中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「さくら亭にて」 埴輪
 カララ〜ン。さくら亭のカウベルが、おとなし目の音色を立てる。
「こんにちは。」
「いらっしゃいませ。」
 入ってきた客、シーラ・シェフィールドは出迎えた店員を見て、目を丸くする。
「アインくん、どうして・・・?」
「紅蓮達が昔の知り合いの結婚式に出ててね。3日ほどエンフィールドにいないから、ピンチヒッターとして店番をやってるんだ。」
 髪の色に合わせた青いエプロンが妙に似合う。セリーヌとは別の方向性でのんびりした雰囲気をばら撒いている。
「で、ご注文は? 今日は紅茶がお勧めだよ。いい葉があるんだ。」
「じゃあ、それをお願いしようかしら。」
「かしこまりました。」
 そう言って、お湯を沸かし始める。ポットやカップを暖めるのも忘れない。
茶葉を2杯すくって入れる。やや高めの位置から、お湯を勢い良く注ぎ込む。手もとの砂時計をひっくり返す。
「・・・・・。」
「どうしたの?」
「なんか、凄く手際が良かったから。」
「これぐらい、普通でしょ?」
 砂時計を確認しながら平然と答える。徐々に砂が落ちていく。その間に砂糖やミルクを用意する。
「はい、どうぞ。」
 お茶を注いだカップをシーラに差し出す。妙に絵になる光景だ。
「ありがとう。」
 よもや、さくら亭でゴールデンルールを遵守した紅茶に出会えるとは思わなかった。シーラに紅茶を差し出した後、オレンジを絞ってジュースを作る。シーラがその行動の意味を尋ねようとした瞬間、やや騒々しい目の音を立てて扉が開かれる。
「ただいま!」
「お帰りなさい。ご苦労様。」
 そう言って、用意しておいたオレンジジュースを差し出す。思わず納得するシーラ。しかし、今度はどうやってパティが帰ってくるタイミングを知ったのかが気になる。
「はい、パティ。」
「ありがとう。」
 そう言って、一気に差し出されたジュースを飲み干す。氷を入れた意味はほとんど無かったりする。
「で、何か変わった事は?」
「シーラが来たことぐらいかな?」
「・・・ようするに、とくに無いって事ね。」
「そう言うこと。」
 既に終っている洗物に整理された戸棚。どうやら客がいない時間帯もサボっていたわけではないらしい。手元の文庫本の存在がやや気になるが、紅蓮よりはよほど有能な気がする。
「どうやら、変わったことが現われたみたいだよ。」
 扉のほうを見ながらそう言うアイン。その後数テンポおいて、見たことの無い人物が入ってくる。
「いらっしゃいませ。」
「あ、いらっしゃい。」
 アインの物とは違い、明らかに染めていると分かる青い髪。ロイヤルブルーの細い目。はっきり言ってしまうとハンサムである。身長はアインより高いが、アインに比べてやや細身である。
「ここ、食堂だよな?」
「うん。ついでに言うと宿屋もやってるよ。で、何食べる?あいにくとランチは終ってるけど、それなりに腹に溜まる物なら用意できるよ。」
 そう言って、メニューを差し出す。シーラが紅茶を飲み終わったようなのでカップを手にとってこう聞く。
「もう一杯、いる?」
「ええ、お願いできるかしら?」
「分かった。パティと、そっちのお兄さんはどうする?」
 どうせ、客などほとんどいないので、思いっきりよく身内の時間にするアイン。
「じゃ、頂戴。」
「俺はいい。」
「分かった。で、注文は決まった?」
 新しく二つカップを取り出し、先ほどと同じ手順を踏みながら男に聞くアイン。最も、すくった茶葉は四杯だが。
「どれが御勧めだ?」
「そうだね、どれも美味しいし、この時間は大してメニューが無いからね。」
「じゃあ、適当に見繕ってくれ。」
「かしこまりました。」
 その台詞を聞いて、厨房に注文を通すパティ。パスタ料理の代表格、スパゲティだ。アインは包丁を握って、手元で何かを作っている。
「ちょっとこれ、試してみてくれない?」
 作っていたのは、ケーキの類らしい。
「朝方何かしこんでたと思ったら、こんなもの用意してたの?」
「うん。パティがいない間に焼いておいたんだ。ちょうどいい具合にスポンジが冷めてデコレーション出来る様になったからね。」
 そういいながら切り分ける。人数が四人、厨房にもう一人いるので五等分する。
「そっちの分だけど、一応、食後にしようか?」
「いや、いただこう。はらぺこで死にそうだ。」
「分かった。」
 全員にケーキを振舞う。
「しかし、意外ね・・・。」
「アインくん、何でも出来るのね・・・。」
「これは、アリサさんが教えてくれたんだよ。ただ、作る機会がなかったから、この機会に試したんだ。」
 ようは実験台である。だが、そんな事は気にせずにケーキを食べる男。
「あ、結構美味しい。」
「本当。」
「さすがに、本家には勝てないか。」
 一口口に含んで苦笑する。
「それを言うのは贅沢よ。」
「初めて作ったにしては上出来じゃない。これ以上を望むのは贅沢よ。」
「これが初めてなら、立派なもんだと思うぞ。」
 ケーキを食べ終わった男が口を挟む。
「あ、そうだ。お兄さん、宿はどうするんだい?」
「そうか、宿の問題があったんだな・・・。ここ、部屋は空いているか?」
「うん。ま、もうすぐ料理が出来るから、その後でいいんじゃないの?」


「ご馳走様、美味かったよ。」
「じゃあ、宿帳書いて。」
「分かった。」
 さらさらと名前を書く。
「朝倉・・・ぜんがいでいいのかな?」
「ああ。」
「じゃあ、これは部屋の鍵。部屋は一番奥。鍵についてる番号と同じ部屋ね。」
 鍵を渡して、食器をかたす。その様子を横目に、禅鎧は荷物を持って階段を上がっていく。
「さて、後は夕飯時まで何もなさそうだね。」
「そうね。」
 テーブルを拭きながらパティが答える。
「それはそうと・・・やっぱり何か芸をしたほうがいいんだろうか?」
「うーん・・・紅蓮の変わりって言うんだったらやってくれたら嬉しいんだけど・・・。」
「とはいえ、二番煎じは芸が無い。絵だの彫り物だのは手間がかかりすぎるし・・・。」
「・・・珍しい切り口ね・・・。」
 結局、芸が無いなとかいいながらオカリナの演奏に落ちつくのであった。


「今日は、紅蓮がいないから僕が代わり。」
 そう言って、オカリナを取り出す。結構使いこまれた古い物だ。手入れはしっかり行き届いているので、痛んでいるイメージは無い。
「とりあえず、一曲演奏するから、気に入ったらリクエスト頂戴。」
 オカリナを口に当て、静かに演奏をはじめる。何処か物悲しいイントロ。甲高い目のオカリナの音とあいまって、風情を感じさせる曲である。
「コンドルは飛んでいく、か。」
 イントロを聞いて、禅鎧がつぶやく。あまり、こちらでは知られていない局である。
「知ってるの?」
「ああ。歌詞もちゃんとついている。」
 そう言って、出だしにあわせて口ずさむ。やがて、演奏が終る。なかなかの名演奏だ。
「上手いじゃない。こんな隠し芸を持ってたの?」
「ちょっとね。それに、上手いって言うほどのレベルじゃない。」
「そこまで技術を磨けたら、大した物だと思うが?」
 禅鎧が口を挟む。
「そう言えば、禅鎧も何か楽器をやってると思うけど?」
「分かるのか?」
「うん。鍵盤系の楽器でしょ? 無意識の内に指をかばってる。」
 その後、ちょっと首を傾げて言う。
「でも、その拳は相当いじめたようにも見える。本気で殴れば木の板ぐらいは一撃だ。」
「なかなか、油断ならない男だな。」
「折角だから、合奏でもしない? 楽器は持ってるんでしょ?」
「ああ。とってくる。」
 そう言って、席を立つ。その後、携帯用の折りたたみの出来るピアノ、といった風情の楽器を持ってきたときに、ちょうどアインの2曲目が終る。
「じゃ、始めようか。」
 楽器の準備を終えた禅鎧に声をかける。リクエストは既に受け付けているらしい。曲名を聞き、小さくうなずく禅鎧。


 さくら亭を、拍手が埋め尽くす。禅鎧は、すさまじいばかりの技量を見せ付けた。アインも、禅鎧の演奏の足を引っ張る事は無かった。腕が劣るとはいえ、一応は一流に分類出来る程度の腕だ。組んだ相手のサポートぐらいは出来る。
「2人とも凄い!」
「僕は何もしていない。凄いのは禅鎧だ。」
「いや、お前の演奏もなかなかだ。」
 どうやら、合奏することで分かり合ったらしい。格闘家同士が殴り合いでお互いを理解するのと、原理は同じである。
「そうだ、楽器見せてもらえる?」
「ああ。」
 しげしげと見るアイン。
「なるほど、名工ヴァンの手になる楽器か。シーラが見たら、卒倒するんじゃないかな。」
 製作者の銘を見てアインがつぶやく。
「凄いの?」
「ああ。これを持ってるって事は、禅鎧は世界最高峰だって認められたってことだからね。」
「アインのは?」
「単なる土笛。最も、ある女性の思いが凝縮されてるけどね。」
 そう言って、オカリナを見せるアイン。確かになんて事は無い笛だが、妙な風格を感じる。そこへ
「アイン! アインはいるか!?」
「騒々しいなぁ。」
 騒々しく、アルベルトが乱入してくる。折角の雰囲気が台無しである。
「今日と言う今日こそは貴様の化けの皮、はがしてやる!!」
「アル! いい加減にしろ!!」
 ヒロがアルベルトを必死になって押さえる。
「化けの皮って?」
「どうやら、僕がジョートショップに居候するのが、そんなに気に食わないらしい。」
「へぇ・・・。」
「席をはずしていい? 付き合わないと後がうるさそうだし。」
「仕方ないわね。」
 苦笑しながら答えるパティ。飄然とした態度を崩さないままアインは出て行き、この日の出来事は終ったかに見えた。
 この後に、ルシアと禅鎧、そしてジョートショップとそれを取り巻く人々にとって大きな影響を与える出来事が起こるとは、誰も予想しなかったのだった。

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