中央改札 悠久鉄道 交響曲

「親指王子の苦難 その3」 埴輪
「ガボガボガボガボ。」
 必死になりながら、十六夜は水中呼吸の魔法を発動させる。小人にしたり、空を飛んだりはできないが、水の中で呼吸できるようにする程度は、できるのである。何とか呼吸を回復する。
「くそ、この流れじゃ岸にも着けない!」
 思わず舌打ちする十六夜。何しろ凄まじい流れである。岸になど行こうものなら、出っ張りなどに当たってひどい目に遭う。
「仕方がない、しばらく流れに任せるか・・・。」
 呼吸のほうは問題ない。問題は、今の彼の魔法の腕では、自分の怪我はどうしようもないことである。
「しかし、ローズレイクから歩いて帰るのか・・・・。」
 今の彼の体力では、かなりきつい。そうこうしているうちに、流れが一気に緩くなった。ローズレイクに流れ込んだようだ。
「さてと、岸に行かないとな・・・・。」
 そう言って、泳ぎだした十六夜だが、一つ彼は計算違いをしていた。生半可な勢いではなかったため、運動量がしばらく保存され、かなり遠くまでながされていたのだ。緩くなり出した段階でローズレイクに流れ込んだことに気が付いたため、湖岸はかなり遠くになっていた。
「岸はどこだ?」


「十六夜は多分ローズレイクに流れ込んだはずだ!!ローズレイクを探すぞ!!」
 そうアルベルトは言うが、隊員達の顔は浮かない。はっきり言って、小人サイズの人間を捜すには、ローズレイクは広すぎる。彼らの顔には、はっきりと焦りが浮かんでいた。あまり長引くと大顎月光魚に食われかねねない。
「とにかく、探せるだけ探すぞ!!」


 その頃、十六夜は・・・。
「うわぁ!!こっちに来るなぁ!!!」
 お約束のように、大顎月光魚に襲われていた。それも一匹ではない。3匹同時にである。
「くるなくるなぁ!!」
 めくら滅法に剣を振り回す十六夜。一部の例外を除いて水の中ではまともに剣術などつかえはしない。その剣が、偶然にも大顎月光魚の顎を切り裂いた。のたうちながら、仲間に突進する大顎月光魚。
「へ・・・・?」
 だが、混乱している2匹をよそに、もう1匹が後ろから食いつきに来た。気が付かない十六夜。その時、偶然にも急な流れが起こり、そのまま彼は押し流された。あまりにも強い勢いのため、十六夜は、きっちり意識を失った。


「ありゃ?ここはどこだ?」
「ここは、隠れ里よ。」
 十六夜のつぶやきに、綺麗な声が答える。思わず振り返ると、後ろには数十人の人魚が居た。男女比は3対7くらいで、女性が多いようだ。
「隠れ里?」
 思わず聞き返すと、答えを返した少女が言った。
「そ、私たち人魚の隠れ里。あなたは見た目に面白かったから、ここに招待したの。」
 ネズミに続いて人魚かと、思わず頭を抑える十六夜。まるで、おとぎ話である。
「あら、この子頭が堅いのねぇ。前ここに来た彼は、現実を直視してあっさり適応したわよ。」
 けらけら笑いながら女の子。その一言で、少し冷静になって彼らを観察してみると、どうやら先ほどから話しかけてくる少女が、この中で一番えらいらしい。
「で、俺をどうするつもりなんだ、女王様?」
 皮肉っぽく言ってやると、彼女はすごぶる喜んで答えた。
「すごいすごい!どうして私が女王だって分かったの?」
 その答えに、思わず唖然とする十六夜。
「ちょっと待て、本当にそうだったのか?」
「あら、なってないわねぇ。前の彼の時は、ちゃんと理由を答えてくれたわよ。」
 あくまで、十六夜をおもちゃにするつもりらしい。諦めて、一応理由を答えることにした。
「理由ったって、観察した結果、あんたが一番偉いらしいっていうのが分かったから、適当に言っただけだ。まさかそんなに偉いなんて思いもしなかった。」
 正直に言う。すると、少女は十六夜に顔を近づけて(といっても、今の彼は小人なので、キスを迫られるような状態ではないが。)尋ねてきた。
「私って、そんなに態度でかい?」
「いや、あんたの態度よりも周りの態度を見てそう言ったんだが・・・・。」
 どうも、調子が狂う。そうこうしているうちに、ふと、冒頭の言葉が気になった。
「それはそうと、見た目におもしろいってのは?」
「簡単よ。何をしたらそんな複雑な呪いをかけられるのか、すごく興味があってね。いったいあなた、何をしたの?」
「単に、知り合いの魔法の実験台になっただけだよ。まさか、こんなことになるとは思わなかった。」
 その台詞を聞いて、気の毒そうに言う。
「その子に練習無しで魔法使わせるの、絶対やめさせた方がいいわね。適当にかけてこんな魔法ができるんだから、確かに才能はあるんだろうけど・・・。」
 言わずもがななことを言う。
「それより、俺、まだ仕事中なんだ。できたら、外に返して欲しいんだが・・・。」
 もう、なるようになれと思っていた十六夜は、素直にそう言う。
「あ、ごめん!すぐに岸まで送ってあげるね!!」
 そう言って、魔法を発動させる。転移魔法だが、マリアなんぞよりよっぽどしっかりしたコントロールである。まず失敗はすまい。ただ、一つ問題があるとすれば、どこの岸にという指定をしていなかったことであろう。
「そうだ、礼を言うのを忘れていた。助けてくれて、ありがとう。」
 そんなことも忘れていたのかと、思わず自分を責めながら言った。だが、このことを責めても仕方あるまい。非常識な事態がここまで重なって、思考停止しなかっただけでもすごいのだ。
「別にいいわよ。それより、また遊びに来てね。今度は本当のサイズで。」
 そう言って、魔法を完成させた。


 飛ばされた十六夜は、そこがエンフィールドのすぐ近くであることに気が付く。どうやら、気を利かせてくれたらしい。そろそろ日暮れである。と、いきなり何かに捕まれる。よく見ると、カラスである。
「ちょっと待て、俺はエサじゃないぞ!!」
 大いに慌てながら、カラスの足を殴りつける十六夜。当然びくともしない。
「何で俺ばっかりこんなめにあうんだぁ!!」
 彼の叫びは、空しく夕焼けに吸い込まれていった。

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