中央改札 交響曲 感想 説明

死神の奏でる幻想曲 第八話
わ〜の






 目を開けると、光に包まれていた。

 光源はどこか分からない。

 四方八方が光っている気がする。
 
 しかし、自分自身が光っている気もする。
 
 光で何も見えない。
 
 だが、自分の周りに、いくつかの気配。

「・・・・・・完成・・・・・・したぞ・・・・・・」

「ああ・・・・・・ようやく・・・・・・」
 
 その内の二つが、言葉を交わす。
 
 喜悦と、優越感に満ちた声だった。
 
 ・・・・・・気に障る声だった。

「我らが最高傑作が・・・・・・」
 
また、別の声。
 
 程度の差こそあれ、やはり、気に障る声だった。

「奴らを屠る最終兵器・・・・・・」

「最強の刺客、『メフィストフェレス』が・・・・・・」
 
 テメェら・・・・・・

「勝手に名前、付けんじゃねぇよ」
 
 『!!!!!』
 
 周りの気配に、驚愕と、動揺が走った。








お話の、始まりの中の、始まり。







  居候


 バァン!!  ぐァらん!!ぐァらん!!!
「たのもおおおぉぉおぐぅ?!」
 ばた。
「ちょっと!誰だか知らないけど、静かに入ってきなさいよ!!ドアが壊れちゃうでしょ!気を付けなさいよ!・・・黙ってないで、何とか言いなさいよ!」
「とりあえずパティの投げたフライパンが額にクリーンヒットしてブッ倒れてるから何も言えないようだね。」
 激高するパティ。棒読みで状況分析をするリサ。呆然とする他の客たち。
 入ってきた者は、リサの言った通り、ブッ倒れてピクピクと痙攣して・・・・・・
「いきなり何をする!」
がばぁ!と立ち上がった。
 その場にいた者たちは・・・一部の例外を除き、その者の風貌を見て目を丸くした。
 それは仕方がない。その者はそれほど異様な風体だったのだから。
 手入れも何もなっていない、バサバサに伸びたボサボサの金髪。後ろ髪は、腰どころかふくらはぎの辺りまで伸びている。前髪も容赦なく伸びているため、顔は、口から下からしかよく見えない。よくは見えないが、その髪の間から、黒曜石のような黒い瞳が見え隠れをしていた。それに、どうやら片眼鏡を掛けているらしい。
 服装は、作業着のようなつなぎを着て、その上に、トーヤたち医者が着る物とは少し違う、白衣を羽織っている。
 なぜか、黒い鉄板のような物を持っている。
 ・・・・・・声からして青年だろう。
 とにかく、こんな奇抜な風体の青年を見て、目を丸くしない者はそう居ない。だが、一部の例外という者はいる。
「何をする!じゃないわよ!あんなに乱暴に入ってきたら、ドアが壊れちゃうでしょ!」
「うっ!・・・スマン。俺が悪かった。以後気を付ける」
 一部の例外・・・パティの迫力に押されて、青年は素直に謝った。
 この平謝りに、パティは毒気が抜けたらしい。
「まあ、分かってくれればいいけど・・・実際には壊れなかったし・・・」
「あ、ありがとう・・・・・・ところで・・・・・」
 実際に壊していたらどうなったのだろう?という素朴で恐ろしい疑問を、青年は敢えて思考の隅に追いやり、本題へと入る。
「ここに来れば、俺を助けてくれた連中に会えるって聞いたんだが・・・・・・」
「あ〜!そうか、あの時の行き倒れかぁ!」
「メロディもおもいだしました〜!」
 彼のせりふを、途中で遮った者がいた。赤い髪の少年、ピートと、猫耳娘のメロディである。この二人は、彼の風貌をほとんど気にしていなかった為、一番反応が早かったのだ。
「い、言われてみれば・・・・・・」
「そう言えばそうですね・・・・・」
 二人のおかげで、他の連中も気がついたようだ。いや、気が付いたのではなく、反応できた。
「お前たちが助けてくれたのか?」
「と言うより、ここにいる全員だな」
 ピートとメロディに視線を向けながら聞く青年に、アレフが訂正した。
「ここにいる全員って・・・10人もいるぞ。俺、そんなに手間の掛かる怪我をしてたのか?」
「さらに言うと、あんたを見つけてくれた人は別にいるよ」
 首を傾げる青年に、リサがさらに訂正する。
「11人か・・・・・・ま、いいか。ありがとよ、助けてくれて」
 にかっ、と青年は笑った。その、どこか愛嬌のある笑顔で、気まずかったその場が、少し和んだようだった。




 「とりあえず、緑茶をくれ」
 あの後それぞれ自己紹介をすませて、青年・・・レアーはそう言って空いていた席に着いた。
「レアー、お金、持ってるの?」
 パティが眉をひそめてそう言った。
「オイオイ、病院でも聞かれたぞ、それ。旅してて緑茶1杯の金が無い訳がないだろ」
「だって、あんたの持ち物って言ったら、その黒い鉄板だけじゃない」
 そう、彼の持ち物は、本当にその鉄板だけなのだ。光も全く反射しない黒い鉄板。
「くっくっくっくっく・・・・・・」
 意味ありげに含み笑いをして、その黒い鉄板をテーブルの上に載せる。本人としてはだだ思わせぶっているだけのつもりかも知れないが、長い前髪で、歪んだ口元しか見えないそれは、はっきり言ってものすごく怖い。夜中に通りの角に立っていれば、間違いなく自警団にしょっ引かれる。
「それって何なんだ?」
 みんなが気味悪がって聞けない中、一番図太い、悪く言えば無神経なピートが全員の疑問を代弁した。
「くっくっく・・・・・・見て驚け!!」
『おおおぉぉぉぉ!!』
 全員心から驚いた。レアーが黒い鉄板を、本を開くように開けると、そこには金が山積みになっていた。一万ゴールドはあるだろう、明らかに鉄板の体積を超えている。
「本物だね・・・・・・」
「当然だ」
 もしや幻術かと思い、リサが手に取ってみたが、彼の言う通り本物のようだ。他のみんなも、それぞれ手に取ってみる。魔法の心得のある者から見ても、やはり本物のようだ。
「やっぱ本物みたいだね・・・・・・って、あれ!?」
「どうした?クリス・・・・・・あああ!」
 クリスの上げた声に、周りが彼の向いている方を向いたのだが・・・・・・そこには本のように開かれた鉄板。その上に置かれていた金が、そっくり消えていたのだ。
「な、何で!?」
 驚きの声を上げるマリア。
「くっくっく・・・・・・種明かしをしよう。みんな、金を返してくれ」
 そう言って、彼はみんなの手に渡った金を集めた。そして・・・・・・
「くっくっくっくっく・・・・・再び驚け!」
そう言って金を、開かれた鉄板の上に落とした。するとどうだろう。
 金が鉄板の中に吸い込まれてしまったのだ。
「まさか!」
 そう言ってエルが、外側と同様に真っ黒な、鉄板の内側に手を乗せた。
「空間操作か!」
 リサが、パチン、と指を鳴らした。
 エルの手は、黒い鉄板を介した何処かへと途中で消えているのだ。
「ふはははは!!!」
 その時、レアーがいきなり高笑いを上げた。全員が。決して気が弱いという訳ではない者まで、ビクリ、と身を震わせる。
「その通り!空間を操作することにより、無限に物を入れておくことが可能なのだ!空間そのものに干渉する強力な魔法でも破壊できない程まで、安定したこの性能!
 使用者にしか開けられないから、プライバシーの保護もバッチリ!しかも使用者の精神に同調するから、取り出したい物を念じるだけで取り出せるから、整理整頓の手間も省け、まさに機能的!
 さらにどうだろう、このダンディーかつシャァプなデザイン!制作者の趣味の良さを顕している!
 『マッド・マジック・エンジニア』と呼ばれる俺、レアーにしか作れないマルヒ・アイテム!その名も!空間制御式折り畳みバッグ『ドコデモ・ノートクン』!!!」
 演説の後、いつの間にか席を立ち、窓に向かって両手を広げ、
「ふはははははははははは!!!!!」
と再び高笑い。
 その風貌とあいまって。その時、その場にいた全員は確かに。窓の外で、稲光が鳴ったような気がした。
『・・・・・・』
 レアーの高笑いが止まり、重い沈黙が訪れた。全員、気を呑まれているのだ。まあ当然だが。その中で、半分以上の者が、こう切実に思った。
(この狂科学者、早めに追い出した方がいいんじゃないのか・・・・・・?)
 既に全員から、最初に感じた愛嬌など、カケラも残さず吹っ飛んでいた。
「クククククク・・・・・・」
 びくぅ!と全員が身を震わせる。メロディなど怯えてリサの後ろに隠れてしまっていた。
 彼は、ゆらぁ、と振り向く。めちゃめちゃ怖い。
「お前ら、今、『こいつ、早めに追い出した方がいいんじゃないか?』って思っただろ?」
 ほとんど全員が、ブンブンと首を横に振る。
 その反応を見て、彼は、ニィ、と口を歪ませる。ホントに怖い。
「安心しろ、俺はちょっと変わっているが、いい奴だからな」
(ちょっとかよ・・・・・・)
(ホントかよ・・・・・・)
 全員の心は、統合するとこんなところだった。だが・・・・・・やはり、どんな時でも例外という者は在るのだ。
「す、すげぇかっくぃ・・・・・・」
『マジかよオイ!!』
 静かな店内に、そのつぶやきは誰の耳にも入り、ほとんど全員がツッコミを入れた。
 突っ込まれた者・・・ピートは、目をキラキラ輝かせて、ツッコミを無視してレアーに近づいていった。
「なあなあ、レアー。お前、すげえなあ!他にも発明品ってあるの?見せてくれよ!」
「おお!!お前は俺の凄さが分かるか!最初に、見所のある奴だ、と思ったんだ!もちろん見せてやるぞ。このドコデモ・ノートクンに入っているんだ!」
「おおぉぉぉ!!」
 何か『変なモノ』を取り出すレアー。ひたすら興奮しているピート。黙ってこの奇怪でズレまくった二人を、静かに見守る他の人々・・・・・・。




 その日フィルはアリサ、テディ、トリーシャ、ローラと一緒にさくら亭へと向かっていた。この間の行き倒れが目を覚まし、さくら亭へ向かったと聞いたので、事情聴取のために充てられたのだ。
 出発する際に、好奇心でトリーシャがくっついてきた。
 フィルは、アリサも行き倒れのことを心配しているのを思い出し、彼女も誘いに、ジョートショップヘと向かった。行き倒れが、アリサさんに礼を言うために、ジョートショップへ行っていれば、その時に彼と会うことができるとも考えたからだ。
 ジョートショップヘ行くと、彼は居らず、アリサは彼が目を覚ましたことを知らなかった。故に彼女を誘って、さくら亭へと向かうことになったのだが・・・そこでローラに会ったため、くっついてくることになったのだ。
 ローラには結構友達ができてきたが、まだフィルから離れられないようだった。
 教会へ住むように言われた時も、フィルですら半泣きになる程まで駄々をこねた。どうやら彼と一緒に住むつもりだったらしいが、見かけによらず図太い精神を持ったフィルも、さすがにそれは全力で回避した。
 彼女は教会へ住むことを了承したが、どうやら彼の勤務予定を全て暗記しているらしく、昼休みに『遊んで』とやって来ることもしばしばだった。
 同僚に言わせてみれば、『憑かれている』ようにしか見えないらしい。・・・・・・本人達は全く気にしていないが。
  からん、からん・・・
「おじゃまします・・・え?」
「ど、どうしたの?みんな」
 ドアを開くと、いつも以上にさくら亭は賑やかだった。特に人が多い、という訳ではない。単に騒がしいのだ。
「あ、いらっしゃい!」
 それでも一番はじめに気が付き、いつもの笑顔を向けるのは、さすがパティといった所だろう。フィルがパティに笑顔を返す。
「こんにちは、パティさん。今日は一段と賑やかですね」
「!、そうそう、アリサさん、あのときの行き倒れ、気が付いて今そこにいるんですよ」
「ええ、フィルさんに聞いて一緒に来たの」
 そう言って辺りを見回すが、弱視の彼女にみえるはずもない。ついでに言うと、フィルたちからも見えない。なぜなら、10人もの人々が、彼を取り囲んでいるのだから。
 結局あの後、二人の会話に全員引き込まれてしまったのだ。レアーの『含み笑い』だの『高笑い』だので場が盛り下がることもしばしばだったが、それでも彼の取り出す道具は、興味を惹くものだった。
「ちょっとみんなー。アリサさんが来たわよー」
 パティのその一言で、会話に夢中だった全員が、一斉にこちらを向く。
「あ、おばちゃ〜ん」
 一番嬉しそうなのはピート。他の面々も口々に挨拶をする。
「ほら、あの人がお前を見つけてくれたんだぞ。お礼を言えよ」
 そうアレフに背中を押され、レアーは立ち上がってアリサの前へ進み出た。特に背が高い、という訳ではないが、背の高くないアリサと並ぶと、やはり大きく見える。
「・・・あ〜っと、・・・助けて頂き、ありがとうございます」
「何だい、あたしたちの時より随分かしこまってるじゃないか」
「うっ・・・いいだろ?別に・・・・・・」
 リサが茶々を入れると、彼は拗ねたようにそっぽを向いた。
 そんなやりとりを、アリサは優しい目で見ていた。
「傷の具合はもういいの?」
「ええ、無理をしなければいいそうです」
「そう。無事で何よりだわ」
 そう微笑みかけられて、レアーは照れ臭そうに天井を見上げた。
 その時・・・・・・
「レアー・・・さん?」
 横手から声をかける者がいた。フィルである。ほとんど全員目を丸くして、彼を見る。
「二人とも、知り合いなんですか?」
「ええ、4年も前に、ほんの少し会った事があるだけですから、彼が覚えているかは分かりませんが」
 驚いて二人を見比べるシーラに、フィルは笑って答えた。話題の主であるレアーは、初めは驚いていたが、すぐにフィルの前へと進み出た。
「お前、俺を知っているのか?」
「はい、先程言った通り、四年も前、旅の途中にですが」
「四年前か・・・・・・なら教えてくれ。俺について知っている限りを」
 周りの者は、皆困惑した。彼の真摯で、厳しい口調に。それに、彼はフィルのことを知らない、どころか自分についても知らない、というような言いぐさだったからだ。まるで・・・・・・
「俺は一年程前から記憶がないんだ」
 全員が、ハッ、となって彼を見る。注目されても、彼はフィルの光と闇の瞳から、目を逸らさない。
 フィルも、真実を見透かすかのように、彼の長い前髪の間から、瞳をのぞき込んでいる。
 しばらくの沈黙・・・・・・
「・・・・・・一年程前、俺は今回と同じように、怪我をした状態で発見された」
 説明しなくては、何も喋ってくれない雰囲気だったので、彼は口を開いた。
「その時からが、俺の記憶の全てだ。持ち物といえば、これだけだった」
 そう言って、手に持っていた例のドコデモ・ノートクンに視線をやる。
「『レアー』って名前も、これに彫られていた単語だ。俺の本名かも分からない。お前のお陰で、俺の名前だって分かったがな。・・・・・・なぜか、これの扱い方は分かった。俺が作った物だ、というワケの分からない確信があった。そして、魔法科学の知識もな。
 それから辺りを流浪して・・・・・・ここからは、話しても意味のないことだ・・・・・・今に至る」
 説明を終え、フィルをじっと見る。対して彼は、見返しながら呟いた。
「嘘を付いているようには見えませんね」
「当たり前だ。こんな嘘を付く奴がいるか・・・・・・お前のその瞳、確かに見た覚えがある気がする」
 再び、しばらくの沈黙の後、フィルはゆっくりと語り始めた。
「・・・・・・4年前の旅の途中に、ある遺跡に立ち寄りました」
「遺跡に?」
「はい、ちょっとした好奇心で。・・・・・・その遺跡の中で、一人の子どもが魔物に襲われている所を助けました」
「そういえば・・・・・・4年前って言ったら、お前がエンフィールドに来た時期じゃねえか」
「はい、ここへ来る旅の途中で彼と会ったのです」
 アレフのせりふに、フィルは頷いた。
「・・・・・・その子供から事情を聞くと、『家族が揃って病気になり、動けるのが自分だけ。高い治療費がいるから、まとまったお金が必要だ』と言いました」
「無茶なことを・・・・・・」
「ええ、そうは思いました。けど、帰れと言っても聞きそうにありませんでしたし、放って置く訳にもいかないのでその子に同行したのですが・・・・・・その遺跡の宝物庫で、彼と出会いました」
「レアーさんとですか?」
「はい、つまり先を越されてしまった訳です」
 そこでフィルは、静かに聞き入っているレアーへと視線を向けた。その表情は、長い前髪に隠れて全く分からない。
「彼は自分で開発したマジックアイテムで戦うことを得手としていました。武器や魔法などといった物はあまり使わないようでしたね。色々な道具を駆使して戦っていましたよ。・・・・・・彼に事情を話すと、快く宝を分けてくださいました」
「ふぅん。じゃあ少なくとも、犯罪を働くような奴じゃあないって事か」
 エルがそう言って髪をかき上げた。確かに、宝を目の前にして誰かを思いやれる人間が、犯罪を働くことはそう無いだろう。そこでフィルは苦笑して付け足した。
「筋を通す方。そうお見受けしました・・・・・・まあ、性格は・・・魔法科学に関わると特に・・・その・・・少し個性的な方ですが」
「オイ、控えめに言われると余計に腹が立つぞ。俺のどこが変だと言うんだ?」
「髪の毛。」
「高笑いするところ。」
「含み笑いするところ。」
「雷が落ちるところ。」
「正にマッドサイエンティストってところ。」
「全体的に。」
 レアーの無自覚なセリフに、周りは口々に彼のヘンなところを並べ立てる。言いたい放題に言われて、さすがに憮然とした表情で、
「冗談だ。少しはヘンだって言う自覚はある」
「少し?」
 パティのツッコミに、ぐぅ、と呻いて黙ってしまった。
 どっ、と周りから笑いが起こる。やはり憮然とした雰囲気で周りを見渡す彼。その仕草が、更に笑いを誘う。アレフがもっと茶々を入れそうな雰囲気だったが、レアーにとっては幸運なことに、そうはならなかった。
「ねえ、レアーさん。さっきから考えてたんだけどさ・・・・・・」
「ん、何だ?」
 トリーシャが興奮した口調で声を掛けたのだ。何故だか目をきらきらと輝かせている。
「ひょっとして、今年の『ノォブル科学賞』の魔法科学賞を、史上最年少で受賞したあのレアーさん!?」
「おお!知っているのか!」
「きゃ〜!!やっぱり!『マッド・マジック・エンジニア』のレアーさんなんだね!?・・・サイン下さい!」
「ふはははは!俺も遂にサインをねだられるまで有名になったか!」
 トリーシャがどこからか取り出したサイン色紙に、レアーがどこからか取り出したサインペンで、さらさらさらぁ〜、と書いていく。
「な、何なんだ?その『ノォブル科学賞』って・・・・・・」
 いきなりノリノリな二人に呆然としつつも、呆然とした口調でエルが聞く。
 それに答えたのはフィルだった。
「ノォブル科学賞とは、科学の発展の祖である、A・F・ノォブルに因んで、さらなる科学の発展を目的としたものです。今年で43回。表彰された者には、科学者として最高の栄誉と、賞金100万ゴールドが授与されます」
『ひゃくまんごーるどぉ〜?!』
 ほとんど全員が、吹っ飛んだ額に絶叫を上げる。そこである事に気が付いたリサが、レアーに食って掛かった。
「ちょっとボウヤ。さっき見せた金、あれだけじゃ少な過ぎるんじゃないのかい?どう見ても一万ゴールドぐらいしかなかったよ」
「ふはははは!!あんなはした金、材料費に全て消えてしまったわ!」
「もうですか!?受賞は1月の半ばでしたよね?たった2ヶ月程で、100万の大金が1万になったのですか!?」
「その通りだ!俺の賞金を狙った連中が何度か来たがな、そう言ってやったらヘコんで帰ってったぞ!・・・・・・っと君の名前は?」
「トリーシャ・フォスターだよ。あ、その前に、受賞の内容も書いてよ」
 フィルの驚きに、無意味に威張りながら、受賞内容、トリーシャの名前を書いていく。
 どうやらレアーという青年、魔法科学が関わると性格がスパークするらしい。
「よし、できたぞ!『マッド・マジック・エンジニア・レアー。丈夫で汚れが簡単に落ちる魔法繊維の開発にて、ノォブル魔法科学賞を受賞。トリーシャ・フォスターへ。○○○○年×月△日、エンフィールドにて』」
「うわぁ、ありがとう!」
 はしゃぎまくるトリーシャと、ひたすら得意そうなレアー。その二人に、おずおずと声を掛けたのはアレフだった。
「なあ、丈夫で汚れが簡単に落ちる魔法繊維って・・・・・・なんか、めちゃくちゃ微妙なんだが・・・・・・」
「何を言う!材料費も安価で、主婦や家政婦の方々から、喜びのメッセージを幾つも貰ったんだぞ!ついでに言うと、今俺の着ている服もそうだ!」
「そ、そうか・・・」
 なおも盛り上がる二人。
「レアークン、自己紹介がまだだったわ」
 アリサに声を掛けられて、彼はピタリ、と動きを止めた。
 そう言われて初めて気が付き、スパーク状態から脱したのだ。あはは、と誤魔化し笑いをする。
「私はアリサ・アスティア。ジョートショップという小さなお店を経営しているの。この子は、私の目の代わりをしてくれている魔法生物のテディよ」
「よろしくッス!」
 アリサの腕の中で、テディが元気よく挨拶をした。二人に対して、にかっ、と笑いかける。その愛嬌のある笑顔を見ると、やはりその場が和むようだ。
「よろしく、二人とも。・・・んで、そう言えば名前を聞いてなかったな」
 そう言って、フィルの方を向いた。
「私はフィルと申します。改めて、お見知り置きを。・・・この子はローラさんです」
「おう、よろしくな。そっちの幽霊モドキのお嬢ちゃんもな」
 フィルの言いように苦笑しつつ、更にローラに声を掛ける。
 だがこの言いように、ローラが反応しない訳がない。断然抗議する。
「あたしは幽霊じゃないわよ!」
「分かっている、だから『モドキ』と言ってるだろ?」
「・・・・・・あの・・・、何で分かるんですか?」
 笑って抗議を受け流すレアーに、疑問を投げかけるクリス。フィルの話からすると、その辺りの事情が見破れる程、魔力などといったもの自体に、それ程敏感そうには感じられなかったからだ。
 それに対し、彼はまたも無意味に含み笑いをしながら、掛けている片眼鏡に手をやった。
「俺の発明品。片眼鏡『ピエールクン』のお陰だ。これは魔力や氣といったものを透視することができるのだ。これで相手がどんな魔法を使おうとしているか、事前に察知することも可能!」
「何でピエールクンなの?」
「みえーる(見える)に掛けた」
「あ、そ。」
 パティは、聞いた自分が馬鹿だった、といった感じで返した。
「冷たいなオイ・・・・・・まあとにかく、お前が一種の幽体離脱状態だ、って事は分かったよ。だから『モドキ』って言ったんだ」
「うぅん・・・・・・」
 彼の説明に、それでも不服そうなローラ。
「それにな」
 彼はそこで、少し意地悪そうに笑った。フィルへと視線を移す。
「男と女では、魔力の波動が違うんだがな。ピエールクンが無かったら、お前が男だ、って事には絶対に気が付かなかったぞ。お前程、男に見えない男は記憶に無いなぁ」
「う。」
 今度はフィルが呻く番だった。それを奇怪に、アレフやマリアといった面々が茶々を入れ始める。・・・・・・ローラも。
 これはレアーの確信犯である。ローラの追求を逸らすためにフィルをダシにしたのだ。それに気が付いているフィルは、彼をジト目で見ていた。




 「ねえ、レアークン。これから、行く所はあるの?」
「え?」
 唐突にそう聞かれ、彼は目を丸くした。なぜアリサがそんなことを聞くか分からなかったのだ。
 一瞬考えてから口を開く・・・・・・よりわずかに早く、アリサが口を開いた。
「さっきも言ったけど、私はジョートショップというお店を経営しているの。もし行くあてがないのなら、うちで住み込みで働いてみないかしら?」
「ほへ?」
「ああ、それは良い考えですね」
 かなり間抜けな声を上げたが、今回ばかりは誰もおちょくらなかった。それ程理解に時間の掛かることだったのだ。例外として、フィルが全く動揺もせず、笑顔で賛成する。
「そうッス、いい考えッス!さすがご主人様ッス!」
「ちちちちちちょっとまった。」
 何も考えていないテディも大賛成した・・・・・・ところで、レアーが口を挟んだ。
「あの、いいんですか?俺みたいな見ず知らずの人間をそこまで信用して。俺がこんな事言う権利は無いかも知れませんが、ハッキリ言って非常識ですよ?」
「そうですよアリサさん!こんな非常識でアブない奴、アリサさんと一緒になんか住ませられません!」
「アブないとまで言うかオイ。」
 アレフにツッコミを入れつつ、アリサを見る。・・・・・・その瞳は、どこまでも優しく、深く・・・・・・。ふふっ、と優しく微笑んだ。
「あら、さっきのフィルさんの話を聞いたでしょう?彼がいい人だって事はよく分かるわ」
「それは・・・・」
「それにね・・・・・・」
 言いかけた言葉を遮って、アリサは唐突に、呆然としているレアーの長い前髪を掻き上げた。こうしてみると、かなり整った顔立ちだと言うことが分かる。切れ長の、黒曜石のような瞳が印象的だ。
「え!?え・・と、あの・・・」
 当然ながら狼狽するレアーを気にせず、言葉を続ける。
「彼の瞳を見れば分かるわ・・・・・・目が悪いお陰でよく分かるの・・・・・・彼は、いい人よ・・・」
 そう言われて、反対する人々は沈黙した。アリサの人を見る目の確かさは、ここにいる全員がよく知っているのだ。それに彼女が、こういう雰囲気の時は、自分の考えを変えようとは絶対にしない、ということも。
 そして、レアーはというと・・・・・・
「えっと・・・じゃ、じゃあ、お世話に・・なります」
 もごもごと、口の中で呟いた。






お話の、始まり。








 「アルベルトさんが暴れそうですね」
 ふと、フィルはそう呟いた。
 当然ながら、その予感は的中し、彼の元へも、多くの厄介事が舞い込んでくることになる・・・・・・。






  あとがき

 どうも。昨日書いて遅れなかった話です。・・・・・・なんか、ネットの回線の設定が悪いらしく、繋がる時と繋がらない時があるんですよね(汗)。いや、父がパソコンを買い換えたんですよ。そしたら設定ミスがあるらしく、せっかく感想をくれた人にも、メールがなぜか送れなくて、満足に返信できない始末。まあ、勝手にパソコン拝借して使っている身で、文句は言えた立場でないことは分かっているのですが・・・・・・(溜息)
 一通りグチった所で。1st主人公の風貌で特徴的なのが、バサバサに伸びたボサボサの金髪、です。これは、ショート科学研究所の所長さんの髪型を、数段レベルアップさせたものと想像してください。・・・・・・想像しやすいでしょう?
 彼の身長は、リサより少し低いぐらい。一般的に、高いとも低いとも言えない、という所です。フィルよりずっと大きいですね(笑)。
 補足はそれぐらいでしょうか。では最後に。






   レアー印の、マルヒ道具ショッピング ―これで世界は君の物だ!(意味不明)―

   ・空間制御式折り畳みバッグ「ドコデモ・ノートクン」 (1,000,000G)
   本文参照  神様の方が壊そうとしても壊れないので、個人のプライバシーが、「神のみぞ知る」から、「神ですら知らない」、に昇華します。


   ・片眼鏡「ピエールクン」 (5,000G)
   本文参照  お子様の手の届かない所に保管して下さい  魔力で強化を施しているので、ドラゴンの方が誤って踏んでしまった場合も安心です。 

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