「青年、影を追う」
埴輪
その日、珍しくアインとパティは、二人で陽の当たる丘公園に遊びに来ていた。
「しかし、パティから誘われるとは思わなかったよ。」
「そう?」
どうやら、あまり彼に対して良い接し方をしていない自覚のあるパティは、少し冷や汗をかきながら尋ねる。
「うん。だって、誘われたことなんてサーカスとB1グランプリのときくらいだし。」
どちらもろくな目に遭わなかったが、それなりに楽しかったようだ。
「まあ、たまにはいいと思うけどね。」
端から見ていると、信じられないという人も居かねないが、アインとパティは、別段仲が悪いわけではない。少なくとも、休日に誘われて断らない程度には。
「で、来たはいいけど、何をしようか?」
パティに対してアインが聞く。特にこれといって、何かを考えていたわけではないため、何も用意していない。
「今まで、ずっと働き詰めだったから、今日ぐらい、のんびりするのもいいんじゃない?」
「それもそうだな。」
結局、二人して木陰で、ぼーっとすることにする。なんだかんだいって、二人ともこういうときの時間の使い方はあまり上手くない。
「しかし、ここに来てもう1年たったんだよな。」
アインがぽつりとつぶやく。彼が行き倒れて居たのは大武闘会が終わって少ししたくらいの時期だ。そう考えると、もう1年たったことになる。
「記憶がなくなってからは、こんなに長いこと一つの所にいたのは初めてだな。」
記憶がなくなる前のことは分からない。
「そういえば、あんたを助けたのもこんなのんびりした日だったわね。」
パティが、懐かしそうにいう。
「全く、いろんな人に迷惑を掛けたもんだ。」
助けてもらった恩返しもまだ終わってないし、とつぶやくアイン。周囲の人間は、そんなことで恩を着せたとは思っても居ないだろう。
「で、犯人の方は何か分かった?」
唐突にパティが問いかける。ずっと気になっていたのだ。再審請求自体は通るだろう。そのことは疑っていない。問題は、無罪を証明できるかだ。
「うーん、実行犯の方はよく分からない。目星はついてても証拠がないからね。」
少し考え込むような顔で言うアイン。その後、少し不敵な笑顔を浮かべて続ける。
「でも、黒幕の方は分かってる。証拠も大分そろってきたし、後はマリアしだいって所かな。」
それを聞いて、怪訝な顔をするパティ。犯人の捜査とマリアが、全く繋がらなかったからだ。
「で、結局誰なの?」
「まだ秘密。」
じれたように聞いてきたパティに対して、いたずらっぽく微笑んで逃げるアイン。
「実際、本番になるまで黙っておかないと、誘導尋問で引っかけたりできないし。」
無茶苦茶なことをいいながら、体を起こす。
「そろそろ、昼飯だな。何食べる?」
「あ、あたし、お弁当作ってきたんだ。」
そういって弁当箱を取り出す。アインの分はかなり大きい。
「あ、ありがとう。」
パティから弁当を受け取って、なかを見て動きが止まる。不味そうとかそういうわけではない。凄まじく気合いが入っているのだ。
「いいのか?こんなすごいのをもらって。」
「いいのいいの。あんたに食べて欲しくて作ったんだから。」
さらっと大胆なことをいうパティ。だが、そういうことを言うぐらいなら、素直に気持ちをいった方が早いということに、気が付いていないらしい。
「それじゃあ遠慮なく。」
そういって、味わうように食べ出すアイン。それをうれしそうに見るパティ。アインの評価など、顔を見れば一発で分かる。アインの、こういう表情を簡単に見ることができるのは、彼女だけの特権だろう。
「ふう、食った食った。ありがとう、パティ。」
そういって、弁当箱を返すアイン。実のところ、妙に気合いが入った食事には、ここのところ頻繁にあったりする。昼食の時間が一定しないアインは、他の人間の日替わりを見たことがないので気が付いていないが。
「お粗末様でした。」
決まり文句を言うパティ。
「さて、これからどうするかなぁ。」
屋台でも、といいながら立ち上がりかけたとき、凄まじい音が鳴り響いた。
「きゃあ!」
音と同時に来た凄まじい衝撃により、パティの意識が持っていかれる。
「パティ!大丈夫か、パティ!」
軽く頬を叩いて起こそうとするアイン。しっかり気を失っているらしく、起きる気配のないパティ。
「今のはどう聞いても爆発音だった。またマリアだな。」
しかし、いつもにもまして規模が大きい。音からして近くのようだが。
「見に行きたいけど、パティをほっとくわけにもいかないし。」
少し考え込む。
「とりあえず、活を入れてみよう。」
あっさりと結論がでる。
「は!」
パティの肩をつかみ、気合いを送り込む。びくっとけいれんして、目を覚ますパティ。
「何?いったい何があったの?」
「マリアが何かしたんだと思う。」
状況が把握できていないパティに対して、簡単に推測を話すアイン。そこへ
「お〜い、アイン!大丈夫か!?」
アレフがやってきた。
「こっちは問題ない。で、何があったんだ、アレフ?」
「シャドウがでたからって、マリアの奴が派手に魔法を暴発させたんだ。」
「どこで?」
「すぐ向こう。」
見ると、煙がもくもくと上がっている。少しは制御がましになったかと思っていたが、相変わらずである。
「とりあえず、行ってみるか。」
見事なクレーターの中心で、煤だらけのマリアが居た。
「マリア、シャドウはどこに行った?」
「美術館の方!」
煤だらけになりながら、元気いっぱいに答えるマリア。
「下手に手出しはできないな。美術館のなかで大技を使ったら、いったいどれだけ被害がでるか。」
アインについてはそんな大技を覚えていないので心配は要らないが、すぐに大技を使いたがるマリアについては、注意が必要である。
「とりあえず、美術館のなかで戦闘になったとしても、せいぜいアイシクル・スピア止まり、いいね。」
「分かってるわよ☆」
元気よく答えるマリア。最もアインは、どうせ守りはしないだろうと踏んでいたが。
「おかしい。わざとこっちに気付かれるように動いてるように見える。」
アインが、いぶかしがりながら近づいていく。アレフとマリアは反対側から回り込んでいる。
「確かに怪しいわね。」
パティも同意する。
「まあ、館長さんには許可を取ったし。」
どうも、館長自体が彼を疑っていない節がある。でなければ、容疑者に仕事を依頼したり、こんな風に自由に動き回らせたりするわけがない。
「さてと、そろそろかかってきたらどうだ?おまえさん達のために俺はここまで来てやったんだぜ。」
やはりという火難というか、結局シャドウの行動は誘いだったようだ。しかし、こんな怪しげな風体の男が、誰にも全く気にされずにここまで来たのだ。何かあるに違いない。
「まあ、こっちもそのつもりだったけどね。」
パティが柱の影からでる。アインは、仕方無しに一つの魔法を用意する。完成させるつもりのなかったあの魔法である。
「ディメンジョン・デュオ!」
空間を湾曲させ、魔法が外に炸裂しないようにする。最も完全に使いこなしている魔法ではないので、攻撃の意志を待たない、無差別に広がる魔法は防げない。そう、マリアが魔法を暴発させたときはどうしようもない。
「ヴァニシング・ノヴァ!」
釘を刺されていたことをあっさり忘れ、いきなり高位の攻撃魔法を炸裂させるマリア。広がった魔力が全てシャドウに向かう。
「け、いてぇじゃねぇか。」
あっさり耐えきったシャドウが、平然と言ってくる。その態度に切れたマリアが、さらに魔力を練り上げて放とうとする。
「ちょっと待て、マリア!」
アインの制止も空しく、あっさり暴発するマリアの魔法。
「イシュタル・ブレス!」
仕方がないので、無理矢理押さえ込むアイン。反応が早かったため、美術品に被害はなく、せいぜい、階段が壊れたくらいだ。
「マ〜リ〜ア〜!」
煤だらけになったアインが、ゆらりと立ち上がる。まるで怪談だ。
「あはは、ごめんねアイン☆」
「おまえが弁償しろよ。」
そういって、マリアの頭をぽんと叩く。その仕草に少し機嫌を悪くしたマリアが抗議する。
「もう、子供扱いしないでよ!」
「こういうことをする奴は子供だ。」
マリアの抗議をあっさりつぶすアイン。その光景を見て思わず笑ってしまうパティ。つられてみんな笑う。
「まあ、弁償で済んでよかったけど。」
シャドウが居なくなったことに気が付いたとき、アインが真っ先に考えたのはそのことだった。はっきり言って、怪我人がでなかったのは幸いである。
「で、マリア。ちゃんと聞いてきてくれたか?」
「あ、うん。アインの言う通りだったよ。」
その言葉を聞いて、証拠が全てそろったことを知るアインだった。