中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、茸狩りに行く」 埴輪
「森の中を歩くのも久しぶりだな。」
 軽やかな足取りで歩きながらアインがつぶやく。
「そうね。最近街の中のお仕事が多くて、街の外にでる機会はなかったものね。」
 そのつぶやきにシーラが答える。森の澄んだ空気が心地よい。
「これで、アリサおばさまの目が治せたら最高なんだけどね。」
 パティも楽しそうだ。休日に彼らが森の中を歩いている理由は簡単だ。トリーシャから聞いた話を元に、目に効く薬「目薬茸」をピクニックもかねて取りに行っているのだ。
「で、天窓の洞窟まで後どのくらいだい?」
 リサの質問に対して、後30分という答えが返る。
「しかし、アルベルトのやつ、えらく張り切ってたような?」
 アレフが首をひねる。わざわざ彼らの邪魔をしに来たらしい。アイン、シーラ、エル、リサのコンビネーションにより、あっさり全滅していたが。
「どうせ、アリサさんに良いところを見せたかったんだろうよ。」
 例によって、モンスター対策に駆り出されたエルがつまらなそうにいう。それなら協力をすればいいのにわざわざ邪魔をする根性が気にくわないらしい。
「あいつのことはほっといてやれよ。どうせ犯罪者となれ合う気はないんだから。」
 アインが言いながら近くの樹の実を採る。そのままかぶりつくかと思いきや、鞄の中に2,3個放り込む。お土産にするらしい。
「それはそうと、さっきからついてきてるもう一組、誰か心当たり無いか?」
 のんびりというアイン。リサは気が付いていたようだが、他の人間は分からなかったらしい。
「へ、そんなのいるのか?」
 アレフが素っ頓狂な声を挙げる。視界の中にはそれらしき存在はいない。
「ああ、こっちと同じで6人。シーラやエルが気が付かないところから、それなりの腕はあるみたいだ。」
 リサがアレフの質問に答える。ただそれだけならば何も問題はない。問題は、別にペースが一定ではない彼らと、常に等間隔を開けていることだ。
「まあ、洞窟に着いたら、向こうから挨拶をしてくれると思うよ。」
 物騒なことを、これまたのんきに言ってのけるアイン。あくまでピクニック気分を崩すつもりはないらしい。


「で、なんの目的で洞窟に茸狩りに来た一般人を襲ったんだい?」
 洞窟の入り口付近でおそってきた謎の一行をあっさり撃退したアインとリサ。それなりの腕はあくまでそれなりの腕だ。個人の力量はアルベルトに届かない。
「決まっています。あなた達が、この洞窟に宝探しに来たので、我々が先にてに入れようとしたのです。」
 ハメットと名乗るリーダー格らしい仮面の男がそう答える。
「わざわざスーツを着てか。それにしても、こんな天然の誰もが知ってる洞窟に宝物なんて隠してあるとは思えないけど。」
 アインが、のんびり指摘する。
「まあいいや。とりあえず、僕たちは茸狩りをするつもりだから、宝探しは勝手にやっててくれ。」
 そういって、みんなを促して洞窟に入っていく。後には6人掛かりで2人に勝てなかったため非常に傷ついた男達が残された。


「そこ、滑るから気を付けて。」
 危なげなく歩きながらアインが言う。足場の悪さに全く影響を受けていない。
「本当か?」
 アインの様子からその言葉を疑いながらもアレフは慎重に歩く。確かに滑る。
「さすが。どうやら坊やは元冒険者らしいね。」
「まあ、そういうこと。旅人なんて大体傭兵か冒険者だろ?」
「違いない。」
 リサの言葉にこともなげに答えを返すアイン。性懲りもなく挑んできたアルベルトやハメットだが、あまりこう言うところでの戦闘になれていないハメットや、訓練は積んだが実践の機会は案外少なかったアルベルトでは元本職のアインには勝てるわけがない。
「道理であんなに足場が悪いのに平気で移動できると思った。」
 パティが感心したように言う。大蜘蛛がおそってきたりもしたが、しばらくは平穏な道のりが続く。


「見て、綺麗な泉!」
 シーラが洞窟の中の泉を見つける。澄んだ水が美味しそうだ。
「あんな水で作ったお料理って、美味しそうね。」
 パティも感心したように言う。それを聞いたアインが、
「ちょっと汲んでくるよ。」
と水筒を取り出して言う。けっこう高い崖があったのだが、軽やかな身のこなしで駆け下りていく。
「本領発揮だな。」
「まるで水を得た魚だ。」
 アインの身軽さを見て、アレフとエルがいう。アインのこんな一面は始めてみた気がする。色々世話になっている友人のことを、案外知らないことに気が付く。


 泉のそばに降りたアインは、まずひとすくい口に含んでみる。これで飲んで大丈夫かを判断するらしい。
「美味い水だ。ちゃんとこけなんかも生えてるし、大丈夫そうだ。」
 そう判断すると、大きな水筒いっぱいに水をくみ取る。汲んだ水を持って、崖を駆け登る。
「ただいま!」
「早かったね。」
 リサが迎える。アインが無鉄砲に水を汲んだ訳ではないのを見て、思わず尋ねる。
「どうだった?」
「かなり上質な水。鉱分が少な目だから、米を使った酒に向いてるかな?」
 そんなことまで答えるアインを、驚きの目で見る。
「どうやって、そんなことを判断するんだ?」
 アレフの問いに対して、
「味で分かるんだ。最もこの知識は、記憶をなくす前のものらしいけどね。」
と答える。彼自身も何処で学んだものか分からないようだが、気にはしていない。


 またしばらく歩く。もうじき昼時だが天然の洞窟だけあって、案外休憩に向いたスペースは存在しない。
「そろそろ飯にしたいんだけどなぁ。」
 アレフが空腹を訴える。特に、アリサとパティ、シーラが一緒になって作った弁当があるのだ。早く食べたくなるのが人情だろう。
「あそこが広場みたいになってる。昼食を取るにはもってこいだと思うよ。」
 アインの示した方向へ歩き出す。彼の言葉通り、大きく開けた場所にでた。日の光が射しているらしく、洞窟の中なのに明かりが必要ないほど明るい。こけやカビのたぐい以外の植物も生えている。
「まて。」
 何者かが立ちふさがるが、アインは無視して、
「天井を見て。これが天窓の洞窟の由来だと思う。」
 天井を指さす。あくまでピクニック気分だ。他の人間も、天井を見上げては
「わあ、綺麗。」
「自然の神秘だな。」
などと感嘆の声をあげている。アインに付き合っている以上、これぐらいの図太さは当然だろうか?
「お、おまえら、ちょっとは人の話を聞け。」
 謎のモンスターが思わずあきれてつっこみを入れる。これがアルベルトならば
「俺をこけにする気か!」
などと激発しているところであるから、案外我慢強いのかもしれない。
「で、なんのよう?」
 アインがのんびりと聞く。全く意に介していなかったようだ。ここまでこけにされると、いっそ哀れに思えてくる。
「おではこの洞窟のば番人。」
「普通にしゃべったら?」
 何か言い始めた段階でアインに突っ込まれる。あくまで彼のペースである。
「わかった。この洞窟から早急にでていけ。さもなくば、痛い目を見るぞ!」
 見た目に合わせたしゃべり方をあっさり変える、自称・洞窟の番人。性格のマイペースさではいい勝負かもしれない。
「でも、目薬茸をまだ探してないし、第一昼御飯ぐらいは食べていきたい。」
 アインが、これまた呑気なことをほざく。この間、他の人間はあきれて口が挟めなかっただけである。
「そうか、なら痛い目にあってもらおう。」
 そういって襲いかかってきた自称・番人に対して
「暴力反対!もっとよく話し合おう!」
 この期に及んでまだ惚けたことをのたまうアイン。相手が聞くわけがないのである。


「ふう、だから暴力反対って言ったのに。」
 口ほどにもなく、自称・洞窟の番人は地に伏した。弱くはなかったが、6人掛かりで襲いかかられて勝てるほど強くもなかったのだ。その気になればアインかリサ一人でも何とかなっただろう。
「さて、食前の運動もしたことだし、昼御飯にしよう。」
 まだ食事にこだわっていたらしい。そのとき、番人の姿が変わる。拘束衣を付け、目隠しをした比較的大柄な男に化けたようだ。
「ひゃっひゃっひゃ、さすがにやるねぇ。」
 謎の男はそういうが、すでにシートを敷き、昼食モードに入っているため、誰も聞いてない。
「おい、無視するんじゃねぇ。」
 いきなり憎しみのこもった声をあげる謎の男。さっきまでのほうが彼らに対応できたのでは無かろうか。
「あんた誰?」
 アインに聞かれて、やっと自己紹介ができる謎の男。
「俺の名はシャドウ。」
「で、なんの用?」
 今度はパティの台詞である。もはやシャドウなんてどうでも良いらしい。
「ち、分かったよ、出直してくるぜ。」
 そう捨てぜりふを吐いて、シャドウはどこかへ消えた。
「なんだったのかしら。」
 シーラの台詞が風に乗って空しく流れる。


「ただいま〜。」
 その後、きっちり目薬茸も見つけ、ジョートショップへ帰ってきた一同。どうやら、ピクニックはけっこう楽しかったようだ。
「お帰りなさい、どうだった?」
「ばっちり、ちゃんと茸も取ってきたよ。」
 トリーシャの問いに対し、茸を見せながら答えるアイン。
「では、その茸を貸してくれ。それと、天窓の洞窟に湧き出る霊水はちゃんと取ってきたか?」
「これのこと?」
 そういって、例の泉で汲んだ水を差し出す。
「さすがだな、性格はともかく能力は一流だよ。」
 トーヤがめずらしくアインをほめる。
「で、薬は?」
 アインがトーヤに対してはなった質問に対し、
「もうできる。」
 と簡潔な答えが返ってくる。その後、薬にしては美味しそうな匂いと共にスープのようなものを持ってトーヤが現れる。
「さあ、どうぞ、アリサさん。」
「ありがとう、でも、なんだか怖いわ。」
 トーヤが差し出す薬を受け取りながら、アリサが言う。さすがに、二十数年の間付き合ってきた先天性の弱視から解放されるかもしれないのだ。怖くないわけがない。
「大丈夫、アリサさん。」
 アインが優しく微笑みながら言う。おそるおそる薬に口を付け、全てを飲み干す。
「ご主人様、どうッスか?」
「駄目、何も変わらないわ。」
 テディの問いに対し、安堵と失望の混じった声で返事をするアリサ。
「まあ、そう簡単には治らないか。」
 アインもさすがに残念に思っているようだ。
「良いのよ、2人とも。私はこの目が不自由だと思ったことなんて一度もないわ。でも、ありがとう、アインくん。」
 アリサの言葉に対して、アインは
「まあ、地道に他の方法も試しましょう。慌てる必要はないし。」
彼らしい呑気な言葉で考えを知らせる。
「僕、ご主人様の目を治すこと、諦めた訳じゃないッスからね。」
 テディも決意を新たにしたようだ。こうして青年のピクニックは終わりを告げた。

中央改札 悠久鉄道 交響曲