中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「いつもと変わらぬ休日に」 埴輪  (MAIL)
 朋樹が来てから約2週間、街は平穏その物であった。心配されたジョートショップの仕事にしても、アインやルシアがあちらこちらを駆けずり回って、かき集められるだけかき集めている。以外と、何とかできる物だな、というのは禅鎧の弁だ。
「おっはようございま〜す!」
 ジョートショップの扉を開けて、元気はつらつといった感じで、ヒロが挨拶をする。彼の朝は早い。それも、今日の場合は少々情けない理由で。
「やあ、ヒロ、おはよう。」
 既に普段着に着替えているアインが、そう声をかける。まだ禅鎧やルシアの姿は見えない。それもそうだろう。普通なら、まだ起きたばかりの筈である。この時点で着替えて活動している人間は意外と少ない。
「あら、おはよう、ヒロくん。」
 アリサとアインは、確実にその少数派の一人だ。
「おはようございます。あ、手伝いますよ。」
「今日はもういいよ。とっくに準備は出来てるから。」
 そう言って、テーブルを指差す。そこには、既に皿が用意され、料理と人間が出揃うのを待つばかりになっている。
「あれ? お皿が一枚多くないッスか?」
 皿を数えていたヒロが、怪訝な顔をする。そもそも、一枚少ないのが普通のはずである。ヒロが今日来るのは分からないはずだ。なのに、彼の分を含めてもまだ一枚多い。
「いや、これであってるんだ。」
 そう言って、厨房のほうに移動するアイン。いつもの事ながら、一体何を考えているのか分かりにくい。
「・・・ヒロか・・・。」
「あ、ルシアさん、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
 降りてきたルシアは、まだかなり眠そうだ。だが、別に彼が朝に弱いというわけではない。緊張状態にでもない限り、人間、そう簡単に起き抜けに頭をクリアには出来ない。
「・・・そうか・・・、もう月末か・・・。」
「どう言う意味ですか・・・?」
「そりゃ、毎月月末になると、ヒロさんがたかりに来るからッスよ。」
 黙っていれば良いのにテディが余計なことを言う。思わずグサッときたヒロは、反論しようとする。そこへ、
「ルシア、洗面所があいたぞ。」
「・・・分かった・・・。」
 多少足取りのしっかりしている禅鎧が現れる。きっちり仕事着に着替え終わった彼は、今日も相変わらずクールな印象がある。
「やっぱりアインさん、俺が来ることに気がついてたんでしょうか?」
「当たり前だ。お前が貧乏なのは、住民全員が知ってることだ。うちかトリーシャか、どちらかの援助がなきゃ、とうに餓死しているはずだってな。」
 にっと笑って、禅鎧が答える。ちなみに、パティと彼は幼馴染だが、こう言うことで彼を援助したりはしないだろう。恋人でもない相手を甘やかすほど、彼女は甘くはない。
「・・・おはようございます・・・。」
「ああ、おはよう。」
「おはようございます。」
 反射的に挨拶を交わす禅鎧とヒロ。その後数テンポおいて、ヒロが驚愕の声を上げる。
「この人は誰なんですか!?」
 その声を聞いたからか、パンを持った家具を抱えて、アインが厨房から出てくる。
「ああ、ナターシャ、おはよう。ご飯が出来てるよ。」
「・・・おはようございます・・・。」
 ナターシャと呼ばれた少女は、金髪のロングヘアーに、赤い瞳を持った少女だ。肌などは、病的なまでに白い。美少女と形容しても良いが、どちらかというと、ガラス人形のような一種の冷たさともろさを持った美だ。最も、そのとろんとした表情に冷たさを感じる人間は少ないだろうが。
「どう言うことですか、アインさん!?」
「朝から怒鳴ると、血圧が上がるよ。」
 厨房から、スープの大なべを持ってきたアインが、何事もなかったかのように答える。
「ヒロ、少しは静かに出来ないのか?」
「ですけど!!」
「アインさん、彼は何を怒っているの?」
「さあ? どうも、ジョートショップに年頃の女の子が寝泊りしていると、なにかまずいことでもあるらしいね。」
 全員の皿にスープを注ぎながら、人事のように答えるアイン。さっきから彼だけが働いているように見えるが、何の事はない。たんに当番なのだ。
「アインさん!!」


「なんだ、ヒロは知らなかったのか・・・。」
 食事を始めながら、ルシアが事もなく言ってのける。謎の少女、ナターシャ・ライツのことを、アインが拾ってきたと簡単に紹介する。
「みたいだね。」
「少し考えれば分かりそうな物だがな。こいつが、女に対してこんなに電光石火なものか。」
「そうッスよ、ヒロさん。大体、アインさんにそんな甲斐性はないッス。」
 禅鎧とテディに、散々なことを言われるアイン。
「そもそも、アインに恋愛なんて言う観念があるのか?」
「そう言えば、そうですね。」
 やっと納得したらしいヒロ。散々なことを言われているアインは、既に食事を終えて、何事かを始めている。
「アインくん、何をしてるの?」
「ちょっとした趣味。」
 そっけなく言葉を返して、紙の上に鉛筆を走らせる。
「そう言えば、今日は休みだな。」
「ああ。とはいえ、俺達に休んでいる暇はないんだが・・・。」
 二人の台詞にも、とくに反応を見せないアイン。既に、紙は3枚目である。
「何を書いてるんだ?」
 禅鎧の問いに、書き終わった紙を見せるアイン。
「・・・意外な特技だな。」
 そこには、ルシアが描かれていた。だが変ったことに、その絵のルシアは背中に天使と悪魔の翼を一枚ずつ生やし、白銀の刃を構え、厳しい瞳を向けている。
「どれどれ・・・?」
 ヒロが覗いた紙には、禅鎧が描かれていた。最も、髪の毛が、ルシアと同じく銀色に描かれているのが違和感といえば違和感だ。数多くの妖精に囲まれ、ピアノを演奏している。
「本気で、意外です。」
 3枚目を描き終えたアインは、色鉛筆を置く。どうやら、先がなくなったらしい。全員の食器を集め、台所に持っていく。その間に興味を引かれたらしいルシアが、最後に描いていた1枚を手に取る。
「これは・・・!!」


「Bloody Bride・・・。」
 そう、そこには血塗れの鎧をまとい、血染めの大剣を掲げた少女の姿が描かれていた。
「ナターシャがか?」
 確かに噂とも、この絵の内容とも合致する。だが、到底信じられる物ではない。
「血染めの花嫁?」
 そこへ、皿洗いを終えたアインが戻ってくる。どうやら、有名な傭兵の名前を知らないらしい。硬い表情で絵を見せて説明する禅鎧。
「純白の鎧を着て、自分の身の丈よりも長い両手剣を振りまわす女傭兵の名だ。自分のみを省みない戦い方から、常にその鎧は返り血で真紅の染まっている。そこからつけられた名前が・・・。」
「Bloody Bride。」
 ルシアが、禅鎧の説明を引き継ぐ。
「そんな人がいるんだ。世の中ってのは物騒だね。」
 さして気にした様子もなく、アインが平然と言ってのける。そのまま釣り竿を携えて、ジョート・ショップを出て行く。
「今夜は、魚料理ね。」
「アリサさん、そう言う問題なんですか!?」
 さしものヒロも、朝とは別の意味で声を荒げてしまう。だが、繊細で優しげに見えてもこの女主人は豪胆だ。
「わからない・・・。アインさんだけは分からない・・・。」
 この状況で平然と釣りが出来る神経と、3人の本性を見抜いたとしか思えない絵。いろんな意味で謎な男である。


「よう、アイン。釣りか?」
「うん。今ジョートショップは貧乏だからね。お金にならない休日は食料を稼がないとね。」
 ばったり会ったアレフに、のんびり答えるアイン。釣り道具一式はともかく、虫取り網と草刈鎌がちょっと謎である。
「それよりナンパにでも行かないか?」
「この格好で、ナンパをしろと?」
 いくら美形でも、こんなものを持ち歩いている男についていきたいとは思わない。
「ま、半日ぐらいがんばってみることにするよ。」
 じゃあなといって、飄然と立ち去るアイン。少々唖然としていたアレフだが、じゃあクリスでもとすぐに気分を切り替えるあたりはさすがである。
「あれ?」
 ローズレイクへの道の途中、珍しい組み合わせを見る。ウェンディとメロディ、そしてディアーナである。ちなみに、メロディとディアーナ、どちらを年下と見るか微妙なところだ。外見の年齢では、13歳のディアーナのほうが年下であろう。
「珍しい組み合わせだね。何してるの?」
「ちょっと、薬を取りに行こうと思いまして。」
 アインの質問に、ディアーナが答える。問題は、ウェンディとメロディがどうつながるかである。
「アインさんは釣りですか?」
 ウェンディが質問をとばす。どうも警戒されているのは、やはりアインが『謎な人』だからだろう。
「多分ね。」
 ぱっと目に付くのは釣り竿と魚篭だが、いっしょくたに持っている虫取り網と草刈鎌は謎である。
「そうだ、アインさん、手伝ってくれません?」
「かまわないよ。晩御飯が魚料理から山菜料理に代わるだけだし。」
「わ〜い。アインちゃんが一緒だ〜。」


「で、どうするんですか?」
「本人次第だな。ただ、見たところかなり不器用そうだから、ジョートショップで使うのは厳しそうだ。」
 ルシアが、あっさり自分の意見を言う。
「とはいえ、安く使えそうな人手は欲しいな。」
 禅鎧が引き継ぐ。仕事が少ないとはいえ、選ばなければ仕事はいくらでも存在する。そう言った仕事は非常に安く、人を雇って対処していては赤字になる。
「そう言う問題なんッスか?」
 テディが突っ込んでくる。もちろん、そこまで単純ではない。だが、幸か不幸かアインも含めて3人とも物事を単純化するのは得意である。複雑な事柄など、所詮は単純な事柄が複合しているだけに過ぎない。
「俺達に振りかかってくる問題はな。」
「・・・・・・・・。」
 あきれて声も出ないヒロ。2人とも、最初に見せた動揺は既にどこにもない。こうなると、こだわっている自分が馬鹿らしくなってくる。そもそも自分のカラーは『お気楽な奴』ではないか。
「さて、後はこのことをどうやって本人に聞くかだけど・・・。」
「アインにやらせればいい。あいつが拾ってきたんだ。最後まで責任を持たせよう。」
「そうだな。」
 禅鎧とルシアの間で、相談がまとまったようだ。

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