中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、乙女になる」 埴輪
 マリアの依頼。それが今回のアインの不幸の始まりであった。
「何々?魔法の実験台になって欲しい・・・って。」
「何故にわざわざ依頼してくる?」
 依頼料の欄には、けっこうバカにできない金額が書かれていた。これで依頼内容が別の物なら、即座に引き受けていただろう。
「これ、おまえがやれよ、アイン。」
「ちょっとまてい!まだ引き受けるとは一言も。」
「こんな美味しい仕事、他にはないぜ。それに、おまえならどんなことがあってもすぐに動けるようになるさ。」
 アレフが、かなり薄情なことをほざく。確かに、マリアの魔法の暴走に巻き込まれて無事に済むのは彼しかいない。だが、友人としてあまりにも薄情なその台詞に対して、アインは恨みのこもった目でにらむ。
「もし取り返しの付かないことになったら、化けて出てやる。」
 言うことがなんか情けない。アレフは余裕の表情で、
「化けて出て、何をするって?」
と聞き返す。
「毎晩、夜が明けるまでおまえの耳元で『人生ってすばらしい、もっと生きていたかったなぁ、アレフ』って愛を込めてささやいてやる。」
 もっと情けないことを言う。
「そういう、陰険なまねするのはやめろよ・・・・。俺達親友だろ?」
 後ずさりしながら勝手なことを言うアレフを無視する。どうせマリアの実験なんてすぐ終わるだろうと、他の仕事まで引き受けてマリアの家へ出かけた。


 救急セットを持って、アインはマリアの家に行った。やはり気は重い。普段の実権以上に嫌な予感がするのだ。
「ごめんくださーい。ジョートショップの者ですが。」
「あ、やっぱり来てくれたのは、アインだったのね☆」
 アインの呼びかけに対して、待ちかまえていたようにマリアが出てくる。実際待ちかまえていたのだろう。そうでないと彼女の屋敷の場合、すぐに表には出てこられない。
「で、いったい今日はなんの魔法だ?この後に響くようなのはやめてくれよ。」
「大丈夫大丈夫☆ アインは黙って実験台になってくれれば良いの☆」
 答えになってない答えを聞いてよけい不安になるアイン。これが仕事でなければ即座に逃げ出している。


 いつも実験に付き合わされる部屋に連れ込まれて、いつものように部屋の真ん中(今日は用意周到にも、魔法陣が描かれている)に立たされる。
「じゃあ、いくよ〜☆」
 どうやら、あらかた準備は整えていたらしい。もう、なるようになれと開き直ったアインは微動だにしない。
「えーと、ここはどうだっけ?」
 いつものフレーズが出ても、アインはもはや気にしない。すでに、無我の境地である。
 そしていつものごとく大爆発。アインは頭の片隅で、
「救急箱、持ってきて正解だった。」
と間抜けなことを考えていた。爆発が収まって、倒れていたアインが立ち上がろうとして、違和感に気付く。
「なんか、服が大きいような?」
 立ってみると、いつもより20センチ程度視線が低い。もともと背が高い方ではなかったが、ここまで低くもなかったはずだ。
「エヘヘ☆ 失敗しちゃった☆」
 そういって立ち上がったマリアは煙が収まってから絶句する。
「だいじょうぶかマリア?」
 自分の声を聞いて驚く。はっきり言ってかなり高くなっている。それもまるで、女の子のようだ。
「あんた、誰!?」
「おまえなあ、魔法掛けた相手も分からないのか?」
 内心、いったいどんな風になっているのかどきどきしながら答える。そういえば、異様に胸が重い。肩がこる。
「アイン、ほんとにあんたなの?」
「僕以外に誰がいるんだ?」
「すごくきれいな女の人が一人。」
「え゛・・・・。」
 言われて体中を触りまくって気が付く。妙に体の感触が柔らかくて、丸い。
「どうしてどうして!?」
「マリアの魔法のせいに決まってるだろ?」
 パニックになるマリアにつっこみを入れておいてから、これからどうするか考える。いったい何の魔法を失敗したのかはもはやどうでもよくなっていた。
「とりあえず、怪我を治そう。」
 あまり意味はないが、救急箱を取り出して消毒をする。アインの怪我などほとんど治ってはいるが、マリアはそうも行かない。
「で、今日の実験はこれで終わりで良いよな。」
「う、うん。」
 とりあえず、服をみっともなく見えない程度に整えた彼(彼女?)は一旦ジョートショップに帰ることにした。仕事もまだある。マリアから割り増しで料金をもらうと(当然と言えば当然だが)、帰路につく。


「お帰りなさ・・・・。」
 アリサが固まる。無理もない。服はアインの者だが、着ている人間が全く違う。
「すみません、アリサさん。ちょっとトラブルがあって。」
 そろそろ昼前なので、他の面子も戻ってくる頃だ。せめて服だけでも何とかしないと、いろいろと問題がある。
「まあ、綺麗・・・・。」
 アリサが、的違いなのかそうでないのか分からない感想を言う。アインだと言うことに気が付いているのだろうか?
「アリサさん、そういう問題じゃなくって。」
「女の子がそんな服装はダメよ。こっちへいらっしゃい。」
 そこまでアリサが言ってアインの腕を引っ張り始めたとき、やっとショックから立ち直ったテディが口を挟む。
「ごっご主人様、アインさんをそういう風に扱うのは問題ッス。」
 どうやらしゃべり方で彼と気が付いたらしい。止めにはいる。だが、ときすでに遅く、アリサの部屋に引きずり込まれたアインは、数分後に美しくコーディネイトされていた。そのとき丁度
「ただいま。」
「やっと半分か〜。」
「次の仕事までまだ時間が有るね。」
「あたし、ちょっと休んだら店手伝ってくるね。」
などと言いながら、他のメンバーが帰ってきた。入ってきてみんな戸惑う。見知らぬ人間が一人いる上に、アインの姿がないからだ。
「よう、お帰り。」
 見知らぬ美女が外見に似合わない口調で声を掛ける。あまりのギャップにさらに戸惑う一同。最もアレフはすばらしく早く立ち直ると、
「お美しいお嬢さん、俺と一緒にお茶でも。」
早速くどき始める。見事としか言いようがない。
「おまえなぁ。人にあんな仕事を押しつけといて、ナンパするんじゃない。それに、まだ仕事があるだろ!?」
 その台詞で、全員彼女の正体に気が付く。
「ア、アイン〜!」
 全員ハモる。最もシーラだけは語尾にくんがつくが。
「全くひどい目にあった。こういう事態は予想してなかったな。」
 こともなげに言うアインに戸惑うが、彼がもはや気にしていないので深く突っ込むわけにも行かない。


「しっかし化けたもんだね。」
「ほんと、すごく綺麗よ、アインくん」
「正体がおまえじゃなけりゃ、とっくにデートに誘い出してるよ。」
 昼食を取りながら、アインをほめる一同。パティはこの場にはいないが。
「あんまりほめられてもうれしくない。」
 そういって昼食を終えると、アインは立ち上がる。
「じゃ、仕事行って来る。」
「ちょっと待って、アインくん。今日ぐらい休んだら?まだその体になれてないし。」
 シーラの静止を、
「別になれて無くても問題にならない仕事だよ。」
そう振り切って仕事に行ってしまった。その日のうちに、ジョートショップの美女のことは、町中に知れ渡った。


「で、そのモンスターってのはいったいどんなやつなんだ?」
 アインが役所の人間に聞く。このごろ、街を騒がしている謎のモンスターを捕まえろと言う依頼だ。
「はい、それが奇妙なモンスターでして。」
 被害にあった物資が食べ物だというのはまあ良い。他の被害がのぞきに下着泥棒という、何とも情けないモンスターに、アインは思わず間抜け面をする。
「そんなのを自警団は捕まえられないのかい?」
 相手がモンスターだと言うことで手伝いに駆り出されたエルが聞く。
「悪かったな。あんなのでも異様に逃げ足は速いんだよ。」
 アルベルトがふてくされて言う。ますます情けないモンスターだ。
「まあ、それならそれでやりようはあるけど。」
 アインはこともなげに言う。格好が女でなければもっと説得力があっただろう。
「やりようって?」
 シーラが尋ねる。あまり、いい方法ではなさそうだ。
「色仕掛けと食べ物でつる。」
 やっぱりまともな答えではなかった。だが、確実と言えばそうでもある。
「どっちにするんだ?」
 アレフの質問に対して、
「元手がかからないのは色仕掛けだけど、失敗しにくいのは食べ物だな。」
と答える。アレフは悪のりして、
「よし、美女が一人増えたことだし、色仕掛けと行こう。」
などとほざく。アインはため息をついて、
「じゃあ、パティ。有る程度料理も用意しといてくれ。失敗したらそっちをやる。」
と頼む。
「成功したら?」
「みんなで食べる。」
 さらっと言う。ちゃんと経費で払うことを約束すると、みんなで由羅の家に行く。色仕掛けと言えば由羅、と言うひたすら安易な発想ではあるが。


「で、みんなを色仕掛けできるようにメイクアップすればいいのね?」
 由羅は、ノリノリでそういうと、化粧道具を取り出す。アイン自身は、エルやシーラやリサに、色仕掛けなんて言う器用なまねができるとは考えていないが。
「アルベルトもがんばってくれよ。おまえが色気で落としてくれたら一番楽なんだから。」
 アインはそういうと、由羅に頼んで化粧をしてもらう。すでに開き直りは十分なので、かなり気合いのはいった衣装にも動じない。
「アインなんぞに負けてたまるか!」
 アルベルトが妙な競争意識を燃やす。行きがかり上、女装することになったアレフも、アインのことを考えると抵抗は無駄と悟ったらしい。


「みんな、準備はいい?」
 見事に女言葉を使いこなすアインに、それぞれ各人らしい反応を示す。
「は、恥ずかしい。」
 シーラは、きわどい衣装のせいでかなり恥ずかしそうだ。何故か、メロディまで色仕掛け用の服装になってはいるが、
「わーいわーい、いろじかけなのだ〜」
 はっきり言って当てにならない。
「にわか女どもに負けるつもりはないよ。」
「こっちは長いこと女やってきてるんだ。アインに負ける気はないよ。」
 変な対抗意識をもやすリサとエル。アレフを無視しているが、ほとんどやる気のなさそうな彼は無視しても良いだろうと思ったらしい。アルベルトはすでに眼中にない。
「ふ、女にはわからん美しさで、モンスターを虜にしてやるぞ!」
 こいつも、アインに対して変に対抗意識を燃やしてるらしい。どうでも良くなったアインは、指示を出した。
「みんな、定位置について。」
 そのやりとりを聞いていたわけでもないだろうが、全員が散ったあたりで、例のモンスターが現れた。まっすぐアインを目指してくる。
「きゃあああああああ。」
 妙に真に迫った悲鳴を上げながら、モンスターを羽交い締めにするアイン。その悲鳴を聞いてでてきたのは、リサ&エルのコンビだった。
「ほう、坊や以外は眼中にないってのかい?」
「あんた、いい度胸してるねぇ。」
 妙な迫力をまとった彼女たちを見て、命の危険を感じたらしい。不意打ち的にアインから逃げ出すと、今度はシーラの所に向かう。
「こっちへ来ないで!」
 そういって、見事な回し蹴りを決めるシーラ。かなり痛そうだ。その様子を見たアレフ達が絶句する。
「シーラって強かったんだ。」
 一同を代表してのアレフの台詞に、こともなげにアインが答える。ちなみに、モンスターは双龍脚から必殺のかかと落としのコンビネーションを受けて地に伏した。
「どうやら親が心配性だったらしくてね、一人娘にみっちりと護身術を教え込んだらしいんだ。おとなしそうな外見に騙された人間は多そうだけど。」
「いつから知ってたんだ?」
 アルベルトの問いに対しての答えは、
「最初から。身のこなしが一般人とは違ったからね。詳しいことを聞いたのはちょっと前だけど。」
 そのころ、モンスターはリサとエルによって、
「あくまでも、あたし達を馬鹿にするんだね。」
「ただですむとは思わないことだ。」
 ボコボコにされていた。


 結局パティの作った料理は、みんなで食べることになった。食べながら、
「しかし、早く元に戻りたい。」
アインがぼやく。
「気合いで何とかしたら?」
 少し不機嫌そうにエルがいう。まださっきのことを根に持ってるらしい。
「もう試したさ。一瞬は元に戻るんだけど、すぐ女になる。マリアの場合、力だけは大きいから、一度安定すると、なかなか結果が変わらない。」
 結局、何もしなかったアレフが、勝手なことを言う。
「いいじゃん、そのままで。」
「良くない。風呂はいるときとか、着替えのときとか、目のやり場にすごく困るんだぞ。よもや、じぶんのからだを自分で見られなくなるとは思わなかった。」
 有る意味、切実な悩みをいう。そのあと、
「それに、なんだかんだいって、心は体に引きずられる。このままだと、言葉はともかく人格が女っぽくなるのも時間の問題だぞ。」
これまたすさまじく切実なことをいう。
「そんなもんなの?」
 パティが不思議そうに聞くので、黙ってうなずくアイン。結局、その後何度か気合いを入れたためか、もともとそんなに続かなかったのか、次の日には元に戻っていて、彼を大いに安堵させるのだった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲