中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年と紅い月 前編」 埴輪
「今日はこれで、上がらせてもらうよ。」
 仕事終わりのミーティングを終えてから、リサがそう言い出した。
「ああ、お疲れさま。」
 あっさり承諾するアイン。彼が言葉を全部言い終わるより早く、彼女は店を出ていた。
「しかし、リサの奴、ときどき様子がおかしくなるよな。」
「確かに、何かを思い詰めてるみたいだどね。リサは僕達より、ずっと大人だ。自分で何とかすると思うよ。」
 アレフの言葉に、あっさりと突き放すようなことを言うアイン。
「でも、心配なのは確かだな。大人だからって、完全に自分を律せるわけでもないし。」
 さっきとはうって変わって、弱気目な事を言う。
「今日は満月だ。ピートのことは片付いたけど、まだ全部終わった訳じゃない。」
 もう一つの懸念を、彼が言う。
「リサなら、大丈夫だと思うけど。」
 パティが、控えめに言う。
「ああ、基本的にそれは賛成だ。でも、今日は嫌な予感がする。彼女のことには干渉しないつもりだったけど、今回だけは、手を出すことにするよ。」
 アインが、そういって立ち上がる。そろそろ、月の出だ。あまり、のんびりとはしていられない。


「しかし、リサの奴、どこに行ったんだ?」
 街に出没する殺人鬼、それをリサが探していることは知っている。また、彼女がそいつに対して、何か含むところがあるらしいことも。
「噂を総合すると、公園・・・・かな?」
 かなり頼りないことを考えながら、色々動き回る。
「まあ、当たればラッキー、って言うことで。」
 大雑把なことをほざいて、アインは公園に向かった。


「よく考えたら、公園って言っても、結構広いんだよなぁ。」
 ぼやきながら、あれこれ探し回る。広い公園とはいえ、気配のある場所をつぶしていけば、そのうちぶち当たるだろう、そんな甘い考えがあったのだ。
「あっちに誰かの気配があって、向こうの気配は調べたから・・・。」
 大雑把に書いた地図に、印を打ちながら、縦横無尽に動き回るアイン。と、その時、異様な気配を感じる。
「またやばそうな気配だ・・・。ということは、向こうに行けばいいのかな?」
 とことん大雑把に考えながら、気配の方向に移動を開始する。別に、気配の源に移動しても、リサと会えるとは限らないのだが、そんなことは気にしないらしい。


「やっと会えたね、紅月!」
 リサが、ナイフを構えて、一人の男と対峙する。
「何だ、女。おまえに用はない。立ち去らんと、斬るぞ!」
 刀を構えた紅月が、リサに対して言う。
「うるさい!私はおまえを倒す!そのために戦士になったんだ!!」
 リサが叫びながら、第一撃を繰り出す。凄まじいまでに鋭い一撃だが、紅月にあっさり防がれる。
「その程度の腕か、女。」
「うるさい!私は負けるわけには行かないんだ!!」
 その後、数号打ち合うが、すぐにリサは劣勢に立たされる。
 違いすぎるのだ、腕が。
「くそ!」
 自暴自棄な攻撃を、リサが繰り出すが、そんなものは通用しない。ナイフをはじきあげられ、攻撃手段と身を守る手段を同時に失う。
「なかなかの腕だが、女。貴様ごときでは俺は斬れない。」
 さらばだ、といって、刀を構え、振り下ろそうとする紅月。そこに人影が飛び込んでくる。
「なに!!」
 人影は、体当たりで刀ごと紅月をはじき飛ばす。
「坊や!?」
「貴様、何者!?」
 突如現れた人物に、二人して驚愕の声をあげる。
「おっさん、あんまり物騒なもの、振り回さないで欲しいんだけど。」
 アインが、ふだんと変わらない態度で言う。紅月がリサを斬ろうとした瞬間、彼は刀に対して体当たりをかましたのだった。
「坊や、よけいなまねを!!」
「今、リサに死なれると困る。」
 リサの抗議に対して、真面目に返すアイン。思わず、えっとなったリサに対して、言葉を続ける。
「まだ、今月の給料を払ってない。リサに死なれたら、お金は誰に払えばいいんだ?」
 真面目に、何か違うことを言うアイン。その台詞に、思わず脱力するリサ。
「ということで、せめて今月の給料を出すまで待って欲しいんだけど・・・。」
 何か違うことを紅月に言うアイン。さすがの紅月も、勝手の違いに戸惑っているようだ。
「よけいなことを言うな、アイン!こいつは弟の敵だ!」
「別に、敵討ちは止めないけどね。止めても無駄だろうし。」
 面倒臭そうに言うアイン。最も、表面はどうあれ、内心では冷や冷やしているのだが。
「小僧。おまえ何者だ?今まで俺の前に現れた何奴とも違う。」
「今までの人がどうかは知らないけど、別に僕はおっさんを敵に回す理由がない。それに、逃げるだけなら簡単だ。あんただって、わざわざ逃げる相手を追っかけるほどひまじゃなさそうだし。」
 肩をすくめながら言う。
「なら坊や、あんたはすっこんでな!!」
「そういうわけにも行かない。勝てないと分かってるのに、仲間を戦わせるつもりはない。」
 その台詞を聞いたリサが、屈辱に顔を歪める。
「わたしの腕じゃ、紅月に勝てないって言うのかい!?」
「別に、腕の問題じゃない。いくらリサでも、実体のない奴には勝てない。」
 その台詞に、虚をつかれるリサ。
「実体がない?」
「見れば分かるじゃないか。このおっさん、怨霊だよ。」
 それはあんただけだ、と思わず突っ込みそうになるのをこらえ、さらに文句を言おうとしたとき、月が、雲に隠れた。
「小僧、おまえに免じて、今回は引こう。だが女、二度目はないと思え。」
 そういって、姿を消す紅月。
「坊や!どうしてくれるんだ!!」
「どうしてくれるって言われてもなぁ。」
 困り果てた顔をして、アインがつぶやく。実際、あのレベルの怨霊を相手にできるほど、彼の軟気功は強力ではない。よほどの達人でもない限り、紅月を浄化出来はしないだろう。
「まあ、邪魔したお詫びに、勝てる方法を探すのには、付き合うよ。こう言うのは一人より二人、だからね。」
 さっきから、全く変わらない態度でアインが言う。そのまま、ローズレイクの方に歩き出す。
「坊や、どこに行くんだい!?」
「カッセルの所。」


「というわけだ、爺さん。リサに、紅月に勝てる方法を教えてやって欲しい。」
「アインよ、なぜリサを止めん?」
 アインの話を聞いたカッセルが、不思議そうに聞く。
「僕はリサみたいに、大切なものを、誰かに奪われた経験がないからね。何を言っても第三者の無責任な意見でしかない。」
 ただの理屈では説得力がない、ということらしい。
「仕方がない。坊主、いざというときには、おまえが何とかするんじゃぞ・・・。」
 こっそり耳打ちすると、カッセルは話すための条件を言う。
 歌を歌う花を、もってこいと。


「で、どっちにあると思う?」
「そうだなぁ。僕としては、こっちの門のほうが怪しいと思う。」
「分かった。あんたの勘を信じるよ。」
 そういって歩き出す二人。
「そうだ、リサ。一つ聞きたいんだけど。」
「え?」
「敵討ちが終わった後、リサはどうするんだい?」
 考えたこともないようなことを聞かれ、答えに詰まる。ここに来るまで、敵討ちのことばかり考えていた。そう、この町に来るまでは。
「まあ、後のことは終わってから考えればいいんだけどね。」
 気楽に言うアイン。敵討ち自体は、彼にとっては他人事だ。リサが無事ならどうでもいいらしい。
「あの辺かな?」
 といって、適当な位置を指し示すアイン。
「何で分かるんだい?」
「声が聞こえた。それなのに、人影が見えない。」
 彼の目と耳は、かなりいいらしい。リサにはまだ、何も聞こえない。
「まあ、いってみれば分かるだろう。」


 アインの言葉は、見事に的を射ていた。
「やあスミレさん。あなたが歌を歌ってくれる花だよね。」
「はい、そうですけど・・・?」
 いきなり、軽く言われて、戸惑うスミレ。リサも、どう対応していいか分からないらしく、沈黙を保っている。と、そこに一人の少女が現れる。
「どうも今晩は。」
「あら、私以外にスミレさんに会いに来た人なんて、初めてです。」
「カッセル爺さんから聞いて、興味がわいてね。」
 ひょうひょうと続けるアイン。どうやら、彼女は全然目が見えないらしい。だが、全くそういうことを気にせず、アインは話を続ける。彼女の身の上を聞いたり、スミレの歌を聴いたりしているうちに、結構な時間がたってしまった。
「ありがとうございました。今日はとっても楽しかったです。そろそろ私は帰ります。」
 空を見ると、月が大分高く上がっている。アリサには、徹夜になるかもしれないと断っているので、問題はないが、彼女の方はそうはいかないのだろう。
「送っていきたいけど、場所が分からない。」
「気を使っていただく必要はありません。すぐ近くですし。」
 そういって、彼女は立ち去ってしまう。
「さて、スミレさん。爺さんが会いたがってるんだけど。」
「私が会いに行くのは構いませんが、あまり私はここを動きたくないのです。彼女のこともありますし・・・。」
「それならいいや。爺さんの方を連れてくるから。」
 そういって、ローズレイク湖畔に向かって歩き出す。慌てて追い掛けるリサ。
「坊やの判断に異存はないけど、あの爺さんがこっちに来ると思う?」
「別に、来なくても構わないんじゃないか?爺さんが知ってるって事は、ちゃんとあったことがあるって事だし。」
[後編に続く]

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