中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、旅立つ」 埴輪
 再審請求の日。
「とりあえず、みんな今までありがとう。」
 すっかり準備を済ましたアインが、一同に向かって言う。最も、店に来ているメンバーは、一年間ジョートショップを手伝ったものだけであるが。
「何言ってるんだ、水くさいぜ。」
 アレフが、穏やかに微笑んで言う。
「私こそ、ありがとうって言わせて欲しい。」
 シーラが、はにかんで言う。
「困ったときはお互い様ってね。」
 パティが快活に答える。
「まだ、全部終わった訳じゃないんだよ。」
 リサが、まじめな顔で返す。
「まあ、ね。」
 やや複雑な顔で言う。ジョートショップ自体は問題ない。借金の金額が10万だというのは皆知っているし、もし、今更利子だの何だの言われてもかなり余分に貯め込んでいる。
「しかし、よく1年でこんなに貯め込んだもんね。」
「まあ、裏でちょこちょこやってたぶんもあったしね。」
「裏でって・・・。」
「別に、違法なことをやってた訳じゃないよ。」
 単に、コロシアムの試合にでたりジョートショップとは別にアルバイトしたりといった事をしていたに過ぎない。
「全く、休みにいないと思ったら、そんなことまでしてたのか。」
「用心したかったからね。」
「そろそろ時間だし、行きましょうか。」
 アリサの言葉で、全員が移動を開始する。他の関係者とは、向こうで落ち合う約束である。


「しかし、すごい人だかりだね。」
「この街って、こんなに人が住んでたんだ。」
 どうやら、ほぼ全ての住民が集まっていたらしい。それだけ、今回のことについての関心が高いようだ。
「一応、先に言っておくけど、僕ははっきり言って再審請求のことは全く期待してない。」
 それを聞いても、誰も驚かない。昨日の今日だ。彼でなくてもそう考えるのは当然だ。
「まあね。」
「知人、友人全部が丸つけても1割にも届かないし。」
「ただ、もし通った場合、多分こうなるって予想だけは言っておくよ。」
 そう言って、予想を彼らに話す。話をしている内に、投票が始まる。
「とりあえず、俺達も行くか。」
「そうね。」


「アインさーん!」
「お兄ちゃん!」
「ボク達、ちゃんと丸の方につけておいたからね。」
「よう、トリーシャ、ローラ。二人とも元気だな。」
「アインさん、えらく落ち着いてるね。」
「まあ、覚悟が出来てるからね。」
 二人ともやたらと元気だ。特にローラは昨日もとの体に戻ったとは思えない。
「そう言えばローラ。体のほう、調子はどうだ?」
「もうなんともないよ。注射うってもらって、一晩寝たら治っちゃった。」
「トーヤ先生によると、ローラの病気って、今じゃ注射一本で治るんだって。」
 なるほど、と納得する。
「それより、アインさん、あの後どうしたの?」
「アリサさんにしっかり怒られたよ。」
 何せ、彼女には心配のかけ通しだったのだ。最後には泣かれてしまってどうすればいいか分からない状態にまでなってしまったのだ。
「さて、そろそろ、結果がでるみたいだな。」
 どうやら、集計が終わったらしい。
「さて、一年前の盗難事件に対する再審請求ですが・・・・。」
「あたし、どきどきして来ちゃった。」
「神様!」
 パティが落ち着かないような態度で呟く。シーラが祈るように言う。
「投票の結果・・・。」
「いよいよだな。」
「リカルド・・・。」
「満場一致により、再審を行います!」
 その瞬間、会場がわく。
「どうやら、第一関門は突破って所か。」
 アインのつぶやきに呼応するように、会場の扉が開かれる。
「ちょーっと待って下さい、皆さん!」
 そこに、間抜けな仮面をした男が乱入してくる。
「来たか・・・。」
 アインのつぶやきは、誰の耳にも届かなかったようだ。
「皆さん、無駄なこと早めましょう!結果の見えてる裁判なんて。」
「何だと!」
「だってそうでしょ?無罪を示す証拠は一つもありませんよ。それに比べて有罪を示す証拠はてんこもり。」
「確かに・・・。」
 誰かが、そう呟く。
「何度やっても結果は同じ、有罪、はい終わり。結果の覆らない裁判など時間の無駄です。」
 そう言って、アイン達の方に視線を向けたハメットは、彼らが妙に落ち着いていることに気が付く。
「なんか、アインが言ったとおりの展開だな。」
「あれじゃあ、自分も関係者だって言ってるようなもんね。」
「まあ、もともと事件としては証拠がないってだけで穴だらけもいいところだったからね。」
 どうやら、ハメットの登場はしっかり読まれて居たらしい。
「さてと、ハメット。とりあえず裁判を始めようか。」
 そう言って、アインが立ち上がる。
「まず、先に言うと、僕は無罪じゃない。ただ、みんなが思っているほど、この事件単純でもなかったけどね。」
「と、言うと?」
「まあ、美術館の近くをうろついていた人間の部屋から盗品が出てきたからって、そいつだけが犯人じゃないって事。」
 そう言って、ざわめきがおさまるのを見計らってから、アインが話し始める。
「大体、最初の僕の姿を見たって言うのが証拠能力が実はないんだ。」
「考えてみれば、アイン君と同じ体格、同じ髪型の人間などいくらでもいる。服装にしても、別にオーダーメイドしたものではない。簡単に手にはいるような代物だ。」
 アインの言葉を継いで、リカルドが言う。
「それに、この証言、実はもう一人容疑者がでるんだ。まあ、結論で言うとそっちも犯人じゃないけど。」
 その言葉を聞いて、またざわめきが広がる。その話を聞いて、裁判長がアインに尋ねる。
「その容疑者とは?」
「簡単なことだよ。証言した本人さ。」
 確かに、納得のいく話である。
「で、彼が除外できる理由は簡単で、ジョートショップに入る手段がない。とここまではいいですね?」
 裁判長が頷くのを見て、リカルドが続ける。
「他にも不自然な点がある。盗品が、まるで見つけて下さいと言わんばかりの隠し方をしてあった。はっきり言って、美術品を盗んで部屋に持ち帰る時点で不自然だが、それをさしおいても不自然すぎる。まるで、部屋の主に罪をなすりつけようとするようだ。」
 そう言って、一呼吸置く。
「で、ここで犯人の条件がでてくる。つまり、僕に恨みを持ってるか、僕をはめて得をする人間って言う条件がね。」
「ほう、それで?」
 ハメットが白々しく聞き返す。しかし、傍目にも動揺してるのが分かる。
「まず、ここでいったん話を変えるけど、最近ショート科学技術研の一部門で、偶然人工生命体が生まれたらしいね。」
「ああ。だが、彼女は警備の目をかすめて逃げ出したらしいが。」
 唐突な話の飛躍に、誰もついていけない。
「で、生命の研究って、やっぱり土地が清浄な方がやり易いしね。」
「ジョートショップなど、格好の土地だな。」
 ティグスが合いの手を入れる。
「その証拠は?」
「とちってのは、済んでる人間の影響を受ける。特にアリサさんみたいな人が長く住んでたら、自然と土地も綺麗になっていく。1年以上あそこで暮らしてたんだ。それくらいは分かるよ。」
「確かに、ジョートショップはエンフィールド一、清浄な土地です。」
 教会の神父が証明するのだ。証拠としては十分である。
「やっぱり、人工生命体を量産したら、商品としては売れそうだね、ハメット。」
「なぜそれを!!」
「やっぱり、ピートの時に使ってた部下でメロディを拉致しようとしたのが失敗だよ。」
「ですが、私とのつながりを示す証拠は?」
 さっき、ぽろっと漏らしたのにまだしらばっくれようとする。
「そうだなぁ。まず一つはマリアの証言。あんたがショート財閥の会長秘書だって言うね。」
「ほう、それだけですか?」
「まだあるよ。二つ目はアリサさんに金を貸したのがあんただって事だ。すごく広いって訳じゃなくても、広い土地だ。10万で手に入れば安いんじゃないか?」
 一瞬詰まるハメット。
「で、最後はシャドウの記憶。僕とシャドウが同化したことは、リカルドが証明してくれるよ。」
「うむ。私はその現場を見た。」
 裁判長は、そのことを認めたらしい。
「で、シャドウの記憶が証拠になる理由は簡単。実行犯がシャドウで、共犯があんただって言う記憶があるからだ。というより、あんたとシャドウの利害が一致したって言うのが正しいのかな?」
「そんなもの、証拠になりません!」
「だけど、この話をしたとき、マリアの親父さん、モーリス・ショート氏はひどく怒ってたよ。あんたはクビだって。」
「そんな!!私は会長のためを思って!!」
「語るに落ちたな。」
 会場全体に、白けたような空気が漂う。
「ハメット、ここにいる人間全員が証人だ。もはや言い逃れはできんぞ。」
 リカルドの台詞に、うなだれるハメット。
「で、最初に戻るけど、シャドウが実行犯である以上、僕は無罪じゃない。」
「そうです!」
 ハメットが叫ぶ。どうやら、死なばもろとも、ということらしい。
「ただ、アリサさんがハメットにした借金。これは無効になると思うんだけど?」
「その意見は認めましょう。」
「良かった。」
 アインは、言ったとおりに借金を無効にすることには成功する。
「さて、で僕に対する判決は?昨日のこともあるし、どんな結果でも受け入れるよ。」
 そう聞き返す。だが、はっきり言って、この問題は非常に難しい。
「もちろん、無罪だよ。」
 誰かが言う。アインが振り向くと、そこにはショート氏が立っていた。
「昨日のことも、そして1年前のことも、アイン・クリシードという個人がやったわけではない。彼がそのことについて、なぜ攻められねばならない?」
 アインが驚いて、何も言えない内に、さらに二人、賛同者がでる。シーラの両親、シェフィールド夫妻だ。その後、半ばなし崩し的に、無罪が決まる。
「いいのか?また、同じ事を繰り返すかもしれないんだよ?」
「私たちの娘が惚れた相手だ。そこまで愚かではないだろう?」
 シーラの父親がそう言う。その台詞に、思わず湯気がでるほど真っ赤になるシーラ。アインは、その言葉に困惑する。
「惚れたって・・・?」
「おやおや、マリアから聞いてはいたが、相当な朴念仁のようだな。」
 ショート氏にそう言われて、さらに困惑する。
「とりあえず、このことはこれで終わりだ。」


「結局、罪の償いは出来なかったような気がするな・・・・。」
「何いってんだ。無罪になったって事は、もう償いは終わったって事だよ。」
 そう言って、アインの背中を叩くエル。
「さて、今日はパーティだ!!」


「ええ!?旅にでるだって!!」
「ああ。色々思うところがあってね。」
 結局、結果的に街から出て行くことには変わりないようだ。
「ただ、前と違って、ちゃんと帰って来るつもりだけどね。」
「しかし、急な話ですね。」
 シェリルが言う。
「まあ、いつ帰ってくる、とかは言えないけど、シーラが留学から戻ってくるまでには、一応帰ってくるつもりだしね。それに、出発は、シーラを見送ってからにするし。」
「それじゃあ、私はアイン君の見送りは出来ないの?」
「そのかわり、ちゃんと迎えられるようにはするから。素直に見送らせてくれないか?」
 苦笑しながらの台詞に、思わず頷いてしまうシーラ。
「さて、話も決まったことだし、今日は騒ごう。」


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 そう言って、青年は旅にでた。
 だが、誰も心配はしない。
 なぜなら、彼は必ず帰ってくると、
 仲間達には分かっていたからだ。
 彼らの絆が、そう確信させたのだった。
(シェリル・クリスティア作、「ある青年の物語」より抜粋。)


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「うーん、出来た。」
 さくら亭の一角、シェリルは大きくのびをしてペンを置く。
「終わったんだ。」
「うん。」
 パティの台詞に、笑顔で頷く。
「ちょっと読ませてよ。」
 そう言って、彼女が書いた原稿を手に取る。読み進めていく内に、少し顔色が変わる。
「シェリル!あんたちょっとずるいわよ!あんたが関わったことばかり書いてるじゃないの!!」
「えーっと・・・。」
「大体このシェルって言うあからさまな名前!!」
 そう言ったのはパティではなくマリアだった。
「マリアちゃんにだけは言われたくないわ。」
 まだ、薬の時のことを根に持っているらしい。
「しかし、相変わらずここはにぎやかだな。」
 様子を見たティグスがそう呟く。いつの間にか、皆集まってぎゃいぎゃいさわいでいる。そう、いつものように・・・・。


 こうして、この物語は幕を閉じる。だが、彼らの物語はまだ終わらない。そう、悠久に連なる楽曲のように・・・。
fin


中央改札 悠久鉄道 交響曲