中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年の平穏な一日」 埴輪
 その一週間は、めずらしく彼らにとって平穏だった。久しぶりに、ジョートショップではなくさくら亭で一同は集まっている。
「久しぶりに平和だったな。」
 何かを手元の紙に描きながらアインが言う。マリアが魔法を暴発させることも、ピートに引きずられて変なものを探しに行くことも無かったのだ。
「今日も平和だと新記録かもな。」
 アレフが馬鹿なことを言う。彼らが平穏だと言うことは、エンフィールド全体が平穏だということでもある。別に、ジョートショップのメンバーがトラブルを起こしているわけではない。自警団と同じく、誰かのトラブルを解決するほうに回されやすいのだ。
「そういえばアインさん、何描いてるの?」
 トリーシャが興味津々と言った顔で聞いてくる。アインは黙って手元の紙を見せる。
「わあ、かわい〜!」
 自警団の牢屋の壁に描かれていたものと、同じ絵柄が描かれていた。
「へぇ、上手いじゃないの。」
 コップを拭いていた手を止めて、パティが言う。
「あは、なんかすごくあってる〜。」
 各人の特長が見事に表現されたそのイラストは、彼女たちには大好評だったようだ。ただ、奇妙なものを持っているものもいる。
「なにこれ、なんでボクがこんなのを持ってるの?」
 どうみてもトリーシャなのだが、奇妙な棒を持っている。
「チョップ棒。他に持たせるものが思いつかなかった。」
 アインが馬鹿なことを言う。持たせるものが思いつかないなら、何も持っていない絵柄を描けばいいのに、普通に描くのもあきたという理由から変なものを持たせたらしい。


 しばらく、鉛筆が動くさらさらという音だけがあたりに流れる。
「なんか、すごく平和だね。」
 リサが、眠そうに言う。彼女の場合、平穏よりも騒ぎのほうが性にあっているのだろう。
「しかしアイン、なんでまたいきなり絵なんか描きだしたんだ?」
「たまには絵も描かないと、腕が錆び付く。そんなことになったら、師匠に悪い。」
 アレフの問いに、絵という言葉には合わない単語で答えを返すアイン。
「師匠って、誰?」
「ここに来る前にちょっとね。せっかくだから話そうか?」
 パティの質問に対して、絵を描く手を止めずに答えるアイン。
「あ、それボク聞きたい!だって、アインさんが旅してたときのこと、ほとんど知らないんだもん。」
 トリーシャが飛びつく。その台詞に対して、他のメンバーも興味深そうに視線を向けてくる。
「まあ、別に話したくないことでもないし。2年位前、芸術の街、アルベインに立ち寄ったときに・・・・。」
 そこまで言ったときに、大きな音と共に扉が開け放たれ、けたたましい声と共にマリアが飛び込んできた。
「ごめん、パティ、かくまって!」
「・・・・なんだ、結局平穏なまま一日が終わらなかったか。」
 アインがため息をつく。全員、同じような心境である。せっかくの話も中断されてしまった。
「で、今日は何があったんだい、エル?」
 そのままのんびりと、扉から入って来たエルに聞く。
「あたしのチェスのコマ、また粉々にしたんだよ。」
「そりゃまた豪快なことを。」
 エルの答えを聞いてアインはため息をつく。また無茶な魔法の使い方をしたらしい。仲裁をする気も起こらず、アインはパティに声を掛けた。
「何か木の固まり無い?」
「へ、あるにはあるけど?」
「じゃあ頂戴。」
 意味不明なことをいきなり言い出すと、ポケットから万能ナイフを取り出す。
「これでいいの?」
 パティが持ってきたのは、折れたテーブルの足だ。けっこう太さも長さもある。
「ああ、ありがとう。」
 隣で喧々囂々言い争っている彼女たちを無視して、テーブルの上に布を広げると、おもむろにナイフを当てていくつかの固まりにわける。あきれてマリア達の言い争いを見ていたアレフ達も、何をするのか興味深そうな面持ちで見ている。
「今度はなんで彫刻なんだ?」
 いきなり何かを掘り出したアインを見て、アレフが当然の疑問をぶつけてくる。
「今日は芸術の日にするつもりだからな。」
 あまり答えになってはいないが、アインの返事に対して何となく納得する。けっこう快調なペースで、最初に描いていた絵と同じ形状の木の像が彫り上げられていく。そろそろ一つ目が完成、と言ったあたりでマリアが、
「ふん、全く魔法の使えない、全く存在価値のないエルフのくせに!」
全然相手のことを思いやるつもりのない一言を言い放つ。その一言で、我関せずを決め込んでいたアインの様子が変わった。
「マリア、エルに謝るんだ。」
 異様に真剣な顔でアインが言う。彼がこういう表情をするのははじめてである。普段あまり見せない分、妙に迫力があり、その場にいた全員が凍り付く。
「な、何でよ。マリアだけが悪いんじゃないもん!」
「確かにエルにも悪いところはある。でも、それでも言っていいことと悪いことがある。」
 アインの前でここまで言ったのは初めてだが、マリアはけっこうこの種のことを言っている。彼の前でないだけで、この程度にきついことも何度か言っているのである。そのため、何がいけないのかすぐには分からない。
「どうしてマリアにだけ言うのよ!」
「マリアは運動ができないから、世の中のためには全く役に立たない、って言われたらどうする?」
 いきなりアインがきついことを言い出す。それを聞いて、その場にいたパティがいきり立つ。
「ちょっとアイン、いくら何でもそれは・・・。」
「マリアが言ったことってのは、これと同じことなんだ。」
 パティの台詞を遮って、諭すようにアインがマリアに語りかける。
「マリア、君は何故、自分が子供扱いされるか、考えたことがあるかい?」
「そんなの、マリアがちっちゃいからでしょ!」
 怒ったようにマリアが言う。
「違う。自分の価値観を他人に押しつけすぎる。僕はマリアの価値観は否定しない。確かに魔法はすばらしいものだ。」
「じゃあ!」
「だけど、魔法を使わなくても、すばらしいことができるのも確かだ。」
 そういってアインは手に持っていた木の像を見せる。
「これには全く魔法が使われていない。まあ、僕が作った物だからそんなにすばらしいものでもないけど。」
「それぐらい、魔法があれば。」
「確かに魔法があればこのレベルのものは簡単に作れる。だけど、魔法だけで、例えばシーラほどの音楽能力を簡単に再現できるかい?」
 その言葉に絶句するマリア。まるで子供に悪いことを諭す父親のようだ。ちなみに彼が作った木像は、簡単にできるほどレベルの低いものではない。
「プライドを持つことは悪いことじゃない。でも、プライドを守ることと人を傷つけることは違う。そんなことで人を傷つけてはいけないんだ。」
 アインの言葉はあくまで優しい。だが、彼自身は気が付いていた。これが自分の価値観を人に押しつけていることに。
「少し大人になって、他の人の価値観も受け入れられるようになって欲しい。できるはずだよ、マリアなら。」
「どうして?」
 アインにここまで言われたのがショックらしく、涙目になりながらマリアが言う。
「君が優しい娘だって知ってるからさ。さあ、謝れるね?」
 マリアは小さくうなずくと、頭を下げて
「ごめんなさい!」
と、大きな声で謝る。エルもさすがにその様子を見て、
「あたしも悪かった。アインの言う通り、あたしも少し意固地になってたみたいだ。」
と、しっかり謝る。
「じゃあ、仲直りついでに僕も謝っておくよ。ごめん、マリア。えらそうに言いながら、僕も君に自分の価値観を押しつけてた。別に、全部受け入れる必要はないよ。」
「ううん、アインは全然悪くない、悪いのはマリアだもん。」
 少し大人になった表情でマリアが言う。そしてすぐに、いつもの彼女に戻って、
「ああ、これかわいい!マリアにもつくって!」
と騒ぎ出したのだ。その後、青年は平穏な一日を過ごすことができた。

中央改札 悠久鉄道 交響曲