中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、演劇をする」 埴輪
「アイン、何見てるんだ?」
 何かのパンフレットを見ていたアインに、アレフが声をかける。答えの代わりにアインはパンフレットを差し出す。
「演劇コンテスト?」
 どうやら、市民ホールで行われるらしい。優勝したグループの演目は、リヴェティス劇場で上演されるらしい。
「出るのか、アイン?」
「ああ、演目は決めてない、って言うかこれからシェリルに作ってもらうんだけどね。」
「シェリルに?」
 確かに、シェリルは物語や台本をよく書くが、たまたま前の探検を題材に書いた戯曲が大きな賞を取ってしまって以来、スランプ気味らしい。
「大丈夫なのか?」
「今回の場合、荒療治が一番だと思ってね。結果は気にしないし。」
 結構無茶なことを言うアイン。だが、この手のスランプというのは、得てして初心に返れれば抜け出せるものだと彼は思っているらしい。


「台本?私が!?」
 やはり、いきなり言われて目を白黒させながらシェリルが叫ぶ。
「私、今はとても書けません!」
 自分がスランプに陥っていることを、誰よりもよく知っているシェリルには、その申し出は無茶以外の何者でもない。
「別に、すぐにって言う訳じゃないし、ネタならいくつか提供できる。内容や出来を気にしないで、君が一番みたいと思う内容の物語を書いてくれればいいよ。」
 なだめるようにシェリルに言うアイン。もともと、彼女が立ち直れば、間に合わなくても良いのだ。
「でも・・・。」
「どうしても無理っぽかったら、簡単な筋ぐらいでも良いよ。アレフやパティなら、十分アドリブが利くだろうし。」
 なおも渋ろうとするシェリルに、畳みかけるように言うアイン。さすがに、そこまで言われては、やるしかないだろう。大体、アインがめずらしく自分を頼ってきてくれたのだ。やるしかない。
「分かりました。でも、あんまり出来は期待しないで下さいね。」


「と、言うわけで、みんな協力して欲しいんだ。」
 さくら亭に集まっていた一同に、アインはそう頼み込んだ。劇となると、大道具に小道具、音響等の裏方まで必要だ。
「面白そう、ボクやるよ!」
 一番最初に、トリーシャが飛びつく。他の面子も、あっさりと了承する。
「で、シェリルの台本は、いつ上がるの?」
 パティが、肝心なことを聞いてくる。
「早ければ、明日にでも上がるって。」
 アインの答えを聞いて、パティはとりあえずの幅を1週間で考えることにした。
「配役は、台本が出来てから。でも、クリスとピートには、裏方を頼むことになりそうだけど。」
「そうでなくても、僕は裏方の方がいい。人前で演技なんて、とても出来そうにないから。」
 アインの台詞に、慌てて言葉を付け加えるクリス。上がり性の彼に、人前で演技をさせるのは酷だろう。
「シーラがちょっと難しいんだ。音響担当と、場合によっては役者もやってもらいたいし。」
 BGMは、蓄音装置に入れるとして、その曲をシーラに担当させるらしい。ここまでは妥当だが、それに加えて役者までやらせようとするのだから、結構ひどい。だが、シーラはうれしそうにうなずく。
「後は、台本が出来てからだな。場合によっては、アルベルトやリカルドなんかも巻き込むことになりそうだ。」


 次の日、シェリルの台本第一稿が出来上がった。
「台詞の手直しをするところはあるけど、内容としてはいい出来だと思う。」
 アインがそう評価を下す。やはり、スランプの影響か、おかしな台詞もいくつかあるが、それなりの出来だ。
「先に行っておくけど、この主役の『アルファ』は、アインがやれよ。どう見てもおまえがモデルなんだから。」
 アレフがいう。シェリルは、どうやらアインから聞いた昔の話を台本にしたらしい。
「てことは、騎士の『トール』はティグスか。」
 エルが、妥当な役を彼に振る。ティグスに、他の役が務まるとも思えない。
「悪役の貴族は、アレフに頼みたいんだけど。」
 アインが、アレフに悪役を振る。まあ、器用な彼のことだ。悪役だろうとなんだろうと、簡単にこなすだろう。
「で、お姫様がシーラ、侍女にパティ、国王をリカルドって所か。」
 リサが、分かりやすい配役を分かりやすいところに振っていく。
「うむ。」
 あっさり了解するリカルド。ここまでは普通の配役だ。
「で、王弟殿下にアルベルト、暗殺者にマリアとメロディ、女騎士にリサとエルって所か。」
 一部、普通でない配役も混ざっているが、おおむね問題なく(?)一同の役柄が決まる。
「ボクは?」
 トリーシャが疑問を投げかける。彼女はまだ、何の役も振られていない。
「王弟殿下の娘。けっこう重要な役所だよ。」
「私は、演技力に自信がないので、残念ですけど裏方をやらせていただきますわ。」
 ファーナが遠慮がちにいう。最も、そんなことをいったら、マリアやメロディはどうなるのか?
「え〜!裏方かよ!」
 ピートがぼやく。だがアインにあっさりなだめられて、不承不承役を引き受ける。
「まあ、配役はこんなところだな。じゃあ、今日は読み合わせだけやって、明日から練習に入ろう。」
 マーシャルや由羅が、裏方を手伝ってくれることもあり、結構スムーズに準備は進んだ。


 当日。彼らの演目は滞り無く進んでいった。そしてクライマックスシーン。
「アルファ様!父を、父を止めて下さいませ!」
 トリーシャが熱演している。なかなか堂に入った演技だ。
「全く、ジュリアス殿も困ったお方だ。」
 ため息をひとつ付きながら、アインが立ち上がる。
「ジュリアス殿は、権力に目がくらんでいる。最も、裏で糸を引いているのはカロンだろうがな。」


「ひめさま、かくごなさいませ。」
 なんだかんだと言って、メロディもきっちり演技をしている。もともと、頭はよいのだ。
「お命頂戴!」
 マリアが、大げさにいう。彼女にしては、まっとうに演技をしている。暗殺者役の自警団員A、Bもしっかり演技をこなしてくれている。もともと、彼らに対して反発しているものばかりでもないのだ。
「く、我らが劣性か!」
 リサが、マリアの攻撃を捌きながらうめく。猛特訓のかいあって、素人集団のはずの彼らの劇は、かなりのレベルに達している。
「みんな、すごいです。」
 シェリルが、感動した面持ちで舞台を見ている。舞台の上では、アインが登場して、アルベルトとアレフに向かい合っているところだ。台本通りのやりとりをしている。
「貴様らを殺せば、証拠を知っているものはいなくなる。ベルファール一と歌われた、この槍の腕で、貴様らの命をもらおう!」
 と、隠し持っていた折り畳み式の槍を取り出す。
「あんな台詞、あったっけ?」
 舞台の袖で、トリーシャがシェリルに尋ねる。
「無かったはずだけど。でも、その方が舞台が盛り上がってるみたいだし。」
 シェリルは、完全にアルベルトのアドリブだと思っているようだ。
「でも、アルベルトの奴、目が完全にマジだぜ。」
 ピートが、そう指摘する。はっきり言って、端で見てても分かるほど殺気立っている。
「カロン!貴様も小奴らを始末せんか!」
 と、はっきり言って、演技なんてレベルを超えた一撃を繰り出しながら、アレフにいうアルベルト。とっさにアドリブでティグスにそれらしく斬りかかれたアレフはさすがとしかいいようがない。
「く!だが、ヒルダ殿に、あなたを止めるようにいわれている。ここであなたに誰かを殺させるわけには行かない!」
 アドリブで、劇を続けるアイン。あっという間にアルベルトを追いつめる。どうやら、まだかなりの実力差があるようだ。
「さあ、観念していただこう!」
 アレフを切り倒した(ふりをした)ティグスが、アルベルトに向かっていう。このまま、ラストシーンまでなだれ込むようだ。
「どうやら、ちゃんと元の筋に戻ったようだな。」
 袖で次の出番の準備をしていたリカルドがいう。客席は、迫力のある戦闘シーンを見て、大いにわいている。
「さて、出番なので行って来る。」
 そのまま、彼らはラストシーンを演じ、盛大な拍手をもらった。


「どうやら、スランプは抜け出せたみたいだな。」
 シェリルの次の本を読んで、アインがつぶやく。荒療治は成功したらしい。
「ええ、アインさんのおかげです。」
 シェリルが、うれしそうにアインに答える。結局、彼らの舞台はあの戦闘シーンが受けて、見事に優勝したのだった。リヴェティス劇場でも十分に観客を楽しませ、高い評価を得ることになった。
「いや、スランプを抜け出したのは、シェリル自信の力だ。僕はきっかけを与えただけさ。」
 アインの言葉に、真っ赤になるシェリル。
「また、スランプになったら相談してくれればいい。」
 アインの笑顔を正視できずに、真っ赤な顔のままうつむくシェリル。本人に気付かれないたらしの才能ほどやっかいなものはない。
「じゃあ、今日はまだ、これから仕事があるから。」
 そういって立ち去ったアインの後ろ姿を、シェリルはいつまでも見つめていた。

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