中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、看病する」 埴輪
その日は、パティが休みだった。昼頃に抜けることはよくあるが、一日休みは珍しい。さらにリサまで一緒に抜けているのだ。
「今日はパティはどうして休んでるんだ?」
 アレフが聞く。シーラも不思議そうだ。
「今日は両親の結婚記念日だって。日ごろの感謝も込めてお祝いするって、リサと一緒に張り切ってたよ。」
 アインが、受ける仕事を選びながら言う。湯治が効いたらしく、体はすっかり本調子だ。
「だから、今日は三人で仕事だ。えーっとシーラはマーシャルのところで作曲、アレフはクラウド医院で手伝いな。」
「OK。」
「頑張るわ。」
「で、シーラのほうは午後から僕と教会で演奏の手伝い。」
「分かった。」
 てきぱきと仕事を割り振る。その日の仕事は、何の問題もなく終了した。だが、その日が何事もなく終わったわけではなかった。


「ぼうやは戻ってるかい!?」
 リサが血相を変えて飛び込んでくる。
「どうした、リサ。そんなに慌てて。」
 ただならぬ様子のリサを見て、まず最初にアインが考えたことは、
「パティに対して何か悪い事したっけ?」
 である。別に、四六時中彼女を怒らせているわけでもないし、なんだかんだ言って、アインに対して起こることは意外と少ない。
「パティが、馬車に引っかけられたんだ!」
「え!?」
 その台詞に、帰らずに残っていたシーラとアレフも驚きの声をあげる。
「で、パティの状態は!?」
 すぐに真面目モードに入ったアインがリサに聞く。
「怪我は大したこと無かったんだけど、ちょっと熱がでちまってね。」
 リサが言う。
「で、トーヤ先生はなんて言ってるの?」
「一晩休めば大丈夫だって言ってるけど、パティが聞かなくてね。」
 シーラの問いに、困り果てたようにリサが答える。
「分かった。僕たちが手伝いに行く。パティは、落としてでもベッドで休ませる。」
 やや物騒なことをいいながら、立ち上がるアイン。その言葉を聞いたリサが、
「坊やにはパティの面倒を見てもらいたいんだ。」
「僕が?」
 虚を突かれた顔でリサを見返すアイン。リサは平然として、
「アタシには、病人の看病はできないからね。そういうのに詳しいのは坊やのほうだ。」
 その言葉に、何となく納得する。最も、リサには別の意図もあったようだが。
「とにかく、あんまり無理させないうちに行こう。」
 すでに準備をしていたアレフが言う。


「どいてよ!あたしは準備しなきゃならないんだから!」
 案の定、ふらふらの体を押して、パティは準備しようとする。
「そんな体じゃあ、失敗するのがオチだと思う。準備のほうはアレフ達がやってるし、パティは体を治すのが先だ。」
 アインが諭すように言う。それでも聞こうとしないパティに対し、言うつもりの無かったことまで言ってしまう。
「パティ。そんな体でパーティの準備をしたって、ご両親は喜ばない。無理してパーティを開いてもらうより、元気でいてくれたほうがうれしいはずだ。」
 だから、下のことはリサ達に任せて、ゆっくり休むように言うと、ようやく納得して横になってくれる。
「全く、頑固なんだから。」
 そうつぶやくと、アインは氷嚢に氷を詰め、パティの頭に当てる。
「しかし、すごい熱だ。やっぱり無茶するから。」
 はっきり言って、明日までに治るかも怪しい。トーヤが診察したときより、確実に悪化している。
「仕方がない。トーヤに起こられそうだけど・・・・・。」
 そういって、氷嚢をどけたアインは、パティの頭に手を当てる。そうして、深く大きく呼吸を行い、自分の手からパティの体に流れが起きるイメージを描く。


「アインの奴、上手くやってるかな?」
 パティの頑固さを知っているアレフは、彼がパティを寝かしつけることができたかどうか心配する。
「大丈夫。パティちゃんがアインくんの言うことを聞かないはず無いわ。」
 アインに頼まれて、助っ人として現れたアリサが、優しく微笑みながらアレフに言う。
「別の意味でも上手くやってるといいけどね。」
 テーブルクロスをかけ、整えながらリサが言う。
「リサ、おまえはパティとの仲を応援してるのか?」
 小声でアレフが聞く。シーラはアリサと一緒に厨房に入っていったので、この会話は聞こえない。
「まあね。あの子、素直じゃないから、こんなチャンスでもなきゃ、シーラのリードを覆せ無いじゃないか。」
 小声でこたえるリサ。どちらかといえば、本人よりもほぼ第三者のアレフやリサやアリサなんかが、彼らの仲を見て楽しんでいる節がある。
「そうだリサ、少し様子見て来いよ。飾り付けは俺がやっとくからさ。」
「OK。」


 様子を見に上がったリサは、アインの意外な行動を見て目を丸くする。タオルを取り替えたり、顔の汗を拭いたりしているのかと思えば、額に手を当ててなにやらやっているのである。
「いったい何やってるんだい坊やは?」
 しかも、アインの体がかすかに光っているのだ。彼が気功系の技術を使うときに特有の現象だが、見るほうもある程度の力量がないと分からない。と、突然、崩れるようにアインが倒れ込む。何をしていたかは分からないが、相当疲れることをしていたらしい。
「ちょっと坊や!」
 そう声をかけて近づくリサ。もうそのときには彼は寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。
「こんなところで寝ると風邪ひくよ!」
 床の上で。
「う、う〜ん。」
 その声で目を覚ましたらしいパティが、大きなあくびをしながら起きあがる。
「あ、リサ。下どうなってる?」
 どうやら全快しているらしいパティを見て目を丸くしながら、とりあえず、もうすぐ終わり、と答えるリサ。
「そう、じゃあ最後くらい手伝うわ。あれ?アインは何でそんなところで寝てるの?」
 床で丸まって寝ているアインを見て、怪訝な顔で聞くパティ。
「さっきまであんたに何かしてたんだけどねぇ。どうやらそれがよっぽど疲れたみたいだよ。」
「そう。何かぽかぽかして気持ちがいいと思ったら、こいつが変な事してたんだ。」
 パティも、どうやらアインが自分を治したらしいと分かる。とりあえず、自分のベッドに彼を運び込むと、下に降りていった。
「アインのこと、見ててね。」
「分かったよ。」


「あれ、毛布?何で?」
 夢現な意識のなかで毛布の感触を感じたアインは頭のなかで首をひねる。
「もしかして、今寝てるのかな?」
 妙に冷静に判断すると、とりあえず意識を覚醒させる。そしてそのまま勢いよく体を起こす。
 ぽにょん。
「え?」
「起きたみたいだね、坊や。」
 自分の胸に顔を埋められても、顔色ひとつ変えていないリサが言う。
「あれ、リサ?」
 自分の立場や状況が理解できていないアインが、クエスチョンマークを浮かべながらベッドからでる。
「どのくらい寝てた?」
「ほんの10分ぐらいだよ。」
 リサの答えを聞いて、少し安堵するアイン。
「ちょっと手伝ってくる。」
 そういって下に降りていくアインに、リサもついていくことにした。


「どうだい、様子は?」
「あ、後は盛りつけだけ。」
「何か手伝うことは?」
「これ運んで。」
 和やかな雰囲気のまま、パーティの準備は進む。
「で、アイン。結局あんた、あたしに何したの?」
 パティが、気になっていたことを聞く。
「ただの軟気功。」
 アインがこともなげに答える。
「軟気功って、達人がやるとどんな難病でも治せるって言う?」
 リサが驚いた顔で言う。
「僕のはそこまですごくないけどね。パティにやったのが精一杯。」
 それでも十分すごいのだが。
「何か、いろいろと隠し芸の多い奴だな。」
「硬気功ができたら軟気功もできるよ、普通。」
 アレフのつっこみに真面目に答えるアイン。パーティは和やかな雰囲気で進んでいく。


「今日はありがとう、アイン。」
「別に、感謝されるほどのことはしてないけど。」
「それでもありがとう。」
 珍しく素直なパティの様子に戸惑うアイン。あまり意固地に感謝を拒んでもまたいつものパティに戻るので、素直に受け取ることにした。
「どういたしまして。」
 騒動で始まった一日だが、終わりは静かだった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲