「ちびイヴちゃん 第六話」
ふぉーちゅん
(MAIL)
壊れSS ちびイヴちゃん
第六話 騒動な生活
一、
『というわけで、アリサさん』
回想から立ち戻り、目の前にいる女性に真剣みを帯びた視線を向けるイヴ。目線の高さが違うので少々首が痛いが、そのようなことを言ってはいられない。
『元に戻るまでの間、ここに置いて頂きたいのですが』
「ええ。好きなだけいて下さって構いませんよ」
あっさりと了承する。そして、
「どうせ、あと何年かしたら一緒に暮らすんですから」
ごほごほげほがほっ!
さりげない言葉に、いきなり咳き込むメルフィ。紅茶の気管への侵入を危ういところで阻止する。
「ア、アリサさんっ!」
抗議の声を上げるメルフィ。だが――、
「そうねえ……やっぱり子供は男の子と女の子一人ずつかしら。でも、三十代前半でお祖母ちゃんとか言われるのはちょっと……」
ある意味とんでもないことを言い始めるアリサ。横にいるイヴはというと、真っ赤に染まった顔を両手で挟んだまま、首をふるふる振っているばかり。どう考えても役に立ちそうにない。メルフィが思わず天を仰ごうとしたとき――「それ」がやってきた。
どばんっ!
大きな音を立て、入り口の扉が開け放たれた。ついで、壁に衝突して跳ね返ってくる扉を片手ではねのけ、走ってきた勢いのまま店に駆け込んでくる人影が一つ。
「アリサさあぁぁぁぁぁぁん!!」
おそらくはこの一言だけで、読者の方々はこの人影が誰であるか、もうお分かりであろう。二メートル近いずば抜けた長身に、それを助長するツンツン頭。軽装鎧に、片手に持ったハルバード――これだけ特徴のある人間もそうはいない。そう、自警団の純情イノシシことアルベルト・コーレインその人である。
「アリサさあぁぁぁぁぁぁん!!」
大声で叫びながらメルフィたちの姿を捕捉するアルベルト。そしてそのままこちらに突進してきて――、
「覚悟おぉぉぉぉぉぉっ!!」
両手に構えたハルバードを、メルフィに向かって振り下ろす。
ヒュオッ!
凶悪に輝くハルバードの刃先が風を切ってメルフィに迫る。時間にしてコンマ一秒もなかったであろう。メルフィの頭が、まさに両断されるかと思われた瞬間――、
ガキィィィン!!
ハルバードが、突然その動きを止めた。メルフィの頭から約一センチ、ぎりぎりのところでその刃先が止まっている。
そしてしばらくの間、その場には沈黙が漂い――、
「ぬおわあぁぁぁあぁぁぁっ!?」
悲鳴が上がったのは、アルベルトの口からだった。愛用のハルバードを取り落とし、手首を押さえながら床の上を転がりまくる。その手首が通常ではありえない方向に曲がっているのは、恐らく気のせいではないだろう。
「ったく、いきなり何すんだ?」
床の上で転がりまくっているアルベルトをひとまずは無視し、あやうく殺人の証拠物件になるところだったハルバードを取り上げる。
「おー、派手に壊れたな」
アルベルト愛用のハルバードは、見るも無残な状態になっていた。刃の部分は完全に潰れ、柄にはところどころひびが入り、また全体的に歪んでしまっている。どう考えても、実用に耐える状態ではすでにない。まあアルベルトの馬鹿力をまともに食らった以上、当然のことなのかもしれないが。
『相変わらず、とんでもない結界ね……』
痙攣しはじめているアルベルトを見ながら、イヴが呆れたような口調で言った。そう、振り下ろされるハルバードを受け止めたのは、メルフィが張った結界。それも超強力な、都市殲滅型ファランクスの至近距離からの射撃を受け止めるくらい強力な代物である。普通の武器で普通の攻撃をしたところで歯が立つ相手ではない。もっとも、リカルドには一度破られたことがあるのだが。
「それはそれとして……アルベルトさん、大丈夫かしら?」
すでにぴくりとも動かない彼を横目で見るアリサ。そう言いながら、ぽたぽた水滴をたらしている布巾を彼の顔に乗せたりする――
「って、それはちょっとやばいんじゃ……?」
『窒息するわね』
「だよなあ」
濡らした紙や布を被せて窒息させるというのは、昔からある殺人の方法である。
とりあえずアリサを殺人犯にするわけにはいかない。アルベルトの襟首を掴んでずるずると引きずっていき、外に放り出す。ついでにハルバードも。頭に当たって「ガン!」とか音を立てていたが、この際気にしないことにする。
「あとはエセルさん辺りに連絡しておけば、引き取りにくるだろ」
自警団第三部隊の隊長代理の名前を挙げる。アルベルトと違って柔軟で融通が利く彼のことだ。適当に処理してくれるだろう。
「それにしても……」
『はい?』
「いや、何でもない」
言いかけて、その続きを飲み込む。言ったが最後、その内容が現実になるような気が、今のメルフィにはしていた。
そう、今日を含めてあと二日半、その間が騒動続きになるであろうそのことが。
二、
「あうぅぅぅ……」
アリサたちが帰ってきた次の日、すなわち三日目の夕方。ジョートショップ店内。従妹前後の書類(主に依頼書)が広げられたテーブルに突っ伏したままの状態でメルフィはたれていた――もといだれていた。その傍らでは、イヴが似たり寄ったりの状態でテーブルに座っている。
「……大変そうだねぇ」
空になったコップを弄びながら、口元に笑いをたたえたままトリーシャが言う。学校の帰りに様子を見に寄ったのだが――彼女がジョートショップの中で見出したものは、ぐったりしている二人の姿だったのだ。
「それにしても、メルフィさんがそんなになってるのって、初めて見るような気がするんだけど」
「まあ、こんなことは初体験だから……色々あったし」
『確かに色々あったわね……』
ぐったりした様子で言うメルフィとイヴ。二人の言うとおり、今日は本当に色々なことがあったのだ。それも、普段であれば起こりそうもないようなことばかり。非日常的な事態の連続だった。ラブコメの神様とかギャグの神様が美味しい展開を見逃さなかったということなのだろうが、当人にとっては非常に迷惑な話である。
「アルベルトがまた襲撃してきたり……」
今度は問答無用でローズレイクに叩き込んだ。大顎月光魚の群生域に近い場所だったが、別に問題はないであろう。
『リサさんがパニックに陥ってたりしたわね』
同じクッキーを食べた人間としては、無理からぬ反応かも知れない。もっとも、魔力がないに等しい彼女にクッキーの効果が出ることは、百パーセントありえないが。
『そういえば』
今日あったことを話しているうちに、ふと思い出したようにイヴが言った。
『エルさんの様子が変だったけど……どうしたのかしら』
今日、メルフィは仕事でマーシャルの店に行っていたのだが(仕事内容は武器の魔力付与。それ自体では使えないなまくらな武器に、魔力をかけてそこそこ使えるようにするのである)、その仕事中ずっと、エルが何やら意味ありげな目つきで二人を眺めていたのである。少なくともイヴには心当たりがないのだが……。
「俺もないな」
「ボクも……あ、でも、ボクが昨日、イヴさんが小さくなったって話したとき変な顔してたっけ」
その時のことを思い出すトリーシャ。しばらく考え――、
「そういえば、イヴさんがメイドさんの格好になってたって言ったんだ。そしたら何だか妙に焦ったみたいになって」
「そうか。エルの奴どうしたんだろうな」
何も知らないよ、といったふうに応じるメルフィ。だが内心ではひたすら冷や汗を流しまくっていた。何しろ彼は、冗談と悪ノリでエルにメイド服を着させたことがあるのである(休日イベント『君はマリオネット』参照)。おそらく彼女はそのことを憶えていたのだろうが――、
(んなことがバレたら、絶対に変態扱いされるっ!)
しかもここにはトリーシャがいるのだ。街全体に噂が広がるまで、おそらく日付の変更を必要としないであろう。
(そんなことになったら――)
彼自身の名誉の失墜。街の人々からの冷たい視線。ひいてはジョートショップへの依頼の減少。etc,etc……。
(ああああああああああああ……)
真剣に悩むメルフィ。はっきり言って百パーセント自業自得であるのだが、彼にとっては切実な問題であった。
(こうなったら、エルの記憶をその部分消すしか……)
発想がやばい方向に偏りかけたとき――、
カランカラン
軽い、しかし大きな音が店内に響き渡った。店の入り口、扉に付けられたカウベルの音。来客を告げる音だ。
「はーい」
一瞬で表情を元に戻すと(この辺りはさすがに客商売だ)表に向かう。
「すみません。奥にいたもので――」
そう言いかけ、言葉を途切れさせる。店の入り口、扉のすぐ側に立っていたのは――、
「すみません。こちらにメルフィスラート・ラインソードさんはいらっしゃいますか?」
そう言って微笑んだのは、二十歳を一つ二つ過ぎたくらいの女性だった。
中書き 第二弾
後編その二をようやくお届けします。いやー、結構時間がかかりました。
メルフィ君をどんなトラブルに放り込むか考えたんですが、結局はあんまり書けませんでした。文章って難しいですね(^_^;)
悠久1と悠久2の合作で問題になる時系列ですが、私は悠久1開始の二年後に悠久2開始という解釈しています。ですから、この話(十月頭)は悠久2が始まる半年前です。主人公1のメルフィは満二十歳、誕生日まだでアレフより一歳上の計算になっています。だからイヴより二歳上。
さて、次回はいよいよ解決編の予定です。WHのメンバーが登場します。ルーファスとデイルの年齢ですが、ちょっとばかり間違えました。デイルは二十四歳でいいのですが、ルーファスはまだ誕生日が来てないので二十二歳です。
さて、最後に出て来た女性、彼女は一体誰でしょう?ヒントは「黒髪」です。