中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、騎士と再会する」 埴輪
「今日はこんなもんだろ。」
 仕事の後始末を終えたアレフがアインに声を掛ける。
「そうだな。僕はまだ処理しないといけないことがあるから、先に上がってくれ。」
「じゃあ、久しぶりに、さくら亭で飯にしようぜ。」
「悪くない。」
 いろいろな書類を処理しながらアインは答える。
「先に行って適当に食べといてくれ。帳簿を付けたら僕も行くから。」
「OK。」
 アインの言葉に返事を返すアレフ。軽く帳簿を見て、見なかったことにする。月末だとはいえ、毎月よくあそこまで細かく帳簿付けが出来るものだと、半ばあきれ、半ば感心しながらさくら亭へ向かう。


 アレフがさくら亭につくと、パティが一人の騎士ふうの青年と話をしていた。
「それで、どれくらいここにいるの?」
「我々が住む場所が確保できるまでだから、そう長くはかからないと思う。とりあえず、前金で一週間分は払っておこう。」
 どうやら、この街に移ってきたらしい。
「あんた、この街に住むのかい?」
 騎士に声を掛けるアレフ。人当たりの良い表情でその騎士は答える。
「ああ。とりあえず、2,3年この街に住むことになるだろう。最も、何年になるかは、姫様次第だが。」
「姫様?もしかして、エンフィールド学園の魔法科学科に留学して来るって言う?」
 騎士の言葉に目を丸くして応えるアレフ。確かに、エンフィールド学園の魔法科と、魔法科学科は、世界に通用するレベルだが、まさか他国のお姫様が留学してくるとは。
「もしかして、あんたの国って、東の大国、ベルファールのことか?」
「ああ、そうだ。」
 トリーシャの噂も、たまには真実を正確に伝えるらしい。アレフも、よもやそんな大きな国の姫君が、こんな交通的には田舎の街に来るとは、全く考えていなかったようだ。
「そういえば、自己紹介がまだだったようだ。私はティグス。ティグス・ナイトランドだ。」
「ああ、俺はアレフ・コールソン。アレフでいいよ。」
「パティ殿には、さっき自己紹介をしたな。では、有効の印に、一杯やろうか。」
 結構気さくな性格らしい。第一印象で、彼に良くない印象を持つのは難しいだろう。
「いいねぇ。でも、ちょっと待ってくれ。もうじき連れが来る。」
「連れ?」
「ああ、ちょっと仕事の後始末が長引いててね。ッと、来た来た!」
 アレフとティグスが話をしているうちに、アインも仕事が終わったようだ。アレフ達の所に来る。と、その姿を見て、ティグスが驚きの声をあげる。
「アイン!アインじゃないか!」
 その声を聞いて、彼の顔を見たアインは、こちらも驚いた顔を見せる。
「ティグス!久しぶりだな!いつこっちに?」
「今日来たところだ。そうだ、姫様にも知らせんとな。」
 どうやら、かなり親しい間柄らしい。だが、周囲の人間には、2人の関係がぴんとこない。方や正体不明の流れ者、方や大国の騎士。これで一発で関係が分かるほうが不思議である。
「ちょっと待ってよ。2人とも、いったいどういう関係なの?」
 パティが、興味津々と言った顔で、2人の間に割り込む。アレフと、いつの間に来ていたのか、シーラ、リサ、エル、クリス、シェリルも好奇心に顔を輝かせながら続きを待っている。
「ここで、立ち話もなんだし、どこか席に座って話すことにしよう。」
 と言うと、多人数が座れる大きなテーブルをひとつ、まるまる占領する。
「しかし、私とこいつの関係が、そんなに興味深いか?」
 ティグスが、不思議そうにいうと、アインを除く全員が、同時に深くうなずく。
「だって、アインさん、昔の事全然話してくれないんですよ。」
 不満そうにシェリルがいう。彼女にとって、いろんな所を旅してきたアインは、格好の物語の種であると同時に、あこがれの対象でもあるのだ。シーラにしても、最近異性として、最も気になる相手のことである。知りたくないわけがない。
「そうだな。ベルファールであったことを全部話すと、とてもきりがない。私とアインが初めてあったときの話をしよう。」
 そう、ティグスがいうと、アインが、
「多分、それが一番妥当だと思う。でも、先に注文を済まして、料理が来てからにしよう。でないと、パティが話を聞けない。」


 料理が来るまでの間に、全員が一通り自己紹介を済ませる。それにより、ティグスが上級騎士になり、すでに親衛騎団の団長になっていることをアインは知る。
「へえ、ティグスも出世したもんだな。」
「おまえの場合、望めばこんなものではきかなっかたはずだがな。」
 アインの言葉に苦笑するティグス。
「それより、早く話を聞かせてよ。」
 じれたようにパティがいう。その言葉にはっとしたティグスが、彼との出会いを話し始めた。


 3年前のこと、まだアインは15,6くらいの頃である。最も正確な年齢は分からないが。旅を初めてそろそろ一年になる頃である。食料を他人にわけたため、自分の分が足りなくなったアインは、仕方なしに、街道をはずれ、森の中に入った。食糧を確保しないと、次の街まで持たないし、むやみに路銀を使うこともない、と考えたからでもある。約半日かけて、当時の彼の体格とほぼ変わらぬサイズの猪をしとめることに成功する。保存食に加工するため、街道に戻ったアインは、オーガの群におそわれている馬車と、オーガ5体を相手に、苦戦する騎士を見つけることになる。
「そのときのこいつの第一声、なんだったと思う?」
「そんなすごいことをいったのか?」
「それがな」
 アインは、状況にそぐわないぼやきをあげた。
「ちょっと待ってよ、こんなところで切ったはったをしないでほしいなぁ。これじゃあ保存食が作れない。」
 そうぼやくアインに気が付いたティグス。さすがの彼も、オーガ5体は手に余る。アインも、さすがに苦戦しているその騎士を放っておくわけにも行かず、猪を担いだままオーガに攻撃を仕掛ける。
「かなり非常識な光景だったよ。猪を担いだまま、素手でオーガをしばき倒すんだからな。しかも、オーガの強烈な攻撃を食らって、ぴんぴんしてたんだぞ、この男は。」
「あのねぇ、人を化け物みたいにいわないで欲しいんだけど。」
 アインのぼやきは黙殺された。そんなことが出来る奴を化け物と言わず、誰を化け物と呼ぶのか?
「でも、護衛が一人なんて、物騒だねぇ。」
「いや、30人くらいは居た。ただ、地形の問題で、馬車の直営に回れたのは、私を含めて4人だった。そこをオーガに突かれてな。」
 結局、ティグスに襲いかかってきたオーガ5体のうち、4体まではアインがしとめた。さすがに一撃必殺ではなかった。だが猪を担いだままとは思えないスピードと、そこから来る異様なまでの手数で、オーガを一匹ずつ確実にしとめていく。
「こいつが4匹引き受けてくれたおかげで、私は他の仲間の援護に回れた。そのために、死人を一人も出さずに済んだ。最も、オーガを操っていた奴が、危うく姫様を手にかけるところだったが。」
 それも、アインの手によって阻止される。他の騎士達は、モンスターとの戦闘で手一杯で、自由に動けたのが彼一人だったのだ。
「つまり、こいつは、私と姫様の命の恩人だ、と言うわけだ。」
 その後、アインは、その馬車に乗っていた第一王女、ファーナ・ベルファールの誘いを受けて、半年ほど、ベルファールの王宮に半年ほど逗留する羽目になったのだが、それはまた、別の話である。


 話を聞いて、一同は思わず沈黙する。この、人を食った性格は、その頃からだったようだ。
「この男には、わが国の王宮は居心地が悪かったようだがな。」
「まあ、あんましそういう柄でもないしね。」
 そこへ、女性の声が聞こえる。
「ティグス、明日からの打ち合わせを・・・・。」
 年の頃15,6の、えらく気品のある少女が、さくら亭に入ってくる。少女は、ティグスとにこやかに話をしていたアインに気が付くと、いきなり彼に飛びつく。
「まあ、アイン様!本当にこの街に居らっしゃたのね!」
 美しい顔を上気させ、心底うれしそうにアインに語りかける少女。どうやら、ティグス同様知り合いらしい。だが、いきなりのことに慌てたアインは、彼女のことが思い出せない。
「え、ええっと、どちら様でしたっけ?」
「そんな、このファーナのことをお忘れになられたのですか!?」
 ショックを受けた様子で、その少女が離れる。その言葉でやっと、目の前の相手と記憶の中の少女とが結びつく。
「ファーナ!?」
「どうだ、アイン。姫様もお美しくなられただろう。」
 その言葉に、すさまじく驚愕する一同。アインが謎の多い男だとは分かっていたが、よもや大国の王女に迫られるほどとは思わなかった。
「そ、そんな・・・・。」
 シーラがショックを受けた顔を見せる。同姓の勘で、相手が100%本気だと言うことが分かったからだ。よく見ると、パティやシェリルも、似たような表情をしている。
「全く、こいつはいったい、今までどんなことをやらかしてきたんだ?」
 やはりショックを受けた様子のエルがあきれたようにいう。本人に自覚は薄いが、アインにはアレフ以上のたらしの素質があるのだ。
「そうか、あの時13歳だったもんなぁ。3年経てばかなり変わるよなぁ。」
 一人、妙に感心しているアイン。その彼に向かって、
「私、この3年間、あなた様のことを忘れたことなど、一度もありませんでしたわ!」
ファーナが力説する。その様子と、シーラやシェリル、パティ、エルの様子から、これから人間関係に大きな嵐が吹き荒れそうだ、などと無責任に期待するリサ。
「とにかく、アイン様は誰にも渡しませんわ!」
 美しい顔を紅く染めながら、パティ達に向かって、力強く力説するファーナを見て、
「これから大変そうだな。」
とつぶやくアインであった。

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