迎えに行きますよーーーーーっ!!!」

「ティーリアさんっていうんだ……聞かない名前だなあ…」



 ついには窓の外に向かって絶叫する。営業妨害も甚だしい。

 苦笑と共にアレフの奇行を眺めていたフィリアはふとレニスのほうへと向き



「――っ」



 凍り付いた。しかしそれも一瞬のことで



「ん? どした?」

「あ、いえ…」



 伊達眼鏡を中指で押し上げながらだるそうな眼を向けるレニスにフィリアは一つ頷き、



「マスター、この町に精神科のお医者さんは居るんですか?」

「居たとしても患者の多さに辟易するだけさ」



 この店の名物と化している軽口を叩き合う。




 ――先程、一瞬だけ捕えた空虚な瞳を否定するように。




































 星の綺麗な夜だった。

 仄かな淡い光がひっそりと世界を包み、それに照らされる全てのものが夢を見ているかのよう。

 アレフ=コールソンはそんな世界を、まるで宙に浮いているかのような足取りで歩いていた。

 愛しむように。

 焦がれるように。

 蕩けるように。

 謳うように。

 初めて本当の愛を知った少年のように。

 愛しい彼女は町の北に有る大きな一本の木の下に。

 愁う瞳で。

 惑う瞳で。

 深い瞳で。

 儚い瞳で。

 不可侵の聖域に彼女は立つ。

 アレフ=コールソンは心躍らせていた。

 この手の中にあるのは幸せの未来への切符。

 約束された楽園の扉。



「ティーリアさん…待っててくれ。俺が、必ず幸せに……」



 手の中に有る『それ』を熱っぽい瞳で見つめる。

 小さな箱の中に収められたプラチナリング。

 彼は、気付いているのだろうか?

 自らの瞳の奥に宿る小さな闇を。

 闇の奥に灯る狂気の焔を。

 焔が焼く魂という名の蝋燭に。



「…ティーリアさ、ぅぐ――」



 アレフの身体が糸が切れたように崩れ落ちた。

 手から離れコロコロと転がる箱を何者かが拾い上げた。

 その影は瞳に憐憫と侮蔑の色を宿し、呟く。



「……この阿呆が」


























 女は木の下で待っていた。

 星の海を仰ぎ見るこの夜に、一人の男を待っていた。

 この大きな大きな木の下で。

 彼と初めて出会ったこの場所で。

 愛を謳ったこの場所で。

 甘く激しいクチヅケを交わしたこの場所で。


 しかし、時間になっても彼は来ない。


 愛しい彼は、アレフ=コールソンはやって来ない。



 アレフが来ない。


 アレフがこない。


 あれふがこない。


 あれふガコナイ。


 アレフ



 アレフ




 アレフ





 アレフ





 アレフ







 アレフアレフアレフアレフアレフアレフアレフアレフアレフアレフアレフアレフあれふあれふあれふあれふあれふあれふあれふあれふあれふあれふあふぇるあふぇられふあれaれrrrrrrrrrrrふるるるるるふううううウウフフフフフウフフレフアレフアレフあれふあれふあれふあれふrrrふるるるるるふううううウウフアレフアレフアレフふぇられふあれaれrrrrrrrrrるるふううううウウフアレフアレふあれふあふぇるあふぇられふあれaaaaarerererererereアレフアレフあれふあれふrerererふるるるるるふうううaaaaaaれreureレウレウレウレウレウレウレウふうううあれふあれふあふぇるあれふあらふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁあふぁふぁああああああレレレララララレリリリリリリリあれふあれうふうふふふふふふふふffffffffffffFFFアレフアレフアレフアレフアレフあれふあれふアレフアレフアレフアあれaaaaarerふあれaaaaarererererererererererふるるるるるふうううaaaaaaれreureレウレウレウレウレウレウレウふうううあれふあれふあふぇるあれふあらふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁあふぁふぁああああああレレレララララレリリererererレウレウふうううあれふあれふあふぇるあれあれaれrrrrrruuuられふあれaaaaareuUUUぇられふあれaれrrrrrrrrrrrふるるるるるふううううウウフフフフフウフフレフアレフアレフあれふあれふあれふあれふrrrふるるるるるふううううウウフアレフアレフアレフふぇられふあれaれrrrrrrrrrるるふううううウウフアレフアレふあれふあふぇるUUUUUUUAAAAAAAAAAAAA―――――――――――――――






―――イトシイヒト ”アレフ”―――






「すまないが、アレフは来ない」



 聞き慣れない声。でも、どこかで聞いた記憶のある声。

 闇の向こうに目を向ければ、そこに一人の男が立っていた。



「久しぶりだなシスターティーリア」



 男はそう言って右中指で伊達眼鏡を持ち上げた。

 口に咥えている火の着いていないパイプがヒョコと揺れる。



「二十、いや三十年ぶりか。まだ彷徨っていたとは、昔の貴女からは想像もつかないな」



 誰だろうこの男は。

 女は内心では訝しげに、見た目は何も聞こえていないかのように男を見返す。

 男の傍に待ち人の姿は無い。先の男の言葉が女の中で繰り返される。



「”アレフ”は……」

「来ない」



 ――ならばこの男に用は無い。

 業ッッッッッッ!! 吠え猛る怨念の塊が咄嗟に防御した男の左腕に取り付き、捻れた。

 皮膚が裂け

 肉が千切れ

 筋肉が断絶され

 骨が砕け

 互い違いに腕が廻り

 不気味なオブジェへと変貌する。



「む…っ、く」



 男は苦痛の呻き声を上げるが、しかし落ち着いた動きで行動を開始する。

 残った右腕でパイプを握り締めるとそれは一瞬の内に一振りの杖へと変化する。

 先端に鷲掴みにされるように取り付けられている銀の宝珠が朱い輝きを放ち真円の軌跡を描く。



「俺一人の手には余るか……すまない。力を貸してくれ」



 トンッ、と、男の杖が地面を叩く。

 それからは一瞬だった。

 女の背後の地面から2mを越える石柱が飛び出し、同時に石柱から伸びた植物の蔦が女の四肢を拘束し石柱に縛り付ける。

 女がそれを全て知覚する前に、男の突き出した杖の宝珠が女の額に触れた。



「少し正気に戻ってくれ。話もできない」



 衝撃。抑圧される衝動。浮上させられる理性。

 ジッとこちらを見つめる男の瞳を見返して、女は懐かしそうな、疲れきったような微笑を浮かべた。



「……お久しぶり。大きくなったのね…」

「もう子供がいて当たり前な歳ですからね」

「そう…そうよね……」

「こいつ等とも長い付き合いだ」

「精霊達に、懐かれているのは…相変わらずのようね………貴方の言葉はよく”聞こえる”わ」



 ギシリ、と、蔦が軋む。

 男の手が女の頬に触れ、すぐに離れた。

 女の表情が、安堵と、悔恨を混ぜ合わせた複雑な微笑に変わる。



「……貴方が私を止めてくれるのは…喜ばしいことだわ。でも同時に…とても哀しい…」

「…………」

「ごめんなさい…貴方に余計な手を煩わせて……本当に…」

「俺が貴女を浄化するとでも思ったか」



 一瞬の空白。直後、女の目が驚きに見開かれる。

 男は口元を歪めた。笑ったのかもしれない。



「三十年もこの地に留まり、ついには同姓同名の男を咥え込もうとした貴女に生半可な浄化の法が効くものか。俺もそこまで神聖魔法に通じている訳でもないし精霊達にそれをやらせるのも少々酷だ。そんなことよりも、もっと簡単に貴女を解き放つ方法があるだろう」

「…………貴方は…まさか……」



 辛うじて搾り出した女の声は、大きな恐れとそれを上回る期待と歓喜とで震えていた。

 光るものが頬を流れる事にも気付かず、女は眼鏡の向こうにある男の瞳を見つめ返す。



「今までは放置していたが、無関係の人間に危害を加えるようになったというのなら気付きながらも放置していた俺には多少なりとも責任が有る。貴女には大きな借りもあるしな。…貴女がいなければ俺も妹も潰れていた」

「ああ…ダメよ………そんな、こと…許されない……」



 弱々しく男を拒絶する女の言葉を男は一笑に付した



「許されるも許されないも無い。俺は貴女を無理矢理成仏させるつもりは無く、知人に手を出されるのも御免被るだけだ。ならば、やることは一つだろう? 貴女の望みをかなえてやる。貴女の未練を断ち切ってやる。貴女が求める翼を貴女の元に連れてきてやる。貴女は方翼の鳥だ。もう一枚の翼が無ければ飛び立つことは敵わない。ならばその翼を貴女の元へと連れてこよう。たとえ貴女が求める翼が双翼であるとしても、貴女を置いて一人で飛びたてるのであろうとも、その方翼を引き裂き抉ってでもあなたの傍に縛り付けてくれよう。だから」



 恐れ戦き震えながらも男が差し出す手から目が離せない。

 植物による縛めが解けていることに気付かぬままに、女はおぼつかない足取りで足を踏み出した。



「俺の名を呼べ、シスターティーリア。その名の元に、俺は貴女の支配者となり隷属者となろう。この結末は貴女が絶対に踏み込もうとしなかった道の先にして、数多の怨霊悪霊亡者に陵辱され蹂躙され侵略され歪んだ狂気に犯されながらも熱望し切望し渇望して止まなかった安息の未来。人の道徳、倫理、法が【悪】と断ずる外道の行い。だが――」



 女の手が伸びる。伸びる。伸びて、慄くように動きを止め、しかしその手を下げる事もできずに苦渋の声を漏らす。

 瞳の奥には神を前に陶酔する狂信者の如き煌きが。祈るように握り締められた手から流れるはずの無い真紅の色が。



「――だが、それゆえに貴女を許す。俺が、貴女の行いを、選択を許す。例え万人が貴女を非難し罵倒し放逐しようとも俺は貴女を見捨てない。貴女の選んだ道を認め許し祝福を与えよう。さあ、行こうじゃないかシスターティーリア。俺が彼の男の元まで貴女をエスコートしよう。汚濁に塗れた街道を往こう。そして貴女の羽ばたきを見届け見送り見捨てよう。その全てがあなたの幸福だ」



 女の手が、男の手を掴んだ。

 強張っていた女の顔に笑顔が浮かぶ。安堵するように。疲れ切ったように。安らぐように。狂喜するように。

 男の口元に微笑が浮かぶ。労わるように。祝福するように。守護するように。嘲うように。



「―――名を」

「―――アークライト、君―――」



 その瞬間、女はヒトとしての死を外れた。



































 一夜開けて。

 さくら通りの中程に位置する宿屋兼定食屋のさくら亭のカウンターでアレフ=コールソンは一人黄昏ていた。



「はあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……………」

「………………………」

「はあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……………」

「………………………」

「はあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……………」

「………………………」

「はあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……………」

「………………………」

「はあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……………」

「ええかげんうっとうしいわあああああああぁぁぁぁああああぁぁっっっっつ!!!!!」



 さくら亭店主陸見=ソールの放つフランケンシュタイナーによりアレフは沈黙した。







「女との待ち合わせに大遅刻の上に渡そうとしていた指輪の紛失。しかも着いてみれば影も形も見当たらないってか……情けない」

「そんな事言わないでくれよ〜……ホントに…ホント、情ねえ…」

「…重傷だな」



 溜息を吐く。

 パティがいればあの子に相手をさせるのだが、生憎と今店にいるのは陸見一人だけだった。



「しっかし、ティーリアねえ…聞かない……ん、いや、確かあの人の名前が…」

「……なにか、知ってんのか陸見…?」

「おお。とは言えお前の姫君とは別人だ。三十年ほど前に教会にそんな名前のシスターが居たんだ。結婚直前に事故で死んじまったがな」

「事故…」

「間違い無い。小さい頃のアリサちゃんと、珍しいことにレニスが懐いてたから憶えてる。……お? そういえば結婚する筈だった相手の名前って……」

「みんなーっ! だーいニュースだいニュース大ニュース!! …って、アレ?」



 景気良く扉を開いて現れたのは≪流行の水先案内人≫トリーシャ=フォスター。

 しかし彼女の予測と裏腹に珍しくがらんとしたさくら亭の中を見回し拍子抜けしたのか大きく肩を落とした。



「…なぁ〜んだ。皆いないんだ」

「間が悪かったなトリーシャちゃん。生憎、今この店にいるのは俺とコイツの二人だけだぜ」

「みたいだね。おじさん、オレンジジュース」

「おうよ」



 某喫茶店マスターとは比べるべくも無い接客態度で素早くオレンジジュースを差し出す陸見。

 息を切らせて走ってきたのかトリーシャはそれを一気に飲み干し一息つく。



「で、何が大ニュースだって?」

「あ、うん。あのね、実は今朝方町の北にある沼地で奇妙な水死体が見つかったんだって」

「ほう、あの沼地か……思い出深いなあ…」

「……く、詳しく聞きたいような聞きたくないような……」

「まあまあ気にすんな。機会があれば嫌と言うほど語ってやる。ほれほれさっさと続きを教えんかい」

「ムムム……それでね、その水死体なんだけど…なんと、完全な形の人間の白骨死体に抱きつかれてたんだって!」



 流石にこれには眼を丸くする。

 水死体というだけならまだしも人骨に抱きつかれた姿で発見されるなど前代未聞だ。



「お父さんたちは自殺とは別に悪霊とかそういう方面からも調べてるみたいだけど……怖いよね〜」

「はあ〜……世の中にゃ奇妙な事もあるもんだな…」

「そうだね。あ、それでね、死んだ男の人なんだけど、アレフって名前なんだよね」

「どこぞのナンパ師と同じ名前だなぁ……」

「うえ…縁起でもねえ……」

「ボク最初に聞いたときビックリしちゃったよ。アレフさんの水死体が見つかった、なんて聞かされてさ」



 アハハと屈託無く笑うトリーシャとは裏腹にアレフの表情には微かな陰りが見えた。

 陸見は自分と同じ名前の男が水死体で発見されれば気分も良くないだろうと苦笑したとき店のカウベルが来客を知らせた。



「いらしゃい…って、レニスか………………あ?」

「よう陸見。なに呆けた顔してんだか…アレフはいるか」



 何時も通りの無気力な表情を伊達眼鏡で飾ったレニスが店内を見回し、カウンターに座るアレフに眼を止める。

 そのアレフと隣りに居るトリーシャはというと、これまた陸見と同じく驚きに眼を丸くしてレニスの姿を凝視していた。



「…? どうした」

「レニス、お前……左腕どこに落っことしてきた」



 そう、陸見の言う通り、レニスの左腕は肩口からバッサリと切り落としたように無くなっていた。

 レニスは「ああ」と今思い出したかのように中身の無い左袖を揺らし



「転んだ」



 ツッコミ所満載である。



「アレフ、お前に渡してくれと預かった」



 周囲のツッコミの視線を黙殺しアレフの眼の前に見覚えの有る小箱が置かれた。

 ハッとレニスの顔を見上げるアレフに、しかしレニスは黙って首を横に振る。



「もう行ったよ」

「…そっ、か……」



 しんみりとした空気が場を満たす。

 小箱をジッと見つめていたアレフが、ポツリと呟く。



「何も…出来なかったな…」

「…お前なら救えたかもな」



 アレフが反応するより先にレニスは踵を返し店の出口に辿り着いていた。

 そのまま店のドアを押し開けた状態で立ち止まり、振り返る。



「伝言があるが、聞くか?」

「……いや。いい」

「そうか」



 それ以上何も言わず、レニスはさくら亭から去って行った。

 何が何だかわからない二人だったが、あまり立ち入れる話では無いことを悟り言葉を発せない。

 少ししてアレフが小箱をゴミ箱に放り込んだのを機に陸見はアレフに声をかけた。



「何があったか知らんがメシでも喰ってけ。特別にツケにしてやる。なんと2%割引だ」

「せこっ」



 誰の心情にも関係無く、エンフィールドの空は晴れ渡っていた。
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