中央改札 交響曲 感想 説明

果て無き道を歩む者:外伝1(前編)
正行


 果て無き道を歩む者
 外伝:・・・を道連れに (前編)




 「ここは?」
 ふと気がつくと俺は何も無い所にいた。
 見渡す限り白い世界。辺りには2メートル先も見えない霞がかかっている。宙に浮いているように見えるが、足元には透明な大地でもあるのか、踏みしめることもできる。
 なぜ、自分がここにいるか、思い出そうとするが、何も思い出せない。だが、何かがおかしい。何か違和感があり、同時によく知っているような気がする。
 何かの結界に閉じ込められたのか?等と考えていると、いつのまにか目の前に人がいた。
 
 
 
 「雅信くん、どうしたの?」
 「アリサさん!?」
 目の前の人は穏やかに微笑みながら、俺に聞いてきた。この人は、アリサ・アスティアという盲目の未亡人でいつもお世話になっていた。
 だが、俺の記憶では、この人はもう昔に他界しているはずだ。
 驚きながらも警戒するが、悪意や敵意、害意といったものは感じられない。
 「アリサさんはどうしてここに?」
 とりあえず、そう訊ねる。
 「何を言ってるッス?ここはご主人様の家ッス。」
 テディが答える。テディはアリサさんの夫が連れて帰った魔法生物だ。金髪で、犬のような姿をしている。いつも目の見えないアリサさんの目の役割を果たしている。
 その言葉で辺りを見渡すと、いつのまにかそこは昔俺が働いていたジョートショップの中だった。
 かつて、俺はここエンフィールドの街のジョートショップで働いていた。だがそれも昔の話だ。いまではもう150年近く流れている。・・・流れているはずだ。
 「さあ、今朝食の準備をするから雅信くんは食卓の用意をおねがい。」
 「わかりました。」
 そう言いながら準備をする。とりあえず、様子を見ることにした。
 ・


 早朝の食事中にいろいろ気になったことを訊ねてみる。
 「そういえば、今日は何年何月何日だったっけ?」
 「?今日はXXXX年○月*日ッス。」
 「そうか。いや、なんでもない。確認しただけだ。」
 不思議そうに答えるテディに誤魔化す。
 (となると、俺がここにきてから2年目か……。)
 「今日は少し曇ってるわね。」
 アリサさんが窓から外を見ながら言う。
(そういえばこの世界では大丈夫なのか?)
……カタカタ……
すこし、家が揺れた事を確認して、
(どうやら能力は使えるみたいだな……)
 その事に少し安堵する。
 「あら、雪が降ってきたわね。」
 アリサさんがぽつりと言う。どうりで寒かったわけだ。
 窓から射しこんで来る朝日が眩しく、目を細めながら窓から外をみると、しんしんと雪が降っていた。



 やがて、食事が終わり、ミルクを飲んでいると、フイに胸が苦しくなった。
 
 身体ではなく心の痛み
 
 それもすぐ消える。
 「?」
 怪訝に思いつつ顔をあげる。
 すると、辺りはいつのまにか、また元の白い世界になっていた。
 
 
 
 「今のは一体……。」
(やけに現実的だったが、どうやら夢ではないようだな。)
ちゃんと味覚、触覚がある。夢ならこうはいかないだろう。

……アリサさん……

昔に思いを馳せていると……

 
 
 「よお」
フイに肩をたたかれ、振り返ると20歳前後位の白髪でハデな帽子をかぶった男――アレフ・コールソン――がいた。
「アレフか。」
「どうしたんだ?こんな所でボーっとして。」
 「いや、それよりおまえらこそどうしたんだ?」
 場所は通りの角だった。ふと、見上げると空はどんよりと曇っていて肌寒かった。
 「おはよう、雅信さん。これから夜鳴鳥雑貨店に行くんだ。雅信さんも一緒に行かない?」
 アレフの隣にいる10代半ば位の少年のような人物――クリストファー・クリス――が答える。
 「そうだな……。よし、オレも行こう。」
 そう言って一緒に歩き出す。害意は無いものの、念のため油断はしない。
 「クリスはともかく、アレフは付き添いか?」
 「ああ、クリスがどうしてもって言うからな。」
 「そこまでは言ってないよぉ。」
 それを見ながらかすかに苦笑する。
 「ところで雅信、お前この後なんか用事あるか?」
 「ん〜いや、特にないが……今日はナンパはしないぞ。」
 「おいおい、そんなつれない事言うなよ〜。」
 俺は時々アレフのナンパに付き合うが、俺の場合それは決してナンパではなく、どちらかというと友人・知人を作るためのものだ。従って老若男女を問わない。
 「アレフ君またナンパするの?」
 「それは愚問だぞ、クリス。……それじゃあ、今日はクリスと二人で……。」
 「ごめん、僕はこれから課題の仕上げがあるから・・・。」
 どうやらアレフはクリスが買物に行く途中で偶然出会って、そのまま付き合ってきたようだ。だから、知らなかったのだろう。
 と、そこへ前方から見知った少女が来る。幼い感じのする少女で、頭に大きなリボンがある。名はローラ・ニューフィールドという。
 向こうもこちらに気づいたようだ。
 「あ〜、ねえねえ三人でどこ行くの?」
 「ああ、これからクリスに付き合って夜鳴鳥雑貨店にいくとこだ。ローラは?」
 「ん〜?あたしはねぇ、ローレライに行ってきた帰りなの。これから教会に帰るとこ。」
 ちなみに今は陽の当たる丘公園前である。
 「おっ、ローラ。今日のリボンは一段と綺麗だねぇ。」
 「あっ、やっぱりアレフ分かる?実はさっきこれ買ってきたばかりなの。」
 「ん?それ新種か?見た事ないけど……。」
 「そうそう。昨日トリーシャちゃんに聞いて……」
 などと、アレフとローラは話し込んでいった。ついていけない二人―クリスと俺―は脇からそんな二人を眺めているしかなかった。
 「それにしてもアレフは変わってないな。」
 しばらくして苦笑まじりに俺が言う。
 「そうだね。」
 と同じく苦笑しながらクリスが返事をする。
 「それに比べると、クリスはずいぶんと変わったな。」
 「え?」
 「前と比べて堂々としてきたじゃないか。自信もついてきたようだし。」
 「そ、そうかな?でも、僕はまだまだだよ。」
 「ハハ、まぁ今は急いで大人になる必要はないけどな。クリスは今しかできない事、今だからできる事をやっていけばいいさ。」
 そこで会話が途切れ、アレフとローラの方に顔を向ける。なにやら話題はどんな色が良いのかという話に移っている。
 少し経ってそのまま眺めながらクリスが話し掛けてきた。
 「さっきのことだけど……アレフ君は変わったよ。」
 「……そうか?」
 「うん。最近女の人との付き合い方がちょっと変わってきたんだ。」
 「そうか……。」
 「(これもきっかけは雅信さんの……)」
 「ん?何か言ったか?」
 「ううん、なんでもないよ。」
 まあ、いいか。と思いつつ二人に意識を向けると、何やら隣国の交易品の話になっていた。
 (そろそろ止めるか)
 などと考えていると、雪がふってきた。
 「あっ、もう帰らなくちゃ。」
 「ああ、気を付けて帰れよ。」
 「それじゃあ。」
 「またな。」
 上からローラ、俺、クリス、アレフの順に言う。
 「うんっ。バイバ〜イ。」
 そういって去っていった。
 「さてと、俺達も行こうぜ。」
 「そうだね。」
 アレフにクリスが答えて再び歩きだす。店までもうすこしだ。
「……相変わらず元気だったな、ローラは……。」
 「何言ってんだお前。いつもの事だろうが。」
 しんみりと言った俺にアレフが怪訝そうに言う
 「そうだよな……これがいつもの事なんだよな……。」
 「お前、ちょっと変だぞ。何かあったのか?そんな遠い目をして……。」
 「いや……。」
 ややあって、喋り出す。
 「……ローラは本来百年以上昔の人間だ。そんな人、それも子供が一人だけこの時代まで眠っていたんだ。そして目覚めたら周りには誰も知ってる人はいない……。
  そんな孤独を経験したんだ。もう俺の前でそんな孤独を味あわせたくないんだ。」
 「……雅信さん『僕達の前で』、でしょ。」
 「そうそう。それにローラがいつの人間かは関係ないだろ。ローラは今ここに、エンフィールドにいるんだからな。」
 と、クリス、アレフが言い、そっと頷く。
 「ああ、そうだな。」
 そして次第に右手に店が見えてきた。
 「ふぅ、やっと着いたな。さ、早く中入ろうぜ。」
 「あ、アレフくん待ってよぉ。」
 扉を開けアレフが入り、クリスがそれに続く。そしてその後に続こうとすると、突然霧が生じた。
 みるみると霧が濃くなり警戒を強めながら、
 「アレフ、クリス!!」
 大声で呼びかける。しかし、二人からは何の返事も返ってこなかった。
 いつのまにか白い世界になり、俺の声は吸い込まれるようにして消えた。

 
 
 「ふぅ、一体何なんだ?」
 いつのまにか服に軽く積もっていた雪も無くなっていた。まるで最初から存在しなかったように。
 (少し考えてみるか)
 まず、さっき声が反響してこなかったからここはかなり広い空間だろう。次にこの世界は夢ではない。あまりに現実的すぎる。
 何か強い幻覚の魔法か何かかもしれないが、探知用のマジックアイテムが反応してないことから魔法の可能性はかなり低くなる。これはただ純粋な魔力のみに反応するからな。
 とりあえずこれは置いといて、次は俺にとって危険か否かだが・・・邪気や害意は相変わらず感じないな。ただ、俺が感じとれないだけかもしれないが。
 あと、……天津彦根のしわざってのも考え難いな。あいつの性格からすると……あり得ないことじゃあないが……。
 ……だめだ、この世界に来る以前の記憶がない。だが、二日前の記憶だとあいつ『眠り』についてたよなぁ。
 
 説明:『眠り』とは、己の体調を調整するため数日眠りにつくことを指す。
 
 (ん〜『書庫』に居たのは確かだよな。……ん?)
 
 
 
 再び世界に変化が起こった。今度は見極めようと、集中して観察する。
 だんだん辺りの霞が薄くなり、それにともない周りが見えてくる。
 (さくら亭か?)
 なぜならここは建物内、特に店のようにテーブルとカウンターがあり、なにより奥にパティの姿が見えたからだ。
 さくら亭は宿屋兼大衆食堂だ。パティ・ソールはここの看板娘でよく店の手伝いをしている。
 辺りを見まわすと大勢の客の中にシーラとシェリルがいた。どうも昼食を取っているようだ。
 シーラ・シェフィールドは音楽界では有名な父と母を持ち、自身もピアノを弾くお嬢様だ。
 シェリル・クリスティアは魔法学校の優等生であった、本が好きな娘で小説も書いている。
 当時この二人はその道では注目されていたりする。
 「あれ?雅信、アンタいつのまに入って来たの?ベルの音は聞こえなかったけど。」
 「ん?今日はなんとなくベルを鳴らしたくない気分だったんだ♪」
 「あんたね、また「なんとなく」?いいかげんハッキリ言葉で表現しなさいよ。」
 「ちゃんと言葉で表現してるじゃないか。」
 どうやって鳴らさないようにしたのかパティは聞かなかった。以前空間干渉で周りの一部の音を消した事があったから、今回も同じ様にしたんだろうと思ったのだろう。
 だが、少し腑に落ちない点もあったが、パティは気にする暇もなかった。その点とは、俺がこういう事で自分の能力を使うのを滅多に見聞きしないということだった。
 「ほら、それより忙しいんじゃないか?あ、俺はミルクお願い。シェリル達のとこにいると思うから。」
 そういってさっさと二人の席にいく。パティは不機嫌な顔をしていたがすぐに仕事を思い出し、また厨房に戻っていった。
 「や、相席いいかい?」
 二人の後ろから声をかけて、そのまま二人の前の席にいく。
 「あ、雅信くん。ええ、いいわよ。」「雅信さん?」
 シーラから了解をもらい、席に着きながら二人に話し掛ける。
 「何話してたの?」
 「あの、シーラちゃんにローレンシュタインの事を聞いてたの。」
 ローレンシュタインとは芸術の都として名高い街だ。
 シーラはそこにピアノのため留学して2年という規格はずれの早さで修了し、エンフィールドに帰って来ている。
 「そうか、俺も聞きたいな。」
 「ええ、いいわよ。それでね……。」
 しばらくシーラの話が続いた。
 最初は、奴等が化けている事も考え、注意深く二人や周りの挙動を観察する。
 話を聞きながら目の奥や気配を探ってみるが、奴等独特の気配はなく、ミルクを(乱暴に)運んできたパティにもさりげなく探りを入れたがどうやら俺の思い過ごしのようだった。
 明らかに俺の知っているシーラ、シェリル、パティだと分かったからだ。
 ミルクを飲み、そしてあらためて話に耳をかたむける。
 学校の事、素晴らしい講師の事、向こうでの暮らしの事……。

 ゆっくりと流れる昼食の時間……。心を許せる友との会話……。

 全てが……。

 ふと気付くと、俺はしばらくの間完全に警戒を解いていた事に驚いた。
 まだ自分の置かれた状況も分からずに最低限の警戒を解くなど、普段からは絶対考えられないことだ。
 「雅信くん、そんなに驚いたの?でも、私も初め見た時はビックリしちゃった。ローレンシュタインにも出回ってたなんて。」
 シーラが俺の驚いた顔を見て勘違いをしたようだ。
 「え?ああ、うん。」
 話を聞いてなかったため、とっさにこう返事をしてしまった。
 「でも『悠久幻想曲』がそんなに有名になってたなんて……。」
 シェリルが照れながら言うのを聞き、シーラが何と言っていたのか理解した。
 『悠久幻想曲』はシェリルが書いた小説で、俺をモデルにした『黒髪黒目の青年』の日常を描いた物語だ。今でも残っている。
 もちろん名前も変えてあるし、フィクションも入っているが、俺は自分が歴史の表にでるのを極力避けようとしているのと、友人の成功を喜ぶ気持ちでちょっと複雑な気分だった。
 といっても9割がた喜んでいたが。
 しかし、ローレンシュタインまで有名になるとは考えていなかった。そういっても止めるつもりはないが。
 「へえ、シェリルってそんなに有名だったんだ。」
 突然横からパティが話に加わってきた。
 「パティ、店は……っていつのまにか俺たちだけになっちまったな。」
 気付かず長話に夢中になっていたらしい。すでに、皿とカップは空になっていた。
 「あー疲れた。」
 そう言いながら空いている席に着き、テーブルに突っ伏す。
 「ごくろうさま。パティちゃん。」
 「あーもうなんで今日はこんなに混んでんのよ。まぁ、前よりは涼しくなってきてるからいいけど。」
 「まあ、繁盛してるって事じゃないですか。これから寒くなってきますよ。」
 ねぎらいの言葉をかけるシーラ、疲れた様子のパティにシェリルが答える。
 「そういやアンタ、アメがいないわね。」
 「あっ、パティちゃん。アメちゃんは『眠り』に入ってるって昨日言ってたわよ。ね、雅信くん。」
 「ん?ああ。」
 とりあえず相づちを打つ。
 天津彦根は愛称が『アメ』である。付けたのは俺だが。由来は・・・まあどうでもいいが、シーラはあいつの正体を知ってもちゃん付けする数少ない一人である。
 というかあいつにちゃん付けするとは……。理解できん。マスクマンにちゃん付けするのとある意味同じでは?

 「フン!」
 なぜか筋骨隆々とした上半身裸の男がポーズをとり、そんな男に黄色い声が降る(しかもなぜかトリーシャもいたりする)。
 「「きゃーーー!マスクマンちゃーん!!」」

 「ーーーーーーーっっっっ!!!」
 ガタタン!ゴカン!
 「ま、雅信さん?」
 「キャッ。だ、大丈夫?雅信くん。」
 「ちょっとアンタ、店の物壊さないでよね。」
 シェリルが驚き、シーラが声ならぬ声を上げイスから転げ落ちた俺に近づく。パティはやはり店の心配をした。
 シーラとシェリルに手で大丈夫と制しながら
 「いや、心配ない。少しこの世界で禁忌とされた事柄に触れただけだ。」
 「そ、そうなの。」
 何か立ち入り難いものを感じたのか、それ以上シェリルは詮索しない。
 「ふ……とっつぁん、俺はもう真っ白に燃え尽きちまったぜ。さあパトラッシュ、俺と共に肉体の宴へ赴こう。」
 そう言いながらパティに手を差し出す。しっかりと脳を侵蝕され、目に生気はなかったりする。
 (作者注:私は断じてホ○ではありません)
 「誰がパトラッシュよ!!」
 いつのまにか手にした四角いお盆(しかも角)で俺の頭を打ち据える。
 この時、悪魔の気まぐれか、偶然打ち据える切り込み角度、絶妙な力加減、全てがあの『トリーシャチョップ』に酷似していた。
 そのため、俺の意識は覚醒し、再び深い眠りに落ちた。そう……永遠という名の眠りに……。
 
 
 完
 
 短い間でしたが御講読していただきありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「……って、死んでたまるかぁーーー!!」
 沈みかけた意識を取り戻す。
 「うるさいわよ!」
 バガン!
 「おい……お前今本気でやっただろ。腕で防御しなかったら死んでたぞ?」
 冷や汗を流しながら言う。
 「アンタならこれくらいで死にはしないわよ。それよりお盆どうしてくれるのよ。」
 「どうするって言われても……。(俺が悪いのか?)」
 そう、お盆はコナゴナになっていた。
 普通ならば割れるのだろうが、パティは達人並の強さであったため、振り下ろすスピードが常人離れしていたのである。
 さらに俺は『気』でとっさに防御し、結果俺の防御は破れなかったので、砕け散ったというわけだ。
 これはお盆にすさまじい衝撃が加わった事が伺える。
 まぁ、そんなどうでもいいことは置いといて。
 「とりあえず掃除するか。パティ、箒とチリトリ貸して。」
 すると何か難しい顔をしてパティは取りに行った。
 「あの、私も何か手伝いましょうか?」
 「私も手伝うわ。」
 「いや、すぐに終わるから一人で十分だよ。三人でやるとかえって邪魔になるかもしれないし。二人はそのまま待っててくれ。」
 そして、パティが戻ってきて、チリトリを受け取る。
 「……パティ、箒が無いと掃除しにくいんだけど……。」
 するとパティは後ろを向き、お盆の破片を箒で集めはじめた。そして後ろを向いたまま、
 「……アタシも悪かったわよ。……その、……さっきアンタのせいにして。」
 俺は驚いて思わずシーラとシェリルに顔を向ける。すると二人は微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 そしてそのまま俺もかすかに微笑んで、パティをの方に顔を戻した。この当時、頑固で素直でなかった娘が謝罪したのだ。顔を見られないようにして、不器用に。
 「パティ、手伝ってくれてありがとう。」
 俺はパティに謝る代わりにそう言って、チリトリで集めたゴミをとり、捨てに行った。戻ってくるとパティは恥かしさを誤魔化すためか不機嫌そうな顔で、
 「……なに笑ってるのよ。」
 「パティが素直になってくれたから。」
 間を置かずに答える。そのまま続けて、
 「まぁ、好きな奴くらいにはちゃんと目を見てあやまれよ。」
 「余計なお世話よ!」
 「「「アハハハハハ。」」」
 パティの反応に三人が笑いだす。
 「なによ、シーラとシェリルまで……。」
 「フフ、ごめんなさい、パティちゃん。」
 「でも、そういう雅信さんも好きな人はできないんですか?」
 「なんでそっちに話をもっていくかな、シェリルは」
 笑いながら、
 「うーん今のところlikeはいてもloveはいないよ。」
 そもそも俺の中で150年経過しているのだ。しかし当時も同じ感情だった事を思い出す。
 「みんなも同じ答えなんですよね。雅信さんて不思議と恋愛の対象にならないんですよ。」
 そういえば、昔も同じ事を聞いた覚えがある。
 「ちょっと、シェリル。それはアタシも含まれてるの?」
 「それじゃ、嫌いなの?」
 「……嫌いじゃないけど、好きでもないわよ。」
 ムキになっているようだ。
 「はいはい、分かってますよ。」
 俺は肩をすくめた。
 そんなやりとりをしていると、ふと俺の中で何かの感情が大きくなっていくのを感じた。
 そして、それとは別の、小さく、だが、重い感情も……。
 敢えてそのままにして、どんな感情かは考えなかった。
 「そういえば久し振りにシーラのピアノを聴きたくなったな。」
 ふと思い付いた事をそのまま言葉にすると、三人は不思議そうに顔を見合わせた。
 「何言ってんの?アンタ。」
 「この前聴いたばかりじゃないですか。」
 その言葉に、
 「……ああ、そうだったな。」
 何かを諦めるように、どこか悲しそうに言った。
 「いいわよ、私のピアノでよかったら。いつでも言ってね。」
 そしてそのまま続けて、
 「だから元気出してね。」
 おそらくシーラは俺がいつもと違う事を一番敏感に感じ取ったのだろう。
 シェリルとパティもうすうす感じていたのか、何も言ってこない。
 「……ありがとう、シーラ。」
 俯き加減にそう言い、顔を上げる。
 
 すると、また辺りに霞がかかってきて、俺はただそれをじっと見ていた。
 
 
 
 「一体何なんだよ。」
 だが、その問いに答える者はいない。ただ一人、そこにポツンとたたずんでいるだけだ。
 何かに疲れた顔をして……。
 とりあえず再び考え込む。
 (しかし、これではっきりしたが、奴等の仕業じゃぁないな。なにせ、奴等特有の気配がやっぱり感じられない。
  それに最近は俺の事を黙認している節もあるし。ま、奴等だったとしても返り討ちにするけど。
  まぁ、害意は感じられないからどうでもいいか。流れに身を任せよう。
  それと、おそらくこのエンフィールドは俺の記憶からできているんだろう。)
 この結論に至った大きな理由の一つに、先程警戒を解いていたにもかかわらず、まったく害意もそんな気配も微塵に感じなかった事がある。
 
 また風景が揺らいだ。
 
 
 
 突如殺気が周りに生まれる。
 目の前には今にもその爪を振り下ろそうとするオーガーがいた。
 「・・・・・・・・・・・・ッ!」
 とっさに後ろに下がり、状況を確認しようとするが、下がった先に別のオーガーが突進し爪で引き裂こうとする。
 (くっ、避けきれないか)
 そう判断し、ガードした。
 「グガァァァーー!」
 が、そこへ横から槍が伸びオーガーの横腹を突き刺した。
 「雅信!何やってんだ!!」
 アルベルトが怒鳴り、それを隙とみた別のオーガーが爪を振るった。
 「アルベルト、アンタも人の事言えるのかい?」
 リサがそのオーガーの頭にナイフを二本投げ、仕留める。
 「うるさい、今のは避けれたんだ!それより雅信、ボーッとしてんじゃねぇ!」
 やっと辺りを見渡せた。ここは街道沿いで辺りにはエンフィールド自警団員十数名と魔術師組合員らしき人が数名。
 そして自警団員でアリサさんとリカルドに心酔しているアルベルト・コーレイン。自警団第一部隊隊長のリカルド・フォスター。
 さくら亭に泊っている元傭兵のリサ・メッカーノが周りを三十数匹のオーガーに囲まれている状況だった。
 「まったく、街道沿いのモンスター討伐だけのはずだったのだが……。」
 リカルドはそう言いながら襲い掛かって来たオーガーを切り伏せる。
 「まさかこんなところにオーガーの群までいようとは。そこ!陣形を崩すな!」
 さすがにリカルドは隊長らしく周りに気を配っている。
 しかし、こう密集されてはうまく動けない。
 俺も近くにいたオーガーを掌底で昏倒させる。
 
 何でも屋ジョートショップはときどきこのような自警団との合同でモンスター等の討伐も請け負っていたのだ。
 これにリサやアレフもときどきジョートショップを手伝い、中にはモンスター退治をしている時もあった。
 モンスターとはいえ生物を殺してお金をもらう。当時は己の身を守るのが大切だったのでしかたないと割り切っていた。
 そして人口が増えるにつれ新しい土地を開拓し、さらにモンスターや動物の住処を奪う。そんな歴史を見てきた俺はあらためて人間の貪欲さを感じる。
 しかし自警団では無闇な征伐はモンスターの危機感、狂暴さを煽るとして程々にしていた。
 
 (しかし、このままじゃまずいな……。こうなったら一気にいくか!!)
 「ひっさ〜つ!↑↑↓↓←→←→BA!!」
 その瞬間俺は二人になる。――『位相空間反転分離攻撃』別名『ミラー』――
 これは分身でも幻でもない完全な分離攻撃。そして群に突撃した。
 「「オクタ・ファイナルストライク!!」」
 両手両足に力を込め、一発ずつ叩き込む。そして八匹が沈み、そのまま勢いで蹴散らしていった。
 
 「しかし明らかにおかしいな。」
 リカルドが最後の一匹を屠って厳しい顔で言う。
 リカルド、アル、リサ、俺を四方の前面に立たせ、それを後ろから他の全員が円陣をとりフォローする陣形をとっていた。
 この数のオーガーを撃退できたのはひとえにこの四人、特にリカルドと俺の実力故だろう。
 しかし、さすがに全員無傷というわけにはいかなかったが、あれだけの数のオーガーに襲われ重傷者一人というのは良い方だろう。その重傷者も現在回復魔法を受け、治療している。
 「ええ、そうですね隊長。しかもどうやらはじめからここにおびき出し、囲んで襲いかかるようにしていた様ですし。」
 アルベルトが頷く。他の団員は負傷者の手当をしている。
 リカルドが言ったのは、オーガーがあんな大勢の群で襲ってきた事だ。さらにアルベルトの言葉から誘い込まれたらしい事がわかる。
 「となると……他にまだ何者かがいるのかい?この中にそれらしい奴は見当たらなかったけど。」
 近づいてきたリサがそう言い、俺とアルベルトとリカルドの四人で話し合う。
 
 この状況……どこかで……
 
 「うむ、おそらくは……まだ断定はできんが油断はしないでおこう。」
 「そうだね。とりあえず今日の目的はもう果たしているんだ。エンフィールドに帰ろうじゃないか。怪我人も看てもらわないと。」
 「よし、元気な者を先に帰してトーヤ先生に連絡しておこう。あと死体の処理―火葬―もせんとな。」
 「はい、隊長。……ところで雅信。さっきの技は一体なんだ?」
 訝しげにアルベルトが訊ねてきた。
 「帰ったら教えてやるよ。」
 そしてアルベルトとリカルドが団員の所へ戻っていった。
 先程の会話の中で次の事が含まれている。
 まず、オーガーは普通あんな大勢で群れて行動しない事だ。多くても十匹前後のはずが。
 次に、オーガーが誘い込み、包囲して襲うという戦術をとった事。しかも統制のとれた行動だったらしい。
 しかし包囲するまではよかったが、連携はなってなかったので何とか撃退できた。リカルドがあのような陣を布いたのもそれを見越してのことのようだ。
 さらに、統制がとれていたにも拘わらず、群の中にそれらしきボスや指揮をしていた者がいないという事がある。
 これらの事から他にいると思ったのだ。それが人間かモンスターか、それ以外のものかは分からないが……。
 したがって、もしその何者かが存在するならば、その者がどんな目的にしろオーガーに人間を襲わせたのだから警戒するのは当然の事と言えよう。
 
 「まったくどうなるかと思ったよ。」
 リサが傍らの俺に話しかけてきた。
 「ん……。」
 「どうしたんだい?何か浮かない顔をしてるけど……。」
 「ああ……、ちょっと頭に引っかかる事があってな……。それが何なのか分からないんだ。」
 「ふぅん。さっきの事かい?」
 「いや、それとは微妙に違うような……。」
 「まあいいさ、何も起らなければそれに越したことはないからね。それより私は早く帰ってアリサさんのケーキが食べたいね。」
 リサはめっぽう食べ物、特にアリサさんの手作りに弱い。このことは風月の一件でも明らかだ。
 「予定より遅くなるけどホント楽しみだよ。」
 本当に楽しそうに笑うリサを俺は笑って見ていた。左腕にある腕輪が真紅になっていることにも気付かずに。
 
 そして唐突にそれは現れた。
 
 まだ周辺には手当ての済んだ団員達を再編している最中で、誰一人とてそれに反応できなかった。
 大気に歪みが生じ、大量の気配が生じる。
 俺達の真ん中には新たなオーガー数十体と一際巨大な――巨人とも呼べる大きさのオーガー――が何もない空間から突如現われた。
 (空間転移!?それにあの巨人は?)
 そしてオーガーの群は手近な人に襲い掛かっていく。
 この咄嗟のことに対応できたのは二人――俺とリカルドのみだった。
 そしてやや遅れてリサとアルベルトも動き出す。
 「半包囲態勢!!雅信君は左翼に!アルとリサさんは右翼の先頭に。中央は私が立つ!
  無理はするな!追い払う事を第一とするんだ!魔術師組合の者はこの事を街に連絡。増援を頼め!その後サポートを!」
 リカルドが指揮を執り、ようやく他の全員も戦闘態勢をとり始める。すでに俺は態勢を整え、右側――リカルドから見て左翼――に移動し、時間稼ぎをしようとする。
 (まさか前の奴等を捨て駒にするとはな。)
 警戒の対象を巨人のみにして、極限まで練り上げた気で身体能力、即ち戦闘能力と感覚能力(五感や動体視力、神経伝達速度の向上による反応速度の強化等)を全開にする。
 「増援が来るとでも思っているのか?」
 とても明瞭な発音の大陸公用語で、後方で動かない巨人が口を開いた。
 (何?どういう意味だ?)
 そして、その言葉の意味は街と連絡を取っていた組合の男性の叫びによって明らかになった。
 「リカルド隊長!!……街が、……街にも大量のモンスターが”出現”したとのことです!」
 「な……!?」
 その報告を聞き、動揺が走る。
 「全員落ち着け!目の前の敵に集中するんだ!そのままでかまわん!街の状況を伝えろ!」
 リカルドは次々とオーガーをねじ伏せながら、あるいは流れるように斬りかかっている。隠すのはマズイと判断したようだ。また、そんなヒマもない。
 「は、はい。……先程陽の当たる丘公園にモンスターの群百数十匹程が突然現われたそうです。パニックになりましたが幸い死者はでておらず、今全住民は災害対策センターと
  シーヴズギルドの誘導でセント・ウィンザー教会に向かってます。魔術師組合が急行し、総がかりで結界を張り、モンスターの6割を閉じ込めています。
  結界の外に出たモンスターは現在自警団と一部の民間人の協力で退治しています。総指揮は自警団団長が執っているとのことです。」
 「・・・・・・・・・・・・そうか。」
 苦渋の色がリカルドの顔に漂う。
 「リカルドのおっさん!何迷ってんだ!さっさと街へ戻れ!!」
 俺は止まることなく、舞のような動きで次々と相手を変えながら叫ぶ
 「しかし、ここで追撃されればそれこそ……。」
 確かにここで追撃され、そのままエンフィールドに来られたら更に最悪の状態になるだろう。だが、
 「”自警団”の存在意義とはなんだ!?……ここは”ジョートショップ”が受け持つ!だから早く……!!」
 「馬鹿言ってんじゃねぇ、雅信!おまえ達だけでどうにかできると思ってんのか!?」
 「ならどうするんだ、アルベルト?ここでずっと足止めされてるのか?」
 例え現実でなかろうと、大切な仲間を失うのは……。
 「分った。ここは頼む。団員は全員今すぐ街に引き返す!殿は私が立つ!行け!!」
 「隊長!?」
 「アル!お前はここに残るんだ!……すまない。ここは頼む。決して無理をするんじゃないぞ!」
 訓練を受けているその退却は素早かった。俺達を絶望的な死地に留まらせるリカルドの心境は如何ほどのものだっただろうか。
 俺はオーガーと自警団の間に立ち、モンスターの後ろ側に誰もいないのを確認する。
 「リサ、アルベルト!離れろ!!」
 そして群を中心に重力操作を行う。突然の浮遊感にオーガーが戸惑う。その隙に俺は武器を虚空から取り出した。
 「ガァァッ!!!」
 いままで何もしなかった巨人が動き、力場が揺らいだ。だが俺は武器――サルンガという弓――を構えるのに十分な時間がとれ、弓から生まれた矢を放った。
 「いっ………けぇーーーーー!」
 その光熱の矢は直線上のものを凄まじい速さで灼き払い、空の彼方へ消えた。その余波でアルベルトとリサの体が宙を舞う。
 「な…………。」
 二人はそれを呆然と見ていた。やがて視界に巨大な影が動くのを認める。
 リサは自分に向かってくるそれを感知したが、動作が遅れた。あれで生きているとは思わなかったのだろう。
 それは左腕が無くなった体で怒り狂った目をした巨人だった。
 リサは巨人が右腕を横薙ぎにしたのに対し、右に跳んだ。が、間に合わず腕をナイフで逸らそうとするが、そのまま切り裂かれ、俺の方に吹き飛んできた。
 巨人は次の標的にアルベルトを選んだらしくそちらに向かって行った。
 「リサ…しっかりしろ!!リサ!」
 俺はすかさず駆け寄ってリサの傷を看た。リサは重傷を負っていて、このままでは命に関わるであるであろう事は明らかだ。
 
 止メロ、ドウシテマタコンナコトデ俺カラ大事ナモノヲ奪オウトスルンダ。
 
 「ーーーーーーっ!!」
 …………グラリ。
 その瞬間大地が揺れた。だがそれもすぐに収まる。
 あちらではアルベルトがそれでバランスを崩し巨人の一撃をくらう。
 なんとかまともにはくらわなかったようだが、そのまま吹っ飛び着地するが、膝をつき、そしてうつ伏せに倒れていった。
 (まずはリサを……)
 リサの裂傷に手を当てると同時に、地面から無数の小さな燐光が浮かび上がってきた。それは幻想的だった。
 瞬く間にリサの体は光に包まれ、まるで純白の衣を纏っているかのようだ。そして、みるみると傷が塞がっていった。
 「……雅信?アンタ……!」
 目を覚ましたリサが俺の顔を見て驚く。
 「後で話す。だから今は眠っていろ。」
 優しく、穏やかに言う。その言葉に従ったのかまた目を閉じていった。
 
 一方、巨人は勝ち誇るかのようにゆっくりとアルベルトへ向かっていた。止めを刺すつもりだろう。
 俺はリサを抱え、アルベルトの元へ『跳んだ』。
 いきなり現れた俺に巨人は狂喜の目を向ける。…そして歩みを止めた。いや、動けなくなった。
 俺は巨人に背を向け、リサをアルベルトの側に横たわらせた。ふと、どちらかが目を覚ましたら怒るかな?、と二人の仲が悪かったのを思い出し、口元に笑みを浮かべる。
 そして、
 
 風が吹いた。

 それは異質の風だった。
 何かが俺の足元から沸き上がり、体を通して放出される。
 それは俺を中心に徐々に激しく吹き荒れていった。
 一流の戦士がこの現象を見たら『気』だという事が分かる。そして超一流の戦士が見たなら、それが人間のものでは、いや生物の持ち得るものではないということも……。
 だが、これはある意味生物の『気』でもある。
 荒々しい風は雲を呼び、そして雷雲を呼んだ。
 太陽が雲に覆われ辺りは暗くなり、頭上で雷が鳴る。
 二人に余波が及ばないよう道具で結界を張る。そして振り向いた。
 
 ポッ…ポッポッ………ザァァァーーーーーーー!!
 
 とうとう雨が降り出し、雷もひどくなっていた。まだ風は止まない。
 (エンフィールドにはアレフ達がいるはずだし、リカルドも行ったから大丈夫だよな。)
 巨人に目を向ける。その時、風が止み、雷が落ちた。
 そして濡れたままその場で震脚と共に手を突き出す。
 するとまるでそれに押されたかの如く、巨人は百メートル程後方に軽々と吹き飛んだ。
 さらに俺は大地を蹴り、飛んでいる巨人追いつき、止めとばかりに回し蹴りを放った。
 そのまま巨人は霞に包まれ消えていった。
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