中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年と紅い月 後編」 埴輪
 そうこう言っている間に、いつの間にか景色が変わり、カッセルの家の前にたどり着く。
「で、爺さん。ちゃんと教えてくれるんだろ?」
「まあな。最も、おまえさんは気が付いてるだろうが・・・・。」
 そういって、紅月のことを語り始めるカッセル。
「紅月は、50年前の大戦で戦死した、サムライじゃ。」
「まあ、それはそんな感じだろうって思ってたからいいとして。で、何であのおっさん、50年もさまよってるんだ?」
 アインが、どこか悲しそうに聞く。
「奴には、将来を誓った恋人がおってのう。戦争が終わったら、結ばれる約束をしとったんじゃ。だが、紅月は、戦いのさなかに力つきた。」
「だが、恋人に別れを告げることすらできなかった。それが心残りで、今も彷徨っている。」
「そう言うことじゃ。」
「その恋人は?」
「紅月が死んですぐ、流行病に倒れた。」
 悲しみをたたえた目で、カッセルが言う。
「つまり、紅月は二度と、恋人には会えないかもしれない、と?」
「そう言うことじゃ。」
「じゃあ、何で人を切るのさ!」
 少し、いらだたしげに尋ねるリサ。だが、前ほどには、紅月を憎めない。
「それについては、何となく分かる。多分、まだあのおっさん、戦場に居るつもり何じゃないか?だから、敵意を持ってる相手は容赦なく斬る。」
「その通りじゃ。奴に対して、憎しみを抱いてはいかん。それは、己を滅ぼすことになる。」
 カッセルの言葉に、ついにリサのいらだちが爆発する。
「じゃあ、弟が殺されたことを、忘れろって言うのかい!あいつはまだ、16だったんだよ!!」
「忘れる必要はないさ。敵を討つことより、本人のことを、いつまでも覚えてあげることが、一番の供養だと僕は思うよ。」
 寂しそうな顔で、アインが言う。さっきの言葉は嘘なのかもしれない。彼も、失った経験を持っているのかもしれない。
「とにかく、私は諦めないからね!!」
 そう言って、カッセルの家を飛び出そうとするリサ。
「別に、止めはしないけどね。とりあえず、もう一度だけ、スミレさんの所に行くの、付き合ってくれないか?」


「たびたび今晩は。」
「まあ、今晩は。」
 妙な挨拶をするアインに対し、挨拶を返すスミレ。
「また、歌を聴きたくてね。」
「こんな歌でよろしければ、何度でも。」
 そう言って、歌い出すスミレ。つきは、もう既に西側に傾いている。
「こんなことをしているひまは!」
「まあ、落ち着いて。焦ってたら、勝てる相手も勝てないよ。」
 アインは、のんびりと歌を聴いている。と、そこへ、先ほどの女の子が来る。
「やあ、どうしたんだい?スミレさんも驚いてるけど。」
「それが、私は、明日でこの町をさることになったんです。」
「それで、最後にもう一度、歌を聴きに来た、てこと?」
 どうやら図星だったらしい。最も、誰でも予想のつくことだが。
「で、どうして街を?」
「仕事が見つかったんです。私みたいな目の見えない人間でも働ける場所を。」
「それは良かった。」
 のんびり、会話を続ける二人。その光景に、どんどん戦意が萎えていくことにリサは気が付く。
「お母様が、私に仕事を見つけてきて下さったんです。」
「それは、体よく追い出しただけなんじゃないかい?」
 萎えた戦意を奮い立たせようと、きつく言うリサ。
「多分、そんな人じゃないと思うよ。」
「ええ。お母様はそんな人ではありませんわ。」
 なおも、ぎゃあぎゃあいいあっている内に、ついにリサが切れかける。
「どうして、そんなことが言い切れるんだい!!」
「私は、目が不自由な分、人の心が分かるんです。」
「ふん、そんなもの、当てになるもんか!」
 その時、月が紅く輝く。
「紅月か。」
 ぽつりとつぶやくアイン。一日に、二度も会うとは運がないが、ある意味狙っていたことなので、彼は気にしない。
「紅月!今度こそ、あんたを倒す!!」
 それを止めようとはしないアイン。とりあえず、スミレと少女の安全にだけ、気を配ることにする。そのとき、
「なぜ、あなた方は戦っているのですか?」
 少女が、唐突に割り込む。
「危ないよ、どきな!!」
 リサが、思わず警告を飛ばす。
「女、貴様私が怖くないのか?」
「ええ、全然。あなたは、優しい心を持っています。ですが、あなたの心は、悲しみで満ちています。」
 アインが少女の間に割り込まなかったのは、大丈夫だと分かっていたかららしい。
「なぜ、私を憎まない!なぜ私を恐れない!このままでは、おまえは斬られるのだぞ。」
「ええ、どうぞ。ですが、あなたにはできないでしょう。」
 しばらく、刀を頭上に振り上げていた紅月だが、結局、その刀を取り落とし、膝をつく。
「できぬ。私には、敵でないものは斬れぬ。」
 その姿を見て、リサは悟る。アインの寂しそうな顔の、そしてカッセルの言葉の意味を。
「誰かを憎まないと生きていけないなんて、それじゃあ、私と同じじゃないか!」
「今回のことは、誰も悪くない。加害者は、被害者でもある。悪いとすれば、それは戦争だ。」
 思わず、そうつぶやいてしまうアイン。そこに、スミレの歌が響く。
「この歌、もしかして・・・・。」
「そうよ。私も、約束が果たせないことが、心残りだったの。やっと、やっと会えたわ。」
 そう言ったスミレの姿が、どんどん薄くなっていく。
「なるほど。恋人に会うために、思い出の歌を歌っていたのか。」
 何となく納得するアイン。紅月の姿も薄くなっていく。
「女、この刀で私を斬れ。この刀ならば、私を滅ぼせる。」
「もう、どうでもいいさ。それに、そんなことをしたら、前のあんたと変わらないしゃないか。」
 そうか、とつぶやいた紅月に対し、リサはさらに続ける。
「向こうで、手にかけた人の分まで幸せになりな。そうじゃないと、許さないからね。」

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