中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、記憶喪失になる」 埴輪
「ドクター!」
 アレフが、クラウド医院に大騒ぎしながら飛び込んだ。
「何だ、騒々しい。」
 顔をしかめながらトーヤがアレフに聞く。
「ちょっとばかし困ったことになった。アインのやつを見てやってくれ。」
 アイン、という言葉にまたか、という顔をするが、アレフの様子がただごとではないので、とりあえず診察することにした。


「なるほど、確かに大変なことになってるな。」
 トーヤが、面食らった顔で、診察室から出てきた。
「いくらアインが常識はずれとはいえ、ここまでやってくれるとは思わなかった。」
「で、どうやったら治る?」
 アレフが、困ったように尋ねる。
「わからん。いくら何でも、記憶を失っているやつがもう一度記憶喪失になるなんて、そんな症例は俺もしらん。」
 お手上げ、とでも言うようにトーヤが首を振る。
「全く、工事現場で子供をかばったあげくに、鉄骨の直撃なんか食らいやがって。」
 それで生きてる方が不思議なのだが、その事については何も言わないらしい。
「とりあえず、俺も調べられるだけ調べておく。だがあまり期待はするな。」
「わかった。」


「担がれてるんじゃないの?」
 パティが、正直にそういった。ふつう、記憶喪失そのものが珍しいのだ。記憶が戻る前に二度もなってはたまらない。
「何のために?」
 アレフも、それは考えなくもなかったのだが、それにしては手が込みすぎている。こっちをからかっているだけなら、病院に行く前にやめるはずだ。
「まあ、アインの考えることはよくわからんからなぁ。」
 ティグスが、困ったように言う。
「何にせよ、ショック療法でもやってみるかい?」
 リサが、おそるおそるといった感じで聞いてくる。
「ショック療法って?」
 パティが、いやな予感がするという顔で聞く。
「簡単だよ。マーシャル武器店で棍棒でも借りて、頭をがつーんと。」
 古典的な方法を挙げる。アインなら、確かにそれでも問題はなさそうだが、もし失敗すると、目も当てられない。
「やめた方がいいな。」
 ティグスが、あっさりとその意見を切り捨てる。
「じゃあ、後ろから大声で驚かすとか、うがいをしながら水を飲むとか。」
 シーラが、ずれたことを言う。
「それって、しゃっくりの止め方よ。」
 疲れたような顔で、パティがつっこむ。
「じゃあ、ご飯の固まりを丸飲みするとか・・・。」
「それは、のどに刺さった小骨の取り方。」
 シーラも、相当動揺しているようだ。普段なら、ここまでぼけたことは言わない。
「で、そのアインは?」
「ジョートショップ。よくわからない以上、アリサさんに任せるのが一番だからな。」
 アレフが、リサの問いに答える。


「アイン君、今日はもう、休んだら?」
「ここで、ですか?」
 名前も覚えていない有様だったが、何度も呼びかけられるうちに、アインというのが自分の名前だということぐらいは理解したようだ。
「アインさんはここで暮らしてたんッス。」
 テディがアインに対して注釈を入れる。
「そうなの?」
「そうッス。」
 どうやら、納得したらしい。今なら、誰かが恋人だったといえば、素直に信じるかもしれない。
「アイン様!」
 そこへ、場をややこしくするようにファーナが入ってくる。いつものようにめかし込んでいる。
「えっと、誰?」
 今の彼は、会う人間全部が初対面だ。
「まあ、私をお忘れになられるなんて!あんなに深く愛し合ったのに!!」
 お約束のように、大嘘を言うファーナ。ここがチャンスとばかりにまくし立てる。
「私と愛のちぎりを結んだあの夜のこと、お忘れになられたのですか!?」
「そうなの?」
 とりあえず、手近なところでテディに聞くアイン。あきれたようにテディが言う。
「僕が知るわけないッスよ。」
 当たり前といえば当たり前である。
「何大嘘言ってるのよ!」
 そこへ、さらに場をややこしくするように、パティとシーラが入ってくる。
「アイン、ちょっと俺たちにつきあえ。」
「もしかしたら、何か思い出せるかもしれん。」
 そういって、アレフとティグスが彼を引っぱり出す。
「どこへ行くんだ?」


 アインがつれていかれたのは、リヴェティス劇場だった。どうやら、今日の演目はすべて終了しているらしい。
「ちょっと、舞台とピアノを借りたいんだが?」
「アインさんのことですね。」
 このことは、一大珍事として、街中に広まっているらしい。支配人と交渉すると、あっけないほど簡単にOKが出た。
「ただし、今度シーラさんにもう一度ここでリサイタルを開いていただきますよ。」
 という条件は付けられたが。


「じゃあ、頼んだぞ、シーラ。」
 結局、ショック療法でいくことになったが、下手に物理的に衝撃を加えるのはまずいと言うことになり、精神的に、揺さぶることになった。シーラの想いのこもった、美しい旋律が流れる。曲は、もちろんコンクールで弾いたものである。
「どうだ?」
「少し、頭が痛いような気がする。」
 簡単に答えを返すアイン。いまいち状態がわからない。
「確かに、この曲は聴いた。でもいつ、どこで?」
 少しは効果があったようだが、まだまだらしい。
「じゃあ、次はあたしね。」
 そういってパティは、アインをさくら亭につれていった。


「はい、お待ちどうさま。」
「お金持ってないんだけど?」
「今日はサービスだ。」
 パティの料理に対してそういったアインに、さくら亭の主人が答える。
「いいの?」
「かまわんよ。」
 その返事を聞いて、安心して料理に口を付ける。ちなみに、メニューは、彼がよく食べていたものや、好物ばかりである。
「どう?」
「おいしいけど、それが?」
 質問の意味が違うのだが、それに気がついていないアイン。
「そうじゃなくて、何か思いだしたかって事だよ。」
 あきれたように、アレフがつっこむ。
「うーん、なんか、頻繁に、食べていたような気がする。でも、正確に思い出せない。」
 その答えを聞いて、落胆する一同。
「なかなか、手強いな。」


 その後、メロディにじゃれつかれたり、由羅に強い酒を飲まされたり、トリーシャチョップを食らったり、マリアの魔法に巻き込まれたり、とかなりいろいろあったが、結局完全には記憶は戻らなかった。
「うーん、確かに、この街には住んでた。みんなのことも知ってる。かなり親しかったはずだ。」
 そういって、ジョートショップまでついてきた面子を見回す。
「でも、やっぱり思い出せない。」
 そういって頭を抱えるアイン。
「まあ、焦る必要はないんだがな。」
 悟ったように、言うアレフ。無理に直そうとしても無駄に違いない。
「まあ、明日のことは、明日考えよう。」


「へ?昨日、僕に何かあったのか?」
 次の日来てみると、アインはあっさり記憶が戻っていた。
「記憶喪失かましてたこと、覚えてないのか?」
「そういえば、昨日は子供をかばったところから思い出せないんだけど?」
「説明するのはしんどい。気にするな。」
「そういわれると、気になるんだけど。」
 その日一日、何があったのか気にしていたアインだが、みんなにいろいろ言われたあげくに、かなりたかられたため、気にする余裕はなくなっていた。
 結局、治った原因は不明のままであった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲