中央改札 悠久鉄道 交響曲

「オルゴール」 埴輪
 芸術の都・ローレンシュタイン。シーラ・シェフィールドは、今日も今日とてプロのピアニストになるために、精進を重ねているのであった。
「そんなつまらないこと言わずに、さ?」
「ごめんなさい、まだ、課題が終わってないの。」
 そう言って、言い寄ってきた学園一のハンサムと言われる青年の誘いを断る。課題と言っても、はっきり言って、急ぐ必要のある代物ではないのだが。
「待ってよ!前もそんなこと言ってなかったっけ?」
「その時も、まだ課題が一つあったの。」
 どうも、話を聞いていると、彼女には常時課題があるように聞こえる。実際の所、まだ入学してから9ヶ月程度なのに、彼女のこなした課題の量は、他の上級クラスの人間の優に倍以上に達している。
「それじゃあ。」
 そう言って、立ち去りかけた後、振り返って、こう付け加える。
「誘ってくれて、ありがとう。」


「また断ったの?」
 あきれたように、ルームメイトのフィリアが言ってくる。
「だって、課題が終わってないんですもの。」
 そう答えながら、五線譜にペンを走らせるシーラ。彼女のことをとことん気に入ったグレゴリオが、出来次第すぐに、新たな課題を出すため、彼女の課題は、いつまで立ってもなくなることはない。
「そんなことでいいの?今日の彼だって、その前の人だって、すごくいい男じゃない。」 ほっとくと日がな一日ピアノか五線譜に向かっているシーラのことを気にして、そう声をかける。しかし、運動不足になった形跡がないのは、なんだかんだ言ってプロポーションのことなどを気にして適度に運動はしているからだろう。
「今のままだとシーラ、一生独り身かもしれないわよ。」
 こんなに美人なのに、もったいないと正直フィリアは思う。実際、ここに来て一週間で、ローレンシュタインで彼女のことを知らない男は居なくなった。最も、今では別の評判の方で有名だが。
「今は、いっぱい課題をこなして、早く一人前になりたいの。」
 フィリアから見れば、既に一人前だと言ってもおかしくないのだが・・・。
「しっかし、本気で浮いた話が全くないわねぇ。よっぽど、あの彼にお熱みたいね。」


「なあ、フィリアさん。」
「なに?」
 とりあえず、商店街まで買い出しに来たフィリアに、先ほど振られた彼が声をかける。
「シーラのことなら、諦めた方がいいわよ。多分あの顔だと、誰かに心の底から惚れてるわね。」
 用件のことを、ずばっと言われてはなじろむ男。
「何で分かったんだ?」
「あなたの用件のこと?それともシーラの相手のこと?」
「両方。」
 そう言われて、思わずため息をつく。
「シーラのことは、いつも言われるから。相手のことは、私の女の勘。」
「そうか、そんなやつが居たのか。」
「どういう人かって言うのは、はっきり言ってくれないけどね。」
 実物を見ていないので、どういう人物かなど分かるはずもない。
「まあ、あのシーラがあそこまで夢中なんだから、何かしらすごい魅力のある人なんだろうけどね。」


 数日後。
「シーラ!」
「なに?」
 例の課題の詰めに入っていたシーラが、フィリアに声をかけられて顔を上げる。
「何ってあんた、今日何の日か覚えてる?」
「えーと。」
 おとがいに指を当てて考え込むシーラ。だが、根本的なことが分からないことに気が付く。
「フィリアちゃん、今日何日だっけ?」
 そう言われて、一気に脱力するフィリア。予想通りと言えばそうなのだが。
「今日は11月25日よ・・・。」
 そう言われて、思わず、あっと言う声をあげてしまう。
「19歳の誕生日、おめでとう。」
 そう言って、用意していた袋を渡す。
「すっかり忘れてたわ。」
「人の誕生日気にする前に、自分のことを覚えておいた方がいいわよ。」
 エンフィールドに住む友人や、フィリアの誕生日にはきっちりと贈り物を用意していたのだからおかしなものである。
「さてと、早速着てみて欲しいんだけど?」
 そう言われて、受け取ったプレゼント(どうやら中身は服らしい)を開き、別の部屋で着替える。
「やっぱり、シーラにはこういう服もにあうわね。」
 今までの比較的飾りの多い服ではなく、スーツ系の服装である。シンプルなデザインが、シーラの大人っぽい部分を引き出していて、よく似合っている。
「さてと、折角だから何か食べに行きましょ。先生方も待ってるわよ。」
 どうやら、教師陣までお祝いに巻き込んだらしい。用意周到なものである。


 帰ってきたシーラは、机の上に何かが置かれていることに気が付いた。
「何かしら、これ・・・?」
 そう言って、大きな(と言ってもせいぜい両手で抱え込める程度だが)箱を手に取る。どうやら、郵便で送られたものではないらしい。その証拠に、住所などが書かれていない。
「どうしたの?」
「帰ってきたら、この箱が机の上にあったの。」
 その台詞を、怪訝な顔をして聞くフィリア。扉にも窓にも、きっちり鍵をかけてあった。開かれた形跡はない。それに、わざわざ魔法で忍び込んだりするような知り合いは居ない。
「あら?これ、手紙かしら・・・。」
 箱に添えられていた封筒を手に取る。やはり差出人などは書かれていないが、見たことのある筆跡で「シーラ・シェフィールド様」と宛名だけ書かれていた。
「もしかして・・・・。」
 封を切る手ももどかしく、中に入っていた手紙を開く。その様子を、フィリアは唖然としてみている。手紙の内容はこうだった。


 シーラ、誕生日おめでとう。
現在、郵便の使えない場所にいるので、あなたの住む場所に、直接転送しました。
きっと、こんなものが突然現れたのだから、驚いているかもしれませんね。
今年は、オルゴールを贈ります。こんな物を作ったのは初めてなので、あまり良い出来ではないかもしれません。
ですが、気に入ってもらえれば幸いです。


 やはり、差出人の名前はなかったが、誰からかは明らかである。もう一枚の方には、操作の説明が書かれていた。どうやら、普通のオルゴールとは、全く違う構造をしているらしいが、複雑な操作は一切必要がないようだ。
「ねえ、もしかして、これってシーラの『愛しの君』から?」
 その言葉に、顔中を真っ赤にするシーラ。
「そ、そんなことないわ!たっ確かにとっても好きな人だけど!!」
 思わず、肯定の言葉を口走ってしまうシーラ。その様子に思わず苦笑するフィリア。
「で、どんなオルゴールなの?」
 シーラが箱から取り出したオルゴール(と言っていいのかどうかは知らないが)は、劇場の舞台のかたちをしていた。ご丁寧にも、幕まで下りている。ゼンマイ仕掛けではないようなので、巻き上げる必要はない。
「うわぁ、こってるわねぇ。」
 感心しているフィリアをよそに、起動の操作をするシーラ。幕が開き、ディフォルメされたシーラが舞台の中央まで歩いてくる。ちょこんとお辞儀するとピアノに腰掛け、曲を弾き始める。
「すごい・・・・。」
 その曲は、二人どちらもに聞き覚えのあるものだった。例の、草笛の曲ピアノアレンジ版である。思わず、黙りこくってしまう二人をよそに、弾き終えたシーラ人形は、また舞台の中央に移動して、ちょこんとお辞儀をし、舞台の袖に行く。ご丁寧に、また幕が下りる。
「いったい、あなたの彼って何者なの?こんな細工が出来るなんて。」
 どう考えても、今の技術の水準ではない。が、シーラにとってはそんなことはどうでも良かった。
「そうね、とっても不思議な、だけど世界中の誰よりも素敵な人・・・。」
 その顔を見て、何も言う気がなくなるフィリアだった。


中央改札 悠久鉄道 交響曲