中央改札 悠久鉄道 交響曲

「親指王子の苦難 その1」 埴輪
「全く、何で俺がマリアの相手をしなきゃならないんだ?」
「そうぼやくな、十六夜。」
 十六夜・ランカートは不幸だった。それというのも今まで天災少女マリアの相手をしていた青年が何かの旅にでてしまったため、その役目がなぜか彼に回ってきたのである。
「あのなぁ、マリアと仲のいいやつは他にもいるだろ?何で俺なんだよ。」
 さらに愚痴ると、同僚からはにべもない答えが返ってきた。
「第三部隊で一番頑丈なのはおまえだ。諦めておつとめしてこい。」
 もはや、愚痴の聞き役にもなってくれない同僚。諦めて十六夜はショート家に向かうことにしたのであった。


「あ、きたきた☆」
 天使のような笑顔を満面に浮かべるマリア。彼女のことをよく知らない人間ならば、それだけであっさり落ちるだろう。だが、十六夜には悪魔のほほえみにしか見えない。
「あのなぁ、マリア。俺にだって仕事があるんだから、他のやつに試してくれよ。」
「ぶぅ!十六夜はマリアのことは嫌いなわけ!?」
「そうじゃなくてだなぁ。」
 こう言うとき、旅にでた青年の偉大さがよく分かる。本人の前で文句一つ言わずに、得体の知れない魔法の実験台になるなんて、とても彼にはできないことである。
「十六夜の・・・、十六夜のばかぁ!!」
 そう言って、駆け出そうとするマリア。さすがにまずいと思った十六夜は、仕方なく謝る。彼女の機嫌を損ねたままでは、何をしでかすか分からないからである。
「分かった、分かったよ!謝るから機嫌を直してくれよ!!」
 内心で、どうして俺はこんなお子さまの機嫌を取っているのだろうと考えながら、必死になって頭を下げる十六夜。
「そう、じゃあ、早速実験台になってね☆」
 そう言って、にっこり微笑むマリアを見て、騙されたことを知る。どうも、最近はファーナの影響か、えらく策士になってきている。
「で、何の実験だ?」
 もはや、まな板の上の鯉である。
「秘密☆」


「じゃ、始めるよ☆」
 そう言って、よく分からない呪文を唱え出す。怪しい。とことん怪しい。十六夜とて、初歩の魔法をいくつかは使えるのだ。聞けばある程度はどんな魔法か分かる。
「待てマリア!本当にそれで正しいのか!?」
 思わず突っ込みを入れるが、全く無視してマリアは続ける。そして・・・・。

ぽん

「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「何も・・・・・・起こらない?」
「失敗・・・・・・かな?」
 どうやら、事なきを得たらしいと判断した十六夜は、そそくさと立ち上がって立ち去る。
「待ってよ十六夜!もう一回やらせてよ!!」
 と背後でマリアが言うが、全く無視して駆け出す。何とか自警団の事務所まで逃げ切って、残りの日常業務を行う。その後、はっきりきっぱり魔法のことは忘れていたが、それが、えらい騒ぎになるのだった。


「おーい、十六夜、起きてるか?」
 同じ寮に住み自警団員のアルベルトが、彼を起こしに来る。休日だが、いっしょに武器を修理に出しに行く約束をしていたのだ。前にノイマンにモンスター退治に駆り出されたとき、あまり質のよろしくなかった十六夜の刀は大きく刃こぼれを起こしてしまった。
 ちなみにアルベルトの槍は、ジョートショップの青年とのたび重なる対決(といっても一方的に襲いかかってはやられていただけだが)や、ドラゴン、邪竜などとの戦いの結果、穂先がかなりいかれていしまっている。とてもではないが緊急時に役には立たないだろう。
「うるさいぞ〜、アルベルト〜。昼からって言ってたじゃないか〜。」
 その声が、妙に小さいことを訝しく思いながら、アルベルトは中にはいる。
「おい、十六夜、どこだ?」
 ベッドの中に十六夜の姿はなかった。どこかに隠れていると言っても、彼の体格では狭い寮の部屋に隠れる場所はない。そもそも、寝ぼけたような声を出しながら隠れるような器用なまね、ジョートショップの青年ぐらいしかしないだろう。
「何言ってるんだ夜アルベルト・・・。目の前にいるじゃないか。」
 そう言う声が聞こえたかと思うと、ベッドがもぞもぞ動き出す。そして、手のひらに乗れそうなサイズ(もちろん全裸)の十六夜が現れた。思わず絶句するアルベルト。すぐに立ち直れたのは、同じくらい非常識なまねを何度もかましてくれた、かの青年との付き合いのたまものであろう。
「おい、十六夜。何時の間にそんな器用なまねができるようになったんだ?」
 思わずそう声をかけるアルベルト。彼もずいぶんと青年の影響を受けているようだ。
「え・・・?器用なまねって・・・?」
 そう言ってから、アルベルトが嫌に大きいことに気が付く。周囲を見回して、どうやら自分が小さくなったらしいと言うことに思い当たる。その後、思わず絶叫する十六夜。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「全く、非常識なのはあいつだけかと思ったら、何であいつと会ったこともないおまえに伝染してるんだ?」
「俺のせいじゃないよ。というより、どう考えてもマリアの仕業だ!」
 そう、失敗したと思われる彼女の魔法は、実はきっちり効果があったのだ。成功したかどうかは別として。
「とにかく、ギルドに行って魔法をといてもらわないと・・・。」
「なあ、十六夜。俺、武器の修理に言ってきていいか?」
「だめ!!」


「うーむ、この魔法、すぐにはとけんな。」
「えぇ!?」
「しかし、さすがはマリア・ショートといったところか。こんな魔法に、とんでもない力を掛けておる。」
 魔術師曰く、けた違いの力と、異様なまでに複雑なかけ方のせいで、迂闊に手を出せなくなっているらしい。
「本来なら、こんな複雑なことをせんでも、これくらいの魔法は使えるもんなんじゃが・・・。」
 青くなる十六夜。
「これがリカルドあたりならば、気合いで何とかできようが・・・。」
「いくら何でも、俺そんな化け物みたいなまねはできねぇよ。」
 思わずかみつく十六夜。
「で、実際の所、どの程度かかるんだ?」
 時間と費用、両方についてアルベルトが問う。
「そうじゃな、ほっといたらまずきえんな。ここまでむやみに複雑じゃと、まず自然に消えることはありえん。」
「とこうとしたばあいは?」
「3日ほどかかるのう。費用は・・・そうじゃな、大負けに負けて3000にしておいてやろう。」
 それを聞いて、ますます青くなる十六夜。かかる時間もだが、費用もかなり負担になる。
「・・・・・。分かった。頼む。」
 しばらく考えて、背に腹は代えられないと思ったのか、彼に頼むことにした十六夜。しかし、その後3日間は彼にとっては地獄の日々になるのだった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲