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「ちびイヴちゃん 第七話」 ふぉーちゅん  (MAIL)
  壊れSS ちびイヴちゃん

  第七話 

  一、
「こちらにメルフィスラート・ラインソードさんはいらっしゃいますか?」
 軽く微笑みながらそう言ったのは、二十歳を一つ二つ過ぎたくらいの女性だった。
 胸の辺りで切り揃えられた艶やかな黒髪と、綺麗な瑠璃色の瞳が印象的な小柄な女性。ブラウスに赤いネクタイ、ダークブラウンのロングスカートに茜色のカーディガンという地味な服装をしているために目立たないが、はっきり言ってかなりの美人である。もっとも、どちらかというと「美女」というより「美少女」という表現の方が的確に思えたのも事実であったが。
「あのう?」
 怪訝そうな表情で見つめられ、ふと我に返るメルフィ。どうやら何秒間かぼおっとしていたらしい。いい加減美女美少女には免疫のある彼だが、不覚にも見とれてしまっていたらしい。慌てて営業スマイルを作り上げながら言う。
「あ、はい。メルフィスラートなら私ですが、どういったご用件でしょう?」
 すると女性は――、
「ええ。こちらの方に――」
 女性はそう言いかけ――突然言葉を途切れさせる。メルフィの背後に向けられる視線。つられて振り返った彼の目に映ったものは――、
(げ……)
『…………』
 無言のまま彼の顔をじっと見つめているイヴと、
「メルフィさんってやっぱり浮気者?」
 ジト目になっているトリーシャと、
「あらあら。メルフィくん、女の子泣かせちゃ駄目よ」
 明らかに面白がっているアリサと、
「うぃ、駄目ッス」
 わけも分からずアリサに同意しているテディの姿だった。思わず目眩を覚える。
(なんていうか、タイミングが悪いよな……)
「とりあえず、ソファにどうぞ……」
 内心で頭を抱えつつそのように言うメルフィに、女性はこくこくと頷いたのだった。


   二、
「マリエーナ王国宮廷魔術師団のエリザ・マーガレット・クローウンと申します」
 彼女はそう名乗った。その名前に、やや引っかかるものを覚えるメルフィ。
「――クローウン?ってことは、ルーファス・クローウン宮廷魔術師長の?」
「はい、ルーファスはわたしの夫です」
 あっさりと答えるエリザ。後ろでトリーシャが『残念だったねー』と言っているが、とりあえず無視して話を続ける。
「それでですが、ルーファスの代理でこれを持ってきました」
 エリザはそう言うと、手の平ほどの大きさの包みをどこからか取り出してメルフィに手渡す。
「クローレの花弁と、ランベルナイトの結晶です」
 二つとも、イヴを元に戻すためにルーファスに頼んでおいたものだ。どうやら予定より早く手に入ったらしい。
 包みを開けて確認する――間違いない。包装に紋章が押されていないことを見ると、彼個人の所有物なのだろう。エリザが私服を着ているのも、つまりは私用ということか。
「本当ならルーファス自身も来るはずだったのですが――ちょっとした急用ができてしまいまして」
 おそらくメルフィたち二人が友人同士だということを聞いているのだろう。申し訳なさそうにエリザがそう言ったとき――、

  ゴゴオォッ!

 地鳴りが聞こえた。それと同時に衝撃と振動がジョートショップを襲う。
 震度3か4といったところだろうか。それほど強い揺れではないが、地盤が安定しているこの辺りでは(雷鳴山は除外)珍しいのだろう、人々の騒ぐ気配が伝わってくる。しかし――、
『これは地震じゃないわ』
 テーブルに掴まったままの態勢で、それでも冷静さを崩さずに言うイヴ。そう、彼女の言うとおり、この揺れは地震によるものではない。無論、雷鳴山のものでもなく――、
『南――ローズレイクの辺りで複数の人間が魔法を使っているわ。原因はそれね』
「ひょっとして、マリア?」
 魔法と聞いて連想したのだろう、トリーシャがエンフィールドのナンバー1トラブルメーカーの名を挙げる。だが、イヴ、そしてメルフィはそれに頭を振った。
「あの娘がこんな魔法を使えるんなら、俺が教えることなんか一つもないよ」
 南の方角を向きながら――視線を固定していることからすると、おそらく何が起こっているのか見えているのだろう――言うメルフィ。
「少なくとも一人は、俺以上の使い手だ。間違いなく」
 メルフィの言葉に、その場の空気が凍り付く。彼女たちの前にいるこの青年は、間違いなく大陸でトップクラスの魔術師の一人だ。その彼以上の使い手となると――、
「まさかとは思うが……」
 先程までとはがらりと口調を変えるエリザ。何やら不吉なことを口にするかのように、重々しい口調になる。だが彼女が何かを言う前にメルフィが口を開く。
「あ、一人はルーファスさんだ。魔法戦やってるけど、はっきり言って負けてるな」
「何いぃぃぃぃぃぃっ!?」
 半分方悲鳴になった声を上げるエリザ。慌てて立ち上がると、そのまま店から走り出る。そして――、
「――風よ、我に飛翔する力を」
 早口で呪文を唱え、空中に舞い上がる。方向は――南。見る見るうちにその姿が小さくなっていく。かなりのスピードだ。
「どうやら、充分に心当たりがあるらしいな――こっちも追いかけるか」
 早口で呪文を唱え始めるメルフィに、イヴは慌ててしがみついたのだった。


   三、
「……何だ、これは?」
 エリザが飛んでいってから三十秒後――メルフィたち二人は、呆然としていた。場所はローズレイクの北岸。ここまで転移術で跳んで来たのだ。
『まるで、台風か竜巻でも来たみたいね……』
 見慣れているはずのその場所は、見事なまでに変わり果てていた。普段静かな水面は大嵐が来たように波立ち、湖岸の木々は吹き飛ばされ、また辺りの地面はところどころえぐれている。イヴの言うように、まるで天変地異がやってきたかのような凄まじさだった。
 しかしながら、現在のこの状況は天災によるものではない。れっきとした人災、それもたった一人の人間の仕業である。
 そしてその元凶がそこにいた。
「はーはっはっはっはっはっはっ!!」
『…………』
 高笑いをあげながら湖の上を飛び回る怪しい人影。長い黒髪をドレッドにした髪型に、凶悪さを演出する三角形のサングラス。黒いTシャツの上になにやら派手な模様の長袖シャツを羽織り、さらに下はやたらと飾りのついたジーンズ――どこかのロックバンドにでもいそうな格好である。実際、こんなところで魔法戦をやらかしているより、どこかのライブハウスでギターでも弾いていたほうがよほど似合っているに違いない。
 メルフィたちがそんな感想を抱いたままぼけーっとしていると――、
「ああああっ!!」
 二人の後ろで、大きな悲鳴が上がった。振り返ると、
「やっぱりいぃぃぃぃぃぃっ!!」
 頭を抱えているエリザがいた。やっと追いついてきたらしい。大声で騒ぎながら、相当に取り乱している。
『どうしたのエリザさん?』
「あ、あれが……デイル・マースです……」
 そう、彼女たちの目の前で空中飛行しながら魔法を乱発している怪人物こそ、あのデイル・マース。ヒューガハートの破壊神、暗闇と混沌の使者、学園バスター、グラサン魔王、生きとし生けるものの天敵、通ったあとにはバクテリアさえ生き残らないという、大陸最凶の魔術師である。
 そしてその彼が五体満足なままで暴れまくっているということは――、
「ルーファスさんは敗れたか……惜しい人を亡くしたな」
「……人を勝手に殺すんじゃない……」
「うどわっ!?」
 背後からのどんよりした声に、文字通り飛び上がるメルフィ。慌てて振り返ると、そこには一人の青年がいた。灰色の髪を長くした、二十代前半の青年。ルーファス・クローウンだ。かなり大きな灰色の布に身を包むようにして立っている。
「ルーファスさん、大丈夫ですか!?」
 慌てて駆け寄るエリザ。ルーファスはそれを片手で押しとどめると、
「新婚一ヶ月で死ねやしないさ……けど、正直言ってあんまり大丈夫じゃないな。何しろ五、六発は直撃食らったから」
「っていうか、それで生きてるほうが充分すごいと思うんですけど……」
 夫の魔法防御力に思わず感心する。デイルの魔法攻撃力の凄まじさは、エリザたちS&W関係者は身をもって知っている。何しろS&Wの校舎は、彼によって二、三回は破壊されているのだから。
 ルーファスはそれに軽くうなずくと、こうなった事情を説明しはじめた。

「S&Wだけじゃなく、マリエーナの方でもデイル先輩は問題になっていてね」
「何しろ『デイルの来襲』があるたびに周囲に被害が出ていますから」
 ルーファスとエリザ、クローウン夫妻がそう話を始めた。
 デイルの姿は、現在彼らの目が届く範囲内にない。沖の方から爆音が響いてくることからすると、おそらくマリオン島が破壊されているのだろうが、今は調査団なども入っていないので特に問題はない。そもそも彼が破壊行為に熱中してくれているおかげで、こうして話をする時間がとれているのである。
「今回の魔法薬騒動――彼女がその被害者か。結局のところ、もとはといえばこれもデイル先輩の仕業に端を発するわけだし、さすがに問題になってね」
 シェリルやクリス並の魔法のエキスパートとはいえ、イヴはギルドなどとは関係ない、いわば民間人である。それを巻き込んだ以上、問題になってしかるべきだった。
「そんなわけで逮捕しようってことになったんだけど――はっきり言ってデイル・マースを正面から撃破できる人間なんて、宮廷魔術師にもいない。俺やレジーでも差し違えるのがやっとだな」
「……まあそうでしょうね」
 疲れたような口調で応じるメルフィ。実際、彼も一対一でデイルと戦って勝つ自信は全くない。こちらの防御が完璧に近い分負けはしないだろうが、相手にダメージを与えることもできない。もともと彼の攻撃力は大したことないのだ。
「だから、酔い潰れさせたところを捕まえようってことになったんだけど」
『デイル・マースは猛獣か何かですか?』
 ある意味猛獣よりもタチが悪いに違いない。
「で、昨夜それを実行したんだが……ちょっとばかり誤算があった」
 ルーファス、レジー、アリシア、チェスター――もとウィザーズ・アカデミーのメンバーのうち、マリエーナの宮廷や魔術師ギルドにいる者――の四人がかりで酔い潰そうとしたのだが――見事に返り討ちにあってしまったのである。ルーファス以外の三人は、今頃二日酔いで寝込んでいるはずだ。
「それでだ、エリザ――」
 すごく言いにくそうな口調でルーファスが妻の方を向く。
「酔っぱらったデイル先輩が暴れてな……家が半壊しちまった」
 ぴしっ
 エリザの表情が凍り付く。
「そんなわけで、例のクリスタルのペーパーウェイト、二つとも粉々に吹き飛んだ」
 ぷちっ!
 申し訳なさそうなルーファスの科白と同時に、エリザの中で何かが切れた。感情の消えた表情のまま、ゆらりと立ち上がる。そして――、
「デェェェイィィィルマァァァスゥゥゥ」
 怖い。ひたすらに怖い。
「殺す」
 エリザは完全に切れていた。ルーファスが言った「クリスタルのペーパーウェイト」――これは二人が初めてのデートの時に買った、揃いの品なのである。彼女にとっては何よりも大事な(ルーファスは除く)記念の品なのだ。
「……風よ」
 呪文を唱えて舞い上がるエリザ。彼女の右手には、どこからか取り出したのか一本の長剣が握られていた。既に鞘は取り払われ、刃は凶悪な輝きを放っている。
「デイル・マース――待っていろ」
 そしてそのまま、凄まじいスピードで飛んでいく。三人は呆然としたまま、それを見送るしかできなかった。

 凄まじい悲鳴が沖の方から聞こえてきたのは、それから一分後のことだった。






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