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「ちびイヴちゃん 第二話」 ふぉーちゅん  (MAIL)
 壊れSS ちびイヴちゃん

第二話 ミニサイズな人たち

一、
 誰かがパニックに陥っていると、えてして他の人間は冷静にならざるを得ないものである――メルフィスラート・ラインソードはそのことを実感していた。
「なんでえぇぇぇぇぇぇっ!?」
「…………」『…………』
「どおしてえぇぇぇぇぇぇっ!?」
 現在「さくら亭」の店内は、非常に騒々しくなっていた。カウンター席に座っているメルフィの目の前で、一人の少女が完全にパニックに陥っている。
(ま、自分の知り合いがいきなり小さくなってたら、パニックにもなるわな……)
 無言のままにカウンターの一点に目をやる。そこにいるのは――、
『パニックになりたいのは、むしろこっちの方なのに……』
 カウンターの上で女の子座りしている一人の女性。腰の辺りまである真っ直ぐで艶やかな黒髪と翡翠色の瞳が印象的な、二十歳くらいの美女。身長二十センチと少し、だいたい八分の一サイズに縮んだイヴ・ギャラガーである。パティは彼女のこの姿を見て、パニックモードに突入してしまったのだ。
「で、だ」
「なにゆえぇぇぇぇぇぇっ!」
「それはともかく」
「のわえぇぇぇぇぇぇっ!」
「…………」
「はひろへぇぇぇぇぇぇっ!」
「……『グラヴィティ・プレス』」
 グンッ!
 メルフィの呪文とともに、その場の空間が歪んだ。パティのいる位置を中心として、高重力場が形成される。通常の三倍に近い重力が彼女を襲い――、
 べしゃ
 鈍い、しかしどこかコミカルな音を立てて彼女の身体が床に叩き付けられた。当然ながら、既に人外のものと化していた悲鳴ないし混乱の声も中断される。そして――、
「ふう、やっと静かになった」
「って、いきなり何するのよっ!?」
 爽やかに言うメルフィに、跳ね起きたパティがくってかかる。重力場が消えると同時に復活したらしい。とことん元気+頑丈な娘である。
「何するって……ちょっと静かにしてもらっただけだろ。いつまでも騒いでて話を聞いてくれないから」
「あの場合のリアクションとしては、当然でしょっ!」
 客観的に見て充分すぎるくらいオーバーな反応である。
「だいたい、何であんたはそんなに落ち着いてんのよっ!?」
 そう言って襟首を締め上げてくるパティに――、
「ふっ。そんなことは決まってるじゃないか」
 メルフィはふぁさっと前髪を掻き上げ――、
「もう充分すぎるくらいに騒いだからに決まってるじゃないか!」
「威張るなぁぁぁぁぁぁっ!!」
 バキィッ!
 なぜか自信たっぷりに言ったメルフィは、先程の報復も込めたパティのコーク・スクリューによって床に叩き付けられたのだった。

 メルフィとイヴが彼女の身体の異変に気づいたのは、今朝の七時頃のことだった。場所はジョートショップの一室である。
「昨日は一日中デートしてて、帰りが遅くなったんだよ。夕御飯も作ってもらったし」
 殴られた左頬を氷で冷やしながら、メルフィが説明を始める。
 ジョートショップの食事担当は基本的にアリサであるが、彼女は現在エンフィールドを離れて旅行中である。由羅が福引きで旅行券を当てたとかで、半ば強制的に旅行(というか休暇)に連れて行かれたのだ。当然ながら、テディもついていっている。
 そういうわけで、現在ジョートショップにはメルフィ一人しかいない。で、こと炊事に関しては極限まで無能な彼を餓死から救うため――とはパティの言い分であるが――イヴが夕食を作りに来てくれているのである。
「イヴの方も家に帰ったところで誰かいるわけでもなし、うちに泊まってもらったんだ。で、七時頃、イヴを起こしに行ったところ」
『こうなっていた、というわけ』
「さすがに驚いたな、あのときは」
 今は充分すぎるほど落ち着いているメルフィだが、その時はイヴと二人して十分間くらいパニックに陥っていたのである。この辺り、パティのことを全く笑えない。
『それで、今のところ原因が全く分からないから、何か知っている人がいないかと思ってここに来てみたの。だけど、この様子じゃ――』
 そう言って、店の中を見回すイヴ。そして、
『駄目かも知れないわね』
 店の中には、メルフィたち三人の他には誰もいなかった。これでは情報収集のやりようがない。
「どうする?他の所に回ってみようか。それとも――」
 メルフィはそうイヴに言いかけ――突然言葉を途切れさせた。ついで何かを探すかのように天井を見上げる。そして一言。
「動く必要、なくなったよ」
『?』
「トリーシャがこっち来てる」
 その言葉とほぼ同時に――、
 バタンッ!
 大きな音を立て、入り口の扉が開け放たれた。そして、
「大変だよーっ!」
 黄色いリボンがトレードマークの、噂好きの少女の声が店内に響き渡ったのだった。

二、
「大変、大変、大変だよっ!」
「大変っていうのは、八分の一サイズな人たちのことかな?トリーシャ」
「え?何で知ってるの?」
 メルフィの科白に、きょとんとするトリーシャ。情報の早い彼女のことだ。他の人間が知っているとは思っても見なかったのだろう。だが、起こっている事態は彼女の想像を超えていた。
「何で知っているかって言うとね――こういうこと」
 身体を半分横にずらす。そしてイヴはメルフィを挟んでトリーシャと反対側にいたから――、
「……なるほど」
 納得する。
「被害者だったわけだ」
「そゆこと。そういうそっちも、そうなんだろ?」
 トリーシャが抱えてきた大きめのバッグを指さす。
「クリスにシェリル、それにローラか――どうでもいいけど、ぴったり閉めてると窒息するぞ」
「わ、わ、わ」
 不手際を指摘されたトリーシャが、慌ててバッグの口を開ける。そして――、
「……見事なまでに小型化してるな」
 疲れたような口調でメルフィが言う。中から転がり出て来たのは、彼の推察通りクリストファー・クロス、シェリル・クリスティア、ローラ・ニューフィールドの三人。そのいずれもがイヴとほとんど同じサイズ、つまり八分の一に縮んでいる。どうやらこの現象、大きさに個人差はないらしい。
「それにしても――三人とも、一体どういう格好してるんだ?」
 三人の服装は、以下のようになっていた。
 クリス……ヒラヒラの、フリルのたくさん付いたドレス。色はピンク系。
 シェリル……東洋の着物(男物、袴付き)。三つ編みを解いてポニーテールにしているため、何だか異様にはまっている。
 ローラ……学士の格好。黒いマントに箱形帽子のあれである。
 おそらく、三人ともトリーシャがやったのだろうが――、
「ほとんどコスプレだな。これは――由羅がいなくてよかった」
 もしいたら、クリスあたりは完全に遊ばれていたであろう。理性を失って暴走する可能性も高いが。
「一体、何考えてんだ?トリーシャ。クリスなんか泣いてるぞ?」
 声が小さいため(イヴと違って『声量拡大』の魔法をかけてもらっていない)よく分からないが、だいたいの様子は伝わってくる。
「まあ、シェリルとローラは結構楽しそうだが」
「なんていうか、人形の服でサイズが合うのがこれしかなかったから……だいたい、イヴさんだって似たようなもんじゃない。メイドさんの格好」
 真っ白なブラウス。長い紺色のワンピース。フリル付きの真っ白なエプロン。頭に着けたレースの飾り――そう、トリーシャの言うとおり、イヴの現在の格好は、どこから見ても完全なメイドさんスタイルだった。
 なぜ彼女がこのような格好をしているのかというと――、
『父の作品の中から持ってきたんだけど』
 そう。ジョートショップには現在のイヴが着られるサイズの服はなかったので、彼女の家に置いてあるルーク・ギャラガー氏の遺作の中から選んできたのである。つまり、彼女が今着ているのは人形の服なのだ。(それにしても、自作の人形にメイド服着せてるのって一体……)
 メルフィがそう説明すると、トリーシャは意味ありげな視線を彼に向けた。
「それにしても、なんでメイドさん……?はっ!まさかとは思うけどイヴさん」
『はい?』
「普段からそういう格好して、メルフィさんとあーんなことやこーんなことしてるんじゃ……」
『…………(ぽっ)』
 何も言わずに頬に両手を当て、顔を赤らめるイヴ。その様子は、その場に誤解を生じさせるには充分だった。その場にいる女性陣の両眼に、危険な色の光が灯る。

 ……トリーシャ・チョップとフライパン攻撃を喰らったメルフィが意識を回復したのは、それから実に三十分後のことだった。





















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