中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、ジョートショップに居候する」 埴輪
いつもの何気ない日常。
さくら亭の雰囲気はまさしくそんな感じだった。
 昼飯時を過ぎて、閑散とした店内には、パティにとっても見知った人間ばかりが集まっている。
「はぁ。」
 シーラが何かを考えてはため息をついている。リサはその様子を面白そうに見ている。
「どうしたの、シーラ?またアレフから何かもらったの?それともどこかに誘われたとか?」
「ええ!?パティちゃんどうして分かったの?」
 シーラが驚いて顔を上げると、パティは肩をすくめて、
「いつものことじゃないの。それにあんたがため息つくなんて、アレフがらみぐらいだしね。」
とことも無げに言い切る。アレフ・コールソンという男、悪い奴では無いのだが、シーラのようなタイプにとって、どう付き合っていいか分からない相手であるのも確かだ。
「で、相談ぐらいには乗るけど?」
 パティが気楽に言う。
「うん、実はね・・・・・。」
 シーラが何か言おうとしたそのとき、
「やあ、シーラ!ここにいたのか。」
話題の主、アレフが入ってくる。シーラがどうしようか悩んでいると、後ろから小柄な人物が付いて入ってきた。
「アレフくん。シーラさん困ってるように見えるんだけど・・。」
 クリスがそういってたしなめるが、
「なーに、照れてるだけだって。」
あっさりと一蹴する。あながちそれも違うとは言い切れないが、別にそれはアレフ相手に限ったことではない。
「あのね、アレフクン・・・。」
 どうやって断ろうかと考えながらシーラが口を開いたそのとき。
「大変ッス!来てくださいッス!」
 ジョートショップに住む魔法生物、テディが大声で叫びながら入ってくる。
「どうしたのよ、騒々しい。」
「ご主人様が行き倒れを見つけたッス!すごい怪我をしてるっす!重くてご主人様一人でははこべないッス!」
 パティが質問すると、間髪入れずにテディは答える。それを聞いて、真っ先に反応したのはリサだった。
「で、場所は何処なんだい!?」
「案内するッス!」
と言って慌ただしくでていった。
「私も手伝います!」
「それをほっとくわけには行かないな!」
 シーラとアレフもすぐに後を追う。クリスもそれにワンテンポ遅れて付いていった。
「ちょっと待ってよ!救急箱もなしで行ってどうすんのよ!」
 と言いながらパティもきっちり救急箱を持って追いかける。さくら亭の札を準備中にするのも忘れない。


 数分後、途中で一緒になったエルとメロディを加えた一行は、行き倒れを囲むように見下ろしていた。
「こいつはまずいね・・・・・。」
 怪我の具合を見てリサが顔をしかめる。すでにクリスが回復魔法を掛けてはいるが、専門ではないためいまいち効果が薄い。
「ひどい・・・・。」
「うみゃ〜、このひとたすかるの?」
 シーラとメロディが口々に言う。しかし、リサには何とも言えなかった。何処でもらってきたものかは分からないが、普通の人間なら動けなくなりそうな怪我が三つ。はっきり言って生きてるほうが不思議である。
「いったいこんな大きな街道でどんな物と戦ったんだ?」
 エルの言うことももっともだ。普通、整備された街道には、大きなモンスターはでてこない。その上、こんな町の近くでは盗賊のたぐいも人を襲いはしない。
「なんにせよ、処置が終わったらドクターのところに運び込まないと。」
アレフが常識的なことを言う。彼はリサとふたりがかりで応急処置を行っている。


 全ての処置が終わったとき、リサは奇妙なことに気が付いた。いくら何でも青年の息がしっかりしすぎているのだ。とても瀕死の重傷を負っている人間のものとは思えないぐらいに。
「そおっとだぞ、そおっと!」
 いつの間にか、シーラとメロディが作り上げていた担架にエルとアレフが青年の体を乗せる。
「さって、こっからは俺とリサで運ぶ。エルは荷物のほうを頼む。」
「分かった。」
 結局力仕事のほうは残りのメンツには無理だと分かっていたので素直に従う。パティは彼らのために店に戻っていろいろと用意しておくことにした。


「なかなか非常識な患者だな。」
 手術の終わったトーヤの、それが第一声だった。
「縫ってる端から傷口が閉じていく患者は初めてだ。大きな三つとあばら以外は処置する必要もなかったぞ。」
「ちょっと待て!いくらクリスの魔法でも、そんな効果はないはずだ!」
 トーヤの話に対して思わず詰め寄るアレフ。それではまるで化け物である。
「まあ、きっちりふさがったとか、あとかたもなくなったとか言うわけでもないがな。少なくとも、目立った処置をする必要はなかったぞ。」
 それを聞いて思わずあきれる一同。変なものを拾ってしまったのではないだろうか。
「なんにせよ、あの分では三日もあれば治るだろう。今日はもう帰ったらどうだ?」
 その言葉に、アリサ以外のメンバーは全員帰っていった。アリサは目が覚めるまで付きそうと行って残ったのだ。


 それから3時間後、日が沈んだ頃、彼は目が覚めた。体を起こし周囲を見回してしばし悩む。
「あ、目が覚めたの。起きあがって大丈夫なの?」
 アリサがそれに気づいて尋ねる。
「大丈夫かって・・・・・、何がですか?」
 きょとんとした顔で尋ねる。どうやら、怪我については痛みをあまり感じていないらしい。ハンサムと言うにはやや中性的な、整った顔を怪訝そうにしてアリサに尋ねる。
「ここ、何処です?」
 目の前の女性が誰かというのは一切気にしないらしい。自分に害がなければそれでいいというタイプなのかもしれない。
「ここはクラウド医院。私はアリサ・アスティア。」
アリサは、自分がジョートショップという何でも屋をやっていることを告げると彼に名前を尋ねた。
「僕・・・ですか?名前はアイン。」
 と言った後またしばし悩む。それを見て怪訝な顔をしたアリサが
「何かいいづらいことでもあるの?」
と聞くと、
「フルネームと旅にでる前に何をやっていたかがちょっと思い出せませんけど。」
などとあっさりという。だが、どうやら記憶をなくしたのは結構前らしくそのことについては全く悩んでいないらしい。
「いつも初対面の人に自己紹介をするときに悩むんですよね。」
 どうやら、記憶喪失のことを言うべきか言わないべきか悩んでいたらしい。いまいち信用がないのだろうかと思ってアリサが聞くと、
「どっち買っていったら不要に同情を買わないため、ですね今回は。」
 そうさらっと言ってから自分が運び込まれたときの状況を聞いてきた。一通り話が終わるとアインはつぶやいた。
「そうか、ならば恩を受けたまま出ていくって訳にはいかないな。どうしたものか。」
 すでに自分が怪我人であるという意識は全くない。ほっとくとすぐにでもどこかに行ってしまいそうだ。
「そうだわ!私の所にいらっしゃい。」
 アリサが誘う。いくら町の人全てが知り合いで、いろんな人が店に来るとは言ってもテディとふたりっきりでは結構寂しい。
「そんな!そこまでお世話になるわけにはいきません!それに僕が居候すると余分な食い扶持が一人増えるし・・・・・。」
「いいの。子供はそんなことを心配しない。」
 二十歳前の青年を子供扱いして勝手に決める。しかしそれではアインのほうの気が済まない。
「それじゃあ、仕事を手伝います。ただでいくらでもこき使って下さい!」
こうしてアインはジョートショップの居候になった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲