中央改札 悠久鉄道 交響曲

「青年、帰還する 後編」 埴輪
「十六夜様!!」
 血塗れの十六夜を見て、血相を変えたクレアが駆け寄ってくる。
「ちょ、おい、クレア、待てってば!」
 必死になって飛びついてくるクレアをなだめようとする十六夜。だが、アインほどではないが女の扱いは苦手な彼だ。うまく行くはずがない。
「あれ、誰?多分アルベルトの関係者だと思うけど。」
「そうか、アインさんは知らないんだっけ。クレア・コーレインって言ってアルベルトさんの妹。」
「ふーん、やっぱり。」
「それより、どうして分かったの?アルベルトさんの関係者だって。」
 その問いに対して、めんどくさそうに答えるアイン。
「確かに見た目とか雰囲気とかは全然似てないけどね。なんか、根本的な性格がそっくりなんだよ。」
 ほとんど一目見ただけなのだが、そういうことを言う。
「はっきり言って、今見ただけだけど、この時点で誰だって分かると思うよ。ある意味行動パターンが兄貴そっくり。」
 分かったような分からないような答えである。後ろでごちゃごちゃやっているアイン達を無視して、クレアはほぼ力技で十六夜との二人だけの世界を作り上げる。
「十六夜様、お怪我は大丈夫ですか、痛くありませんか?」
「大丈夫、大したことないよ。」
「うそを言わないで下さい!ひどい出血じゃありませんか!」
「見た目に派手なだけで対したことはないんだよ、この傷。」
 その様子をあきれてみていたアインだが、さすがに十六夜の怪我のこともある。強引にこちらの世界に連れ戻すことにした。
「アルベルト。」
「ん?」
「さっき渡した棒、ちょっと貸して。」
「何に使うんだ?」
 そう聞きながら、ハルバートを渡すアルベルト。それに答えずに、何かの操作をしながらトリーシャに質問するアイン。
「確か、トリーシャチョップって右斜め45度だったよな?」
「うん、そうだけど・・・?」
 何をするの、と問いかける前にアインが言葉を重ねる。
「UMAに蹴られたくはないけど、あれほっとくのもまずいだろ?」
 と二人を指さす。そのまま、謎の操作を終わらせる。できたものを見て、絶句する3人。
「つくづく器用な武器ね。」
 思わず突っ込みを入れてしまうイヴ。もっとも、何か言えただけ立派であろう。そう、例のハルバートは、まごう事なき立派なチョップ棒になったのだ。
「別に、グー棒とかチョキ棒とかにもなるけど。」
 そう言って、クレアの後ろでチョップ棒を大きく振りかぶるアイン。それを見て慌てる十六夜。十六夜が止める前に、アインは行動を実行した。
「現世復帰、トリーシャ・チョーーーーーーーップ!」
 すぱこーーーーーーーーん。
 非常に良い音が鳴った。思わず前につんのめるクレア。
「いきなり何をなさるんですか!!」
 どうやら、痛くはなかったらしい。振り返った後、後頭部を押さえながら猛然とかみつくクレア。
「二人の世界を作るのは良いけど先に治療をさせてくれ。」
 その台詞にはっとなるクレア。よく考えると、目の前の男が誰か、全く知らないことに気が付く。
「あの、あなたは?」
 クレアの質問に、十六夜の診察をしながら答えるアイン。
「アイン・クリシード。ただの何でも屋。」
 十六夜の体に、軽く気を送り込んで顔をしかめる。
「無理な武器の使い方をしたな。右腕の肘と肩がいかれてる。これは治るのに結構かかるぞ。」
「どのくらい?」
「昔の僕で半日。」
 よく分からない基準で言う。
「てことは、大体2週間かなぁ。」
 トリーシャが概算する。あっさり計算できるあたり、彼女も相当染まっている。
「トーヤには悪いけど、十六夜ぐらいは動けないとまずいだろう。明日からしばらく、自警団は7割方が使いものにならない。」
 そう言って、軟気功を始める。
「魔法じゃないの?」
「僕は神聖魔法とは相性が悪いし、怪我じゃないからこっちの方がいい。」
 2分ほど十六夜に気を送り込み続けた後、今度はトリーシャのほうに顔を向けるアイン。
「はい、トリーシャもおとなしくして。ちゃんと治療しとかないと後でひどい目に遭うよ。」
 そう言って、軽く気を送り込み始めるアイン。
「どう?」
「明日、全身が筋肉痛になるな。」
 えぐいことを言うアイン。思わず絶望的な顔をするトリーシャ。
「でも、ここで治療しとかないと筋肉痛じゃきかなくなるけどね。」
 そう言いながら気を送り込み続ける。そこへ、パティ達バックアップ組と前線との連絡役をしていたヘキサが戻ってきた。
「やや!これは面妖な!!」
「おめーに言われたくねぇよ!」
 アインの台詞に突っ込みを入れるヘキサ。
「それもそうだな。」
 あっさり納得するアイン。
「大体おめぇら、何でこんな物騒な奴といっしょにいるんだよ!」
「物騒?」
 思わずきょとんとするトリーシャ。苦笑するアイン。
「物騒って、人を猛獣みたいに言わないでくれよ。」
「なに言ってんだ。魔人でも片手でひねりつぶせるような奴がよく言うぜ。」
 そう言いながらも、アインに決して近づこうとはしないヘキサ。嫌われたもんだと苦笑するアイン。
「さて、治療も終わったことだし、いったん僕はジョートショップに帰ることにするよ。」
「じゃあ、アインさんのこと、みんなに教えてくるから後でさくら亭に来てね。」
「分かった。」


「1年半、どこ言ってたんだ?」
「最初の1年は実家に帰ってた。」
「実家?」
「ああ。」
 どうやら、彼にも帰る生まれ故郷はあったようだ。
「そう言えば、家族とかは?」
「みんな健在。姪まで生まれてて、すごく驚いた。」
「姪?」
 アインは、簡単な図を書きながら家族構成を語る。それによると、両親は健在で、6人兄妹の長男だということにようだ。ちなみに上から、双子、一人、三つ子という構成らしい。
「で、最近増えた分としては、3年前に双子の妹の旦那、その次の年にその娘。つまり、帰ってみたら僕は叔父さんになっていたというわけだ。」
「へぇ、大家族なんだ。」
「まあね。で、実家で何してたかと言うと、もう一度鍛え直してた。」
 鍛え直すという単語を聞いて怪訝な顔をする。
「何せ、奥義も秘術も、かなりあやしくなってたからね。とてもそのままじゃ危なっかしくて使えない。」
「あれでか?」
「ああ。奥義はずいぶん威力が落ちてたし、秘術はコントロールがえらく甘くなってた。」
 それを聞いてげんなりしながらティグスが言う。
「それ以上強くなって、どうするつもりだ?」
「強くなりたくてなった訳じゃない。だけど、力を持っている以上は使えるようにするのが義務だと思ってるからね。何もしてないのに暴走したら、それこそしゃれになんないし。」
 一瞬、ぎくりとした顔になるマリア。それを無視してアインは続ける。
「で、その後、いろんな街を回ってきたから、お土産がいっぱいあるよ。」
 そう言って、鞄から山のような土産物を取り出す。詳しい内容は割愛するが、武器、アクセサリーから本、ハーブ、果てはよく分からない楽器まで多岐に渡っていた。テーブル一つを埋め尽くすほどのそれは、当然鞄の容積など超えている。
「後、アリサさんにはこれ。どちらかって言ったら実家に帰ったのも、あちらこちらを巡ったのも、これのほうが目的だったからね。」
 そう言って、眼鏡を差し出す。
「眼鏡?」
「うん。これで、ものが見えるようになるから。目薬茸と違って、目を治す訳じゃないけどね。」
 その台詞を聞いて、マリアが素っ頓狂な声を出す。
「もしかして、それって天眼鏡!?」
「そう呼ばれているらしいね。」
「そんなもの、どこにあったの?」
「家にあった。ただ、これは応急処置だから。ちょっと時間かけて、目を治す方法を探すよ。」
 その後、由羅がアインを女装させようとしたり、マリアとエルが喧嘩を始めたり、酔っぱらったトリーシャが脱ぎ始めたりと、普段の宴会と変わらぬ展開があったのだった。


「しかし、みんなだらしないな。」
 数時間後、宴会が終わった。正確には、アイン以外の飲んでいた連中がつぶれて眠ったところだ。限度を知っているティグスは、酔うほど飲んではいない。
「無茶言わないの。あんたと張れるようなウワバミ、そうゴロゴロいないわよ。」
 パティがあきれたように言う。アリサとテディは既に帰っている。クリスとシェリルも寮の門限でここにはいない。結局、ここでつぶれているとまずいのはマリアとトリーシャだけである。
「さて、このマグロども、どうする?」
「マリアとトリーシャはもうじき、迎えが来るわ。」
「じゃあ、面倒だからアレフとリサは二階に放り込むとして、十六夜は連れて帰るか。」
「なら、アルベルト殿は私が運ぼう。」
 大体のところが決まったようだ。
「そうだクレア、ピートは今日だけジョートショップで預かろうと思うけど、僕の手はふさがるから代わりに連れてってくれないか?」
「分かりました。」
 あっさり承諾する。


「ごめんね、遠回りさせて。」
「いえ、構いませんわ。」
 ジョートショップによった帰り、十六夜を担いだアインはクレアとならんで歩いていた。ティグスは一足先に、アルベルトを連れていっている。
「それより、一つお訊ねしてよろしいでしょうか?」
「なに?」
 意を決したように言葉を紡ぎ出すクレア。
「あなたは、翼を持っていらっしゃるのですか?」
「見たい?」
 あっさり肯定するようなことを言うアイン。
「はい。」
「うーん、見せるのは構わないんだけど、あれは厳密には違う意味のものだから・・・・。」
「違う意味?」
「説明は面倒だから省く。別に飛ぶだけならなくてもいけるしね。」
 では、何のための翼なのか。クレアには分からなかった。
「よっぽど非常事態にならない限り、翼を広げるつもりはないよ。」
 クエスチョンマークが浮かんでいるクレアに対して、それ以上何かを言うつもりはないらしい。その後、何も言わぬまま自警団寮に着いた。
「それじゃあ、また。」
 結局、クレアのききたいことは何も聞けないままであった。

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