中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年と音楽家」 埴輪
「しかし、何度来ても思うんだが、この辺はでかい家ばかりだ。」
 シェフィールド邸の前に来たアインは、ついぼそっと言ってしまう。
「しかし、シーラのやつ、いったい何の相談だろう?」
 つい先日に、クリスの人生相談に乗ったばかりなのに、さらに新しく相談に乗る羽目になったのだ。
「まあいいか。聞いてみれば分かるだろう。」
 そう言って、呼び鈴を鳴らす。少し間が空いた後、なかからジュディが出てくる。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。」
 そう言って、アインをなかに誘い入れるジュディ。
「お嬢様は、お部屋の方でお待ちです。」
 そう言って、シーラの部屋に案内するジュディ。
「シーラの部屋?いいのか?」
 パティやマリアと違って、シーラの場合はガードが堅いことで有名だ。彼を入れることで何かまずいことになっても困る。
「ええ、構いません。アインさんだからこそ、お嬢様もなかにお招きになったのですよ。」
 鈍いなぁ、といわんばかりにため息をつくジュディ。彼のことは大いに信頼しているが、女心の分からないという彼の大きな欠点については、シーラ本人よりも頭を悩ませている。
「それならいいけど・・・。」
 そう言って、ノックをしようとするアインに、一言付け加えるジュディ。
「くれぐれも、お嬢様のことを頼みましたよ、アイン様。」
 そう念を押してくる。少し怪訝な顔をしたが、とりあえず頷いてからノックをする。


「失礼するよ。」
 そう言ってなかにはいると、救われたような顔をしたシーラが居た。
「なんか、すごく悩んでるようだけど、どうしたんだ?」
 単刀直入に聞く。はっきり言って、尋常じゃない悩みようだ。
「うん。あなたに相談するようなことじゃないんだけど・・・。」
 そう言って、ぽつりぽつりと話し始める。
「あのコンクールのこと、覚えてる?」
「ああ、忘れようったって、忘れられそうにないよ。それこそ、記憶喪失にでもならない限りね。」
 その台詞に、思わず苦笑するシーラ。
「あの時の観客のなかに、グレゴリオ先生が居たの。」
 すごく有名な音楽家の名前を挙げるシーラ。それこそ、彼の作った曲は、世界中で演奏されている。今世紀最後の天才とまで言われている人物だ。
「その先生が、ローレンシュタインに来ないか、って言ってきてるの。」
 その台詞に対して、あっさり納得してしまうアイン。あの演奏は、それくらいの価値はあった。
「他にも何人もの人が、私に対して同じ事を言ってきてるの。」
 その時点で、大体の彼女の悩みは分かった。
「で、シーラはどうしようか、悩んでいると。」
 確かに、悩むべき問題ではある。引っ込み思案の彼女だ。この街から離れたくないのだろう。そうでなくても、思い出いっぱいの土地を離れるのには勇気がいる。
「うん。これは、音楽を志すものとしては最高級に名誉なことなの。これからのことを考えるんだったら、受けるべき話だって事は分かってるの。」
「だけど、この街を離れたくない・・・・か。」
 思わず考え込むアイン。今まで持ちかけられた相談事で、最も重要なものかもしれない。
「私、みんなと、あなたと離れたくない!!」
 そう言って、アインにしがみついてくるシーラ。
「シーラ・・・・。」
 自分の胸で泣いている少女に対して、どうすることもできずに、ただ相手の方に手を回すアイン。
「シーラ、こんな重要なこと、僕にはどっちにしろって言えない。」
 その言葉に、顔を上げるシーラ。
「僕は第三者だ。何を言おうと、それは無責任な意見に過ぎない。」
 アインの真摯な瞳に、少し落ち着きを取り戻すシーラ。
「だから、シーラの本当にしたいようにするんだ。悩めるだけ悩めばいい。だって、他でもない、君自身の人生だから。」
 そう言って、シーラの目を、真っ正面から見る。
「アイン君・・・・。」
「ただ、僕の勝手を言えば、シーラには行って欲しくないけど。」
 少し苦笑しながら言うアイン。本気で自分勝手な意見である。
「どうして・・・?」
「やっぱり、一年間一緒に頑張ってきた、気心の知れた相手が居なくなるのは、やっぱり寂しいよ。」
 仲間、と聞いて少し落ち込むシーラ。だが、少なくとも引き留めてくれる程度には、自分は彼にとっては重要な存在なのだ。そう考えることで、少し心が上向く。
「ありがとう、アイン君。」
 そう言って、微笑むシーラ。
「でもシーラ。君には、どうすればいいか、もう分かってるんじゃないか?」
 そう言われて、虚をつかれたような顔をするシーラ。
「どうして・・・?」
「だって、ピアノを弾くのは、シーラにとってはすごく楽しいことなんだろ?だから、この話も受けるつもりで居るんだと思ったけど・・・。」
 思わず驚いてしまう。よく考えてみれば、心の底では、アインがそう言うことを期待していたのかもしれない。自分のことを後押ししてくれることを・・・。
「僕にしても、実際は二つ気持ちがあるんだ。向こうで頑張って欲しいって言う気持ちと、行かないで欲しいって気持ちと・・・。」
 そう、正直に言う。
「アイン君。」
「だけど、君は強い女の子だ。結局自分でもう、結論を出してる。」
「ありがとう、アイン君。私、もう迷わない!」
 アインの台詞を聞いて、あれほど悩んでいたことが綺麗に消える。そう、答えは最初から決まっていたのだ。ただ、結論を出す勇気がなかっただけなのだ。
「本当にありがとう。」
 そう言って、アインの頬に不意打ちで口づけをする。
「シッシッシ、シーラ!?」
 予想外の行動をとられて、大きく慌てるアイン。どうも、彼女には驚かされてばかりだ。と、その時、ノックがあり、扉が開く。
「失礼します。お茶をお持ちしました。」
 そう言って、ジュディが入ってくる。
「ジュディ、いつから聞いてたんだ?」
 自分にお茶を出すジュディに対し、こっそり尋ねるアイン。何せ、すっかりお茶は冷めていたのだから。
「アイン様、いくら何でもあの場に入って来いというのは酷ではありませんか?」
 そうささやいて、いたずらっぽく笑うジュディに、
(こう言うことでは勝てそうにないな・・・。)
 と内心で苦笑するアインだった。

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