中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、戦う!」 埴輪
「それでピート。トーヤの探してる薬草って、どっちにあるんだ?」
「こっちだよ。このまま森を抜ければ花畑があるんだ。」
 アインの質問に元気よく答えるピート。
「知らなかった。こんなところに花畑があったなんて。」
 シーラが感心したように言う。
「まあね。この森、フサの領域があったり足場が悪かったりで、なかなか入る機会はないから。」
 苦笑しながらアインが言う。彼らは、トーヤの依頼で、この時期にしかとれない貴重な薬草を探しに来たのだ。
「でも、ピート君。どうして薬草の事知ってたの?」
 シーラのもっともな質問に対して、
「変わった花が群生してて、とっても綺麗だったんだ。なんて花か気になって図書館で調べたんだ。」
 その台詞を聞いたアインが、珍しいものでも見るような顔でピートを見る。
「ピートが図書館で調べものなんて珍しいな。次の日、何か代わったことでもなかったか?」
 結構酷いことを言うアイン。むくれた顔でピートが言う。
「俺が勉強しちゃ悪いって言うのか?」
「そうは言わないけどね。どうせだったらもう少し他のことも一緒に勉強したら良かったのにってね。」
 さらっときりかえすアイン。まあ、勉強というのは好奇心から始まるものだ。
「どういう意味だよ。」
「だから、どうせピートだったら花の名前調べてそれでおしまいだろ?」
 にらむような目つきでかみついてきたピートに、あっさりと真実を突きつけるアイン。
「うっ。」
「せめて、名前だけでなくて、性質ぐらいは一緒に調べればいいのになってぐらいの意味だけど?」
 本当のところを突かれて言葉に詰まるピートに対し、畳み込むように言うアイン。
「何にせよ、ピートが知っててくれて助かったよ。そういうのに詳しそうなクリスやシェリルは、逆にフィールドワークに向かない。」


 森の半ばを過ぎた頃、アインがかすかな異変に気が付いた。
「何かに囲まれたみたいだ。」
「何かって?」
 ピートの問いかけに首を横に振るアイン。数が多すぎて何と確定できないらしい。彼らしくも無いミスである。
「アインくんに気付かせずにこっちを囲むなんて、いったい何者かしら?」
 シーラも首をひねる。何にせよ、分が悪いのは確かだ。荷物の関係で、武器になりそうなのはナイフ一本だけである。
「逃げた方が良さそうだ。こんなところで戦いになったらかなりしんどい。」
「どっちに逃げる?」
 ピートの問いにアインが指さしたのは来た道から左にずれた方向だった。
「来た道も目的地までの道もふさがれてる。右方向にはフサの集落だ。逃げ道はこっちしか残っていない。」
 この時、フサを巻き込まないようにすると言う配慮は、見事に裏目に出た。彼らは、思いっきりよく相手の罠に飛び込んでいったのだ。


「どうやら、はめられたな。」
 逃げる途中で、相手の誘導に引っかかったことに気が付くアイン。逃げ出した瞬間に、戻れないよう道をふさがれたのだ。
「どうする!?このままじゃあ追いつめられちまうぜ!!」
「相手の数が少ないんだったら別れて逃げるべきなんだが、この数では無理だ。」
 少し考え込んだアインは、何かを決心したようだ。
「相手を広いところに集めて、一点突破しかないな。」
 戦いを避けられないのなら、最も確実な方法をとるしかない。数で劣るのだから、全てを相手にするのは不可能だ。ならば誰かをおとりにするか一点に集中攻撃をかけ突破するしかない。
「ピート、こいつらを全部確認できるような広い場所はないか!?」
「それならこっちだ!でも、後ろは崖だぜ!!」
「どっちみち、後ろには多分下がれない。なら、背後をとられないだけましだ!」
 だが、その考えすらも読まれていたらしい。逃げる方向に、初歩的な、だがそれだけに効果の大きい罠が仕掛けられていた。
 草を、輪のように結んであったのだ。
「きゃあ!!」
 シーラが引っかかり、倒れる。
「大丈夫か、シーラ!!」
 アインが倒れたシーラを起こそうとする。が、立てないらしい。足をくじいたようだ。
「ごめん、アインくん。私はいいから、ピート君を連れて逃げて。」
 その言葉を聞くアインではない。シーラを抱え上げると、ピートの示した方向へ走っていく。もはや、一点突破も厳しくなった。自分が、確実に相手の手の上で踊らされているのが分かっている。


「追いつめられたか。」
「こうなったら、腹くくって戦うしかないぞ、アイン。」
 シーラを壁際におろし、かばうように立つアインとピート。
「大物はオーガが6,だがゴブリンとコボルトとオーク、こっちに来た奴だけでも会わせて30を超える。」
「どうする?」
「ピートは体力を温存しておいてくれ。」
 どちらかというと、荷物のないピートよりも、二人分の荷物と、軽いとはいえ人間を一人担いで走ったアインのほうがはるかに消耗している。
「それとピート、シーラを担いで、走れるか?」
「何とかやってみる。」
「じゃあ、合図したら、シーラを連れて逃げてくれ。それまで、体力を無駄に使うな。」
 ピートの体格では、歩けないシーラを連れて逃げるのは、かなり骨だ。だが、できなければ死ぬだけだ。
「ディメンジョン・デュオ!」
 まだ完全には習得していないが故に、この魔法は他人にかけることはできない。最も、アインはこの魔法に関しては、完全に習得する気はないのかもしれないが。
「ちょっと待って、アインくん!」
 シーラが、悲鳴を上げる。この状況で自分にディメンジョン・デュオを自分にかけるなどと言うのが、自殺行為に等しいことぐらいは多少魔法をかじった程度のシーラにも分かる。
「ピート、手を出すな。いいって言うまでじっとしてろよ。」
 手を出そうにも、全ての攻撃がアインに集中するため、何もできない。
「逃げた後、ちゃんと助けを呼んできてもらわないと、困るからな。」
 にっと笑ってアインが言うと、突進してきたオーガをカウンターのファイナルストライクでしとめる。その一撃でナイフが欠けるが、気にしている余裕はない。


「お願い、もうやめて!」
「殴るんだったら俺を殴れ!これ以上アインをいじめるな!!」
 二人を背後にかばったまま、アインは戦い続ける。すでに、彼の体は紅く染まっている。自分の血か屠った相手の血かも分からない。
(そろそろ、拳でファイナルストライクは無理か。)
 何度も何度もファイナルストライクを放ったため、すでに両の拳も壊れかけている。ゴブリン、オーク、コボルトの死体がすでに30を超えて横たわっている。オーガのものも四つある。
「ルーン・バレット!」
 巨大な光弾を作り出し、炸裂させる。巻き込まれて戦線離脱をするコボルト達。そして、ついに綻びができた。
「今だ、ピート!」
 その言葉を聞いて、シーラを担いで一気に走り出すピート。早く知らせに行かなければ!そう思ったとき、自分でも不思議なほどの力が出た。
「イシュタル・ブレス!」
 アインが、走り出したピートに守りの魔法をかける。3回しか効かない代わりに、どんな攻撃でも防ぎきるようにアレンジしたものだ。これで、彼の魔力は底をつく。


「ピート君、私はここでいいから!早く、自警団の事務所に行って!」
「分かった。絶対に迎えに来るから!」
 そう、アインが自分にシーラを任したのは、彼の信頼の証だ。ピートにはそのことが分かった。
「待ってろ、アイン!すぐに助けを連れていってやるからな!」


「さすがに、そろそろ限界かもしれない。」
 すでに拳は壊れ、足にもガタが来ている。痛覚の鈍いアインにも、はっきり痛みが分かる。だがどこがいたいのかも判然としない。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ、いいざまだねぇ。」
 突然、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「シャドウか。どうやら、これはおまえが仕組んだことのようだな。」
「ああ。おまえさんなら、引っかかってくれると思ってたよ。」
「ああ。見事に引っかかったよ。この間の、意趣返しといったところか?」
「まあ、そういうことだな。」
 会話をしている間にも、さらに魔法のダメージの残るコボルトをしとめる。
「あばよ、せいぜいあがきな。」
 そういってシャドウが消える。アインはもはや、覚悟を決めていた。


「早くいかねぇと、おまえさんがたの大切な坊やが、血塗れの肉塊になっちまうぜ、ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ。」
 シャドウの突然の出現に、いきり立つアルベルト達だが、
「そんな奴相手にしてるひまはねぇ。とっとと行くぞアルベルト!」
 ピートが彼らを一括する。リカルドとティグス、それにアレフはすでに無視して駆け出している。
「ちっ、命拾いしやがったな!」
 そう捨てぜりふを残して、アルベルト達も走り出す。気にくわないからと言って、見殺しにするつもりはアルベルトにはなかった。それに、アインには一度も勝っていない。勝ち逃げさせるわけには行かない。
「アル、早く来い!」
 リカルドが一喝し、アルベルトが慌てて駆け出す。その場に残ったシャドウは、にやにや笑いながらその場から消える。


「もう、終わりか。僕も情けないもんだ。」
 膝の関節がまともに動かなくなり、座り込むアイン。もはや、相手の攻撃を防ぐのがやっとで、戦うどころではなかった。それでも何とかさらにオーガを1体しとめている。
「シーラ、ちゃんとトーヤに足を治して貰えたんだろうか?」
 途中で捕まる可能性など、まるで考えていない。ピートを心から信頼している。だが、自分は相手の信頼に応えられそうにない。オーガの棍棒が、アインの頭上に振り下ろされようとする。
「二人に謝れなかったな。」
 判断ミスにより、二人を危険な目に遭わせてしまった。それを謝ることができないのが、心残りだ。
 と、棍棒を振り上げた姿勢のまま、オーガがふたつに切り裂かれる。
「遅かったな、リカルド。」
「すまん、アイン君。」
 後ろではティグスが、ものすごい形相で、大技を使っている。
「絶空来迎剣!撃殺鳳魔斬り!」
 紅い闘気が鳳凰となり、周囲にいた雑魚を、一気になぎ倒す。
「立てるか?」
「何とか。」
 そういって立ち上がるが、どうしてもふらついてしまう。
「無理すんなって、負ぶっていってやるから。」
 アレフが言うが、アインは首を横に振る。
「おまえまで汚れちまう。」
 その言葉を無視して、無理矢理アインを担ぎ上げるアレフ。その次の瞬間、アインの意識は途絶えた。


「全く、今までで最大級の無茶だな。骨格にガタがきているし、拳と膝は壊れている。いくらアインでも、1週間で済めばいいほうだ。」
 それが、トーヤの診察だった。
「で、アインの奴は目を覚ましそうなのか?」
 ピートが心配そうに聞く。彼とて、足に湿布を貼られており、明日は筋肉痛でうめくのは確実だろう。
「しばらく無理だと思うが。」
 そんなトーヤの言葉を皮肉るように、アインが目を覚ます。いきなり体を起こそうとして、痛みにうめく。
「無理をするな。今までとは比べものにならんほど、あちらこちらがいかれている。」
 トーヤの言葉を聞いたアインは、
「済まない。仕事に失敗したあげくに、世話にまでなって。」
「気にするな。それより、他の人間を安心させてやれ。特にシーラなんか、今にも死にそうな顔をしていたぞ。」
 その言葉と同時に、アインに飛びついてくるシーラ。
「アインくんのバカバカバカ!あんな無茶をして、もし死んじゃったらどうするつもりなの!」
「ごめん、シーラ。怖い目に遭わせちゃって。」
 どうも、会話がかみ合っていない。怒っている理由が、自分のミスのせいだと思うあたり、アインには経験値が足りない。
「何で私なんか放って、逃げなかったの!?」
「二度と、同じ事で後悔したくなかったんだ。」
 アインの言葉に、意外なほどの重さが含まれている。その言葉のためか、不安を全てぶつけたせいか、シーラは落ち着きを取り戻す。
「アインくん、ありがとう。」
 結局、アインは一週間は動けなかった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲