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「ちびイヴちゃん 第四話」 ふぉーちゅん  (MAIL)
  壊れSS ちびイヴちゃん

  第四話 まず三人、そしてなぜだかまた一人

  一、
 その日、ショート財閥会長モーリス・ショート氏の邸宅は、混乱の極みにあった。
「マリアァァァァァァァッ!!」
「お嬢様あぁぁぁぁぁぁっ!!」
 混乱し錯乱し騒ぎまくっている小父さんたち。モーリスと執事さんの二人だ。大声で叫びながら、屋敷中を走り回っている。はっきり言って、うるさいことこの上ない。
 まあこの二人の場合、うるさいだけでこの際実害はない。彼らがマリア絡みで騒ぐことなど、この屋敷で働く者たちにとってはもはや日常のことであり、真剣に気にする者など皆無に等しかった。しかし――、
「ふっふっふっふっふっふっふ…………」
 騒動の元凶であるマリアの部屋においては、若干であるが状況が異なっていた。
「ふっふっふっふっふっふっふ…………」
 机の前に突っ立ったまま、ひたすら笑い続ける青年の姿がそこにあった。言うまでもなく、メルフィである。
「ふっふっふっふっふっふっふ…………」
 どこかダークな雰囲気を漂わせたまま、ひたすら笑い続ける青年――はっきり言って相当に怖い。案内してきたメイドなど、既に半泣き状態だった。同行者たち四人(イヴはメルフィの肩に乗っているので逃げようがない)も、泣いてこそいないものの部屋の壁にぴったりくっついて遠巻きに眺めている。
「…………マリアの奴……逃げるとはいい根性してるな」
 ぴたっと笑い声を収め、普段通りの口調に戻るメルフィ。が、どの両眼に宿った光は、どう考えても尋常のものではあり得なかった。
「イヴを小さくしただけでは飽きたらず、逃亡まで図るとは……」
 とりあえず、クリスたち三人のことはおいておくらしい。
「エルに引き渡すのはあとのことにして」
 ある意味、マリアにとっては最も恐ろしい罰であろう。
「とりあえず、こっちに連れ戻すか」
 メルフィはそう言って指をパキパキ鳴らすと、その準備を整え始めたのだった。

『万物の根元、秩序と混沌を司る力――』
 閉め切られた部屋の中に、古代精霊語の呪文が響く。板張りの床の上には直系二メートルほどの魔法陣が描かれ、剣呑な輝きを放っている。そしてそのすぐ外側には、呪文を唱えている青年が一人。
『水の魔法王たるメルフィスラートの名において命ずる。空間の精霊王よ、我にその力を貸し与えよ』
 魔法王――精霊魔法の使い手のうち、頂点に立つ者たちのことである。地水火風の四元素、光と闇、それから生命の七人が存在するが、詳しいことは一般には知られていない。メルフィ自身、他の魔法王には、風と闇の二人にしか会ったことがなかった。
『マリア・ショートと呼ばれしものよ。我が前に来たれ』
 召喚魔法――それも高位の。召喚札を使う低位のそれとは異なり、召喚対象の位置、魔力パターン、精神パターンの全てを知っている必要があるのだが、今回の場合は全く問題はない。マリアの魔力パターンと精神パターンをメルフィは知っているし、それによって彼女の現在位置も承知している。(余談だが、トリーシャがさくら亭に来たときにクリスたちを連れているのが分かったのも、これを同じ事情による)
『我は汝を召喚せん』
 メルフィの呪文が完成した瞬間、魔法陣全体が鋭い輝きを放つ。そしてその光が消え去った瞬間――魔法陣の中央に人影が現れた。金色の髪をショートにした、小柄な少女。この街に住んでいる者なら、見間違えようもない。紛れもなく――、
「お帰り、マリア」
 にっこりと笑ったまま、そのように言うメルフィ。だがその時の表情は、トリーシャをして『思い出したくない』と言わしめるものであったという……。

「ごめんなさあぁぁぁいぃぃぃっ!!」
 メルフィの姿を認めたマリアの、それが第一声だった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさあぁぁぁいぃぃぃっ!!」
『…………』
 いきなりのことに、呆気にとられる一同。それは先程まで怒りの頂点にあったメルフィでさえも例外ではない。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさあぁぁぁいぃぃぃっ!!」
「…………」
 どうしようかな、この娘――メルフィがそう考えていると、誰かが彼の脚をつつく。下を見ると、いつの間にかイヴが傍に寄ってきていた。腰を屈め、彼女を抱き上げる。
『もう、許して上げましょう』
 耳元に口を寄せ、そのように言うイヴ。半ば予想していた言葉に、メルフィは小さい苦笑を漏らした。だが、
「そう?けどやっぱり、お仕置きの一つや二つ」
『もう充分に反省しているようですし』
 反省してるんじゃなくて恐怖してるんじゃないかなあ、と二人のやり取りを聞いていたトリーシャは思ったが、無論のこと口には出さない。出したのは別のことである。
「まあ、もういいんじゃない?こっち三人もそう言ってることだし」
「まあ、そういうことならいいけど」
 矛を収める。もともとメルフィは自分のために怒っていたのではない。被害者四人――正確を期すならばイヴの代わりに怒っていたのだ。彼女が許すというのなら、彼がいつまでも怒っている必要はない。彼はマリアの方に向き直ると、
「じゃ、とりあえず話を聞かせてもらおうか。向こうで」
 そう声をかけたのだった。


  二、
「もともとあの魔法薬、成長促進剤のつもりで作ったの」
「成長促進剤?」
「うん。これ」
 思わず聞き返すトリーシャに、魔法書を取り出しながら答えるマリア。彼女が指し示したページには、たしかに『成長促進剤』と記されている。だがその上に付いている言葉が――、
「『スーパー・グレート・デリシャス・ワンダフル・スペシャル・マイティー・サンダー・アタック成長促進剤』……?」
 凄まじく怪しい……というか怪しさ百パーセント以外の何物でもない。見ると、他のページに載っているものも似たり寄ったりの形容が付いている。書名は――、
「『楽しい魔法薬』……?」
 怪しい。ひたすらに怪しい。
 さらに奥付を見る。そこにあった記述は――、
『監修・執筆 デイル・マース』
「…………」
 無言で頭を抱えるメルフィ。横を見ると、イヴとクリスも同様の表情をしていた。どうやらこの二人は彼の名を知っているらしい。
「よくまあ、こいつの書いた本を使う気になったもんだ……」
 デイル・マース――当年二十四歳。スキル&ウィズダム出身の魔術師で、その魔法の才は天才的。ヒューガハートの破壊神、暗闇と混沌の使者、学園バスター、グラサン魔王などなど、人様に言えない異名の数々を持つ、現代最凶の魔術師である。ついでに言えば、闇の魔法王。
 メルフィは修業時代に彼に会ったことがあるのだが――その時のことは思い出したくもない。
「そ、そんな危ない人だったんだ……」
 説明を聞くにつれ、次第にマリアの顔が青ざめてくる。どうやら知らなかったらしい。
 その様子を見ていたメルフィが、ふと思い出したように彼女に尋ねる。
「ひょっとして、だからマリエーナに向かっていたのか?」
「え?」
「いや、デイル・マースに会うためにマリエーナに向かっていたのかと思ったんだが……その様子だと、どうやら違うらしいな」
 マリアは、マリエーナ行きの馬車に乗っているところを引き戻されたのである。
「ううん。レミットさんにかくまってもらおうと思ってただけ」
 どうやら完全に違うらしい。それにしても――
『何でそのデイル・マースがマリエーナにいるわけ?』
「いや、必ずいると決まってるわけじゃないんだけどね――マリエーナの宮廷魔術師長の名前、知ってる?」
 イヴの質問に、質問で返す。彼女はしばらく考えたあと――、
『確か、ルーファス・クローウン、だったかしら』
「そう、風の魔法王」
 ルーファス・クローウン――当年二十三歳。デイルと同じくスキル&ウィズダム出身であり、十八歳でマリエーナ王国宮廷魔術師になった逸材である。
「そのルーファス氏だが、デイル・マースのS&W時代の後輩で、在学中から散々ちょっかいを出されていたらしい。ああ、本人から聞いた話だから、たぶん間違いないよ」
 ルーファスが宮廷魔術師になってからも、その「デイルの来襲」は変わることなく続いており、当時の仲間たちの間では『デイル先輩を見つけたければルーファスを探せ』ということになっているらしい。彼にとっては迷惑な話である。もっともS&W当局にとっては、施設を壊される確率が下がった分、幸いなことであるのだろうが。
「とまあ、それはともかく――マリア、その魔法書見せてくれ」
 メルフィはそのページを開くと、『スーパー(以下略)成長促進剤』の解析を始めた。どこからか取り出したノートに長々と文章と式を書き連ね、それが終わったら被害者たち四人を再び検査する。どこかは分からないが、外部との連絡も取ったようだ。
 そしてその結果――、
「クリス、シェリル、ローラの三人に関しては、すぐにでも元に戻せるな」
『本当ですか?』
 予想していなかった結果に、驚きの表情を浮かべる三人。が、メルフィはあくまで冷静に説明を続ける。
「このまま放っておいた場合、クリスは五日、シェリルは八日、ローラは三日経てば元に戻る。魔法力の強さが、効果の持続性に関係しているんだ」
 だから、クッキーを食べた人間の中でも、魔法力の強い人間にしか効果が現れなかったのだろう。発動するのに外部からの魔力供給が必要なのだ。
 このように書くと「じゃあどうしてメルフィは小さくならなかったんだ」という疑問が生じると思われるが――そもそもマリア程度が作ったものが彼に通用するはずもないのである。
「で、すぐに元に戻りたいんなら、その日数分時間をすっとばせばいい。時間系の精霊魔法を使えば簡単な話だよ――さて、どうする?」
 しばらくの間考え――三人とも同じ答を出す。『すぐに元に戻りたい』――それが三人が出した答だった。メルフィはそれを受け、学園の寮と教会の各々の部屋で術を執り行うことにする。
「クリスたち三人はこれでけりが付いた。問題はイヴだな」
 メルフィの表情が、一転して険しいものになる。
「イヴの場合、術がちょっとばかり変なふうにかかっちゃってるから、このままじゃ解けない。解除薬を作る必要があるんだけど――」
「だけど?」
「実のところ、二つばかり材料が手元にない。特殊な植物で、しかもこの辺りには生えていない。ルーファス氏に連絡したところ、調達するのに三日くらいはかかるそうだ」
 つまり、最低でも三日イヴはこのままということである。メルフィたちのことだから、運搬の時間がかからないのは幸いだが。
「というわけなんだけど、イヴ。すまないけどあと三日待ってくれ」
『構わないわ』
 メルフィの肩に乗ったまま、耳に口を寄せる。
『その代わり、その間はわたしのこと守ってね。小さいと色々ありそうだから』
「はいはい」
 苦笑いで答えると、今度はマリアの方に視線を転じる。その視線は、イヴに向けたものとはうってかわって鋭いものになっていた。
「というわけで、マリア」
「は、はいっ」
 視線の冷たさを感じ取ったのか、直立不動の姿勢になる。
「三日間、イヴはこのままだ。ゆえに、元凶である君も同じ状態になってもらうことにする」
「え……そ、それって……」
『万物の根元、秩序と混沌を司る力――』
 狼狽えるマリアに構わず、詠唱を開始するメルフィ。逃れようとするマリアだが、彼女の手足はぴくりとも動かなかった。そして――、
 ポンッ!
 コミカルな音とともに、マリアの身体が白煙に包まれる。そして煙が消え去ったとき、そこに残されていたのは――、
『な、なんでえぇぇぇぇぇぇっ!?』
 身長一八.五センチ、八分の一スケールに縮小されたマリアの姿だった。



※中書き
 ここまで読んで下さった方々、ありがとうございました。「ちびイヴちゃん」解決編その一をお送りします。
 とりあえずこれで一段落、次回からは後編に入ります。お馴染みのメンバーも多数登場する予定ですから、楽しみにしていて下さい。
 それにしても、ここまでオリジナル設定作って良かったんでしょうか……。



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