中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「転がりだした物語」 埴輪  (MAIL)
 心地よい風が吹く。空には、満天の星が灯りのない街路を穏やかにライトアップしている。
「やっぱり、ここでの一杯は、たまらねぇな。」
 さくら亭の屋根の上で、紅蓮はそんなおっさん臭いことを言っていた。今日は、いつもに比べるとやや変わった体験が多かった気がする。
「しかし、流れ者ってぇのも、結構珍しいかも知れないな。」
 コップにビールを注ぐ。星と風を肴に飲むにしては、少々風情にかける気もするが、あるだけましなので文句を言う気はない。不意に、トンっとかすかな物音が聞える。
「ん?」
 見ると、例の流れ者、アイン・クリシードが屋根に上がってきている。不安定な足場をものともせず、足音一つ立てずに近寄ってきた。
「こんな所で飲んでて、落ちたりしない?」
「いきなり風情のない事言うなあ、お前。」
「ちょっと気になったんだ。」
 そう言って、抱えていた紙袋から何かを投げてよこす。
「つまみって事か?」
「そう言うこと。」
 そのまま、隣に腰掛ける。
「で、どうやって昇ったんだ?」
「単に、ジャンプしただけ。」
「なかなか化け物だな。」
「多分ルシアも出来るんじゃないかな。後、話しか聞いてないけど、ヒロって人も。」
 そのまま、何処からか取りだしたライスワインを、やはり何処からともなく取り出した御猪口に注ぐ。
「やっぱり、こう言うところで飲むんだったら、こっちのほうがいいでしょ?」
「まぁな。」
 しばしの沈黙。ヴァナのことといい、今のことといい、警戒すべき要素はいくらでもあるのだが、不思議と、この青年が自分たちに害を成すようには感じられない。
「で、お前さんはどうするつもりなんだ?」
「うーん、まだ決めてない。居付くも良し、また流れるも良し。それは、今決めることでも、僕が決めることでもないと思ってるから。」
「なるほどな。」
 なんとなく、この男を観察する。ルシアと並べて遜色がない程度には美形だ。最も、見事なまでにそんなイメージが定着しないのは、ひとえにつかみ所のない雰囲気のせいであろう。
「ま、どうせ仕事に困ってるわけでも、金に困ってるわけでもないんだろ?」
「よく分かるね。」
「冒険者の心得って奴だ。大体、駆け出しならともかく、中堅程度の連中は2・3年仕事がなくてもそう簡単に干上がんねぇもんだ。」
 そのまま立ちあがり、軽く伸びをする。ライスワインは小ビンの奴だし、ビールは所詮2本だ。既にどっちも空、お開きにするしかない。
「明日仕事なんだろ? 早く寝ちまいな。」
「そうする。」
 そのまま、軽く飛び上がり、下に着地する。
「元気なこって。」


「で、あんたもモンスター退治を引き受けって訳?」
「うん。別にお金には困ってないけど、働かざる者、食うべからずってね。」
 銀髪に赤い目の女性、リサ・メッカーノと朝食を取りながら話をする。リサは、3人前は平らげている。アインのほうはというと、きっちり一人前は食べている。
「へぇ、結構食べるんだ。」
「そりゃそうだよ。体は資本だ。」
 食後のお茶を飲みながらそう答えるアイン。ティナやウェンディも食事に来ていたが、こちらの2人は小食気味なので、ほとんどアルザに持っていかれている。
「あ、パティ、お弁当、頼める?」
「もちろん。毎度あり。」
 そう言って、厨房に注文をいれる。
「じゃあ、これ宿代とお弁当代。」
 金貨を一枚取り出す。やや、多いような気がする。
「ちょっと多いわよ。」
「じゃあ、残りはチップ。」
「いらないって。」
 しっかり弁当と一緒にお釣りを返すパティ。こう言うところは、結構堅い。
「さて、確か自警団に顔を出すんだっけ?」
「そうだよ。まぁ、一緒に行こうか。」
「そだね。」


「ちわー。ジョートショップでーす。」
「仕事の概要を、聞きに来たよ。」
「ああ。ご苦労様、とそっちは?」
 リカルド・フォスターが怪訝な顔でアインのほうを見る。さすがに昨日の今日だ。アインを知っている人間は少ない。
「僕はアイン・クリシード。昨日この街に着いたんだ。で、ジョートショップで仕事をもらってきたんだ。」
「素人に出来る仕事じゃねぇぞ。」
「アル、よさないか。」
 でかい図体の大男の台詞を窘める、それよりもやや小柄な紅い髪と瞳の男。紅い髪のほうは、まだ少年といっても通じるだろう。
「うーん、僕って弱そう?」
「ま、見かけで判断するなら、こんな仕事は絶対にさせないね。」
「なるほどね。」
 やはり、小柄とまでは行かないが細身で、かつ優男ぜんとした中性的な容貌では誰も強いとは思わないだろう。
「とはいえ、信用してもらえないとちょっと問題だね。弱いと思われてるだけならかまわないけど、チームワークが乱れたり、一方的に足手まといにされたら厄介だ。」
「じゃあ、足手まといにはならないってことを証明して見せたらどうだ?」
「アル!!」
 あまりにも無礼な言い分の大男を、少年のほうが慌てて押さえる。リカルドは、先ほどから何も言わない。
「やったほうがいいかな?」
「俺は別に、必要ないと思いますよ。足手まといじゃないぐらいは、分かりますから。」
「そっちの隊長さんは?」
「私も、ヒロくんと同意見だ。」
 ヒロ、という名前を聞いてなるほど、という顔をする。
「君が、ルシアの言ってたヒロか。」
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。」
「僕は、さっきしたよ。」
 その台詞を聞いて、苦笑する。思いっきり無礼である。
「私は、リカルド・フォスターだ。」
「ヒロ・トルースです。」
「アルベルト・コーレイン。」
 一通り全員を見まわす。それでどうやら、名前と顔が一致したようだ。
「じゃ、行こうか。」


「で、たしかモンスターはヴィゴラスだよね。確かに危険だけど、わざわざ退治しなきゃ行けないわけじゃない。」
「普通ならば、な。」
「異常に繁殖でも、したの?」
「ま、そんなところだ。」
 投げやりに言うアルベルト。チラッとリサを見ると、しょうがないみたいな感じを醸し出している。
「じゃあ、異常繁殖した分だけを何とかすればいいんだ。なら、半日もかかんないね。」
「あのなぁ。俺達はもう、1週間も働いてんだ。それで人手が足りないから、わざわざアリサさんのところに依頼したんだぜ。」
「そうっすよ、アインさん。いくらなんでも、半日じゃ無理です。」
 それを聞いたアインは、苦笑してこたえる。
「足で探すつもりは、最初からないよ。こんな広い森で、そんなことしてたらいつまでたっても終らない。ちょうど、風向きとかもいいことだし、はじめるか。」
 鞄から、香炉と小袋を取り出す。香炉に、小袋から取り出した草を入れ、火をともす。
「何をするつもりだい?」
「においでおびき寄せるんだ。異常繁殖したヴィゴラスだけは、なぜかこの香りを異常なまでに好むから。」
 そう言った次の瞬間、目に見えて大群のモンスターがわらわらとよってくる。
「な!!」
「アインさん、いくらなんでもこの数はきついっすよ。」
「大丈夫。またたびに狂ってる猫と同じだから、大して強くはないよ。」
 そう言って、手近な一匹の延髄をへし折る。あっという間に絶命するモンスター。
「なるほど、これなら半日かかんないね。」
 そう言いながら、こちらも頚椎にナイフを刺しこむ。無駄のない動作だ。
「ちっ。」
「なるほど。」
 反応はそれぞれだが、2人とも無駄なくしとめていく。よって来た奴を全部しとめて、アルベルトが更に狩ると言い出したあたりで、アインが反論する。
「別に、ここに居る分だけ、しとめればいいと思うよ。こいつらだって、わざわざ人里近くに下りてくるほどおろかじゃないし。」
 更に、においに反応するのは、異常繁殖した奴だけ、である。寄って来ない奴は、正常な生態系に組みこまれている。
「だがな。もし何かあったらどうすんだ?」
「そのときだけ対応すればいい。言い出したら、人間意外の命すべてを狩らないと行けなくなる。」
 面倒くさそうに言うアイン。既に彼は、次の仕事にかかっている。と、そこへ
「ぐぎゃあ!!」
 ヴィゴラスが一匹現れる。どうやら、匂いに惹かれてやってきたものの、匂いが消えてしまったために逆上しているらしい。
「ち!!」
「なんだ、まだこのタイプが残ってたのか。」
 そういいながら、左腕であっさりヴィゴラスの爪を受け流す。グシャ。妙な音が響いて、モンスターの腕が変な方向に曲がる。
「こいつをしとめたら、モンスター退治は終りだね。後は自然淘汰に任せればいい。」
 そう言って、バーサーク状態のモンスターの懐に入りこみ肘を叩き込む。前のめりにつんのめってきたところを軽く飛んで避け、首をつかんで空中で軽く一回転ひねりを入れる。あっさり頚骨がねじ折られ、絶命するモンスター。
「やりますね。」
「この程度なら、ね。」
 結局、足手まといどころか、一番活躍したのだが、アルベルトにはそれが気に入らないらしい。
「ふん、偶然は何度も続かねぇぜ。」


「と、言うわけでどっちも終ったよ。」
「いい手際だったそうだな。」
「対処が分かってたからね。」
「そうだな、次は結構面倒な仕事だ。期間を考えると、宿代で足が出るかもしれないぞ。」
 そう言って、次にアインに頼む仕事を見せる。不審者からの護衛。確かに足が出そうだ。
「別にいいよ。短に仕事もせずにだらだらする気がないだけだから。」
「なるほどな。」
「ねぇ、ルシアくん。」
 そこへ、アリサが口を挟む。
「二つだけとはいえ実績もあるし、住み込みで働いてもらったらどうかしら?」
「ですが、アリサさん。」
「もちろん、ちゃんと給料は払うわ。」
「アリサさん、こんな素性の怪しい男、飼ってもいいの?」
「お前がそれを言ってどうする。」
 アインの言葉に苦笑するルシア。少なくとも、こいつからは敵対しない。妙な確信があるため、住み込みで雇う事自体は問題ない。
「人件費、大丈夫なんですか?」
「一生懸命働けば。」
「3食と寝床がつくって言うんだったら、それ以外の給料は要らないよ。そこまで贅沢じゃないから。」
 意外な申し出に驚くルシアとアリサ。
「さすがに、そうはいかないだろう。」
「ん? じゃあ、こなした仕事の利益の5%、小数点になる奴は切り捨て、でどう? 当然、稼いだ分が食費やら何やらに届いてなきゃ、給料はカット。」
「安くないか?」
「高いぐらいだよ。」
 結局、そのまま契約は成立した。

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