中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、逃げる 前編」 埴輪
「あんまり、やりたくないなぁ。」
 ショート家の門の前で、アインはため息をついた。例によって、マリアの依頼を受ける羽目になったのだった。
「やっぱりやめたいなぁ。」
 お金自体は予定より早くたまっているので、こういう怖い依頼はあまり受けたくないのだが、そうも言えない。
「仕方がない。覚悟を決めるか。」
 そういって、呼び鈴を鳴らす。鳴って、わずか数秒で門が開き、中からマリアがでてくる。新記録だ。
「やっと来たんだ。さ、こっちこっち☆」
 妙にはしゃぎながら、マリアが腕を引っ張る。こういうときのマリアは、まずあまり真っ当なことを考えていない。
「はいはい、分かりましたよ、お嬢様。」
 あきらめの表情でついていくアイン。今回はあんまり大事になりませんようにと内心で祈りながら。


「で、今日はこの薬を飲んで欲しいの☆」
 渡された怪しげな飲み物(変な風に色彩が変わるどろっとした不透明な液体)を、覚悟を決めて一気に飲み干す。
「どう?」
 どうと言われても何も言えない。味ははっきり言って名状しがたいものであった。強いて言えば生焼けの砂利とよく焼いた鉄板を混ぜた味と入ったところか。
「味じゃなくてぇ!」
 アインの台詞にとりあえず突っ込むマリア。最も内心では、そんな物を作ったのかと冷や汗を流していたが。
「これといった変化はないような気がする。別に尻尾も角も生えてこないし。」
 無茶苦茶なことを言うアイン。しかし、次の瞬間、変化は起こったのだ。
「アイン、マリアのことを好きにしてぇ!!!」
 そう、アインではなくマリアに。
「わわわ!いったいなんだよマリア!」
 慌てて飛び退くアイン。はっきり言って、いきなりの変化についていけない。妙に潤んだ目でこちらを見るマリア。妙な色気まであって、はっきり言って、誘惑としてはかなりの破壊力がある。
「アイン、マリアはアインのものよ〜!隅々まで愛してぇ!!」
 危険なことを口走るマリア。迫られているのがアインでなければ、とてもここには書けないような展開になっていただろう。だが、相手はアインだ。理由を察して、逃げのモードに入っていた。
「マリア、そういうことはせめて18歳以上になってから言おうな。」
 そういいながら、マリアの机の上にあった魔導書を手に取り、窓から飛び降りるアイン。多分、この本だろうとあたりを付けたのだ。
「まってぇ〜☆」
 妙な嬌声をあげるマリアを無視して、アインはジョートショップに逃げることにした。


「あら、アインクン、お帰りなさい。」
 そういってでてきたアリサ。アインは、とりあえず事情を説明しようとして、
「アインクン、年上は嫌い?」
 逃げる必要が生じる。
「年上って?」
 とりあえず、惚けようとしてみるアイン。
「もう、分かってるくせに。あのね、アインクン。」
 やはり、妙に色っぽい潤んだ目でアインに近づきながら、アリサは衝撃的な一言を言い放つ。
「私のことを、一人の女としてみて欲しいの。」
「やだなぁ、アリサさん。いくら何でも、母親に手を出すわけにいかないでしょ?」
 母親、ということに多少後ろめたさを感じながら、逃げ口上を述べるアイン。
「あら、別に血は繋がっていないわ。それに、男と女の関係に、血のつながりなんて何の障害にもならないわよ。」
 やはり、嫌に過激なことを言うアリサ。マリアと同じである。アインとて、年頃の健全な男性である。勢いで手を出してしまいたくなる自分を、凄まじい自制心で押さえつけながら、とりあえず窓を探り当てる。
「まだ用事が残ってるので、今日の所は遠慮させていただきます!!」
 そういって、窓から飛び出す。だが、悪いことに、飛び出した先には、一人の男が居た。
「アイン、貴様!」
 アルベルトが、凄まじい形相で立っていた。今の会話を聞かれたのかもしれない。
「アルベルト、いつから!?」
「そんなことはどうだっていい!貴様!」
 そのあと、強烈な一言をかますアルベルト。
「黙って俺の愛を受け入れろ!!」
 よもや、この薬が男にまで効くとは思わなかったアイン。どうしようか考えていると、今度はアレフがやってくる。
「アレフパーンチ!!!」
 いきなり殴りかかるアレフ。
「てめぇ、何しやがる!」
「こいつは俺のもんだ!」
 つかみ合って、殴り合いを始める二人を、アインは力尽くで眠らせることにした。


「トーヤ、こいつらの手当を頼む。」
 嫌な予感はしていたが、でかいたんこぶをつくって目を回している二人を放っておくわけにもいかない。
「分かった。こっちに連れてこい。」
 いつものトーヤと変わらぬ態度にほっとしたのもつかの間、診察室に入った次の瞬間、扉に鍵を掛けられる。
「さて、そろそろ観念してもらおうか、マイハニー。」
 トーヤが、いつもと変わらない顔で言ってくる。
「ちょっと待てよトーヤ。」
 そういいながら、前進に冷や汗をかきながらあとじさるアイン。
「何だ?患者は医者の言うことを聞くものだぞ、マイハニー。」
「イヤ、だから、僕にはそっちの方面の趣味はないから・・・。」
 そういって、とりあえず退路を確保するアイン。
「他を当たってくれ!!」
 そういって、確保した退路(やはり窓だが)から飛び出す。今日は、真っ当なところからは出られないらしい。


「さくら亭には・・・・。いかない方が無難だな。」
 そんなことを考えながら道を走っていく。時間帯が平日の昼間なので、あまり人影はない。最も、このまま無事に済むわけもないのだが。
「アイン、何やってるんだ?」
 ティグスが、袋を抱えて現れる。中から大根などが見えるあたり、夕食の材料らしい。「ちょっと、色々あってね。それじゃあ、また明日。」
 そういって、側を立ち去ろうとしたアインは、肩をつかまれて立ち止まらされる。
「アイン、姫様がイヤならば、私と一緒にならないか?」
 その台詞を聞いた瞬間、遅かったことを悟るアイン。そこへ、
「何やってるんだい、坊や?」
「あんた、マリアの依頼は?」
 リサとパティが近寄ってくる。
「丁度よかった。何も言わずにティグスを抑えておいてくれ!!」
 とりあえず二人に対して頼む。
「分かった。アタシは坊やのためなら死ねる!!」
「あ、リサずるい!!あたしだって!!!」
 彼女たちにも効果が及んだことに気が付くアイン。徐々に効果が及ぶまでの距離が長くなり出している。
「全く、マリアの奴やっかいなものを!」
 舌打ちしながら、彼らをどうにかする方法を考える。ティグスはさすがに強い。パティとリサ二人掛かりでまだ相手を圧倒している。
「スタン。」
 面倒になったアインは、3人まとめて眠らせることにした。どうせティグスにはあまり効かないということが分かっているからその場に残す。眠ったリサとパティを担ぎ上げて、さくら亭に連れていくことにした。


「あ、アイン君!」
「よう、アイン。」
 まずいことに、さくら亭にはピートとクリスが居た。とりあえず、彼らをいったん無視して、二人を部屋に放り込む。降りてくると、案の定の反応があった。
「アイン君、僕と正式におつきあいして欲しいんだ!!」
「アイン、俺の恋人になってくれ!!」
 そろそろ、いい加減面倒になってきたアインは、問答無用で眠らせることにした。
「スタン。」
 だが、所詮手抜き魔法だったためか、ピートには効かなかった。
「酷いぞ、アイン!?俺のこと、嫌いか!?」
「嫌いじゃないが、そういう意味では好きでもない。それに僕は、そっちの方面の趣味はないんだって。」
 そういって、クリスを担ぎ上げる。
「とりあえず、クリスを寮に連れていってくる。」
 そういって、さくら亭を後にする。一つ処理する過程で新たに一つことが起こるため、全部処理しきらないとどうにもならないことを、アインは悟っていた。

中央改札 悠久鉄道 交響曲