中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、走る!!その2」 埴輪
アリサさーん、配達終わりました〜。」
 アインが、山のような配達を終えて帰ってきたのは昼を回った頃だった。
「おう、早いなアイン。」
 どうやら、仕事を終わらせていたらしいアレフが、アインに向かって声を掛ける。だが、仕事が終わっただけにしては様子がおかしい。
「どうしたんだアレフ、何をそんなにびくびくしてる。」
 怪訝な顔をして、アレフに突っ込むアイン。確か、今日はデートがあるとかいって朝のうちに終わる仕事を振らされたはずだが。
「そういえばアレフ、デートはどうしたんだ?」
 その台詞に、びくっとしたアレフ。どうやら、何かトラブルをかましたらしい。
「アイン、聞いてくれよ。」
「やだ。」
 アレフの言葉をあっさりぶった切るアイン。自分で聞いといて非道い扱いだ。
「お〜い。」
「冗談だってば。で、何をやらかしたんだ?」
 情けない顔で突っ込んでくるアレフを軽く受け流しながらアイン。ちなみに、手元で事後処理をしている。あまり真面目に聞く気はないらしい。
「それが、デートをダブルブッキングしちまって。」
「おいおい。」
 この時点で、アインはすでにまともに相談に乗る気を完璧になくしていた。こんなこと、真面目に相談を受けてられるかということらしい。
「しかも、片一方が嫉妬深いエリザベス、もう一人が執念深いキャッシーときたもんだ。」
「それはそれは。」
 投げやりに返事を返すアイン。そもそも、恋愛は彼の能力の範囲外だ。それに、どう考えてもアレフが悪い。
「で、僕にどうしろと?」
 完全にやる気のない口調で聞き返すアイン。もう、どうにでもしろという事のようだ。
「今日一日だけでいい、匿ってくれ。」
「はいはい、僕の部屋にでも隠れといてくれ。」
 と、そのとき、ジョートショップの扉が、荒々しく開けられる。
「おいおい、誰だか知らないけど、あんまり乱暴にしないでくれ。」
 のんびりと苦情を言うアイン。多分、ダブルブッキングした二人だろうと考えていた。
「アレフ様はこちらですわね!」
「隠しても無駄よ!」
「あ〜!居た!」
 甘かった。入ってきたのは4・5人だが、外には十数人居る。
「ちょっと待て、アレフ!おまえ、何人に恨み買ってるんだ!?」
「恨まれてるわけじゃない!あれ全部、俺が付き合ってた相手だ!」
 そういいつつ、アインの腕をつかんで裏口から逃げ出すアレフ。
「こら待てい!何故僕を巻き込む!」
 薄情なことをアインがいう。だが、この場合、彼の意見が一番正しいのも事実だ。
「そんな友達がいのないこと言わずにつきあえ!」
 無茶なことを言いながら、アインを引きずるようにして逃げ出すアレフ。この瞬間、アインの脳裏には、何故こいつと親友をやっているのだろうと言う、深刻かつ間抜けな悩みがよぎった。


「ふう、疲れた。」
 そういうわりに、いまいち疲れているようには見えないアイン。
「パティ、何か飲むもん頼む。」
 少し息を切らしたアレフが、パティに注文する。結局二人とも、さくら亭に逃げ込んだようだ。
「で、今度はどうしたの?」
 二人に、冷たいジュースを出しながら問いかけるパティ。
「アレフの馬鹿が、デートのダブルブッキングをかましたらしい。」
 やる気のない口調で、アインが答える。はっきり言って、彼にとっては他人事である。少々アレフが酷い目にあったところで、今回は同情する気も起こらない。
「で、何でアインまで逃げてるの?」
 パティの当然の問いに対してアインは、
「さあ?」
 と答えることしかできなかった。
「ダブルブッキングだってぇ!?」
 少々酔っぱらっているらしいリサが、階段を下りてくる。
「リサ、何でこんな時間から酒を飲んでるんだ?」
 アインが、少々面食らいながら問う。普通、こんな真っ昼間から飲んだりはしない。
「何か、仕事で嫌なことがあったらしいわよ。」
 パティがこっそり耳打ちする。今日は、みんな仕事が速く上がって、一番遅くまでかかっていたのがアインだったため、そういういきさつは全く知らない。
「そうなんだ。でも、リサが酒に逃げるなんて、よっぽどのことだったんだな。」
 アインが、少し困ったような顔でパティに返事をする。
「大体アレフ、前々からあたしはあんたに言いたいことがあったんだ。」
 と、アレフに絡むリサ。彼女の場合、絡み酒らしい。やっかいなことこの上ない。
「分かった、分かったからリサ!」
 必死にリサから逃げようとするアレフだが、なかなか解放してくれそうにない。と、そのとき。
「いましたわ!」
「げっ!」
 ついに見つかってしまった。このままではまずいと思ったアレフは、またアインの腕をつかんで、
「パティ、裏口から逃がしてくれ!」
 と頼む。すでに半分体が裏口から抜け出している
「別にいいけど・・・。」
 とパティが言い終えた頃には、すでにアレフの姿はなかった。凄まじい早業である。
「何でアインをつれてくんだろう?」
 機構にも、相手はすでに見えなくなっている。仕方がないので、殺到してきた女の子達をあしらうことにする。


「何で、僕はこんなところを走ってるんだろう。」
 だれた表情で、高級住宅街を走るアイン。はっきり言って、彼には全く関係のないことで逃げ回っているのである。
「くそ、もう追いついてきた!」
 アレフが後ろを見ながら、そう叫ぶ。
「仕方がない、マリアの家に逃げ込むか。」
 もはやあきらめの表情でアインがそういうと、マリアの家までダッシュする。アレフも後に続く。シーラの家を選ばなかったのは、アインはともかくアレフが中に入れて貰えるとは思えないからだ。
「まて〜!」
 後ろを、土煙を上げながら女の子達がついてくる。閑静な高級住宅街にとっては、いい迷惑以外の何者でもない。


「ハァハァ。」
「アレフ、今度、死ぬほどおごってもらうからな。」
 息を切らして汗を拭うアレフに、結構平気そうなアインが恨みがましく言う。鍛え方の違いが見事に現れている。
「で、マリアの家に何のよう?」
 マリアが、突然尋ねてきたアイン達に言う。何故か少し機嫌がいいようである。
「いや、別に用って訳じゃなくて。」
「単に、避難させてもらいたいだけ。」
 アレフとアインがマリアに答える。さらにアインが恨みがましく付け加える。
「別に、アレフは放り出してもいいよ。今回はこいつが原因なんだから。」
「いったい何があったの?」
 マリアにアインは手短に答えを返す。それを聞いてマリアが、
「じゃあ、マリアの魔法で、安全なところに送ってあげる☆」
 上機嫌でマリアが言うのを、ほとんどまともに聞かずにアインが頷く。もはや投げやりになっていて、判断能力がほとんどゼロらしい。
「じゃあ、いくよ〜☆」
 マリアが魔法を唱えるのを見て、アレフが血相を変えて、
「アイン、何でマリアに任せるんだよ!?」
 とアインに詰め寄るが、アインは、
「もう、どうでもいい。」
 と疲れ切った顔で言う。肉体的な疲労はそうでもないが、精神的にはもはや爆睡したくなるほど疲れていた。
「おい、アイン!」
 アレフがアインを揺さぶろうとしたとき、マリアの魔法が完成する。
「しーん・くらびあ☆」
 そして、彼らの姿が消える。どうやら、めずらしく成功したようだ。


「ここどこだ?」
「多分、陽の当たる丘公園だろう。」
 アレフの問いに、答えるアイン。投げやりな態度はまだ続いている。さすがにアレフもまずいと思ったようだが、何かフォローを入れる前に、一緒に転移してきたもの達の存在に気が付く。
「アレフ様!」
「もう逃がさないわ!」
「誰が一番か!」
「ここで決めて下さい!」
 女の子達が詰め寄る。それを見て反射的に逃げる二人だが、今度は長く続かなかった。
 こけたのだ。アインが。そして、彼に巻き込まれて転倒する女の子達。
「アインさん、邪魔しないで下さる!」
「そうよそうよ!」
 そんなことをいいながら、腹いせに彼に殴る蹴るの暴行を加える女の子達。アインにとってはいい迷惑だ。
「おいちょっと!」
「暴力反対!」
「なんで僕を殴るんだ!?」
 等、情けない叫びがアレフの耳にはいる。ここにいたり、アレフはアインを救い出そうとするが、
「答えて下さらないのですか!」
「そんなことを言うんだったら、こうよ!」
 等、色々いいながらアレフも一緒くたにフクロにする。
「どひ〜!」
「やめてやめて!」
「何で俺まで〜!」
「殴るんだったらアレフだけにして〜!」
 情けない叫びをあげながら殴られ続ける二人。そろそろ殴られるのが嫌になったアインが、
「ちょっとストップ!これ以上やられると、アレフが明日仕事ができなくなる!」
 と、鋭く制止する。迫力に押されて、攻撃の手をゆるめる彼女たちに、続けてアインが言葉をかける。
「こいつには、後できっちり片を付けさせるから、一端やめてくれ。足りないなら、休日に続きをやってくれていいから。」
 結構薄情なことを言う。まあ、無理もないが。
「それに、こんな奴でも、一応僕の親友なんだ。あんまり酷い目に遭わされて、ほっとくのもあれだし。」
 一番酷い目にあったのはアインなのだが、そんなことを言っても仕方がない。
「後、これ以上やられると、僕が殴る分がない。」
 本音か嘘かの判断が付きにくいことを付け加えるアイン。顔は苦笑しているが、目がマジだ。
「アインさんがそうおっしゃるのでしたら。」
「別に、殴りたい訳じゃないし。」
「それに今日は気が晴れたからもういいわ。」
「でも、いつかはっきりして下さいね。」
 口々にいいながら、立ち去る女の子達。何とか、騒ぎは収まったようだ。
「さて、じゃあ、一発殴らせてもらおうか?」
 アインがにこやかに言う。その迫力に押されて、後じさりながらアレフが言う。
「暴力反対!」
 当然、アインは無視して拳をふるう。彼の防御能力が上がっていることまで見越した、見事な一撃である。これなら、派手に吹っ飛ぶが、痛みはともかくダメージはないだろう。


「しかし、アレフ。いつの間にそんなに強くなったんだ?」
 あまり彼女たちに袋叩きにあってもダメージを受けた様子のないアレフに、アインが尋ねる。
「いつまでもモンスター退治をおまえやリサに押しつけるのも悪いと思ってな。あの茸の件のときから、ずっと鍛えてたんだ。」
 そのおかげで、急激に強くなったらしい。最も、リサやシーラのレベルも上がっているので、相対的な力量差に変化はない。
「それよりもおまえなぁ。全然ダメージ受けてないのに、あんまり恨みがましいまねするなよ。」
 アインは、彼女たちの攻撃を、全て受け流していたらしい。とことんタフで化け物じみている。
「あのなぁ。よくそんなことが言えるな。もう一発殴られたいのか?」
 アインの目に剣呑な光がよぎったのを見て、アレフは撤回する。怒らせてただで済むとは思えないからだ。
 結局、その日は疲れ果てて、何もする気になれなかったアインであった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲