中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、誕生日を祝う」 埴輪
「お兄ちゃん!トリーシャちゃんに何したの!?」
 いきなり扉をすり抜けて入ってきたローラが、すごい剣幕でアインに詰め寄る。
「ちょっと待てローラ。いったい何の話だ?」
 いきなりそういうことを言われても事態が飲み込めない。大体今日はアインはトリーシャにはあって居ない。前の日は上機嫌だったのだから、彼が攻められるいわれはないはずである。
「だから、お兄ちゃんでしょ!トリーシャちゃんを泣かせたのは!」
「知らないってば。大体今日はトリーシャにはこれから会いに行くつもりだったんだよ。」
 そう、彼女の誕生日の話をアレフから聞いて、仕事が終わってからお祝いに行こうと考えていたのだ。
「そう、じゃあアレフ君かなぁ。」
 かなり失礼なことを言うローラ。こういう事に関しては、アレフは信用がないらしい。
「多分、それも違うと思うけど。」
 ため息をつきながらアインが答えを返す。何となく、原因が想像できたからだ。
「とにかく、探しに行こう。」
 そういって、席を立った瞬間、
「アインクン、大変よ!トリーシャちゃんが家出したらしいの!」
 その言葉を聞いて、想像が当たったことを知った。
「ローラから聞いて、何となくそんな気がしたんです。今から探しに行ってきます!」
 そういって、一応武器を持って飛び出していく。そこでは、待ちかまえていたかのように、アレフとシーラ、そしてリサが居た。
「トリーシャを探しに行くんだろ!当てはあるのか!?」
 アレフが出会い頭に声を掛ける。
「一応な!とりあえず、裏門に行ってみる!」
 多分、ローズレイクが近くのため、出入りの管理が緩い裏門から出て行ったに違いないという憶測を話す。
「なるほどね、しかし、何で家出なんか?」
「大体予想はつくよ。大方、リカルドが娘の誕生日をほっぽりだして、モンスター退治にでも行ったんだろ。」
 リサの質問に、彼の推測を話す。あの親子は、仲はいいが、微妙なところで行き違いがあるのだ。


「おい、こんなところで寝てるんじゃない!」
 気絶させられていた自警団員をたたき起こしながらアレフが言う。
「ここを、トリーシャちゃんが通らなかった?」
 シーラが、彼に尋ねる。何とか起きた彼は、
「ああ、ここから出て行こうとしたから止めたんだ。リカルド隊長の所に行こうとしてたからね。そしたら、変な格好の男が出てきて、俺をぶん殴って、トリーシャちゃんを通しちまったんだ。」
 その男の姿を詳しく聞こうとしたところに、シャドウが出てくる。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ。まだこんなところでもたもたしてたのかい、小僧ども。」
「どういう意味だい、シャドウ?」
 シャドウの台詞に、過敏に反応するリサ。だがそれには答えず、
「ああ、おまえらが薄情だから、トリーシャとか言う娘は、今どんな目に遭ってるのかねぇ。ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ。」
 その台詞を無視する。自警団員の反応から、どうせこいつがトリーシャを外に出したに違いない。だったらこんな奴に構わずに、さっさと探しに出る方がいいからだ。
「もう手遅れかもしれないぜ。」
 薄笑いを浮かべながら、不吉なことをほざくシャドウ。もはやアインは聞く耳を持っていない。


「くそ、こんな雑魚に構ってるひまはないのに!」
 そういいながら、ハーピーを叩き斬るアイン。よく分からないモンスターが、別のモンスターに襲われているのを、放ってはおけなかったのだ。
「大丈夫か?」
 アレフが、謎のモンスターに声を掛ける。どうやら子供らしいそのモンスターは、蚊の鳴くような声でありがとう、というと、脱兎の如く森の中へ逃げてしまった。
「モンスター退治はどうやらあの森のほうでやってるらしい。もしかしたら、トリーシャを見つけられるかもしれない。」
 リサが森を指しながら言う。シーラも頷いて、
「早く行きましょう。トリーシャちゃんが心配だわ。」


「何だって!?」
 アレフが、フサの長老に詰め寄る。
「何度も言わせるな、愚か者。ここは儂らの領域者。人間は出て行くがよい。」
「用が済んだら出て行くさ。別にあなた達の生活を乱すつもりはないからね。」
 長老の横暴な答えを受け流すようにアインが言う。頭に血が上っているアレフに任せておくと、ただこじれて行くだけと判断したらしい。
「黄色いリボンをした女の子がここに来なかったかい?」
 リサが、長老に尋ねるが、とりつく島もない答えが返ってくる。
「答える義務はない。」
 その言葉にリサが逆上し書けるが、アインが冷静に食い下がったおかげで何とか落ち着きを取り戻す。押し問答を続けていると、先ほどのモンスターの子供が出てくる。
「長老。この人達、僕を助けてくれた。この人達、いい人。」
「君は、フサだったのか?」
 アインの問いかけに、彼(?)が答える。
「うん。フサの子供、毛が短くてツヤツヤ。」
 分かるような分からないような表現だが、彼(?)の外見を見事に表している。
「それより、君は黄色いリボンの女の子を見なかったか?」
「僕、知らない。ちょっと外に出たら、あれ、襲ってきた。」
 アインの質問にたどたどしく答える子供。どうやら、アインになついたらしい。その様子を見て、フサの長老が話し出す。
「その女の子なら、ここに迷い込んできた。その子のせいで、ドラゴンが怒った。生け贄を出さないとわれわれが滅ぼされてしまう。」
「この辺に、生け贄を要求するほど知能の高いドラゴンは、住んでなかったはずだけど。」
 長老の言葉に、首を傾げるアイン。他のメンバーも腑に落ちない顔をしている。そんなものがいれば、エンフィールドがただでは済まない。
「数週間前に、この辺に住み着いたらしい。生け贄、差し出せば、人間から守ると、言ってきた。だから、森の動物、差し出した。」
 どうやら、そのドラゴンは新参者らしい。しかし、わざわざ、そんなことをしてまで人間から逃げるあたり、相当人間に対して不信感を抱いているようだ。
「それで、トリーシャちゃんはどうしたの?」
 シーラが聞く。その顔は真剣そのものである。
「黒い服の男が来て、その子を生け贄に差し出せば、ドラゴンの怒りが収まると言ってきおった。だから、生け贄に差し出した。」
 その言葉を聞いて、顔色を変える一同。真っ先に反応したのはアレフだった。
「おい、おまえら!自分が何やったか分かってるのか!?」
 怒りも露わに長老につかみかかろうとするアレフ。アインがそれを押しとどめる。
「アレフ!フサを責めても仕方がない。おおもとをたどれば、多分人間側に非があるはずだ。」
「でもよ!」
「そんなことより、トリーシャを助けに行かないと!長老、ドラゴンはどこに住んでるんだ?」
「山頂のほうだ。」
「ありがとう。騒がせてすまなかった。」
 そういって、きびすを返すアイン。そのとき、
「助けてぇ〜!」
 という声が聞こえた。慌てて振り向くと、フサの子供が一人、ドラゴンに捕まって連れ去られようとしていた。
「あの男、うそをついたな!」
「長老、もう少し、言葉を信じる相手を選んだ方がいいぜ。」
 アレフが吐き捨てるように言う。どうやら、黒衣の男というのは、シャドウのことらしい。
「早く行くぞ!巣に入ってしまえばドラゴンだって飛べない!狙うならそこだ!」
 そういって駆け出すアイン。恐ろしいスピードだ。森での移動速度ではない。みんなも、必死になって駆け出す。このままでは彼女たちのみが危ない。


「アルベルト!協力しろとは言わない。でも邪魔だけはしないでくれ!」
 経緯を知ったアルベルトが、部下と一緒に彼らに襲いかかってきて撃退されたのだ。どうやら、トリーシャをアイン達に助け出されては、自警団の面子が立たないと考えたらしい。
「足の引っ張り合いをしてる場合じゃないでしょ!そんなことも分からないの、アルベルトさん!」
 どちらの言い分に利があるのか、さすがにアルベルトにも分かったらしい。はっきり言って今の行動は、アインに対する反感から以外の何者でもない。そして、負けて少し冷静になったため、個人的な感情にとらわれている場合ではないことにも気が付く。
「分かった。決着は後回しだ!とにかくトリーシャちゃんを助けるぞ!」
 決着などとうについているが、そんなことは誰も突っ込まない。そんな場合ではないのだ。


「さあ、とっととトリーシャを返してもらうぞ。」
 そういうと、アインはドラゴンに斬りかかる。飛べないように一撃で翼に縦穴を開ける。
「貴様らごとき下等生物が、我に刃を向けるか!!貴様らなど、儂のエサになっておればよいのだ!!」
 そう叫ぶとドラゴンは炎を吐き出す。かなりの熱量を伴ってはいるが、アインがとっさにイシュタルブレスではじいたため、あまり実害はない。
「僕が防御に回る!みんな攻撃してくれ!」
 そういって、他人にとんだ攻撃まで確実に防いでいくアイン。防御の手間が省けた他の面子は、全てを攻撃の回すことができる。
「アイン、こいつがトリーシャ殿をさらった奴か!?」
「アイン君、今手伝う!」
 ティグスとリカルドの参戦により、大勢は決まる。数分後に、大きな地響きを立てて地に伏せるドラゴン。その姿が一人の男に変わる。
「シャドウ・・・・・。」
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ。楽しかったぜぇ。みんな俺様の考えた通りに踊ってくれて。」
「そうか、おまえが全て仕組んでいたのか。」
 妙に静かに言うアイン。ティグスとリカルドの背筋を、冷たいものが走る。異様な雰囲気を感じ取って、思わずひるむアレフ達。
「そうだよ。大体ドラゴンがこんなに弱いわけねぇだろう。俺様が手加減してやったんだよ。そもそも、おめぇら、俺様の実力をしらねぇだろう。」
 だが、シャドウは気付かない振りをして話し続ける。まるで挑発するように。
「そうか、おまえか。おまえだったのか。」
 ほとんど意味を持たない言葉をつぶやくと、シャドウに向かっていきなり踏み込むアイン。その姿は、リカルドにさえ見えなかった。
「何だと!?」
 アインは凄まじい速度で踏み込むと、3発連続でファイナルストライクをたたき込んだのだ。そして、岩でも砕きかねない破壊力の蹴りをシャドウにたたき込む。
「アインの奴。マジで怒ってる。」
 普段、怒ったところを見たことが無い分、実際に怒ったところを見せつけられると、本気で怖い。ただで済まないと言う予感は、見事的中していたようだ。まるで、周囲の温度が氷点下になったようだ。
「ヒャッヒャッヒャ。いいぜいいぜ。その顔はよ。」
 だが、対してこたえた様子もなく、シャドウが立ち上がる。その間、あまりのことにだれも動けなかったのだ。
「まあ、今日の所はこれぐらいで引いてやるよ。あばよ!」
 そういって姿を消すシャドウ。巣に戻って、トリーシャとフサを解放するアイン。
「ああ、怖かった。」
 縛られて、閉じこめられていたトリーシャが、のびをしながらぼやく。
「ごめん、もっと早くに助けに来たかったんだけど・・・。」
 アインが謝るが、トリーシャは軽く手を振って否定する。
「あ、そのことじゃなくて・・・。」
「トリーシャが怖かったのは、さっきのあんただよ、坊や。」
 リサが代わりに補足を入れる。さすがにトリーシャの口からは言い出せないと思ったらしい。
「はっきり言って、リカルドやティグスまでビビッてたじゃないか。トリーシャが怖くないとでも思ったのかい?」
 まあ、殺気がなかった分ましだったけど、とつぶやいて帰り支度を始めるリサ。
「ごめんごめん。何か歯止めが利かなくなってさ。それよりリカルド、今日はもうおしまいだろ?帰ってトリーシャのことを祝ってやりなよ。」
「いや、まだ仕事が残っている。それよりトリーシャ、皆さんに謝りなさい!」
「リカルド!」
 リカルドの言葉を聞いて、先ほどのものとは違う質の怒りを表に出すアイン。怖くはないが気圧されるタイプのものだ。
「今回の事は、リカルドが一番悪い。謝るんだったらあんたが謝ってくれ。」
 アインの台詞を聞き、ややばつの悪そうな表情を見せるリカルド。
「フサのことも、あんたの仕事の残りも代わってやる。さっさと帰って、トリーシャの誕生日を祝ってやれ。それとも、父親としての仕事は自警団の仕事よりも落ちるって言うのか?」
 その台詞を、驚いたように聞いていたリカルドだが、素直に自分の非を認めたようだ。
「済まない、アイン君。自分のことを棚上げして、娘を叱るなんて父親失格だな。」
「そんなこと無い。今回のはボクのわがままだったんだから!」
 トリーシャが父親をかばう。その様子を見ていたアインが、
「ほら、まだ間に合う。早く帰って、娘と誕生日のお祝いをするんだ。」
「ごめんなさい!それからありがとう!」
 トリーシャが自分のことについて謝り、そして誕生日のことで礼を言う。
「何、トリーシャには一番の誕生日プレゼントだと思ってね。」
 それから、2番目で済まないけどといって何かを渡す。
「これ何?」
「パーティの場では渡せそうにないから、今のうちに渡しておくよ。誕生日おめでとう。」
 それじゃあ、後始末をしてくる、といってアインはその場を立ち去る。包みの中にはイヤリングとペンダントが入っていた。どちらも手作りらしい。
「綺麗・・・。」
「じゃあ、帰ってパーティの準備をするか。」
「アインくんが戻ってくるまで、きっちり盛り上げて待ってましょう!」
 その日、トリーシャの誕生祝いは真夜中まで続いた。パティやマリアなんかはアインの怒ったところを見たかったと言っていたが、
「10年は寿命が縮まるぜ。」
 というアレフの言葉を聞いて、見なくて良かったのかもしれないと思うようになったらしい。

中央改札 悠久鉄道 交響曲