中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、温泉に行く」 埴輪
「温泉?」
「そう、温泉☆」
 クラウド医院に突然現れたマリアが、診察中のアインに唐突にそんなことを言う。
「何のために?」
「アインの湯治☆」
 確かに、オーガ達との激闘の影響が、体のあちらこちらに残っている。特に左手などは、動くだけと言った有様だ。おかげでクラフト系の仕事ができない。
「でも、わざわざすぐ治さないと困るほど、切羽は詰まってないけど?」
 マリアが何故わざわざそんなことに誘うのか、いまいち飲み込めぬまま、戸惑ったように言うアイン。
「いいから行ってきたらどうだ?今の体のままで無茶でもされたら、目も当てられん。」
 トーヤが口を挟む。実際、一週間で仕事に支障のないところまで治っただけでもおかしいのだ。普通の人間なら、生きていても6ヶ月はベッドから動けない。
「それに、アインにもアリサおばさんにもお世話になってるから、そのお礼☆」
 なかなか強引な押しである。どうしようか考えていると、だめ押しのようにマリアが言う。
「みんなも来るって行ってるし、後はアインの返事だけなの。」
 外堀はすでに埋められているようだ。マリアにしてはなかなか策士である。
「そうだなぁ、一週間ぐらいなら何とかなると思うけど。」
 諦めたようにアインが言う。多分、自分が行かないと言った場合、誰も行ったりはしないだろう。
「で、みんなって誰?」
 返事を聞いていつものメンバーであることを知る。意外だったのが、アイン以上の仕事の鬼、リカルドが来ると行っていることだ。


「何か、上手くはめられたような気がする。」
 マリアの家の魔法馬車に揺られながら、アインがぼやく。こういう搦め手からの攻めは、マリアではなくファーナのほうが得意なのだが。
「どうせ、姫様の入れ知恵でしょう?」
「当然ですわ。マリアさんにこんなこと、思いつくと思いまして?」
 確かに、直情径行で、力技に走りたがるマリアには無理だ。
「でも、ライバルを応援するようなことして、いいのか?」
 アレフが、小声でファーナに聞く。最も、普通に会話をしていても、アインに意味は分からないだろうが。
「あら、今のところ手強いのは、シーラさんだけですわ。それに当然、私もいろいろと考えていますもの。」
 マリアが直情径行なら、ファーナは策士策に溺れるのタイプである。ある意味、彼女が言ったように、シーラぐらいのストレートさで攻めるのが、アインのようなタイプには一番聞くかもしれない。
「でも、さすがはショート家ね。温泉のある別荘なんてもってたなんて。」
 パティが感心したように言う。温泉旅行など、久しぶりのようで、けっこうはしゃいでいる。
「温泉で、俺の美貌に磨きをかけてやる。」
 何か間違ったことをほざくアルベルト。
「しかしリカルド、よく温泉なんかに来る気になったな。僕以上に仕事の虫なのに。」
 アインが珍しそうに言うと、リカルドが少々情けない顔で、
「トリーシャに、たまには家族サービスぐらいしたらどう、と詰め寄られてな。誕生日にもまともに構ってやれなかったし、ここらで埋め合わせもせんとまずい。」
 という。エンフィールドの英雄も、娘にかかっては形無しである。
「まあ、ノイマン君もいることだし、1週間ぐらい、どうということはないはずだ。」
 確かに、トラブルメーカーのほとんどが温泉にきているのだ。大したことは起こるまい。
「何にせよ、きっちり骨休めしないとね、アインクン。」
 アリサが、アインに釘を差す。ほっとくと、また他人のトラブルの解決に走り回りそうだからである。


「あれ、アインさんは?」
 荷物をおいて、トリーシャが男部屋を覗くと、すでにアインは消えていた。
「散歩だってさ。」
「あいつ、ここにきた理由を忘れてんじゃねぇか?」
 ピートとアレフが言う。まあ、女湯の後ろは結構急な崖で、人が忍び込んだりはできないし、アインがそんなことをするとも思えない。
「みんな、これからお風呂にはいるけど、覗いちゃ駄目よ!」
 一応、釘を差しておく。リカルドとティグスとクリスはともかく、後の3人、特にアレフは要注意だ。
「おいおい、トリーシャちゃん、見損なうなよ。」
「それ以前に、そんなことをすれば、後が怖すぎる。」
 アルベルトとティグスが言う。後が怖くないのはメロディぐらいだが、その分周りの人間が怖い。
「まあ、いいか。絶対だよ。」
 再度念を押して、トリーシャが出て行く。
「そういや、テディは?」
「アリサさんと一緒。あいつはアリサさんの目だからな。」
 つまり、アリサと一緒に風呂に入ると言うことだ。アルベルトは一瞬よからぬ事を想像する。
『くそ!うらやまし過ぎるぞ、テディ!!』
 アレフとアルベルトが同時に言う。その様子を、クリスが冷ややかな目で見ていた。


「うーん、なかなかの収穫だな。」
 鞄にいろいろと果物を詰め、笑顔でつぶやくアイン。やはり、こいつは温泉にきた理由を忘れている。
「でも、この森はなかなか。食料も十分だし、ここで十分生計を立てられる。」
 確かに、山菜や果物が豊富で、動物もいろいろといる。ここで猟師をやっていても十分暮らせる。
「さて、そろそろ戻るか。」
 そういって、戻る道を歩き始めたとき、巨大な影が目の前をふさぐ。
「ム、ムーンベア!?」
 そう、アインの行く手を阻んだのは、オーガの3倍はあろうかという、片目で目に傷のある、ムーンベアであった。
「で、でかい!」
 ムーンベアは、アインにひとつしかない目を向ける。ほぼ同時に、ほとんどノーモーションで爪をふるう。
「ガァ!」
「うわぁ!」
 何とか一撃目をかわすが、二撃目はかわしきれずに受け流そうとする。
「あ・・・・・。」
 周りを見ずにかわしたせいで、がけの縁にきていたらしい。受け流そうとして、足を踏み外す。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・・。」
 アインの絶叫が、どんどん遠くなっていく。アインは崖を転がり落ちていった。


「うわぁ、シーラって、ずいぶん着やせするタイプだったんだ。」
「そんなこと無いわよ。パティちゃんだって。」
 等と、漫画などでおなじみの会話をしている一同。リサとエルは、何やら人生について語り合っているらしい。どちらも、そんなことを語るような年ではないが。
「あれ、何か聞こえなかった?」
 マリアが、小首を傾げながら聞く。パティとシェリル、トリーシャが首を横に振ったので、聞き違いかと思ったようだ。が、
「ふみぃ〜、あれはアインちゃんのこえですぅ。」
 メロディが、とんでもないことを言う。どうやら、リサやエル、アリサにも聞こえていたらしく、メロディに同意する。
「え〜!何でアインの声が聞こえるのよ!?」
 パティが、一同の疑問を口にする。そろそろ、全員の耳に、彼の悲鳴が聞こえてくる。どんどん近づいてくるようだ。
「ちょっと、何で坊やの声が近づいて来るんだい?」
 リサの言葉に、一瞬、覗こうとして足を踏み外すアインの図を思い浮かべるが、はっきり言ってわざわざ崖を降りてきたりはしないだろう。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
 そのとき、転がり落ちてきたアインが、女湯の湯船の中に突っ込む。きっちり滑り落ちるスピードを減らしていたようだが、それでもあちらこちらに生傷ができている。
「ちょっと、アイン!何でこんなところに来るのよ!」
 案の定、先に爆発したのはパティであった。その声につられて振り向いたアインは、パティとシーラの姿を見て、真っ赤になって明後日の方向を向こうとし、他の人間の姿が目に入ってしまう、等という間抜けなことをしている。
「やだ、とんでもないところを見られてしまいましたわ。アイン様、責任をとって、私をもらって下さいませ。」
 いきなり口説き出すファーナ。多分、元からこの台詞を言うタイミングを考えていたのだろう。
「あ、抜け駆けするなんてずるい!」
 トリーシャが、また大胆なことを言う。アインだったためか、案外皆見られたことはこたえていないらしい。状況そっちのけで口げんかを始める。すでにアインは、状況に流されるしかないようだ。
「坊やも大変だねぇ。」
 他人事のように言うリサに、
「全くね。それより、鞄の中の果物、無事かな?」
 やはり他人事のように返すアイン。行動の意味の半分は、周囲や自分の状況から目を逸らすためらしい。奇跡的に、果物は全て無事だった。とそのとき、
「グルルルル。」
 いつの間に降りてきたのか、ムーンベアが近くまできていた。凄まじい執念だ。
「人をたたき落としただけじゃ足りないのか、この熊は!?」
 そういいながら、臨戦態勢にはいる。もはや、周りなど見てはいない。


「どうやら、始まったみてぇだな。」
 女湯の様子を見ていたシャドウがつぶやく。
「さて、どのくらいあのばかを本気にさせてくれるかな?」
 つぶやきながら、真剣な様子でアインを見る。どうも、ただの覗きではないらしい。


「でやぁ!」
 ファイナルストライクが使えないため、予想以上に手間取ったが、どうにかムーンベアを撲殺する。風呂に少し血が流れ込むが、ほぼアインのものだ。
「終わったようね。」
 手を出せずに避難していたアリサが、少し心配そうに言う。
「アインくん、大丈夫?」
 シーラが近づいていく。こういうのは早いもの勝ち、ということだろうか?
「何とかね。」
 といって、振り向き、相手の格好を見て目線をそらそうとする。どうやら、熊を相手にしているうちに、自分が女湯にいたことを忘れていたらしい。バスタオルぐらいは巻いていたが、それでも結構刺激は強かったようだ。
「ああ、なんか視界がまわってる・・・。」
 そうつぶやきながら、ふらふらと倒れ込み、意識を失う。どうやら、のぼせたらしい。けっこうながい時間、湯に浸かった状態で熊と暴れた後では、シーラの格好は刺激が強すぎたらしい。
「アインくん!アインくん!!」
 遠のく意識で、シーラの声だけが耳に響くのを、アインは感じていた。


「熊程度で思い出すほど甘くはないか。」
 シャドウが、謎な事をつぶやく。どうやら、熊を送り込んだのはシャドウらしい。
「まあいい。せいぜい今のうちに思い出を作っておくんだな。」
 そういい残して、シャドウはその場から消えたのだった。


「すみません、アリサさん。」
 のぼせたアインに、団扇でゆっくり風を送っていたアリサは、優しく微笑みながらこたえる。こういう役を、彼女がやっているのは、他の人間だと、角が立つかららしい。正しい人選である。
「いいのよ。でも、あんな熊がいたなんてね。」
 裸を見られたことはやはり気にしていないらしい。アインはどうやら、役得だったらしい。
「しかし、こいつはやはり、ここにきた理由を忘れていたようだな。」
 ティグスが、あきれたように言う。最も、他の男性陣と違い、彼とリカルドは、純粋に心配してる部分があるのだが。


「しかし、羨ましすぎるぜ、アインの奴!」
「まったくだ!」
 等といいながら、異様な迫力で卓球を続けるアレフとアルベルト。最も、羨ましい理由は、二人とも違うようだが。
「なぁ、クリス。アインが誰とくっつくか、かけようぜ。」
 ピートがクリスに持ちかけながら、スマッシュを返す。
「そんなの分かんないよぉ!」
 なんだかんだ言いつつ、どういう訳かちゃんと試合になっているクリスとピート。
「まあ、一番優勢なのはシーラで、それに追いすがるように、パティ、シェリル、ファーナって所か。」」
 卓球を続けながら、口を挟むアレフ。経験豊富な彼にかかれば、現在の状況の分析ぐらいは簡単なのだろう。
「そういっても、アインが特に誰かを気にかけてる様子はないが?」
 アルベルトが一応突っ込む。はっきり言って、全員見事なまでに平等に接している。態度は各人それぞれ違うが、それは相手に対して最もよいと思われる接し方をしているに過ぎない。
「確かになぁ。本人鈍い上に、傍目から誰をどう思ってるのか分かりにくいから、誰にも真相が分からねぇ。」
 アレフも相槌を打つ。
「人をだしに盛り上がらないでくれよ。」
 そこに入ってくるアイン。当然の如く、誰をどう思っているか聞かれるが、本人がよく分かっていないのでこたえようがない。
「とにかく、冤罪の件のかたがついたら、じっくり考えてみるよ。」
 そういって、お茶を濁したのであった。


「でね、振り向いたとき・・・・。」
 どこから取り出したのか、ろうそくを持ち出したマリアが、みんなと怪談をする。どうやら、徹底して修学旅行ののりらしい。
「次は、アインの番だよ?」
 少し、ぼーっとしていたらしく、パティの話が終わったことに気が付かなかった。
「どうしたんだ、ぼーっとして。」
「何でもない。」
 そういって、旅先で聞いた話を語り始める。
「しかし、今日は色々あった。」
 話し終えてからつぶやいたアインに対し、
「それはおまえだけだ。」
 とエルが突っ込んだ。その後、熊以外は似たようなパターンの日々を繰り返したのだった。
 それでも帰るときには、アインの体はきたときよりは格段によくなっていた。

中央改札 悠久鉄道 交響曲