中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、武闘会に出場する!前編」 埴輪
「アインさん、何してるんッスか?今日は大武闘会の日ッスよ。」
「大武闘会?」
 いつものように、月末の書類整理をしようとしたアインは、テディの台詞に怪訝な顔をする。
「そういえば、アインクンは知らなかったのよね。今日は、エンフィールド大武闘会って言う武術の大会があるの。」
「へぇ。そうなんですか。」
 そういって、再び書類整理にかかるアイン。
「見に行かないんッスか?」
「どうせ、リカルドもでるんだろ?だったらリカルドとマスクマンの一騎打ちで、リカルドの勝ち。」
 興味なさそうに言うと、そのまま書類整理を続ける。
「だったら、アインクンも出場したら?」
 アリサの台詞に、アインは苦笑して、
「僕じゃあ、リカルドには勝てませんよ。」
 という。と、そこにティグスが入ってくる。
「アイン、とっとと準備しろ。大会の組み合わせが決まるぞ。」
「へっ?」
 ティグスの台詞に、怪訝な顔をするアイン。
「姫様の命令でな。おまえを出場者の所に登録しておいた。」
「ちょっと待て!聞いてないぞ!」
 講義するアイン。だがティグスは、
「当然だ。言ってないからな。」
 と涼しい顔でいう。どうやら、アインの抗議など、はなから聞く気はないようだ。
「何で勝手にそういうことをするかなぁ。」
「リカルド殿もマスクマン殿も、おまえがでることを期待している。出ないのは失礼だろう?」
 あっさりそういうティグスに、何かを言う気も失せるアイン。もともと闘争心に乏しい彼は、こういう大会は面倒くさいことこの上ないのだ。
「仕方がない。やるだけはやるよ。」
 最も、やるとなったら手は抜かない。手加減と手抜きは違う。手加減は状況によっては必要だが、手抜きは相手に対して失礼なだけである。


「いきなりマーシャルか。」
 掲示板を見て、少し戸惑うアイン。できるだけ、当たりたくない相手である。体を壊した格闘家を、力一杯殴るのは気が引ける。だが、中途半端に手加減するのもよくない。
「まあ、マーシャルなら負けることは無いじゃないか。」
 アレフが、無責任なことを言う。本人とアリサとテディ以外の全員が、事前に彼が出場することを知っていた。そのかわり、ティグスは欠場である。
「どうせだったら、全盛期のマーシャルと戦ってみたかった。」
 マーシャルは決して弱くなかった。いや、強かったというのが正しいであろう。最も、そのことを知っているのは、アイン、ティグス、マスクマン、それにリカルドぐらいであろうが。


「アイン、手加減無用で来るヨロシ。」
 そういうマーシャルに対し、礼儀として、最高の一撃をたたき込むアイン。体は反応するが、遅くて間に合わない。吹き飛ばされるマーシャル。だが、皮肉なことに、体が反応したという事実が、彼の昔の実力を周囲に知らしめることになる。誰も、アインの一撃に反応できなかったのだ。
「勝者、アイン!」
 審判がそういう。アインはマーシャルを助け起こし、一緒に控え室に戻る。
「完敗あるよ。あなた、私の不敗伝説、受け継ぐね。」
 苦笑しながら、まだ無理だよ、と答えるアイン。せいぜい、マスクマンに届くかどうかだと本人は考えている。下手をすると、レオンにも勝てるかどうか。


「ねぇ、ティグス。アインってどのくらい強いの?」
 パティが、客席でティグスに問う。自分では、実力に開きがありすぎて、判断できない。
「ベルファールにいた頃より、さらに強くなっているからな。具体的にどの程度とは言いにくい。ただ、あのころでさえ、『不死身の闘将』などと呼ばれていたほどだ。はっきり言って、世界でも最強クラスだろう。」
「ただ、坊やって、いまいち強さがはかりにくいんだよね。」
「だから、無理矢理この場に引っぱり出したのだ。」
 そういって、真剣な顔で闘技場を見るティグス。フィールドでは、アインが2回戦の相手をフェイントでからかっているようだ。
「あの攻撃は、かなり受けにくい。」
「そうなの?」
「ああ。剣筋が素直な分、どれがフェイントか分からない。」
 その時、勝負が決まった。上から来た剣を受けようとした相手は、下からのすくい上げるような一撃によって剣をはじき飛ばされたのだ。


「さて、次は誰だ?」
 出された飲み物のふたを開けながら、アインがアレフに聞く。あまり力量を信用されていなかったアインだが、二試合で街中の人にその強さが知れ渡ってしまった。普段の態度とのギャップのおかげで、まるで狐に摘まれたような顔になっている人間も多数いる。
「次は、ガレスだって。」
「強いのか?」
「さあ?そこそこは強いんじゃないか?」
 その台詞を聞いたアインは、そうかと言いながら、容器に口を付ける。その瞬間、
「駄目だ!みんな、飲むな!!」
 そう叫ぶ。あまりの剣幕に驚き、飲もうとした手を止めるもの数人。しかし、リカルド達を含めた大多数は、もう飲んでしまっていたようだ。
「どうしたんだ、アイン!?」
「しびれ薬だ。それも即効性、かなり強力な奴だ。」
 言っている間に、どんどん倒れていく選手達。リカルドは、表面的には平気そうだ。
「大丈夫か、リカルド?」
「今はまだな。だが、気合いで耐えてるにすぎん。」
 その台詞を聞いたアルベルトが、血相を変える。
「隊長!」
「騒ぐな、アルベルト!確かトーヤかカッセルの所に、この種の麻痺毒の解毒剤のストックがあったはずだ。取りに行くぞ!」
 そういって、外に出るアイン。それを追うアルベルト。何故か一緒に来るハメット。
「何でおまえまで?」
「私の可愛いゴーレムちゃんも、しびれ薬を飲んでしまったのです。」
 その台詞に、白い目を向けるアイン。ゴーレムにしびれ薬など効かないしびれる神経など無いからだ。
「アルベルト、邪魔のしあいは無しだぞ!」
「分かってる!」
 彼らは、トーヤの所に走った。


「これがそうだが、こいつしかストックはないぞ。」
「仕方がないか。これでも何人かは試合ができる。」
 しかし、解毒剤を飲んでも、しばらくは後遺症が残る。大したものではないといっても、武術の大会においては致命的なものになる。
「急いで戻るか。」
「そうだな。」
 そうして、彼らは会場まで戻った。


「ご苦労だねぇ。これから試合だって言うのに。ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ。」
「またおまえか、シャドウ。」
 あきれたように言うアイン。半ば予想していたことだが、やはり今回のことについても、こいつが関わっていたらしい。多分、ハメットも何かのかたちで手を下しているだろう。
「で、今度は何を考えてるんだ?」
「別に。もうやることは終わったしな。じゃあ、あばよ。」
 そういって虚空に消えるシャドウ。まるで、実体のない存在のようだ。
「待て!!」
 アルベルトが叫び、駆け出そうとするが、
「放っておけよ、アルベルト。それとも、行き先に当てがあるのか?」
 アインのその台詞に、我に返る。
「さて、次の試合に行って来るか。」
 のんびり言うと、試合場に向かうアイン。3回戦の相手は、しびれ薬のおかげで棄権し、本来4回戦で当たるはずの相手と当たることになるようだ。


「またあんたか。」
「ほほほ。私のゴーレムちゃんには、しびれ薬など効かないことを忘れていました。」
 白々しさも、ここまで来ると芸術である。
「まあ、そんなことはどうでもいい。とっとと始めよう。」
 その台詞が試合開始の合図になった。突進してくるゴーレムを、あっさりかわすアイン。すれ違いざまに、凶悪な一撃をたたき込む。
「ま゛!?」
 斬られたことに気が付かず、そのまま突進を続けるゴーレム。下半身は止まるが、上半身はそのまま動き続ける。斬られた位置でずれ、上半身が地面に落ちる。どうやら、戦闘不能のようだ。
「勝者、アイン!」
「しかし、しびれ薬って、結局あまり実力のない奴を、ふるいにかけただけだったりして。」
 そんなことを考えつつ、控え室に戻ったのだった。
[後編に続く]

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