中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、走る!」 埴輪
「今日は店で仕事ッスか?」
 めずらしく、店でのんびり彫り物をしていたアインにテディが尋ねる。
「ああ。この木彫りの鮭、今日中に完成させてしまおうと思ってね。」
 まるで、休日のようなのんびりとした会話である。この手の物を作る仕事は、大半がアインの受け持ちである。理由は簡単で、そこまでできる人間が他にジョートショップにはいないのだ。
「しっかし、器用だねぇ。ほとんど出来てるじゃないか。」
 朝からどういう訳かエルがいる。聞くとマーシャルに、
「今日はワタシ一人で店番がしたいアル!」
などと言われ、追い出されたそうだ。で、何かやることがないかと、ジョートショップに仕事をもらいに(遊びに?)来たらしい。
「まあね。これくらいなら、2時間もあれば出来るから。これが終わったら、前にエルに頼まれたチェスのコマを作るよ。」
「ああ、頼む。」
 これだけならば、彼は平穏に仕事を終わらせることが出来たかもしれない。そう、メロディが来なければ・・・・。
「後は、細かい模様を入れるだけっと。」
 30分ほど、エルと世間話をしながら彫り物を続けていたアイン。形が整い、模様を入れれば鮭に見えるだろう、と言うところでメロディが飛び込んできた。
「ふみぃ〜!」
 言ってることはふだんとあまり変わらない。だが、異様に目が据わっている。
「お、おい、どうしたんだ、メロディ?」
 その迫力に押され、やや引き気味になりながら、アインが聞く。だが、メロディは何も答えない。じりじりと近づいてくると、突如、アインに、いや、彼の持っている鮭の木彫りに飛びかかってきた。
「ふみゃ!」
 メロディが、猫科の動物のようなしなやかな動きでアインの手元に爪を繰り出す。
「うわぁ!」
 すばらしい反射神経でかわすアイン。次の瞬間、手近にあった謎の鉄板(何故こんなものがあったのかが一番謎だが)で、メロディの爪を受け止める。
「ウソだろ!?」
 エルが思わず叫ぶ。鉄板には、爪の痕がくっきり刻み込まれていたのだ。
「ちょっと待て、メロディ!何が嫌で僕に飛びかかってくる!僕が何をした!?」
 慌てて叫びながら、メロディの爪を鉄板で受け流すアイン。どんどん爪痕が増えていく鉄板。何度か受け流しているうちに、鉄板が斬れた。同じ場所で受けすぎたらしい。
「ここじゃあ不利だ!ちょっと逃げてくる!」
 そういってアインは、木彫りの鮭を持って逃げ出した。


「あ、アインくん。」
「あら、アインさん、どうして走ってるんですか?」
 シェリルとクリスという、ややめずらしい組み合わせの2人連れを見て、アインは声を掛ける。
「丁度良かった!パス!」
 いきなりそう声を掛けられ、さらに何かを投げてよこされ、慌てて受け取るクリス。いきなりの展開についていけないシェリル。そこへ、
「ふみゃ!」
と叫びながらメロディが飛びかかってくる。慌てて避けるクリス。地面にくっきり残る爪痕。
「ちょっと待ってよ、メロディちゃん。いきなり何するの!?」
 えらく殺気だったメロディの様子に、おびえながら聞くシェリル。やはりメロディは答えない。何かに急き立てられるように木彫りの鮭に飛びかかる。あまり怖くなってシェリルに鮭を渡すクリス。
「え?えぇ!?」
 いきなり問題のものを渡されて、混乱するシェリル。混乱しながらも、本能的に危険を感じて逃げ出す。だが、普段からこもりがちのシェリルと、比較的野生に近いメロディ。両者の差ははっきりしている。追いつかれそうになったシェリルは、何故か一緒に逃げているクリスに鮭を渡す。
「ちょっと待ってよ!」
 慌てたクリスは、飛びかかってくるメロディを間一髪でさけながら、鮭をアインに渡す。
「どうしたもんか。きりがない。」
 慌てて逃げてきたわりには冷静なアイン。彼の中では、このまま逃げるのと鮭を渡して作り直すの、どちらがより簡単かの判断に悩んでいるようだ。そこへ、前から由羅が来る。
「あ、由羅、丁度良かった。メロディの様子がおか・・・。」
 台詞を最後まで言いきれなかった。由羅もまた、様子がおかしかったのだ。いきなりメロディのように飛びかかってくる由羅。最も、メロディほどの鋭さはない。
「由羅もか!」
 そう舌打ちしながら、アインは走って逃げる。どういう訳か、何となく付き合ってしまっているクリスとシェリル。半ば成り行きで、パスワークを続けながら逃げる3人。
「いったい何があったんだか?」
 結構元気なアインは、そうつぶやきながら逃げる。ついに公園まで逃げ込んだアインだが、そこでついにおいかけっこに終止符を打つ羽目になったようだ。
「よ、アイン!」
 いきなり飛び出してきたピートを、アインはよけきれなかった。正面からぶつかるのは避けたが、結果、手に持っていた鮭が放物線を描いて、由羅達の前に落ちる。


 かりかりかりかりかりかり。
「あっ、ああっ!」
 異様な迫力で爪とぎをする2人を見て叫ぶクリス。目の前で、今までの苦労が水の泡となったのだ。
 かりかりかりかりかりかりかり。
「あっ、あああああっ!」
 思わず悲鳴を上げるシェリル。事情はまだ飲み込めないが、自分が必死になって守ったものが今、彼女たちによってぼろぼろにされているのだ。
 かりかりかりかりかりかりかりかり。
「・・・・・・・・・。」
 諦めたアインは、とりあえず、材料を仕入れることを考えた。どうせ、2時間もあれば作ることが出来る。エルのチェスのコマが後回しになるだけだ。
「へ、どうしたの、みんな。そんな落ち込んだ顔して?」
 一人ピートだけは全く事情が分からず、きょとんとした顔を見せている。
「ピィ〜トォ〜!」
 妙な迫力を伴って、ピートに詰め寄るクリス。それをまだショックが抜けきれない顔で見つめるシェリル。
「すまんな、2人とも。変なことに付き合わせて。」
「いえ、それは構わないんですけど、いったいあの鮭、なんだったんですか?」
 もっともな質問に簡単に事情を答えるアイン。聞いて納得するシェリル。恨めしそうな目でアインを見るクリス。そこへエルが来る。
「結局どうなったんだ?」
「ああなった。」
 メロディと由羅を指さして、エルの問への答えにするアイン。状況を見て絶句するエル。すでに、鮭は跡形もなくなっている。
「ごめんねぇ、アインちゃん。」
 爪を研ぎ終わって、元に戻ったメロディが、すまなそうにいう。もうどうでも良くなっていたアインは手を振ってそれに答える。
「エルの依頼、もっと後回しになりそうだ。」
 やや疲れた顔でそういうアインに、エルはどう答えていいか分からなかった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲