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交響曲
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レニス少年の「えぬおーえー」な日々 『惚れ薬の乱』
FOOL
突然だが、レニス少年はエンフィールドの町の中を激走していた。
そして彼の背後には数十人からなる老若男女の追っ手の波。
「ちいぃっ!! 十台中頃から三十代前半の美女美少女なら大歓迎だが野郎とババアとガキは要らん!!!!!!!」
叫びながらさくら通りを駆け抜けリバティー通りへと抜ける。
馬鹿正直に通りを通ることはせず近くの民家の塀を越え、勢いもそのままに屋根の上まで跳躍し――
「………………シクシク」
ちょっぴり泣いた。
どんな形にしろ先程の叫びにツッコミが無かったのが寂しいらしい。
「くそっ、美人に追っ掛けられるのは嬉しいんだけど。若気の至りって事で2、3人に手ぇ出すのは……子供の情操教育に悪いから実行できんな」
一息吐くついでに軽く現実逃避。
何の問題の解決にもなってない上に今居る民家の周囲を囲まれてしまった。
「はぁ………………モーリスさん、恨むからな」
屋根の上から助走をつけて跳躍し隣りの民家へと飛び移る。
真下に居る大衆の眼は明らかにピンク色だった。
事の発端は1時間前。そもそも今日のレニスはショート邸に遊びに行ったはずだった。
お供は当然のように陸見とハルク。愛妹アリサは町内公認の恋人ルーファスと家でお留守番。
そして行った先にはなんとモーリスが何処からか手に入れた【惚れ薬】が!!
これは使わなきゃなるまいと息巻いた瞬間に陸見とハルクの反乱発生。
自爆したレニスは町中を逃げ回るというお約束の展開になったのだった。まる。
「付け加えるなら薬の効果が強すぎて無差別発動だし異性だけじゃなく同姓まで惹きつけるという更にお約束な状況なんだなこれが」
読者の皆さんに説明をしながら器用に町を駆け巡るレニス。解説ご苦労。
しかしそんな彼の眼の前に身近にいたからこそ良く分る脅威が襲い掛かる。
「―――殺気!?」
「レニス!!」
レニスがその場を飛び退くのと舞い降りた影がその場を蹴り砕いたのはほぼ同時だった。
その影は路面に食い込んだスラリとした細い足を引き抜きながら熱に浮かされたような微笑を浮かべ言った。
「さ、レニス。教会に行きましょう」
「相手の意思の確認ぐらいしろよレナ!!」
「大丈夫。レニスは私の事を愛しているわ。というか愛させる」
「強制!?」
「むしろ隷属」
「Sかよっ」
レニスの親友の一人、仲間内で作ったグループ【NOA】最強の拳撃戦闘能力保持者レナ=フリュートホーン。
ある意味一番会いたくない相手。でも一番相手にしやすい相手。
うちのメンバーって一癖も二癖もあるからなあ…と、本日何度目かの現実逃避。
「むしろ俺のほうがS属性なんで相性は悪いと思うぞ」
「大丈夫。誰しも目覚める前は性癖を否定するものよ」
「強制覚醒!?」
なんだか普段の自分達を客観的に見せられてるようで痛い。
彼我の戦力差は紙一重。能力面ではこちらの圧勝。技術面では向こうの圧勝。
互いにジリジリと間合いを図る中、緊張が高まる。
「もう一ついいか?」
「なあに?」
「俺はスカートをメインで身に付ける女性の方が好みなのだが」
「私に合わせなさい」
うわダメだこいつ。
もはやこれまでとレニスが拳を構えたそのとき。
「―――――待てぇいっ!!!」
「っ!!」
「何奴!!」
「っふっふっふっふっふ〜。俺の眼の黒い内は”まいはにー”に指一本触れさせん!!」
「……うわ、生きてたんだ」
そこに立っていたのは陸見だった。
ショート邸にてモーリス、ハルク共々徹底粉砕し井戸の底に重石付きで沈めたはずの陸見だった。
この分ではハルクも復活している可能性が高い。
「お前の”まいはにー”はセリカじゃないのか〜?」
「ふっ! 安心しろ”まいはにー”! セリカは俺の”まいはに〜”だから何の問題も無い!!」
「うわ最低だこいつ」
「追っ掛けの女性陣から好みの女摘み食いしようとした奴に言われたくないわこの浮気者ぉっ!!!」
「ネタと本気の区別もつかんのかこの未熟者! それと誰が浮気者だキ○ガイ!!」
「つくから言っているこの外道!! 俺の魅惑的な肢体と”らぶ”の力でお前を正常な道へと立ち返らせてくれる!!」
「お前に更正させられる時点でもうダメだろ!?」
「一緒に堕ちよう”まいはにー”!!」
「さっきと言ってること違うしっ!?」
「いざ逝かん男の花園へ〜〜〜〜っ!!!」
話の途中でルパンダイブ敢行。
しかし、
「「却下だ消えろっ」」
「ヒゲブッ!!!?」
レニスとレナの放った鏡写しのように左右対称の回し蹴りが陸見の頭部をサンドイッチ。
なんか耳から赤いのとピンク色のナニカが流れ出したが無視。
「初の夫婦の共同作業………ポッ」
「ウワーイスゴクキレイナエガオダネれな」
「ありがとダーリン」
「うわーいキャラがどんどん壊れていくよ」
しかし天はレニスに味方した。
二人の真横にいきなり老若男女の大集団が出現した。
「――っ、なに?」
「ちゃーんす☆」
レナの一瞬の隙を突いてその大集団の中に飛び込むレニス。
得意の自警団員相手の撹乱戦法が役に立ちあっさりと人垣を突破する。
後は誰もが反応できないほどのスピードで逃げ出すだけで事足りた。
「…………む、この匂いは…?」
逃走中のレニスは突然漂って来た香ばしい匂いに足を止めた。
しかしこの状況で呑気に飯など食ってはおれぬ。
とは言え昼から殆ど何も喰っていないのもまた事実。
――腹が減っては戦は出来ぬ。分っちゃいるけど止められない――
そんな言葉に負けるようにふらふら〜っと匂いの元へと歩みだす。
「………ビバ、Cランチ……」
誰もいないさくら亭の店内。
カウンターの一席に置かれる一品レニスの好物Cランチ。
その姿を確認した瞬間にレニスは神速を越えた。
箸を取り肉を取り口に運び噛み裂き千切り咀嚼する。
全ては一瞬、その一瞬でレニスはCランチを完全に食い尽くした。
お題は少し多めにカウンターに置いておく。後が怖いから。
「フッ、いかな聖人とて三大欲求には勝てぬのよ…」
渋く決めた台詞も咥えた爪楊枝のおかげで台無しである。
至福の時を過ごし、さあ逃走再開だとさくら亭から出ようと扉を開ける。
「――――ッ! これは!!」
出口付近に張り巡らされた無数のワイヤー。
振り返れば退路を塞ぐように同じくワイヤーの壁がレニスを阻む。
「クッ……やはり復活していたか【ミュージックトラッパー】ハルク=シェフィールド!!」
「ついに捕えたぞ我が妻【甘栗色の悪夢】レニス=アークライト=エルフェイム!!」
「俺は男だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「じゃあ夫で。…ぽっ」
「その口を閉じろ変態! 貴様のような存在は断固として絶滅させる絶命させる絶望させてくれる!!」
「ちょ、ちょっとドキドキかもしれん」
「頬を赤らめるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
頭を抱えて絶叫したとて状況は変わらない。
いくらレニスとてハルクのトラップを力ずくで突破できるとは思わない。
恐らくはワイヤーを潜り抜けたとしても二重三重の罠はデフォルトとして、その上絶対にレニスが逃れられないような『何か』を仕組んでいるに決まっている。
とりあえず時間を稼がねばならない。ついでに先程から確認したかった事をハルクに問う。
「聖哉さんやセリカはどうした!?」
「容易かったさ。一度徹底的に負ける振りをして二人の軍門に降り、その後隙を見て殺らせて貰った。…一世一代の賭けだったな」
「んな下らん事に一世一代の賭け使うんじゃねえ!!」
「ハッハッハッ、レニスは可愛いなあ」
「っ!!(ゾクゾクゾクッ)」
「そこまでよ!!」
うわーい同じ展開だあ、などと考えつつも一筋の光明を見たかのような心境のレニス。
しかしその表情も現れた声のほうへ向いた途端凍り付く。
「ふふっ、ふふふふふふふふふっ、あはははははははははははははははははっ、面白い事してくれたわねえハルクぅ? 師匠を殺ってくれたことは感謝するけれど…………わたしにあんなことをした上にレニスを寝取ろうなんて……いい度胸してるわねぇ……?」
「…くっ、浅かったか…」
「……しかも当然のように壊れとる……」
ふつーに悔しがるハルク。しかしレニスのほうは凍ったまま。
その視線の先に立つのは同じく【NOA】の一員にしてさくら亭二代目店主聖哉=ソールの一番弟子セリカ=マリュード。
彼女はまるで幽鬼の様に暗がりの店内に立ち、両手に握り締めたものをゆらりと揺らす。
右に持つのは一枚のまな板。バケツでぶちかましたかのように真っ赤な鮮血に染まる一枚のまな板。
左に持つのは一本の出刃包丁。赤黒い鮮血がこびり付き錆びかけた一本の出刃包丁。
もうなんとゆーか三文銭握り締めて意識を手放したくなる光景である。
「レニスは俺のものだよ、何故それが解らんセリカ=マリュード!!」
「それを傲慢と言うのよハルク=シェフィールド!!」
「………ここは宇宙世紀か?」
とかレニスがいい加減数えるのも鬱陶しくなってきた現実逃避をしている間に二人の戦いは始まっていた。
「むむぅっ! さすがは【理不尽な暴れ猫】! 我がトラップを発動させずに破壊するとは!!」
「ふふふっ、まだまだまだまだまだまだまだまだぁっ!!!」
「おーい、帰って……来ない方が好都合か」
丁度良い事にトラップワイヤーの殆どはセリカのまな板によって切断されている。
今がチャンスとばかりにレニスは床を蹴って跳躍した。
一足飛びで二人の補足可能範囲から逃れるとそのまま加速状態に入り――
「あっ! 待ちなさいレニス!!」
「待てと言わ以下略!!」
「待てレニス! 逃げる前にこれを見よ!!」
「?―――ッ」
ハルクが指し示したものを見て、レニスはすぐさまその場に停止。
しばし熟考モードに入り瞑目し、
「……とりあえず、お笑いネタだろうと俺を敵に回すのはどうよ?」
「大丈夫。お笑いは世界を救う!!」
「これは救ってくれないと思うけど……」
三人の視線の先。さくら亭脇にある一本の桜の木の幹に、見知った少女が捕えられていた。
アリサ=エルフェイム。いうまでもなくレニスの愛妹である。
「んーと、俺が逃げたらどうなるのかなー?」
「ふむん。やはりお約束どおり命は無いと言いたいけれど流血沙汰は嫌なんで人には言えないようなアレやコレや」
「なる」
深く大きく頷いて。
「とりあえず吹き飛べ」
ヴァニシング・ノヴァ×5
「ぐぼべばぶほおおっっっつ!!!」
「なんかいきなり理不尽のおーあらしーーーーーーっ!!!」
宣言通り吹き飛んだ二人を華麗に無視し全速力でアリサに駆け寄り縛めを解く。
しかしレニスはそこで思い出す。今自分の周囲がどれだけ異常だったかを。
「お兄ちゃん……ポ」
「おうまいしすたー歳に似合わぬ艶を含んだ流し目でお兄ちゃんを見ないでぷりーず」
「はい、レニスさん」
「なんかそっちの方がショック大きいかも!?」
ピトッと寄り添いつつレニスのお腹に人差し指で『の』の字を書き続けるアリサ。
一瞬、レニスは自分の頭髪が真っ白になる幻覚が見えた。
次いで追い討ちをかけるように背後からかかる声。
「おーい、アーク〜〜〜〜〜〜っ」
「ここで真打登場!?」
アリサ越しに見える道の向こうから普段通りの顔をしたルーファスが手を振りながらやって来た。
どうやらまだ薬の効果に囚われていないらしいが、あれ以上近付くとなれば掌を返したようにピンク色の輝きを纏う事だろう。
このままでは不味い。この二人は先の四人のように手荒には扱いたくない。
しかしアリサに拘束されている今容易く逃げ出す事も出来ない。
焦燥がレニスの身を苛む。
”結果的に”アリサとルーファスに怪我を負わせないまま逃走する方法――
「―――ッ!!」
瞬間、レニスの脳裏に閃光が走る。
流れ込む外道の知識。それを行使せざるをえない周囲の状況。
躊躇。
しかし時間の流れは止まらない。一秒に満たないながらも存在していた猶予はこの時点で消失した。
覚悟を、決める。
良心を理性で封滅する。
弾丸を弾倉に装填。細かい確認は全て抜かしてハンマーを上げトリガーに指を置く。
この弾丸は万物を撃ち抜く必殺の魔弾。
たとえ狙いが逸れるとも目標の方から命中しに行く必中の凶弾。
レニスでさえ使用を躊躇う究極の一撃。その名も―――っ!!!
「超裏必殺!! アリサ・ミサイィィィィィィィィィィィィィルッッッツ!!!!!」
ロケット砲弾のように、力一杯アリサを投げた。
「それは兄としてどうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!?????」
外道の知識にその身を染めたレニスに、ルーファスの悲鳴は届かなかった。多分。
「ところでこの薬の効力は何時まで続くんだろうか?」
背後の光景は一瞬たりとも視界に入れず、できれば今すぐに薬の効力切れて欲しいなと思いながらレニスは走る。
走って走って走って走って走って走って視界が歪んだ。
「―――ハイ?」
視界がブラックアウト。
鈍い音が響いたのを最後に、レニスの意識は落ちた。
意識を取り戻す。
視界零。後頭部に何やら柔らかいもの在り。
急激な運動と睡眠の後の所為か妙に喉が渇く。
「喉渇いたなぁー……ぐぼぉっ!!?」
言った直後に口を何かに塞がれ冷たい水が流し込まれる。
いきなりの事だったので壮絶なまでに咽た。
「げほっ、ぐほっ、がっ、な、なにが、え? なんだっ?」
「おはようアーク」
頭上からかかる声に全身が硬直する。
その声は今だ年齢一桁の幼い少女のもの。聴き覚えのありすぎる少女の声。
そもそも、異性で自分のことを「アーク」と呼べる許可を出しているのは彼女だけである。
確信を抱きつつも恐る恐る声をかけてみる。
「…………メリル?」
「うん♪」
大当たりだった。
レニスは思う。
大人しく寝とけ病弱幼女。大人しく寝かせとけ馬鹿兄貴。
「めりるー」
「なあにアーク?」
「健全なお付き合いって言葉知ってるか?」
「もうっ、アークったら。わたしのはじめてうけとってくれたくせに」
死後硬直開始。
「……………もしかしてさっきの水は」
「……きゃっ♪」
「お約束って奴ですかええそうでしょうよそうだろうよそんなこったろうと思ったよコンチクショーッ!!」
「アーク…やさしかった……」
「ノーカンだ! こっちの意識が殆ど無い状況であったことを主張してノーカンである事を認めよーーーっ!!」
「じゃあはい」
再度唇に柔らかな感触。
レニス敗北。
「ごめんなさい大人しくするのでもう何もしないで下さいてかそれ以前にさっき気付いたんですがなんで俺の身体動かないんです?」
「ハルクくんがびょういんからおくすりもってってたよ」
「……ああ、その可能性を考慮に入れるべきだった……迂闊」
「だからこうやってアークをひとりじめできるの〜♪」
頭を抱き締められた時点でようやく視力回復。
眼の前にはメリルの固くて平らな胸が。
少し頭を動かすと離れた場所に白衣を着た少年が倒れているのが見える。
「トーヤは何をやってるんだ…?」
「わたしたちのかどでをしゅくふくしてくれるんだって」
「へーそうなんだー」
白衣が赤衣になっているのはツッコんではいけないのだろう。
無我の境地にも近い精神状態にまで追い詰められたレニスだが、それに更に追い討ちをかけるように
「……撒いたと思ったんだけどなー…」
追いかけていた町の皆さん集結。
メリルが牽制するようにレニスの頭を抱き締める腕に力を込める。
事此処に到って、レニスは悟りを開いた。
開き直ったとも言う。
「俺の愛が欲しければ――」
口を開いたレニスの言葉にその場の全員が動きを止める。
「それに見合うものを、貢げ」
エンフィールドの混沌の渦が過去最大規模になった瞬間だった。
後日談:1
その日貢がれた金銀財宝は10万Gとも100万Gとも言われたが、その半分以上をレニスは教会に寄付してしまった。
残りはしっかりと金庫に保管。年若くともレニスは立派な主夫だった。
なお、住民からの苦情は全てショート家に押し付けた。
後日談:2
超裏必殺の記憶が残っていたアリサは一週間レニスと口を聞かなかった。
その一週間のレニスの気の抜けようは彼の名誉の為に黙っておく。
後日談:3
実はメリルの”初めて”がレニスにとっても”初めて”であった事が判明し、レニスが多大なショックを受ける。
追い討ちをかけるように仲間連中に「責任取れよ」と言われたのは言うまでも無い。
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