中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年の長い一日」 埴輪
 仕事に復帰できたその日は、アインにとってはとても長い一日となった。発端は朝の仕事の割り振りのとき起こった。
「アレフは、教会の建物の補修に回ってくれ。パティとシーラはラ・ルナに・・・・。」
 それぞれに仕事を通達し終わったとき、ショート家の執事が店に現れたのだ。
「アイン様、マリア様はこちらに?」
 こんな朝早くからマリアが現れるはずがない。そもそもこの時間帯は普通なら起きたばかりのはず。
「来てるはずありませんよ。そもそもマリアはこれから学校でしょ?」
 そう答えると執事は心底困ったような顔をする。
「いったい、何があったんですか?」
 シーラもさすがに不安になった。マリアに何かある=大惨事と言う図式が、頭をよぎったからだ。
「それが、いつもの時間に起こしに上がったら、すでにどこかへ行かれた後でした。学校にも行かれたわけではなさそうですし・・・・。」
「その話だと、マリアは朝飯食ってないんだよな。」
 マリアが何も食べずに家を出ていくなんて、普通では考えられない。
「仕方がない。僕が探してくる。何かあってからじゃ遅いからな。」
 特にマリアの場合は、と付け加えて出ていく。出ていき際に、
「シーラ、僕の仕事を代わりに頼む。パティなら一人でも何とかできるよな?」
と、仕事を代わりに頼むことも忘れない。
「任せて。」
「もちろん。」
 二人とも、頼もしい返事を返す。とりあえず、まずは行動を割り出すことにした。


 まずマリアの行きそうな所として、夜鳴鳥雑貨店に行くことにした。
「おやっさ〜ん。ここにマリア来なかった?」
「ああ、何やら本を持って、幾つかものを買って出ていったよ。」
 いきなり正解らしい。何とも分かりやすい行動パターンだと思いながら、何を買ったのか聞く。答えを聞いて思わず絶句してしまった。
「なんか、やっかいな魔法に関係する物ばっかりじゃないか。すごくヤな予感がするぞ・・・・。」
 たいして魔法に関する知識はないのだが、療養中に見せてもらったクリスの本でそれが、錬金術に関わる物だと言うことくらいは思い当たる。
「で、その本のタイトルは!?」
 タイトルを聞いて、ますます絶句する。さすが魔法オタクと言うべきか、きっちり高位の練金魔法の本である。
「やばいなぁ。どっちの方へ行ったか分からないか?」
「祈りと灯火の門の方へ行ったみたいだけど?」
 ますます嫌な予感が膨れ上がりながら、店の主人に礼を言って出ていく。
「町の外に出ていくなんて、絶対まともなことをしようとはしてないな。」
 特にマリアである。技術のわりに能力が大きすぎるため、制御を失った魔力がとんでもないことを起こす。しかも、本人は中途半端なやり方で魔法を使うため、よけいにそうなる可能性が高い。
「早くしないと、でかいペンペン草におそわれたりしかねない。」
 全力疾走で町を出ていく。


 エンフィールド近くの森の中で、マリアはアンチョコを開きながらいろいろと準備をしていた。
「これでよしっと。後はこーやってこーして。」
 妖しげな材料を鍋に放り込んでいる。そろそろ変な煙が出始め、どんどん妖しげな空気をまき散らしている。
「ちょっとまてい!」
 何とかマリアの居場所を探し出したアインは、彼女を止めようとする。だが、魔法に没頭しているらしいマリアは、彼の声が耳に入らない。魔法の詠唱に入る。
「あれ、これでよかったっけ?」
「そんないい加減な魔法の使い方をしないでくれ!」
 アインの叫びも空しく、魔法はあっさり暴走する。どう見ても炎が大きくなるような物ではないのに、木を一本一瞬で燃え上がらせるほどの炎が上がる。
「まずい!」
 とっさにマリアをかばったアインは唯一使える攻撃魔法をぶつける。
「アイシクル・スピア!」
 マリアの物と違い、きっちりコントロールされたその魔法は、すばらしい威力を持って火もとを貫く。
「ダメだ、範囲が広すぎる!」
 このままでは、被害が広がるばかりだ。そう考えたアインは賭をすることにした。アイシクル・スピアの詠唱を途中で変える。
「アイシクル・レイン!」
 無理矢理、大量の氷のつぶてを打ち出す魔法に変え、一気に解き放つ。火事場のバカ力とも言うべき強さで魔法が発動する。普通のアイシクル・スピアになおして10本分はあろうかという氷のつぶてが、四方八方に広がって火事を無事、消し止める。
「アイン!あんた、あんな魔法使えたの!?」
「あれは、一か八かの賭だ。そんなことよりマリア、あれほど中途半端な魔法の使い方はしないでくれって言ったのに。」
 マリアの質問を半ば無視して、説教をしようとする。今回のはあまりしゃれにならない。
「ご、ごめんなさい。」
 さすがのマリアも落ち込んでいる。
「いったい何をしようとしたんだ?」
「練金魔法で、金を作ろうと思って・・・。」
「君の家はお金に困ってるわけじゃないだろ?」
 マリアの答えにいまいち納得がいかない彼は、さらに質問を重ねる。
「だって、マリアが金を作れたら、アインだってあんなに働かなくてもよくなると思って・・・・。」
 さすがにその答えに虚をつかれる。自分のためを思っての行動に、あまりきつくも言えなくなる。
「マリア、気持ちはうれしいけどあんまり無茶をしないでくれ。いろんな人が心配してるぞ。」
「うん・・・・。」
 そういって立ち上がろうとして足の痛みに気が付くマリア。とても立てそうにない。
「どうやらひねったらしいな。病院までおぶってってやるよ。」
 背負われたときに、アインの背中にやけどが大量にあることに気が付く。例によってもう治り始めてはいるが。
「ごめんなさい・・・・。」
 もう一度、彼に謝るマリアだった。


「今日は大変だった。」
 まだ一日が終わっていないのにアレフにぼやくアイン。10日ぶりにさくら亭で夕飯を、と言う話になったのだ。
「まあ、そう気を落とすなって、今日は俺がおごってやるからさ。」
 リサとシーラも一緒に歩いている。二人とも、彼のやけどを見て絶句していたのだ。
「しっかし治ってすぐに怪我するなんて、ぼうやらしい。」
「ほんと、結局無茶は治らなかったみたいね。」
 全くこいつは何処まで人に心配を掛ければ気が済むのだろうか、とか考えてるうちに、さくら亭に到着した。
「えらく騒がしいねぇ。」
 リサが疑問をぶつける。中では皿の割れる音がする。入ってみると、酔っぱらいが喧嘩をしていた。即座に止めに入るアイン。どうやらパティはいないらしい。
「おいおい、店で暴れないでくれよ。そんなことをしたらパティが怒る。」
 なだめてるのかどうかよく分からないことを言いながら近寄っていく。
「うるせぇ!」
 彼に殴りかかった酔っぱらいが、急に動きを止め崩れ落ちる。
「危ないなぁ。別に僕は何もして無いじゃないか。」
 どうやら、後ろに回って首を絞め、気絶させたらしい。リサとシーラを除いて、誰もその動きに付いていけなかった。
「やろう!」
 敵をアイン一人に定めたらしい酔っぱらい達は、次々に彼に飛びかかっていく。だが、同じ調子でどんどん酔っぱらいを落としていくアインを見て、周囲の人間は言葉を失う。
「やるねぇ、ぼうや。」
「でも、もっと簡単な方法があったんじゃないの?」
 リサとシーラが声をかける。アレフは、シーラの台詞に驚いているようだ。
「まぁ、物を壊さないようにするには、ああするのが一番確実だからね。」
 アレフ以外はその台詞が当然のように話を続ける。
「ちょっと、店をどうしてくれるのよ!アイン!」
 いきなりパティが怒鳴り込んでくる。喧嘩の首謀者がアインだと思ったらしい。
「ちょっと待てパティ!来たときにはもう、喧嘩は始まってたぞ!。」
 慌てて釈明するアイン。しかし店をあらされてひどく怒り狂っているパティには通じない。
「早く出ていってよ!」
 さすがに放っておけないと思った3人はパティをなだめに入る。
「パティ、ぼうやを攻めるのは筋違いだよ!」
「パティちゃん、アインくんがいなかったらもっとひどくなってたわ。」
「大体、なんで酔っぱらいはおとがめなしなんだよ!」
 他の人間、特にシーラの言葉で、少し頭が冷えたらしい。
「でも、店の中で暴れたのは事実よ。」
 それでもすぐに許そうとしないのがパティらしいと言えば言える。
「アレフ〜。パティがいじめるよ〜。」
 いきなりとぼけたことをほざくアイン。アレフも思わず悪のりして、
「おお、よしよし。つらかったな。」
 などと言い出す。
「せっかく怪我した体張って物壊さないように喧嘩を止めたのに〜、パティってば僕を一方的に悪者にするんだよ〜。」
「それは災難だな。」
「みんな僕のことをそんな風に見てたんだ〜。」
 いきなり漫才を始める。
「それは違うぞ、アイン。」
「へ?」
「俺は、おまえのことを立派な女たらしとしてみてたんだ。そんな酔っぱらって暴れるようなやつとは思ってないぞ。」
「おまえにだけは言われたくないぞ。」
 憮然とした顔で突っ込むアイン。すでに、喧嘩があった雰囲気ではない。
「自警団だ!喧嘩があったってのはここか!?」
 アルベルトとリカルドが入ってくる。入ってきてすぐにリカルドが、
「本当に喧嘩があったのか?」
 と聞く。とてもそんなことがあったとは思えない、和やかな雰囲気が場を包んでいる。
「聞いてくれよリカルド。アレフが僕を、究極の女たらしだとかサイテーのナンパヤローだとか言うんだ。」
「は?」
 いきなりそう振られても、話が全く見えない。
「おい、何もそこまで言ってないだろ!」
 まだ漫才が続いている。
「で、喧嘩してた連中は?」
 諦めてリサに聞くリカルド。リサがのびてる4人組を指さして、
「あそこの連中。坊やが一人で止めてくれなきゃ、まだ収まってなかっただろうね。」
と説明する。
「ほう、やるじゃねーか、犯罪者。」
 アルベルトがわざわざ挑発する。だが、アインはまだ情けないモードを続けているらしく、
「リカルドー、アルベルトが喧嘩の首謀者みたいに行って来る〜。」
 と、まるでいじめられっこが先生に告げ口をするような口調で訴える。
「もう怒ってないから、いい加減に普通に戻りなさいよ。」
 パティがたしなめる。
「さってと、こいつらを何とかしないとな。親父さん、こいつらの勘定。」
 そういって、アインは酔っぱらいの懐から財布をとりだして、勘定を済ませる。
「リサ、さすがにアルベルトとリカルドだけじゃ、こいつらを運ぶのはしんどいだろう。運ぶのを手伝ってくれ。」
「OK!」
 結局、その場にいた人間を煙に巻いたまま、詰め所まで酔っぱらいどもをつれていってしまった。
「今の、何処まで本気だったと思う?」
「さあ?」
 パティとシーラのやりとりが、その場の空気を見事に説明していた。

中央改札 悠久鉄道 交響曲