中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「そして、次の日」 埴輪  (MAIL)
 ちょっと出かけていた隙に、ずいぶんエンフィールドが騒がしくなった。紅蓮達は、その点で意見の一致を見た。
「ついてねぇな。折角面白そうな事態になってるのに、その場に居合わせなかったなんて。」
「紅蓮さん、ちょっと不謹慎ですよ。」
「そうですよ紅蓮さん、それ所じゃなかったんですから・・・。」
 紅蓮とそれを窘めるティナの台詞に割りこんで、ヒロがつぶやく。その顔はややげっそりしている。
「まったく、関係者みんなから何かの間違いじゃないかって散々つつかれるし、捜査しようにも上からストップがかかってるし・・・。」
「で、何が起こってんだ?」
 そう言えば、紅蓮はまだ帰ってきたばかりでかつ、パティがいない。親父さんは入れ替わりでどこかに出かけてしまった。つまり、今は軽食はろくな物が出せない、ということである。
「ルシアさんと禅鎧さんに、窃盗の容疑がかかってるんッスよ。」
「窃盗? 禅鎧ってのは知らねぇが、ルシアに関しては絶対ありえねぇな。」
「俺もそう考えてるんッスけどね。アルなんかはもう、完全に決めつけちまって。」
 アルベルトの気性を考えると、無理もないことのように思える。何せ、常々ルシアの事を目の敵にしていたのだ。アインが来てからは、アインも同じように目の敵にされているが、彼はあの性格なので受け流したり逆におもちゃにしたりしている。
「で、アインは疑われてねぇのか?」
「はい。さすがに絶対に崩せないアリバイがありますからねぇ。」
「アリバイ?」
 怪訝な顔をする紅蓮。
「フォスター隊長の立会いの元で、俺とアル2人を相手に簡単な試合をしてたんッスよ。」
「試合? 2人同時にか?」
「はい。」
 そのときのことを思い出したのか、げんなりした表情を見せるヒロ。
「何があったんや?」
 珍しく落ち込み気味のヒロの様子に興味を引かれたのか、アルザが突込みを入れてくる。
「それが、2人がかりでアインさんから一本とれなかったんですよ。」
「へ?」
「こっちも一本とられるようなへまはしなかったんですけどね・・・。アインさん、異常に堅いんッスよ。」
「へぇ、お前ら2人を同時に相手に出来るとはな。」
 感心したようにつぶやく紅蓮。
「あののんきそうな人が、そんなに強かったんですか?」
 心底驚いたように失礼なことを言うウェンディ。苦笑を浮かべながらヒロが答える。
「取られない様にするのは対した事はない、けど一本取るのは至難の技だ。」
「で、お前とどっちが強いんだ?」
 ルシアとヒロの実力差は把握している。ルシアの圧勝だ。だがアインのほうはまったくの未知数だ。
「本気を出せば、勝てなくはないと思うんですが、試合という観点では絶対に勝てませんね。」
「なるほどな。」
 そこで、話がずれていることに気がついたティナが、ヒロに例の事件の続きを促す。
「それでヒロさん、ジョートショップは今、どうなっているのでしょうか?」
「さっきも言った禅鎧さんがジョートショップで住み込みで働き始めてます。ですが2人も犯罪者を抱えてるんで、仕事のほうは・・・。」
「なるほどな。」
 どうして、禅鎧がジョートショップで働き始めたかは聞かなかった。聞くまでも、ないことだったからだ。


「で、どうなの?」
「ありゃ、だめだね。ルシアも禅鎧も、思いっきり腑抜けちまってる。」
 トリーシャの問いに、エルが面倒くさそうに答える。
「しかも借金が10万もあるってのに、仕事が全然ない。」
「そう言えば、アインさんがマリアにたくさんいろんな物を売りつけてたけど。」
「足りない分の一部を、あれで補ったんだとさ。」
「いくら?」
「一万。」
 桁外れの金額だ。更に、珍しい魔法を二つ三つ教えたとも聞く。まあ、あの男のことだから、危険なものは教えまいが。
「アイテムと授業料としては高くない?」
「でも、まだ足りないからって自警団やギルド相手にも商売したんだと。それでもまだ10万残ってるって言うからしゃれにならない金額だ。」
「やっぱり2人分で20万だもんねぇ。」
 むしろ、半分返済が終ってる時点で脅威なのだ。
「ま、うちからもぽつぽつ仕事は回してるんだけどね。」
「たいした金額にはならないからねぇ。」
 マーシャル武器点の経営状態を知っているトリーシャは、そういってため息をつく。パティやエルとしても、気が気でないことだろう。


「シーラ、さすがにそれは無理な相談だ。」
 シーラの父は、冷酷にそう言いきる。確かに、シェフィールド家にとって10万などはたいした金額ではない。講演を行えば、一日で稼げる金額だ。
「私達には、犯罪者をかばう理由がない。」
「そんな・・・。」
 だが、どう言いつくろったところで犯罪者であるということを覆す証拠がないのだ。
「でも!!」
 なおも食い下がろうとする愛娘の姿を見て、驚きの表情を見せるシーラの父。
「10万というのは大金だ。私達にとってはたいした金額ではないが、それでも倫理的にぽんと出してもよい金額ではない。」
「アリサおばさまの人柄に対する投資じゃ、だめなの?」
「投資する理由がない。」
 結局この親子の話し合いは最後まで平行線をたどりそうである。当然である。娘の友人だといっても、一面識もない相手のために金を出す人間はいない。アリサのためだといってもやはり、そんな凄く親しい相手でもない人物のために出せる金額ではない。
「とにかく、この話はこれで終りだ。」


「あなた、どう言うことなの!!」
「おお、レナか。いつ帰ってきたんだい?」
「ついさっきよ! それよりも、どう言うことなの!?」
 モーリス・ショートは妻のマグダレーナ・ショートに詰め寄られて、目を白黒させていた。
「何がどう言うことなのか、私にはさっぱりわからんのだが・・・。」
「ハメットの事よ!!」
「ハメットくんの?」
「なぜあの男に全権を任せているの!?」
「まずかったのかね?」
 この敏腕の愛妻にたいして、一応御伺いを立てる。最も、今更変更などは効かない。今のところ、理由がないからだ。
「ええ。年だから引退する。だから代理人を立てる。それ自体は間違ってはいないわ。でも、ハメットはだめ。」
「なぜだい?」
「部下としてこちらが手綱を閉めている間はいいわ。彼は能力的には凄く優秀だから。でもね、あれは権力を得ると暴走するタイプよ。それも、誰かのためだと思いこんで、いいこと悪いことを判断せずに突っ走る。」
 もしかしたら、もう既に深刻なことをやらかしているかもしれない。そう考えると、頭が痛い。
「あら、誰かしら?」
 マリアによく似た綺麗な金髪をかきあげながら、玄関のほうへ向かう。そこには、見たこともない男が一人いた。
「えっと、マリアのお母さん?」
「そうですけど、あなたは?」
「あ、何でも屋ジョート・ショップの店員で〜す。お嬢さんが注文の品を、お届けにあがりました〜。」
 青い髪の、どこかとぼけた雰囲気を漂わせた青年である。ジョートショップの新人だというが、こんな男は知らない。まあ、無理もないことかも知らないが。
「アリサの所の子?」
「はい。お嬢さんにはいつもお世話になっています。」
 この言い分は正しくないだろう。むしろ、世話になっているのは自分の娘のほうであろう。
「で、マリアに届け物ってのは?」
「これ、ウィング・スター。風系の魔法のコントロールを補助してくれる優れもの。」
「あの子、まだ魔法に凝ってるの?」
「ありゃ、一生こだわりそうだね。」
 そういいながら、伝票を取り出す。
「もう代金のほうは受け取ってるから、とりあえず伝票にサインをお願いできるかな?」
「はいはい。」
 とりあえず、差し出された伝票にサインをする。珍しいことだが、ペースを乱されている自分を自覚する。
(この子、油断できないわね。)
「それはそうと奥さん。」
「なに?」
「何でも屋、要りませんか?」


「どうしたの? 飲まないの?」
「・・・。」
 暗くうつむいたままの禅鎧を見て、おっとりアリサがたずねる。ちなみに、先ほど帰ってきたルシアも似たような表情である。
「今日も仕事にならなかった。」
 犯罪者のレッテルは、思った以上に重かった。3年間で築き上げた信用も、もろい物である。
「俺もだ・・・。」
 宅配に出かけているアインだが、あれは収入にはつながらない。二万五千を稼いだとき、まだ作っていなくて届けられなかった物である。
「暗い顔しちゃ、だめッスよ。」
 テディがおろおろとしながら言う。
「2人とも、贅沢だなぁ。折角アリサさんが入れてくれたんだから、冷めない内に飲まなきゃ。」
 アインが帰って来た。依頼票の束を手に持っている。
「俺には、これを飲む資格は・・・。」
「敵地だってんならともかく、そうじゃない以上は出されたものはちゃんと手をつける。それが最低限の礼儀だ。」
 礼儀知らずの典型例の一端を担えるような男に、そんなことを言われるとは思わなかった。
「あ、アリサさん。残務処理は終りました。それからこれ、今日もらってきた仕事です。」
「あら、ありがとう。」
 そこで会話は終る。何事もなかったかのように出されたコーヒーをすするアイン。
『仕事〜!?』
「ああ。暇だったから、色々なところを回って二人に頼んでもいいって言ってくれる人から色々かき集めてきたんだ。」
 とりあえず、ちょうど3人でこなすのに適当な量がある。小物作りから芋掘り、はては壁のペンキ塗りまでさまざまな物がある。共通しているのはどれも簡単なものであるということである。
「一応期限は一週間だけど、この程度の仕事は二日以内に片付けること。」
「これが終ったら、どうするつもりだ?」
「またかき集めればすむことだ。その内なんとかなる。」
「本当にそう思うか?」
 犯罪者のレッテルは、アインにも貼られている。最も、そんなプレッシャーを感じているようにはさらさら見えないが。
「じゃあ、駄目だって言う根拠は?」
「それは・・・。」
「それとルシア、こう言うのは本来、君の仕事なんだからね。」
 アインが腰に手を当てて言う。本来、アインというのはタイプとしては静に属するであろう。腰が重そうに見えるルシアのほうが、どちらかといえば動の特性を持っている。
「すまない・・・。」
「そう思うんだったら、次からは自分で仕事を探すこと。今の状況じゃ、自分からかき集めないと仕事なんてありはしないんだから。」
 よもや、この男に活を入れられるとは、そんなことを苦笑と共に考える。
「こうしていても始まらん、か・・・。」
「ま、がんばろう。動ける内は何とでも出来る。」
 そう言って、ルシアと禅鎧は自分に活を入れたのであった。

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