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「水遊び」 埴輪  (MAIL)
 てっぺんの太陽がじりじりと地面を焼く。エンフィールドは今、夏真っ盛りである。
「暑いねぇ。」
「暑いな・・・。」
 汗一つかいていないアインに対して、額に浮かぶ汗をぬぐいながら紅蓮が答える。ローズレイクは連日水遊びの客で満員である。その客を目当てにさくら亭は出店を出している。当然店番は紅蓮である。
「くそ・・・、おれも水につかりたい・・・。」
「ま、あきらめて働こう。」
 そういうアインだが、別段残念に思っている様子はない。アインは監視員である。その仕事内容から水着を連想するが、バッチリ普段着だったりする。
「しかし、お前普段着で良いのか?」
「別に問題ないよ。多少濡れたところですぐ乾くし。」
 確かにこの陽気だ。多少どころかかなり濡れても小1時間もすれば乾きかねない。
「そう言えば、他の連中は?」
「ルシアは工事現場、禅鎧はシーラとリヴェティス劇場。」
 答えを返しつつ、アインはスケッチブックを取り出す。思いっきりサボりの構図だ。
「こら、サボるんじゃない。」
 思わず突っ込みを入れる紅蓮。最も、聞くようなアインではないが。


「よう、いらっしゃい!」
「こんにちは。」
 紅蓮の元にティナとウェンディが来る。後ろにはぞろぞろ子供がついてきている。
「遠足か何かか?」
「はい。暑いんで水遊びにってことになって・・・。」
 その時、監視塔の上にアインがいることに気がつく。
「監視員って、アインさんなんですか?」
 ティナが質問をする。苦笑してうなずく紅蓮。
「ああ。最も、不真面目なことこの上ない監視員だがな・・・。」
 そう言って上を指差す。先ほどはチラッと見ただけなので気がつかなかったが、アインは湖畔の様子をスケッチをしている。最も、何をどうスケッチしているかまでは、ここからではまったく分からないが・・・。
「本当に、大丈夫なんでしょうか・・・。」
 思わず不安そうになるウェンディ。肩をすくめる紅蓮。その時、見計らったかのようなタイミングで騒ぎが起こる。
「子供がおぼれているぞ!!」
 次の瞬間、ざわめきが更に大きくなる。
「子供がおぼれてるってよ、アイン。」
 と、上を見ると既にアインの姿はない。
「と、言うわけで大丈夫そうだぜ。」
 苦笑して、紅蓮がウェンディに答えを返す。この時点で騒ぎは収まっている。どうやら、無事救出されたらしい。チラッと上を見ると、いつのまにかアインは戻ってきていて、またスケッチを再開していた。


「あんまり沖のほうまでいっちゃ駄目ですよ〜。」
 ウェンディが引率らしく子供達に注意を促す。は〜いと、返事だけはいい子供達。ちなみに、渚(?)の視線は彼女とティナに釘付けだったりする。
「くっそ〜、何で俺は仕事なんだ〜!!」
 ティナに見とれながらぼやく紅蓮。先ほどからスケッチに没頭していて何も喋らないアイン。よくわからない男ぶりを遺憾無く発揮している。
「しかし、やっぱりウェンディのやつ、大分プロポーションが変わってるな・・・。」
 昔よりも、更にメリハリがついている。昔と違って、ティナとならんでも見劣りしない。と、アインがスケッチブックを置くと、なにやらごそごそし始める。今度はなにかと怪訝な顔で見つめていると、何処からともなく多少にごった透明な何かの塊とナイフを取り出す。塊のほうは木ではないのはわかるが・・・。
「アイン、そいつは何だ?」
「すぐわかるよ。」
 確かにすぐわかった。一度切られるたびに輝きが増すその石は、数秒後にはまごう事無きダイヤモンドに化けていたのだ。かなり大粒である。とはいえ、カットした結果はせいぜいピン球より一回り小さい程度のもので、目を見張るサイズではあっても非常識な大きさではない。このサイズのダイヤは、探せば昔話の中では結構転がっている。
「そんなもん、何処で見つけたんだ!?」
「雷鳴山にあった。とは言っても、そんなに有望な鉱山じゃないよ。これ以外は砥石にでもするしかないような代物ばかりだったし。」
「だが、そいつを売るだけで借金が十分に返せそうな気がするが?」
「骨肉の争いになりそうな代物は、手元においておくに限るよ。」
 そこまでの会話で、ふと疑問が沸く。
「アイン、どうやってそいつを掘り出したんだ?」
「当然、岩を砕いて、ダイヤの部分だけを取り出したんだよ。」
 確かに、その程度の魔法の心得は紅蓮にもある。更に突っ込みを入れようとした紅蓮は、アインの質問に気勢をそがれる。
「さて、こいつはやっぱり首飾りかな? ブローチってのも良さそうだし、髪飾りも捨てがたい。」
「そんな派手なもんを作る気か?」
 アクセサリーとしてのサイズはさほどでもないが、とにかく目立つのは確定である。
「ま、ダイヤモンドって言ったらブローチか指輪が定番だろうな。で、そのサイズじゃブローチ以外に使い道はねぇな。」
「だね。ま、実際アクセサリーに出来る限界のサイズだし。」
 そのまま、アインは何かをスケッチし始める。スケッチの上に先ほどのダイヤを載せては眺めているので、ブローチのデザインを決めているのだろう。
「紅蓮、ちゃんと働いてる!?」
 何とはなしにアインの作業を眺めていると、飲み物の売り子から戻ってきたパティが紅蓮に怒鳴り込む。
「当たり前だろ!!」
 売上票を見せながら怒鳴りつける。大体、紅蓮が居なければ、材料の保存の問題から商売どころではなかったのだ。
「そんなに言うんだったら、俺は止めてもかまわねぇんだぜ!! 給料多少減ったところで生活が出来ねぇほどじゃねぇんだからな!!」
 紅蓮の言葉にぐっと詰まるパティ。そもそも、別段ここで商売をしている必要もなかったのだ。ジョートショップと違って、さくら亭はそこまで困っているわけじゃない。
「二人とも、ちょっと静かにしてくれないかな?」
 監視塔の上からアインが声をかけてくる。更に流れ動作で、下の二人にコインを投げてよこす。
「なによ、これ?」
「そろそろお昼だから、食べ物と飲み物頂戴。」
 無言でコインを投げ返す紅蓮。
「?」
「ま、今日は愚痴に付き合ってもらったんだ。奢ってやるよ。」
「しょうがないわねぇ。」
 パティもコインを投げ返す。ジョートショップの経営状態も知っているし、こいつには何かと世話になっている。今回の屋台は小遣い稼ぎみたいな物だから、多少は気前よくしても良いだろう。
「いいのか?」
「今日は特別だ。降りてきな。」
 すたっと、軽い音を立ててアインが降りてくる。
「しかし、お前暑くないのか?」
「砂漠に比べたら、どうって事はないね。」
「比較対象が間違ってないか?」
 突っ込みをいれながらお好み焼きのような物を焼いてよこす。パティもクーラーボックス(紅蓮の注文を受けてアインが作った物である)から、よく冷えたジュースを差し出す。山葡萄の果汁100%で、さくら亭の人気ドリンクの一つである。
「ありがと。」
 礼を言って受け取り、再び監視塔の上に上がる。ひと動作で行っているので、実際は凄いことなのだが、この街にはそれぐらいのことをやってのける人間は結構いるので誰も驚かない。
「で、さっきからなに描いてんだ?」
 返事の変わりにスケッチブックのページが降ってくる。
「・・・なんで夏祭りなんだ?」
「なんとなく。」
 そこには提灯で綺麗にライトアップされたローズレイクを見ながらかき氷を食べているパティ、シェリル、マリアの絵が描かれていた。ちなみに三人とも浴衣姿である。
「しかも、何でこの組み合わせなの?」
 今のローズレイクからその絵につながっていることも謎だが、なぜこの三人、というのも謎である。
「ま、気にしない気にしない。」


 さて、そろそろ午後のお茶の時間、と言うところで、この日最後の騒ぎは起こった。
「なんだ?」
 妙な感覚に襲われ、紅蓮が怪訝な顔をする。
「厄介なのが来たな。」
 彫刻をしていたアインは、監視塔の屋根の上にあがり、ウェンディ達のいるほうに視線を向ける。
「さて、どうした物か?」
 子供達と水遊びに興じるウェンディとティナ。危険は、確実に迫っている。アインは、先ほどまで作っていた物をポケットに押し込む。
「一気にけりをつけるか。」
 ナイフを構えたアインは、近付いてくる物−大顎月光魚−に意識を集中する。こんな浅瀬まで来る事は本来ありえない。つまり、何かの異常があるということである。
「あら?」
 ティナが異変に気付く。が、既に逃れられない位置まできている。ティナはともかく、子供が・・・。
「きゃあ!!」
 とっさに攻撃魔法を放とうとするが、気がつくのが遅すぎた。間に合わない。どす。鈍い音がする。
「!?」
 恐怖に硬直していると、大顎月光魚は腹を上にしてぷかぷか浮かぶ。背のあたりに何かが光っている。更に一陣の風が吹き、目の前にいたウェンディと彼女が抱えていた女の子、更にその近くにいた男の子の姿が消える。
「ティナ、ぼさっとするな!!」
 思わず呆然としていると、自分も何者かに抱え上げられる。彼女が守ろうとしていた男の子も一緒である。
「ぐ、紅蓮さん!!」
 直後に、大きな水柱が立ち、巨大な水龍が鎌首をもたげる。
「ち! でけえな!!」
 さすが、ローズレイクである。水龍は大きく息を吸い込むと、大量の水を吐き出す。水の進路は後ろのウェンディ達である。
「ウェンディ!!」
 紅蓮が思わず叫ぶ。思わずめを閉じるウェンディ達。この瞬間だけ、彼女達を救った人物の存在を忘れていた。
「間一髪、って所かな?」
 のんびりとした声が、ウェンディ達の頭よりやや上から聞える。この期に及んでこんな口調の人間など、彼女は一人しか知らない。
「アイン・・・さん・・・?」
「ティナ、君もその子を連れてこっちへ。紅蓮も。」
「何か考えでもあるのか?」
「まとまってくれてるほうが、防御するほうとしてはやりやすい。」
 平然と言うと、大きな声で周囲に呼びかける。
「みんな! 出来るだけ固まって湖から離れるんだ!!」
 落ちついた声に、不思議とパニックが収まる。紅蓮は気がついていた。アインが何かの魔法を声に乗せていたことを。その魔法が、どうやら自分達には効果がないらしいことを。
「で、どうするんだ?」
「避難が済むまでは防いでおくから、終ったら速攻で大技を叩き込んで。」
 言うが速いか、他のグループへ飛んだ水流を叩き落す。
「エンフィールド一の防御力は伊達じゃねぇって事か!」
 あまりの鮮やかさに、思わず一瞬見とれてしまうウェンディ。だが、すぐに我に帰って魔法の詠唱を始める。この場合、接近戦を挑むのは具の骨頂で、また怪我人がいないので、自然と使う魔法は一つに絞られる。
「今だ!!」
 周囲から人がいなくなったのを見計らったアインが、そう合図を送る。
「ヴァニシング・レイ!!」
 まずはティナの破壊光が飛ぶ。
「右に集うは滅びの閃光、左に集うは無に帰せし力! わが身通じて一つとなれ!!」
 紅蓮の詠唱が響く。
「ヴァニシング・レイ!!」
 ウェンディから、時間差を置いてもう一条の破壊光が飛ぶ。
「レイヴィング・ノヴァ!!」
 紅蓮の最強の技が飛ぶ。組み合わせの妙か、最弱クラスのテトラ・リミットより強力だったりする技である。詠唱速度を考えると、こいつが一番だと判断したらしい。二条の光が通りすぎた跡を、光の乱舞がすべてを焼き尽くしながら通りすぎた。
「派手だねぇ・・・。」
 アインが感想を漏らす。考えようによっては、アインの行動が一番派手なのだが、そんな事はきっぱり無視している。少しの時間、湖面はやや沸いていたが、対流により、すぐに温度が下がる。
「さて、今日の仕事は終りだな。」
「だな。」
 そんなことを言い合う二人を、なんとなくぼんやりと見つめるティナとウェンディ。最も、視線の先はまったく違うが。
「あら?」
 ウェンディが、アインのポケットからはみ出している物に気がつく。
「アインさん、何ですかそれ?」
「ああ、これ?」
 アインは、ほぼ完成品のブローチを取り出す。思わず目が点になるティナとウェンディ。
「欲しいんだったら、あげるけど?」
 アインがあっさりそういう。作ったはいいが、売っても売れそうにない。ならばプレゼントにでもするしかないと判断したようだ。
「そ、そそそそそんなもの、いただくわけには・・・。」
「別にいいよ。作ってみたけどお金に替えられる代物じゃないし。価値があるのかもしれないけど、行きすぎてないも同じ。」
 肩をすくめる。ティナは唖然としてそれを見ている。なおも辞退仕様とするウェンディ。まあ、当然であろう。
「やっぱりウェンディが持ってて。」
 ウェンディの手を取り、無理やり押し付けながらアインがいう。
「でも、こんな高価な物・・・。」
「元手はただ同然だから気にしないの。」
 怪訝な顔をしてアインの顔を見上げる。紅蓮が横から補足説明をして、
「もらえるもんはもらっときゃ良いんじゃないか?」
 とのたまう。その言葉を信用し、ありがたく受け取ることにするウェンディ。ここで終れば美しかったのだが・・・。
「ああ〜! うちの屋台が!!」
 パティの悲鳴が響き渡る。紅蓮の仕事場は、激流に撃ちぬかれて完全にばらばらになっていた。結局、監視塔と屋台の修理で、アインの帰宅は真夜中になったのであった。

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