中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、逃げる 後編」 埴輪
「さて、誰かに会う前にここからでないとな。」
 クリスを部屋に放り込んだ後、アインは周囲に気を配りながら、寮を出ようとした。
「しかし、マリアもクリスも当てにならない以上、自力で何とかしないとなぁ。」
 シェリルにしても、まず惚れられ薬の効果に引っかかるだろうことは予想に難くない。下手に被害を出したくないのなら、自分で何とかしないといけない。
「アインさん、どうしたんですか?」
 まるで、狙った日のようなタイミングで、シェリルが帰ってくる。
「ちょっと、クリスをね。」
 前に酔っぱらって絡んだときに言った内容は、覚えていないらしい。覚えていたら、彼女のことだ。まともにこっちを見られるわけがない。
「アインさん、これから、ひまですか?」
 どうでもいいことを考えている内に、シェリルに誘われる。まずいな、と思いはするが、簡単には断れそうにない。
「ひまって訳でもないけど、少しくらいの時間はあるよ。」
 仕方無しにそう答える。うまく行けば、彼女に解毒剤をつくってもらえるかもしれない。
「それじゃあ、私の部屋に来て下さい。」
 いくら何でも、女子寮に行くわけにもいかない。そう答えても普段からは信じられない積極性と技でアインを丸め込んで、自分の寮の部屋に連れ込む。


「アインさん、私のこと、どう思います?」
 来ることが分かっていたので、比較的冷静に答えることができる。
「親しい友人、かな?」
 そのまま答える。好きの種類について考えがまとまるほど、彼はそういった方面にはすれていない。分からないものは分からない。
「私、それじゃあイヤなんです。」
 シェリルが顔を近づけてくる。と、いきなり背を向けて、
「でも、アインさんには私なんかが入り込む余地はないんですね。」
 そういって方をふるわせるシェリル。今までになかったパターンなので対処に困る。と、アインの頭に一つの考えがまとまる。多少臭い演技が必要だが、これなら何とかなるかもしれない。
「私、シーラさんやファーナさんほど綺麗じゃない。でも、あなたを思う気持ちは、誰にも負けないつもりです!!」
 恥ずかしい台詞を真顔で言うシェリル。雰囲気に流されたように、後ろから抱きつくアイン。
「そんなことはない。シェリルはシェリルで、十分魅力的だよ。」
 そういいながら、抱きしめた腕の位置を変える。
「本当ですか!?」
「うそは言ってないよ。」
 そういいつつ、腕を首に回すアイン。次の瞬間には、シェリルの体から力が抜ける。
「ふう、いくら何でも、呼ばれた部屋で、主の女の子を落とす羽目になるとは思わなかった。」
 ぐったりしているシェリルをベッドに寝かせると、窓からばれないように逃げ出す。
「しかし、まだ昼過ぎなんだよなぁ。なんか一日が長い。」


「アインちゃん!メロディとラブラブしようなのだぁ!!」
「わぁ、メロディ!!いったいどこから出てきたんだぁ!?」
「あの屋根の上からですぅ!」
 どうやら、近くの民家の屋根の上で、ひなたぼっこをしていたらしい。はっきり言って、泥沼にはいると対応が面倒臭くなるので、何かを言われる前に、とっとと逃げ出すことにした。
「レイヴン・ウィング!」
 シルフィード・ウィングをさらに変形させたらしい、高速飛行用の術を発動させその場から立ち去る。シェリルみたいなことになると、対応しきれない。
「これ以上、傷口を広げないようにしないと。」


「さてと、ここなら大丈夫かな。」
 ローズレイク湖畔に逃げ込んだアインは、やっとの事で魔導書を開くことができた。途中、ファーナに絡まれたり(まあ、いつものことだが)、エルとトリーシャに口説かれたり、イヴに告白されたりと大変だったようだ。
「多分これだな。」
 開いたページには、ラブ・ポーションと書かれていた。内容から言って、惚れ薬のようだ。材料や調合を読んでいる内に、誰かに抱きつかれる。
「アインくん、何を読んでるの?」
 シーラだ。普段からは想像もできない行動パターンからして、彼女もマリア特製ラブ・ポーションの影響下にあるようだ。さらに、胸を押しつけるように、腕に力を込める。
「マリアの作った薬の、解毒剤を作るために魔導書を読んでるんだ。」
 自分の行動をはっきり言う。下手なことを言うと、またややこしくなる。それに、シーラはシェリルのように、搦め手から行動するタイプのようなので、こっちが違うことをしている間は大丈夫だろう。
「アイン君、私、あなたを独り占めしようとは思わない。」
 アインの考えは甘かったようだ。いきなり、こちらを口説き始めるシーラ。
「パティちゃんやシェリルさん、ファーナさん達と一緒でいい。とにかく私、あなたに愛して欲しいの!」
 ある意味、今までで一番大胆な台詞である。
「シーラ。そのことについては、まだ返事は出せそうにない。無罪を証明すること、お金を返すこと、他にも色々あって、とてもそんなことを考える余裕がないんだ。」
 本音を話す。その間も、調合欄からは目を離さない。
「それに、今の台詞は、マリアの薬が言わせた台詞だ。それに対して答えるのは反則だと思う。」
 本を閉じて、立ち上がる。どうやら、何とかできそうだ。
「再審が終わってから、それから考えるよ。」
 そう言い残して、森の中に入っていく。材料を集めることにしたらしい。
「アインくん・・・・。」


「しかし、えらい目にあった。」
 さくら亭でアインが愚痴る。結局、何とか解毒剤を作るのに成功したアインは、みんなを、元に戻っているのかの確認を兼ねて、さくら亭に集めたのだ。
「結局、何が原因だったの?」
 珍しく、不機嫌そうな顔(最も分かる人間にしか分からないが)をしたイヴが聞く。魔導書を読むために来たアインに、彼女も愛の告白をする羽目になったためだ。
「マリアが、惚れ薬の調合を間違えてたんだ。」
「惚れ薬?」
 アレフが眉を跳ね上げる。
「まあ、あのタイプの薬は、少し調合が違うだけで180度効果が変わるからね。」
 リサが苦笑して肩をすくめる。結果的に対したことにならなかったので、怒る気にもならなかったようだ。
「まあ、気が付かなかったっていっても、逃げ回ったのは失敗だったなぁ。おかげで、無意味に被害が大きくなったし。」
 頭をかきながらアインが言う。それに対して苦い顔で頷くリカルド。アインに対して「私と一緒に、トリーシャの父親になってくれないか」といってしまったのだ。
「しかし、アインでよかった。これがアレフだったら大変なことになってたぜ。」
「どういう意味だ、アルベルト!」
 アレフとアルベルトがじゃれ会うが、みんな無視している。
「マリアちゃん。惚れ薬は反則よ。」
 シーラが怖い顔でマリアにささやく。
「そうですよ。おかげで私、アインさんに締め落とされちゃったんですから。」
 シェリルもマリアに詰め寄る。
「とにかく、罰としてここの支払いはあんたが持つんだよ。」
 エルも不機嫌そうにいう。この三人に勝てるはずもないマリアは仕方なく
「分かったわよ、払えばいいんでしょ、払えば!」
 と、やけになったようにいう。それを聞いたパティが、にんまりと笑って、
「みんな、今日はマリアのおごりだから、どんな物頼んでも大丈夫よ!」
 それを聞いて、みんな遠慮会釈無しに高めのものを注文し出すのを見て、少し青ざめながらマリアがいう。
「ちょっとは加減して〜!」
 最も、誰も加減するつもりはないようだが。
(しかし、リサ殿とイヴ殿以外の女性陣は、皆本音を言っていたようにしか聞こえないのだが。)
 そんなことを考えながら、ティグスはマリアのおごりの晩飯を口に運んだのだった。

中央改札 悠久鉄道 交響曲