「青年、倒れる!?」
埴輪
それから1週間、アインは傍目に危なっかしく見えるほど働くようになった。毎日ほとんどの人間が眠っているような時間から起きて仕事を始め、深夜に近くなるまで仕事を続けるようになった。
「アインさん、働きすぎッスよ〜。もっと仕事の量を減らさないと倒れちゃうッス〜。」
「お金のことは良いから、もっと休みを取りなさい。」
アリサやテディが止めてもきかず、彼は働き続けた。それも、日にひとつの仕事ではなく、3個4個と掛け持ちでするために、ここ数日彼は、昼も休まずに働いている。それでも失敗せずに仕事をこなしているのは、単にもとの体力が桁外れだったからにすぎない。
「さて、今日はまずカッセル爺さんのところで草刈りか。こいつはさすがに半日がかりだな。」
アインはそのままローズレイクの湖畔に住む、カッセルの家に行った。ざっと範囲をきき、すさまじい勢いで雑草を刈り始める。きっちり雑草とそうでないものを見極めているのはさすがである。
「終わったよ〜。」
数時間かけて草刈りを終えたときにはもう日も高く昇っていた。指定された範囲はさほど広くなかったため、思ったよりも早く終わったようだ。
「おう、ご苦労さん。」
そういって、カッセルが仕事料を渡す。引き受けた金額より多い。
「別に対した仕事じゃないから、こんなにいらないのに。」
「死ぬほど働いておる者の台詞ではないのう。まあとっとけ、少しは足しになるじゃろう。」
「済まないね、爺さん。」
そういって次の仕事に向かおうとするアインに対して、カッセルは声をかけた。
「あまり無茶をするもんじゃないぞ。おまえの知り合いが皆、えらく心配しとったぞ。」
「そんなに無茶してるつもりはないけどなぁ?」
多少は無茶をしてる自覚はあるらしい。もっとも、その自覚と周囲の認識との距離はすさまじく遠いようだが。
「今日はゴミ拾いだけで良いんだね?」
そう役場の人間に念を押して、陽の当たる丘公園の清掃にはいる。もともと昼からだったのだが、草刈りが早く終わったので、予定を繰り上げたのだ。
「さってと、がんばんないと今日中に終わんないぞっと。」
そう気合いを入れて、ゴミを拾い集めていく。結構広い公園で、しかもよく注意しないと見落としも多い。普通なら、ゴミ拾いだけでも1日掛かりの仕事だが、アインはそんなことはお構いなしに、快調なペースでゴミを集めていく。
やがて昼を回り、2つ目のゴミ袋が満タンになった頃、公園を散歩していたリサに会う。珍しく、シェリルとトリーシャも一緒である。
「よう、珍しい組み合わせだな。」
そう声をかけながら、ゴミを拾う手は休めない。いくら綺麗にしても、どうしてもなんだかんだでゴミは出るものである。
「リサさんとはそこであったんです。それよりもアインさん、最近働き過ぎだってききましたけど・・・・。」
「そんなにがむしゃらに働かなくても、みんなちゃんと投票してくれるって。」
シェリルとトリーシャが心配そうに言う。トリーシャはアインの目的が再審請求にあると思っているようだ。
「ぼうや、あんまり根を詰めすぎると、いつか事故が起きるよ!」
リサも、あまりにも必死に働きすぎるその姿を見て、注意を促した。
「そのときはそのとき。それにまだそんなに無茶してるわけじゃないし。」
全く説得力がない。ちなみに、この会話の間も手を動かし続けている。結構広い範囲を動き回りながら会話をしているので、端から見たらかなりおかしな光景である。
「事故が起こってからじゃ遅いんだってばぁ。」
トリーシャの言葉を無視してアインは仕事を続ける。
「ごめん、まだ仕事が半分しか終わってないんだ。それじゃ。」
そういって立ち去るアインを見て、ますます心配になる三人だった。トリーシャが広めた噂が、珍しく真実に届かなかった。
その少し後、さくら亭ではいつものメンバーが集まって話をしていた。
「いくら何でも行き過ぎだと思うぜ。」
アレフが一同の心理を代弁する。いつ倒れてもおかしくない、どころか普通の人間では全部こなすことも不可能だろう。そんな仕事料を1週間も続けているのだ。親友としては心配にもなる。
「全く何考えてるんだか。」
パティもあきれたように肩をすくめる。
「あんなに働かなきゃいけないほど、アインくんの状況って悪いの?」
シーラが沈んだ表情でそう尋ねる。
「まぁ、ぼうやの無実を信じてる人間はほとんどいないね。仕事がきてるのはアリサさんの人望だしね。」
「その仕事にしたって、結構減ってるってテディは行ってた。」
シーラの質問に答えたのはリサとエルだった。
「でも、減ってる割には前よりももっと忙しそうですけど?」
シェリルの疑問ももっともだが、それに対してはあっさり答えが返ってくる。
「来た仕事全部引き受けてるんだってさ。おかげでオレの探検につきあってくれない。」
ピートがぶすっとした顔で言う。
「マリアの魔法の実験台にもなってくれないし。」
マリアも文句を言うが、それはなってくれない方が普通である。クリスも情けない顔をしながら言葉を吐き出す。
「僕にはアインくんが何を考えてるのか全然分からないよ。」
「アインちゃん、たおれちゃうです〜。」
メロディの言葉は、みんなの心配である。少し前なら、どんなことがあっても出てこない心配である。そこに、トリーシャが飛び込んでくる。
「大変大変!アインさんが怪我して倒れたって!」
「ちっ!だからいわんこっちゃない!」
リサがその言葉に反応して立ち上がると一同に向かって言う。
「クラウド医院に運ばれたんだろ!行くよ!」
クラウド医院では、アインの怪我の手当が行われていた。彼にとって、怪我自体は大したことはない。肋骨が一本折れただけだ。
「さて、治療も終わったし、仕事に戻るよ、トーヤ。」
そう言って立ち上がろうとするアインをトーヤが止める。
「今日は仕事は禁止だ。怪我人は大人しくしてろ。」
クールにそう言うトーヤに向かって、不満そうにアインが言う。
「こんなの、怪我のうちにも入らない。ここに来たときと違って、動けない訳じゃない以上働かないと。」
「確かに普段のおまえならそうだろう。一日休めば骨折ぐらい治ってもおかしくない。だが、今のおまえの回復力は一般人並だ。そんな患者を見過ごすわけには行かない。」
アインの反論を封じ込めるようにトーヤが言う。周囲の人間の心配の一番の根拠でもある。前ならば一日あれば跡形もなく治っているような切り傷や擦り傷がまだかさぶたになった状態で残っているのである。本人は気が付いていないようだが、無理というのはいろんな形で外に出ていくものだ。
「だけど!」
何か言いかけたとき、どやどやと何人もの人間が入ってくる。
「アインが倒れたって、本当か!?」
アレフの質問に対して、トーヤは冷静に対応した。
「病院で騒ぐな!」
「分かったよ。で、アインは?」
よっぽど気が動転しているらしく、アインの姿が見えていないらしい。
「おいおいアレフ、僕はここにいるぞ。それに倒れた訳じゃない。」
のんびりとアインが声をかける。その態度でかえって逆上したらしい。声を荒げてアインに詰め寄る。
「おい、おまえなぁ!人に心配かけといて、その態度はないだろう!」
「何で怒るんだよ。それに心配されるほどの事はしてないつもりだったんだけどなぁ。」
その態度を見て、アインは困惑する。彼にとっては普通よりちょっと多めに働いた程度の感覚なのだろう。
「倒れたってきいたときには心臓が止まりそうだったんだから!」
シーラも珍しく怖い顔をして詰め寄る。他の人間の態度も似たり寄ったりだった。
「ちょっと、落ち着いてくれよ。何処で倒れたって話になったのかはしらないけど今にも死にそうって訳じゃないんだから。」
それに対しての答えはリサが返した。
「たしかにね。大したことなさそうだし、ちょっと落ち着いた方がいいみたいだ。」
その言葉でやや落ち着きを取り戻した一同だが、何を考えていたのかが分からない。信頼を取り戻すだけなら、今まで通りで十分なのだ。
「アインくん、いったい何であんなに働いてたのさ?」
みんなを代表したクリスの質問に対して、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてアインが答える。
「何でって、10万稼ぐにはあれぐらい働かないと。」
その一言で、みんな根本的なところで勘違いしていたことに気づく。アインが再審請求など全くあてにしていないことに。
「どういう発想でそっちの方に行くことになったんですか?」
シェリルが理解できない顔で言う。アインは無実のはずだ。なら、再審請求をする方が正しいはずだ。
「冤罪だって証明できないからね。魔法が関わってるってのは今となっては立証しようがない。」
その言葉に対して、全員過ちに気付く。再審請求が通っても、あくまで再審なのだ。
「それに、確かに基本はちゃちだけど、リカルドを完全にだましてるんだ。そう簡単に犯人はしっぽを出さないだろう。」
「だから10万貯める方に走ったのか。だけど、なら何で相談してくれなかったんだ?水くさい。」
そのアレフの台詞をきいて、アインは怒ってる理由の半分だけは理解した。
「このことを相談するのはなんだか悪いような気がしてね。だって、昼飯一食とかそんなレベルの金額じゃないし。」
「まあいい。このままほっといたらホントに動けなくなるまで働いてそうだ。みんな、こいつが治るまで、仕事を代わりにやるぞ!」
アインの答えを無視して、アレフは周囲の人間にそう声をかけた。
「そんな、悪いよ!」
アインの制止をきっぱり放っておき、彼の上着から手帳を取り出して仕事を分担する。
「何これ、この後まだ働くつもりだったの!?」
パティが叫ぶ。無理矢理仕事を分担して正解だったようだ。
「信じられない量だ。遅くても来週には事故が起きてたな。」
エルがやや呆然とつぶやく。数人で分けてやれば大した量ではないが、一人でやるのは普通なら不可能に近い。
「でも、今代わりに仕事を終わらせても、根本的な解決には結びつかないんじゃないかしら。」
シーラの台詞は真理の的のど真ん中を貫いていた。
「だから、この後も継続して何人かで手伝うんだよ。いくら何でも、またこうなるのが分かってるのにほっとけるほど、オレはバカじゃないんでね。」
アレフがこともなげにいう。誰が、と言う問題に対しては、普段、あまり仕事をしていないリサとアレフ、時間をあけやすいパティとシーラが手伝うことにして、他のメンバーは必要に応じての手伝いと言うことになった。
「そう言えば、その怪我はどうして?」
トリーシャの質問に対してアインは、
「ショート科学技研から逃げたジャイアントボアを捕まえたんだ。ひっくりがえす時に蹴りをもらって、もってかれた。」
答えを聞いて、あきれるしかなかった。全くこいつの無茶はほどって言うものを知らないのだろうか?
結局、アインは3日間、ベッドに縛り付けられるようにして休まされた。疲労が完全に抜けると同時にすべての怪我が跡形もなく消え、トーヤに
「全く、本気で非常識な患者だな。」
とのたまわらせたのは別の話である。