中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、遺跡を調査する」 埴輪
「遺跡の調査」
 魔術師ギルドから、ジョートショップに対しての依頼である。
「遺跡?」
 アレフが依頼票を見て、首をひねる。
「ああ、たぶん前にピート達が迷子になった遺跡だろう。」
 アインが言う。前のことのせいで、調査がとまっていたらしい。
「で、受けるのかい?」
 リサの問いかけに対して、アインは承諾の意を示す。
「どうやら、クリスも付いてくるらしい。素人ばかりに任せるわけにも行かないだろう。」
「じゃあ、あたしも付き合おうかい?」
 リサの質問に、自分一人で良いという答えを返す。彼女には、自警団のモンスター退治の方に行ってもらうつもりらしい。
「あと、シーラは作曲の仕事。いっぱいあるからやりたいやつを選んでくれれば良いよ。」
 といって、どさっと依頼票を彼女の前に置く。この間、唯一アンコールをもぎ取ったピアニストとして、エンフィールド中に彼女の実力は知れ渡ってしまっている。だが、依頼票の多さから見ると、あの曲は彼女のオリジナルだと思われているらしい。
「じゃあ、これとこれとこれ。」
 中からけっこうな量の仕事を選び出すシーラ。それを見てちょっと心配になったアインは、
「別にそんなにやらなくても、一つで良いよ。無理しないでくれよ。」
 と一応言っておく。彼女はけっこう頑固なところがある。やると言った以上、全部やり遂げるだろうが、無理をされては困る。
「大丈夫。ちゃんと出来る量だけ選んだから。」
 そういって微笑む彼女を見ると、何も言えなくなる。
「じゃあ、あたしはこれとこれをやるわね。」
 パティも、けっこうな量の仕事を引き受ける。ちなみに、一つは料理である。
「パティもあんまり無理しないでくれよ。」
「分かってるって。」
 少し心配そうにパティを見る。あの演奏会以来、二人とも妙に仕事で張り切っている。一時のアインほど極端ではないが、かなりの量の仕事をこなしている。まるで競い合うように。
「あんまり張り切るなよ、パティ、シーラ。」
 アレフがあきれて言う。アインに、二人とも競争でもしてるようにしか見えない、といわれて思わず苦笑したものである。結局彼は、自分で確実にこなせるだけの仕事を選んで引き受けた。たくさんやるだけが親友の役に立つ方法ではないのだ。


「アイン君、実は、相談したいことがあるんだ。」
 遺跡に入ったあたりで、先頭のアインの横に並んでクリスがそう声をかける。
「何?由羅のことだったら、僕はあてにならないけど。」
 正直にそういって、彼の言葉の続きを待つ。
「どうして分かったの?」
「簡単だよ。頭が良くて、たいていのことは自力で解決できるクリスが、僕に相談する事なんて、対人関係、それも女性関係ぐらいだろ?」
 あっさり言ってのける。あわてたクリスは、
「買いかぶりだよ!僕はそんなにすごくない!」
 と否定するように言う。
「寮生活って言っても、その年で自立してれば十分すごいと思うけど?」
 だが、アインは、もっと自信を持てとでも言うように、クリスに言葉をかける。
「僕は、アレフ君やアイン君みたいに立派な人間じゃないから。」
 そういったきり、口を閉ざす。アインに何を言っても、自分のコンプレックスを理解してはもらえないだろう。
「まあ、いろいろ話したいこともあるし、もう少し先で休憩できそうなところがあると思うからそこで相談に乗るよ。」
 そういって、あまり悩むなよ、とでもいうようにクリスの頭をぽんと叩く。


「あ、アイン君って、いつもあんな罠の解除の仕方してたの?」
 少し青ざめた顔で、アインに対して聞くクリス。
「いつもって訳じゃないよ。無害な奴とか、逆にやり過ごした方が安全な奴は避けていくし。」
 そう、アインは罠をわざわざ発動させてから壊す、というやり方で解除していたのだ。落とし穴なんかは、先に発動させてから、向こう側にわたれるように適当な通路を確保していた。
「おいおい、もっと他の人間のことも考えてやってくれよ。」
 ギルドマスターのトラヴィスが苦情を言う。報酬の額が多いのと、好奇心が沸いたため、今回は彼が直々に顔を出している。
「だから、罠の範囲には僕しかいないときにやってるし、下手に罠をはずそうとして発動するよりはましだろ。」
 けっこう無茶なことを平気で言っている。どうやら、もしなにかがあっても自分一人ですむと言いたいらしい。
「全く、アリサさんもこんな奴抱えちまって、無茶苦茶大変だろうな。」
 苦笑しながらそういうと、他の人間の所に行く。
「さて、確か、由羅とのつきあい方だっけ?」
 クリスがうなずくのを見てから、アインが続ける。
「そうだなぁ。まず最初に聞いておくけど、クリスは由羅のことは嫌いか?」
「嫌いって訳じゃないけど・・・。やっぱり、どうしても怖いんだ。」
「ま、仕方ないか。迷惑なのは確かだし。」
 クリスの言葉を聞いて、苦笑するしかないアイン。ショック療法をするにしても、もう少し耐性がないと劇薬にショック死しかねない。
「じゃあ、僕が仮に女だったら、怖いか?」
 唐突な質問をされて、とまどうクリス。
「別に、ばかな世迷い言って訳じゃない。現に一度、マリアのせいで女になってるし。」
「え!?」
「その時のみんなの反応は見物だったぞ。アレフなんかいきなり僕を口説きだしたし。」
 笑いながらアインが言う。だがクリスは、とても笑えなかった。
「で、どうだ?怖いか?」
「怖くは、無いと思う。」
「どうして?」
「だって、アイン君なんでしょ?」
 その言葉を聞いて、聞きたかった言葉を聞いたと思ったアインは、続きを言う。
「つまり、そういうこと。僕がクリスに出来るアドバイスはそれだけかな。」
 そういって、移動の準備を始める。他の調査隊の面子も同じように準備に入っている。
「ちょっと待ってよ、どういう意味なの?」
「だから、そのまんま。性別の前にまず、相手の人格と付き合えって事。」
 そういってそのまま先頭を歩く。


「無理だよ。さっきも言ったけど、僕はアイン君みたいにすごくない。」
「僕がすごい?どこが?」
 いまいち自覚のないアイン。彼がすごいという意見には、知り合いは全て賛成するだろう。
「何でも出来るし、時々普通の人間とは思えないことをするし・・・。」
 普通の人間はしないことをする、という意味なら多少自覚のあるアイン。だが何でも出来る、ということに関しては首をひねってしまう。
「別に、何でも出来る訳じゃないよ。普通の人間より丈夫だから、その分少しだけよけいに踏ん張れる。ただそれだけのことだよ。」
 率直に思っていることを言うアイン。何でも出来る人間なんていない。彼はそのことを痛いほど知っている。
「それに、誰とでもうまく付き合えるし。」
「そう言うわけでもない。だって現に、パティ達とのつきあいは、僕自身の手に負える状態じゃなくなってきてるし。」
 そう言って、今現在の状態を率直に言うアイン。
「結局、僕にはどうすればいいか分からない。」
 大蝙蝠を追い払いながらぼやく。それを聞いて、唖然としてしまう。アインの苦手分野は分かったが、彼がここまで鈍いとまでは考えていなかったのだ。
「まあ、あんまり焦るのは良くない。まずは女の子の友達でも作って、そこからなれていけば良いよ。由羅だって、本気でクリスに害が及ぶようなことはしないと思うし。」
 そう言っているうちに、最深部に付いたようだ。ここではアインの仕事はほとんどない。


「しかし、変わった物ばかりだ。」
 そうつぶやくアイン。無理もない。特殊な、それだけに普通では役に立たないものばかりが出てくる。しかし妙だ。なにかがおかしい。
「クリス、気を付けろ。なにかがおかしい。」
 クリスも多少気が付いていたらしい。真剣な顔で頷く。と、その時彼らの予感を裏付けるように、女性のギルド員の影からヴァンパイアが現れる。
「くそ、裏をかかれたか!」
 完全に彼女を盾に取られた形である。はっきり言ってまずい。
「カーマイン・スプレッド!」
 だが、クリスは警戒するとともに、魔法の詠唱に入っていたらしい。高位の攻撃魔法を放つ。
「イシュタル・ブレス!」
 それよりやや早く、アインが彼女に魔法をかける。この魔法だけは、なれている分あまり使わないクリスの高位魔法より詠唱が早かったのだ。
「ぐぎゃぁ!!」
 見事にピンポイントでヴァンパイアに命中する。吹き飛ばされるヴァンパイア。しかし、その瞬間霞のように体が消え、今度はクリスの背後に姿を現す。
「ルーン・バレット!」
 そこに、彼女から魔法が飛ぶ。同じようにダメージを受けた後、姿を消そうとし、アインに阻まれる。
「はぁ!」
 アインは、軟気功のもう一つの使い方をしていたのだ。すなわち、アンデッドの浄化。
「がぁ!!この私が!!!」
 さして台詞も言わぬうちに、アインによって浄化されるヴァンパイア。軟気功とは、生命力を強化し、体の気の流れを整える技術だ。負の生命力を持つアンデッドでは、正の方向に気を整えられてしまうと、生命を維持できず、浄化されてしまう。
「こ、怖かった。」
 思わずへたり込むクリスに対し、女性ギルド員が近づいてくる。
「ありがとう、クリス君。」
 そう言って、頭を下げると、他の所に立ち去る。
「別に、考えるまでもなかっただろう?」
 そう言って、アインはいたずらっぽく微笑んだのであった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲