中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、招待状を受け取る。」 埴輪
 アリサに頼まれて、アインは教会へ料理と古着を持っていった。結構いつものことである。教会では、穏やかなピアノの音が流れている。
「シーラも来てるのか。」
 アインは、ピアノの旋律の主をあっさり当てる。もっとも彼に限らず、誰にでも分かるだろうが。余り音を立てずに中にはいると、ほぼ同じくらいでピアノが終わる。やはりシーラだ。
「こんにちわ〜。」
 挨拶をして中にはいると、彼はすぐに子供達に囲まれる。
「あ〜、アインさんだ〜。」
「お兄ちゃ〜ん、お絵かきして〜。」
「お話しして〜、お話しして〜。」
 えらいなつかれようである。どうやら、彼は子供にももてるらしい。
「ごめんね、今日は神父さんに用があってきたんだ。」
 そう、やんわりと彼らの要求を断る。アインがなんだかんだと忙しいことを理解している彼らは、文句は言うものの、無理強いはしない。
「そのかわり、次来たときは、ちゃんとお話ししてね。」
「分かった。できるだけ早く来るようにするよ。」
 子供に目線を会わせて、アインはちゃんと約束する。
「アインくんって、子供達に人気があるのね。」
 シーラが楽しそうに感想を言う。
「どういう訳かね。」
 アインも少しうれしそうに答える。彼は結構、子供が好きらしい。
「いらっしゃい、アインくん。」
「あ、神父さん。これ、アリサさんからです。」
「いつもすまないね。」
「いえいえ。」
 と、和やかにありきたりの会話をする。その後、神父は少し真剣な顔をして、
「で、犯人の方は見つかりそうかね?」
と尋ねる。カッセルやマーシャル、トーヤや由羅などと同様、この神父も彼のことをかなり気に掛けているようだ。
「いえ、残念ながら。調べれば調べるほど、候補が増えて。やっぱり、魔法が関わっていることを立証するのは難しいです。」
 アインも少し真剣な顔をして、それに答える。
「私は、君のような人が、あんな意味のない犯罪をするとは思っておらん。同意見の者も結構おる。そのことだけは、覚えて置いて欲しい。」
「はい。」
 だが、真面目な話はそこで終わる。ローラが割り込んできたのだ。
「あ〜、お兄ちゃん、なに堅い話してるの?そんな話してないで、あたしとデーとしようよ〜。」
 そういって、幽霊少女ローラは、アインにじゃれに来る。
「また今度な。今日はまだ少し用があって、デートまでしてる時間はちょっとね。」
 笑いながら、ローラの誘いを断るアイン。実際、アリサからの頼まれごとは終わってはいないのだ。その後ろでは、シーラが少し寂しそうに、彼らを見ている。
「そういえば、シーラは今日はもう帰るの?」
 シーラが帰り支度を済ませているのを見て、アインが聞く。
「ええ。」
「じゃあ、送っていくよ。一緒に帰ろう。」
 アインの申し出に、少しうれしそうな表情を浮かべるシーラ。
「でも、まだ用事が終わってないんじゃ?」
 一応遠慮して尋ねるシーラ。
「別に、デートするほどの時間がないだけで、送ってくぐらいの時間はあるよ。」
 あっさりそういう。
「じゃあ、お言葉に甘えることにするわ。」
 そういって、シーラは彼と並んで歩き出した。


「そういえば、この後の用事って、いったい?」
 シーラがさっきから感じていた疑問をアインにむける。
「図書館で、花の育て方を調べるんだ。よく知らない種類だし、僕はそういうのには詳しくないから。」
 さすがに、彼にもよく分からない分野があったらしい。もっともこの青年は、すぐ自分のものにしてしまうだろうが。
「そうだ、私もつきあうわ。渡したい物もあるし。」
 シーラが意外なことを言う。
「でも、この後何か予定があるんじゃ?」
「ううん、そんなすごい予定はないわ。それに、気分転換にも良いし。」
 アインの言葉を否定するシーラ。気分転換と聞いて、アインは何となく納得する。ここしばらく、彼女が何か無理をしているような気がしていたからだ。


「で、なんて花なの?」
「アムネジアって言ったと思うよ。」
 そういって、手分けして探し出す。彼は、図書館で騒ぐつもりはないらしい。足音までほとんどたてないようにして、花の本を調べていく。しばらくして、
「あった。」
アムネジアの育て方が詳細に記された本を見つける。鞄の中から紙と鉛筆をとりだして、その部分を写す。
「これでよしっと。」
 そういって本を戻し、シーラに声を掛ける。
「終わったよ。」
「そう、これで今日は終わり?」
「ああ。ごめんね、付き合わせちゃって。」
 さすがに外も赤くなっている。すぐに夜になるだろう。
「今度こそ、本当に送っていくよ。」
 そういって席を立つ。
「うん。あっそうだ、これ。」
 シーラは、封筒のような物を差し出す。どうやら、招待状らしい。
「これは?」
「私ね、今度リヴェティス劇場で、ピアノを弾くことになったの。その招待状。」
 彼女は今度、劇場で開かれるコンクールに、エンフィールドの代表として参加するらしい。プロは参加できないとはいえ、もともと結構レベルの高いコンクールだ。
「へえ、夢が叶ったんじゃないか。おめでとう。」
「ありがとう。」
 その言葉に、うれしそうに返事を返すシーラ。
「でも、それならこれは受け取れない。知り合いの初舞台ぐらい、自分の金で見たいからね。」
 そういって招待状を返すアイン。その言葉シーラは、ショックを受けた様子を見せる。張りつめていた物が切れたように、いきなり倒れ込む。
「ちょっと、シーラ!」
 周囲に迷惑を掛けないよう、小声で叫ぶアイン。器用なまねをするものである。
「仕方ない、トーヤの所に連れていくか。イブ、悪いけど、ジュディに知らせてくれないか?」
「分かったわ。」
 イブが表情を変えずに言う。騒ぎの元は起こしているが、彼自身は騒いでいないので、きつくは言えないらしい。


「心配ない。ただの過労だ。起きたときにはもう疲労は抜けている。」
 トーヤが言う。それを聞いて安堵するアインとジュディ。
「ちょっと、仕事を手伝わせすぎたのかな?でも、それにしては様子がおかしかったし。」
 少し考えてから、
「ジュディ、今度のコンクールのこと、いつ決まったんだ?」
と尋ねる。答えを聞いて、様子がおかしくなり始めた頃と一致することに気が付く。
「うーん、ここしばらく、何かピアノの音がおかしいと思ったんだ。」
 彼の無理が周囲に知れ渡っていたのと同じように、シーラの変調も彼にしっかり届いていたようだ。もっとも、門外漢のはずの彼が、音色の違いに気が付くのだから、世の中不思議なものである。
「でも、僕の態度がそんなにショックを与えるようなものだとは思えないけど。」
 アインの言葉を聞いたジュディが、鈍感とつぶやく。
「おまえな。それだけ鋭いんだから、もっと女心も勉強したらどうだ?」
 トーヤもあきれてそう忠告する。いくら彼でも、こんな病気は治せないのだ。
「何か、何度も同じ事言われてるような気がする。」
 アインが苦笑する。
「理由は分からないけど、僕が原因らしい。ちょっとだけ彼女のこと、任せてくれないか?」
「分かりました。お願いします。」
「それが一番の薬だろう。」
 ジュディとトーヤも同意する。そのとき、シーラが目を覚ました。そのことに気が付いたアインが、
「ごめん、シーラ。どうやら僕は、無神経なことを言ったみたいだ。」
と声を掛ける。
「ううん、良いの。アインくんは悪いことはひとつも言ってないから。」
「お詫びに、少し付き合って欲しいんだ。もしかしたら、悩みのヒントになるかもしれない。」
 その言葉に、シーラは少し顔を赤くしながら、
「うん。」
と一言だけ返事を返す。
「あれで気がつかんのだから、朴念仁もここにきわまれりだな。」
 その様子を見ていたトーヤが、あきれたように肩をすくめる。


 アインは、シーラを連れて、ムーンリバーにきた。月光魚たちが輝き、何とも言えぬ美しい光景をつっくっている。
「綺麗。」
「せっかくだから、河原まで行こう。」
 感嘆の声を上げるシーラを、アインがそう誘う。二人は、河原まで降りると、腰を下ろす。もっとも、シーラは
「怖いんだったら、少し離れて座ったらいいから。」
と言うアインの言葉通り、少し距離を置いて座ってはいるが。しばらく、アインが手元で何かやっている音と、川の流れる音、虫の鳴く声だけがあたりに流れる。
「何してるの?」
 シーラの問いかけに答えず、彼は何かを口に当てる。やや、甲高い音があたりに流れる。どうやら草笛のようだ。器用に草笛を操り、静かで優しい音色を奏でる。周囲の音ととけ込み、美しいハーモニーを作り出す。とても草笛の音色とは思えない。
「素敵・・・。」
 しばらく、アインの演奏に聴き入っていたシーラに、演奏を終えたアインが声を掛ける。
「シーラ。もしかして、君は今「音が苦」になっていないか?」
 イントネーションを微妙に変え、そんなことを言う。
「え、音楽って?」
 さすがに、そんなことを口で言われても、判断できなかったのだろう。シーラが質問する。
「音が、苦しいって書くと分かると思う。」
 意外なことを言われ、シーラがとまどう。
「多分、シーラにとってピアノは、もう好き嫌いとかじゃなくて、自分の一部なんだと思う。だけど、降って沸いたような話のせいで、自分の一部から、弾くものに変わっているんじゃないかな?」
 そんなことまで、彼に見抜かれていることに少し驚く。
「別に、結果を気にする必要なんてないと思う。自分も楽しめない音楽は「音が苦」でしかないよ。」
 自分の悩みのほとんどを言い当てられる。なのに残りの一部は分からない。そんな彼の態度に、半ば安堵し、半ば落胆する。
「ありがとう、アインくん。」
 だが、少なくとも、この人は、自分の悩みを理解し、しっかり気遣ってくれる。それがうれしかった。
「でも、あなたって不思議な人ね。私には、とても想像できない面を、いくつも持ってる。」
「シーラだって、みんなが想像できない部分をいっぱい持ってるよ。みんなそうだろ?」
 その微笑みを見て、シーラは自分の心臓の鼓動が跳ね上がるのが分かる。あわてたように立ち上がると、
「ごめんなさい、私、もう帰るね。今日はありがとう。とても楽になったわ。」
「こっちこそ、こんな時間まで付き合わせてごめん。ちゃんと送っていくよ。」
 そうして、二人並んで帰っていく。
「あ、そうだ。さっきの招待状、やっぱり受け取らせて貰うよ。せっかくの好意を、無駄にするのは失礼だから。」
 そういって、アインは招待状を受け取ったのだった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲