中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、ナンパする?」 埴輪
 さくら亭では、ジョートショップのメンバーが、臨時休業して、退院してきたアインを迎えていた。
「ふう、やっと退院できた。」
 アインの予想以上にダメージは大きかったらしく、結局治るのに1週間以上かかってしまった。今でも、左手は全快とは言い難く、動きにぎこちなさが残る。
「ほんと、無茶するんだから。話を聞いたとき、あたし心臓が止まるかと思ったわよ。」
 パティが口をとがらせながらアインに文句を言う。
「まあ、こいつも反省しているようだし、あんまり話を蒸し返すのも良くない。」
 ティグスがパティをなだめる。
「そういや、どうしたんだ、アレフ?何か元気ないけど。」
 アインが、アレフの元気のなさに気が付く。まあ、ナンパに失敗したんだろうと、勝手に決めつける。
「俺が口説いた女の子を、余所者にとられたんだ。」
 対して変わらない内容に、脱力する。最も、その余所者のことは、アインは詳しく知らない。
「ティグス、余所者って?」
「そうか、おまえは入院してたから知らないんだな。今、流れ者のナンパ師が、この町にきているらしい。私は興味がなかったから詳しくはしらん。」
 ティグスの耳に入っているのだから、相当派手にやっているのだろう。
「全く、とんでもない殿方ですわ。アイン様は絶対そうはなりませんわよね?」
 ファーナの問いにどう答えようか悩むアイン。その様子を、妙に真剣な態度で見ているパティとシーラ。
「自分からは、そういうことをしないように努力してるつもりだけど・・・。」
 実際はうまくいっているかどうか、今ひとつ自身がない。何しろ、ファーナと話をしていると、シーラやシェリルなんかが悲しそうにする。彼女たちと話をすると今度はファーナ達が、という具合なのだ。
「まあ、アインくんはそういう人じゃないって、よく知ってるから。」
 シーラがフォローする。逆に、アレフはそういう人だといっているようなものである。
「シーラ、それは俺に対する当てつけかい?」
 傷ついたような顔で言うアレフ。正直、今のは結構こたえたらしい。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。」
 他に何をいっても泥沼にはまりそうなので、シーラはそれだけを言うことにする。
(しかし、努力してるつもりだけどって事は、少しは自覚しているのかもしれんな。)
 周囲から見れば、アインは立派なたらしだ。本人にはその気も自覚もないが。
「やっぱり入院してると、世間のことは分からなくなるな。他に変わったことは?」
「それぐらい。後は、自警団がモンスターの討伐に力を入れたって事ぐらいだよ。平和なもんさ。」
 アインの問いに答えるリサ。ジョートショップのほうも、変わったことはなかったようだ。
「まあ、店のほうは、エースがいなかったから大変だったけどね。」
 パティがちゃかすように言う。仕事のいくつか、特にクラフト系の仕事は、アインしかできないので断るしかなかったようだ。
「それじゃあ、だいぶ迷惑をかけたみたいだな。」
 だが、身内だけの時間は、そこまでだった。さくら亭に、黒いスーツの男が入ってきたのだ。
「いらっしゃい。」
「おお、こんなところに可愛いお嬢さんが。」
 いきなりパティを口説き始める。最もパティはあっさり無視して、
「注文は?」
 プロである。さすがに男も今口説くのは無理と考えたらしく、コーヒーを注文する。今度はシーラに目を付け、
「お美しいお嬢さん、今日一日、私と御一緒していただけないでしょうか?」
 パティにふられても、全くめげていないらしい。最も、シーラの断りの台詞は、けっこうなダメージになったようだ。
「ごめんなさい。私のすぐ近くに、あなたより数百倍は素敵な男の子がいますから。」
 笑顔で、かなり大胆なことを言うシーラ。その場を沈黙が支配する。
(そんなすごい男なんていたっけ?)
 アインが間抜けなことを考える。
(私が言おうと思っていた台詞を、シーラさんにとられるなんて!)
 愕然とするファーナ。
(ずいぶん大胆なことを言うわね、シーラ。)
(おやおや、シーラが一歩リードかい。)
(シーラ殿もずいぶん積極的になったものだ。)
 他の三人も結構動揺しているらしく、ずいぶん間抜けなことを考えてしまっている。何せ、最もそういうことを言いそうにない人物の口からでたのだ。
「シ、シーラ?」
 しばらく思考が停止していたアレフが、うわずった声をシーラにかける。
「あらやだ、私ったら。」
 顔をトマトのように真っ赤に染めて、シーラは恥ずかしそうに両手を頬に当ててうつむく。妙に可愛いその顔を、硬直しながら見るナンパ男。
「なあ、アレフ。」
 アインがアレフに小声で声をかける。
「何だよ、色男。」
「色男ってどういう意味だ。っとそれより、シーラにあそこまで言わせる男って、誰だ?」
 その台詞に、どっと脱力するアレフ。アインが鈍いのは今に始まったことではないが、ここまでとは思わなかったのだ。
「本人に聞けよ、本人に・・・。」
 疲れた顔で言うアレフ。もう、何も言う気が起きない。どうやら、そのやりとりで、男もシーラのいっている相手が誰か察したらしい。
「私は、こんな男に敗れたのか・・・。」
 かなりのダメージを受けている。
「あ、そうだ。すっかり忘れてた。あんた誰?」
 アインがナンパ男に聞く。ナンパ男も自己紹介を忘れていたことに気が付く。
「私はさすらいのナンパ師ガイ。世界中の街をさすらっては、美しいお嬢さん方に一夜の夢を与えてるものです。」
「要するにプー太郎のジゴロか。」
 アインがあっさり切り捨てる。少なくともアレフは定住しているし働いている。
「いってくれますね。」
 アインの台詞に血管を浮かべるガイ。ここまで言われたのは初めてらしい。
「そういうのはアレフの専門だ。僕たちに迷惑がかからない範囲でやってくれ。」
 アインがすげなく言う。裏のナンパ王が何をいっている、という目でアインを見るティグス。
「そうだった。この町一番のナンパ師とは君のことか?」
 アインに聞く。が、アインは思いっきり否定すると、
「それはアレフだって。僕はただの何でも屋。」
 つまり、何でも屋風情に負けたわけである。そこまで考えて彼は思考を切り替えることにした。こいつの事は気にすまい。
「それで、俺に何のようだ?」
「どちらがよりナンパ師として上か、勝負だ。」
「ばかばかしい。そんなことのために女の子を口説くなんて、俺にはできないね。」
「そんなことを気にしているのか?それでよく町一番のナンパ師などと名乗れるな。」
「俺は、そんなことをして、相手を傷つけたりはできないっていってるんだ。」
 次第に口論が激しくなる。他の人間は、まだアレフの味方だった。少なくともアレフは、他人を傷つけるようなナンパの仕方はしない。一度口説いたら、最後まで相手を大切にするからだ。
「アインクン、退院おめでとう。」
 そこへ、アリサが入ってくる。彼女を見て、ガイが
「おお、こんなに美しく可憐な方が居たとは。彼女は私の理想だ。」
 その言葉を聞いて、嫌な予感がしたアインは、
「そういえば、ちょっと遅かったですね、アリサさん。何か用事でも?」
 と、話を逸らそうとする。それに気が付いているのかどうか、アリサは、
「ちょっと急なお仕事の話が入ってね。あなたは気にしなくてもいいわ。病み上がりなんだから無理しちゃ駄目よ。」
 簡単に事情を説明する。
「そうですか。そうだ、何か簡単な仕事ありませんか?リハビリついでに手を使わない奴。」
「じゃあ、店に行きましょう。確かに何もしないのも良くないから。」
 そういって、何とかアリサを連れ出すアイン。ほっとする他のメンバー。
「決めた。アレフ、勝負だ。内容は、彼女を口説くこと。先に口説いたほうが勝ちだ。」
 アインが出て行った後に、アレフに言うガイ。
「何だと!」
「さっきの男にも言っておけ。それではお嬢様方、さようなら。」
 そういって、出て行こうとするガイを、パティが止める。
「コーヒー代、ちゃんと払っていってよね。」


「で、なんで僕を巻き込む?」
「そりゃあ、あいつのプライドを一番最初に砕いたのがおまえだからだろ?」
 確かに、こんなのほほんとした男より数百倍かっこわるいと言われれば、ナンパ男としてのプライドはずたずただろう。
「いつ僕があいつのプライドを砕いたんだ?」
 とことん自覚がない台詞を吐く。のれんに腕押しの相手に疲れたアレフは、本題にはいることにした。
「とにかく、アリサさんを口説くなんて、俺には出来ねぇよ。おまえだってそうだろ?」
「まあね。結局ほっといても良いと思うよ。アリサさんが亡くなった旦那さん以外になびくとも思えないし。」
 アインが言う。こういう所は鋭いのに、何故当事者になるとあそこまで鈍いのだろうか?
「でも、あんまりアリサさんに迷惑をかけるのもあれだから、全部はなす事にするよ。」
 結局、アインが妥当な判断を下すことにしたらしい。アレフも賛同する。
「大体、こんなことで勝負しようって言うのが腹が立つんだ。俺がこの町一番って名乗ってるのは、それでだれ一人傷つけなかったからだ。」
 アレフの台詞をアインは聞き流す。一理あるが、そういうのならば誰か一人に絞れ、ということを常々言っているからだ。


「そう、そんなことがあったの。」
 全てを聞いたアリサが、何かを考える。
「あのね、急に入った依頼って、イリアさんからなの。流れ者のナンパ師から、鍵を取り返してこの町から追い出して欲しいって。」
「イリアから!?」
 アリサの言葉を聞いて、驚愕するアレフ。その様子から、とられた女の子ってのは、そのイリアって人だなとあたりを付けるアイン。
「じゃあ、なおさらアリサさんにお願いするしかないな。僕にはこう言うことは手に余るから。」
「ええ、任せて頂戴。」


 結局、ガイが花束を持ってアリサの元へきたのは、その十数分後であった。
「まあ、ありがとう。」
 さすがに人付き合いの上手いアリサ。上手く騙している。ガイは、アリサが自分のことを全く知らないと思いこんでいるようだ。
「それでは、私とこれからお茶でもいかがでしょうか?」
「ええ、構わないわ。でも、ひとつだけ条件があります。」
 にっこり微笑んでアリサが言う。この瞬間、ガイは勝利を確信したであろう。
「まず、イリアさんに謝って、鍵を返すこと、もう一つは今日中にこの街から出て行くこと。」
 優しく微笑んだまま、拒絶に近い言葉を言う。
「な、何故?」
 うろたえるガイに対して、
「私は、他人が傷つくようなことを、平気でして反省もしないような人は嫌いなの。イリアさんに謝るのなら、一度だけお茶に付き合いますわ。」
 その台詞で、自分の所行が相手に知り尽くされていることに気が付く。だが、相手に謝るなどと言うことは彼のプライドが許さない。
「分かった。鍵は返しましょう。こんな最低な街、こちらから出て行ってやるよ!」
「最低な街って言うのは、取り消した方がいいよ。でないと安全に街からでられない。」
 アインが後ろから出てきて言う。そこには、怒っているシーラ達が居た。はっきり言って怖い。
「分かった、取り消すから許してくれ。」
 そういって、鍵を放り出すとほうほうの体で逃げ出すガイ。この町は、今までの彼の矜持を完全にうち砕いたのだった。
「これであいつも懲りるだろう。」
「アレフ、50歩100歩って言葉、知ってるか?」
 アインがアレフに冷たい目を向けながら言った。結局アインにはナンパはできないのであった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲