中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、演奏会に行く」 埴輪
「あれ?アインさん今日は仕事、どうしたんッスか?」
 仕事をしないアインに対して、テディが怪訝な顔をして言う。普段、アインは案外仕事以外のことをしていないので、休むと妙な感じがするのだ。
「おいおいテディ、忘れたのか?今日はシーラの発表会の日だぞ。今日ぐらいは仕事を休むさ。」
 アレフ達と、色々打ち合わせのようなことをしていたアインが、テディに対して答えを返す。
「で、開場は何時からだっけ?」
「12時半から。終わりは5時半だ。」
 まだ10時半だ。いろいろと時間は余っている。
「そうだなぁ。まずは、おまえの服を見つくろってくるか。さすがに、普段の格好じゃ失礼だ。」
「そうだね。それに、坊やの正装って、一度見てみたいしね。」
 普段着のアインを見て、アレフとリサが打ち合わせをする。招待状をもらったのは全員だが、彼女から直接手渡しで、というのはアインだけである。彼が一人で激励に行くのが筋だろう。
「じゃあ、ローレライね。ついでだからあたしも何か買おっと。」


「おまえなぁ。値段で服を選ぶなよ。」
 普段着のような安い服(デザイン自体は悪くない)を手にとるアインを見て、アレフが突っ込む。
「今日は正装を選びにきたんだよ。せ・い・そ・う・を!!」
 リサもあきれたように言う。アインに選ばせるとらちがあかないと思ったらしい。強引にアレフが見立てる。
「こんなとこでどうだ?」
 簡単なところで、メスジャケットとズボンにタイというオーソドックスなところを見つくろったアレフは、さっさとアインを着替えさせる。
「変じゃないか?」
 驚いたことに、そうやって正装すると、普段ののほほんとした雰囲気が消え、引き締まって見える。思わず見とれてしまうパティとリサ。
「似合うじゃないか坊や。」
「あんた、その格好の方がいいんじゃない?」
 もともと顔自体は悪くない。彼は顔や外見より、まず雰囲気で全てを判断されやすいタイプのようだ。
「うーん、いまいちしっくりこないなぁ。」
 悩んでいるアインをほっといて、さっさと支払いを済ませるアレフ。
「ちょっと待て、代金は・・・。」
「俺が出してやるよ。日頃色々世話になってるからな。」
 けっこうな金額なのだが、それを見てもびくともしない。デートばかりしているわりには、アレフは金に困っている様子がない。
「いつも思うんだが、アレフ。おまえ、どこから金をもらってきてるんだ?うちの給料だけじゃ、おまえの生活はどう計算しても成り立たないぞ。」
「ちょっとばかしへそくりがあってね。」


「で、花って、何を買うんだ?」
「僕が決める。別に経験がないわけじゃない。」
 そういって、てきぱきと花を選んでいく。
「経験って?」
「絵と彫刻の師匠の個展でね。」
 的確に花を選び、見事な花束を作り上げる。
「それ、どんな人だったんだ?」
「機会があれば話すよ。」
 支払いを済ませながら答えを返す。別に隠しているわけでもないのだが、アインは昔のことをあまりはなさない。旅にでる前の記憶がないせいで、周囲も遠慮してあまり尋ねないため、彼の過去は謎のままである。
「さて、そろそろ昼飯にしよう。」
 時計は12時を指している。食事をして劇場に行けば丁度いいくらいの時間だ。


「うわぁ。みんな気合いの入った服装をしてるわ。」
 どうやら、著名な音楽家も幾人もきているらしい。上流階級と呼ばれる家庭の人間も大勢いる。正装をせずにきたら、かえって目立っていたかもしれない。
「えーっと席番はっと。」
 シーラの用意してくれた席は、はっきり言って特等席といってもいい。舞台がよく見えるし、よく聞こえる。
「とりあえず、シーラの所に行ってきたら。その花束だって、いつまでも持ってたら邪魔だし。」
「そうする。」
 そういって、位置だけ確認して、アインはシーラの元へ向かった。


 こんこん。
「はぁ〜い。」
 ノックに反応して、ジュディが扉を開ける。扉の向こうに花束を抱えたアインをみとめて、中に招き入れる。
「よくきて下さいました。お嬢様がお待ちです。」
 シーラも、アインの姿を見て立ち上がる。
「シーラ、応援にきたよ。」
 そういって花束を差し出す。
「ありがとう。」
 見事な花束を受け取って、はにかんだような笑顔を見せる。
「調子はどう?」
「うん。やるだけのことはやったし。みんな見に来てくれてるから。」
 ほほえみを浮かべたまま、シーラが答える。発表会用の衣装のせいか、いつもより大人っぽく、美しく見えるシーラ。彼女の様子を見ていたアインは、安心したように言う。
「よかった。結構リラックスしてるみたいだね。これなら、今までで一番いい演奏が聴けそうだ。」
「ううん。私、実は今、すごくどきどきしてるの。これから人前にでるから取り繕ってるだけ。」
 そういって、突然アインの手を取ると、自分の心臓のあたりに当てる。
「ほらね。」
 そういって、顔を赤らめながら照れたように微笑む。
「え、あ、う、うん。」
 いきなり予想もしなかった行動にでられたため、反応を決めることができないアイン。線の細い見た目にそぐわず、かなり豊かな胸の感触が伝わってくる。うるさいほどどきどきしている心臓の鼓動は、自分のものかシーラのものかも分からない。
「お嬢様、最近ずいぶん大胆になったと思っていたけど、ここまでとは・・・。」
 そこまでの行動力を身につけたシーラと、シーラにそこまでさせるようになったアインとの両方に感心する。
「も、もうそろそろ開演じゃないのか?僕も席のほうに戻るよ。」
 そういって、出て行こうとしたとき、シーラがコンパクトを落とした。ガラスの割れる音がする。やはり落ち着いているように見えてかなり緊張していたのか、それとも自分の行動に今更恥ずかしくなって冷静さを欠いたのか、らしくない失敗をする。
「大丈夫か?」
 そういって、ガラスの破片を拾い集めるアイン。シーラも反射的にガラスを拾う。
「痛!」
 シーラが小声で悲鳴を上げる。どうやら指を切ったらしい。人差し指の先から、小さく血がにじんでいる。
「お嬢様!」
「大丈夫、このくらい。」
 心配させまいとして微笑むシーラ。とても大丈夫には見えない。
「とりあえず、布くらいはまいとこう。」
 そういって、ポケットからハンカチを取り出そうとするアイン。
「いいの。このくらいで演奏できなくなるほど、私はやわじゃないから。」
 その言葉に、何もできなくなる二人。さらに何かしようとすることは、彼女を信用していないといっているも同然だからだ。


「どうだった?」
「結構落ち着いてた。ただ・・・。」
 パティの問いに、シーラの様子を話すアイン。しかし、指のことは少し言葉を濁してしまう。
「ただ、どうしたんだい?」
 リサが続きを促す。
「ちょっとした事故で、指を切った。ふだんの生活なら、かすり傷だ。」
 多分、アインなら5分でふさがるだろう。
「ちょっと待て。指を切ったって、これから演奏なのにか!?」
「アレフ、静かに!」
 そういってアレフを制止する。その話題のシーラが、舞台の上に上がったのだ。どうやらかなり彼女の名は知れ渡っていたらしく、プロの音楽家達の目つきも今までの人物とは変わって真剣なものになる。
「大丈夫かなぁ。」
 真剣な顔になり、心配そうに舞台を見るパティ。周囲の心配とは裏腹に、彼女の演奏はよどみなく始まる。美しいメロディと、その奥にある凄まじいまでに強い思い。はっきり言って、指をけがしている人間の演奏とは思えない。
(この曲は・・・。)
 そう、シーラが演奏している曲は、以前アインが招待状をもらったときに、草笛で吹いたものだった。一度しか演奏しなかった曲なのに、見事にピアノにアレンジしてマスターしている。
「すごい。」
 思わず、アインがつぶやく。衣擦れひとつ起こらない。皆真剣そのものといった表情で演奏に耳を傾ける。
(この後の人、かわいそうだな。)
 そんなことを考えてしまうほど、素晴らしい演奏である。今までの演奏者とは、けた違いのレベルだ。演奏が終わって、今までで最高潮の拍手が巻き起こる。微笑みながら舞台でお辞儀をするシーラ。
「すごかった。」
「正直、負けたよ。」
 アインのつぶやきに対して、答えを返すアレフ。意味が分からず怪訝な顔をするアイン。
「分からないなら、それでいい。」
 アインの様子を見て、苦笑しながら言うアレフ。こういう鈍い相手に何か言う気はすでに起こらない。
「ほんと、あのシーラが、ここまでやるなんて。」
 引っ込み思案だった頃の彼女からは、想像もできない。
(でも、勝負はまだまだこれからよ)
 パティがそんなことを考えているとは、つゆ知らないアインだった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲